ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
狼の本領/ファーディル攻略戦
#14
〜ナディア帝国・フィツール地方中部 ファーディル



「今までお役目ご苦労だった、アレン殿」
「いえ、こちらこそ。グスタフ殿も、この厳しい時に領主とは、大変ですな」
 ファーディル城には二人の男がいる。一人は初老の紳士、もう一人はがっちりとした体格の中年男性だ。
 初老の紳士は、今まで領主を勤めていたアレン。そして、中年男性のほうが今から領主を勤めることになるグスタフだ。
「兵力はどの程度?」
「歩兵が五千、騎兵が八百といったとことですかな。あとは新兵が千ほど」
「やはり、ずいぶんと少ないな……」
 グスタフがため息をついた。ファーディルはフィツール地方の中で五指に入る大規模な都市であり、常時八千人ほどの兵力を抱えているのが普通である。おりしもフィツール独立軍が暴れている時期だ。アレンも兵力の増強を図っていたのだが――。
「三千ほど『竜の背』に持っていかれましてな」
 フィツール独立軍が蜂起する少し前、大陸中央部の山脈『竜の背』にある、ナディア帝国の属国であった都市国家郡が連合して叛旗を翻したのだった。ナディア帝国上層部はそちらを重視し、各地の予備兵力を回していた。それはフィツール地方も例外ではない。
 国内に鉱山をあまり持たないナディア帝国にとって、鉱物資源の豊富な『竜の背』の戦略的な価値は非常に高い。逆に、そう豊かな土地を有しているわけでもなく、資源もヴェステア以外には期待できないフィツール地方の価値はあまり高くはなかった。
「あっちは一進一退が続いているそうです。無理もありませんな。あそこは大軍を用いる地形ではない」
「切迫しているのはこちらのほうだというのにな。……そういえばアレン殿、ご子息は……」
「あれが導いた結論です。私が口出しできる類のものではありません」
「……その件で、どうも中央でよからぬ噂が流れているそうだ。気をつけたまえよ。……私はアレン殿を信用しているが」
 アレンは元々フィツール王国の臣であり、当初はナディア帝国への仕官をかたくなに拒んでいた。が、都督ディアスの執拗な招きに、ついに折れたという経歴がある。それ以降、アレンはナディア帝国のために働いてきた。彼の能力はかなり高く、それゆえに多くの妬みをその身に集めている。ディアスに何らかの讒言ざんげんがあったとしても不思議ではない。
「……ご忠告、心に留めておきましょう」
 アレンが一礼をした。
「アレン殿、今日からは私の補佐をしていただく。これは私がディアス様に依頼したことだ」
「わかりました。微力ながら、全力で任務のほうを務めさせていただきます」
「早速だが、反乱軍はどう動いている?」
「それですが、ヴェステアを見張っていた見張り所からの連絡が途絶えておりましてな……」
「……もしや、動き出したか」
「おそらくは何らかの形でこちらの戦力が低下していることを確認したのでしょう。兵の数までは掴めておりませんが、小勢ではないはず」
 ここ数日、フィツール地方には連続して雨が降り続けている。そのせいか、反乱軍と正規軍、どちらの勢力も動きが鈍っているはずである。が、明らかに正規軍に入って来ている情報が少なかった。斥候は断続的に放っているが、戻っては来ない。
「……ふむ、ファキオが敗れたのは、まぐれではないのかもしれぬな……。これまでの反乱軍とは、明らかに違う」
 ナディア帝国の上層部は、この期に及んでもフィツール独立軍の力量を過小評価していた。というよりは、一部の者がそう仕向けたといったほうが的確だ。上層部も一枚岩ではない。そもそも、12年前のフィツール王国侵攻時も反対している者が多いという有様であった。それが今でも糸を引いている。ディアスの異母弟であるフランツが反対派の代表であり、現在では『竜の背』優先派の代表となっている。
「今すぐにでも動き出したいところではありますが、城下が不穏な動きを見せております。おそらくは……」
「そこまで言わずともわかる。迂闊には動けんな」
 ファーディル城下にはどれだけの反乱分子がいるかわからない。わからないからこそ不気味であった。危険分子は何人も拘束してはいるものの、民心というものは流動的なものだ。ましてや、フィツール王国の再興というわかりやすすぎる大義。
「厄介なことにならねば良いのですが。反乱者とはいえ、今まで統治していた民なのですから」
「やれやれ、そう考えてみれば、本当に難しい時期になったものだな」
 グスタフが苦笑いを浮かべた。



〜ファーディル領・フィツール独立軍野営地



 ファーディル城から南、ヴェステア領との境目にアルス率いる四千のフィツール独立軍が野営していた。
 数日前から大雨が降っており、そのため行軍速度がかなり低下している。が、こちらの進軍を隠してもくれていた。ヴェステアとファーディルの間にある見張り所は何の問題もなく落とすことができた。少々予定より遅れているものの、作戦目標の「橋頭堡の確立」については何の問題もないと言ってよかった。
「やぁ、ライアス君。今日も勉強かい?」
 ライアスの陣幕にアルヴィンが入ってくる。中ではライアスが必死になって兵法書に目を通していた。ファルミアと一緒に兵を率いているとはいえ、それは成り行きでなったものである。軍事に関してはライアスは全くの素人であり、古参兵からも舐められている。
「はい。……まぁ、あんまり理解できてないんスけどね……」
 ライアスが苦笑いを浮かべる。
 確かにライアスは軍事の素人である。が、熱心ゆえにか、その飲み込みはとても早かった。アルヴィンもライアスの熱心さは買っており、たびたび補習をしている。
「今日も雨だよ。雨の行軍ほど嫌なものはないね」
「ですね。俺も何でも屋やってたころは雨の中、長距離を歩かざるを得ないようなこともありましたよ」
「ほう」
「やっぱこっちのほうが辛いっスね……」
「まぁ、荷物が多いからね。そういえばファルミアさんは?」
「アルスさんのところに行ってますよ。会議じゃないスか?」
「会議ねぇ。僕も招集があったよ。ところで、ライアスは行かなくていいのかい?」
「……え?」
「ライアスだって、指揮官の一人だよ。こんなことじゃないだろうかと思って、寄ってみたんだ」
 アルヴィンが笑った。彼はライアスが素人ということで見下したりはしていない。むしろ、足りないのは知識と経験だけとまで評価している。
「ファルミアさんばかりに任せているわけにはいかないだろう?」
「まぁ、それもそうっスね。すみません、わざわざ」
 ライアスは本に栞を挟み、アルヴィンについて陣幕を出た。



「来い、来い、来いっ!」
 アルスの目の前のテーブルには、マグカップが伏せられて置かれていた。テーブルを囲んでいるのはシェイズとライーザ、それにファルミアである。
 ファルミアがゆっくりとカップを上げる。そこからはサイコロが二つ顔を出した。出ているのは3と4。
「来てねぇ!?」
「残念でした〜」
「悪いねぇ、アルス」
「これで四連敗だな。毎度どうも」
 アルスが不満げに小銭をライーザとシェイズに手渡す。
 彼らがやっているのは、カップの中に入っている二つのサイコロの出目の合計が偶数か奇数かを当てる遊びである。それに金を賭けているのだった。
「これではっきりしたよ。アルスと同じとこに賭けてたら絶対勝てない」
「ようやく気付いたかい。コイツが鋭いのは戦のカンだけだよ」
「ファルミア、お前は俺に恨みでもあるのかよ!?」
「ないない。あたしほど公平な人は今後出てこないわよ」
 事実、イカサマとか関係なしにアルスは負けていた。
「畜生、もう一回、もう一回!!」
「お前も懲りないな……」
 ライーザが苦笑を浮かべながら、財布の中から小銭を取り出した。
「会議って聞いてたのに、どう見ても賭博じゃないっスかコレ!?」
 ライアスとアルヴィンの二人が入ってきたのは、ちょうどその時である。会議ということで想像していた光景とは明らかに異なる、このだらけた雰囲気。
「あら、ライアスも張る?」
「いや、やりませんよ!?」
「まぁまぁ、全員集合するまでの暇潰しだ。アルス、アルヴィンとライアスも来たところだし、本題に入ろうか?」
「勝ち逃げかよ……」
 アルスが頭をかく。だが、彼らにとっては会議の方が本業になる。いつまでも遊んでいるわけにはいかない。
「アルスさん、僕達でよければ今度お相手しますから……」
「その言葉は忘れねぇぞ、アルヴィン。ぎゃふんと言わせてやっからな」
 アルスはそう言いつつ、サイコロをしまい、換わりに地図をテーブルの上に広げた。場の雰囲気が変わる。
「俺達の目標地点はこのラング狭道きょうどう。ここからは大体15リークほどだ。順調に行けば明後日にでも到着するだろう」※1リーク:約2キロメートル
 ラング狭道は森林を通る狭い道であり、防御陣地を敷くには絶好の立地であった。ここに橋頭堡を築き、後詰めであるユリウス軍と合流、しかる後にファーディル軍を撃破、というのがアルスに与えられた任務である。
「ユリウス達はもう出発したのか?」
「いや、まだその情報は入っていない。逐一ヴェステアに伝令は送っているがな」
「……あまりぐずぐずしていると、ファーディルの連中が動き出すわね。わかっているでしょうけど、万一合流前に狭道で戦闘になれば、騎兵は使えないわよ」
 アルスが率いているのは二千の重装歩兵と千の歩兵、それに八百の騎兵である。戦力的にはファーディルの駐留部隊に劣っていた。また、ファーディルの指揮官も凡将ではない。
 予備兵力が『竜の背』に引き抜かれている今こそが攻めるチャンス。レンファが持ち込んだ情報はそれだった。だからこそ、相手の備えが万全でないうちにプレッシャーを与えておきたい。今回、軍団を二つに分けたのはそのためだ。
「わかってる。だからこそ雨の中、面倒臭い行軍をやってるんだ」
「敵に動きはありますか?」
「斥候によればまだみたいだな。やけに動きが遅いが、あちらにはあちらなりの事情があるんだろう。斥候なら何人か捕らえてるんだがな」
「ひょっとして、交代の真っ最中とかなんじゃないっスか?」
「だろうね。引継ぎが色々と面倒なんだろ」
 そのときだった。伝令が顔色を変えて駆け込んでくる。
「きゅ、急報……ッ!!」
「どうした?」
「か、カル峡谷が……」
「カルがどうしたんだ。落ち着いて言ってくれ」
「ここ連日の雨により、地滑りを……」
 少しの間、陣幕の中が静まり返る。
「……地滑りだと……」
 ようやく、アルスが声を絞り出す。
「おかしいわね……。いくら最近は雨続きだったとは言っても、カルが地滑り起こすだなんて、相当じゃない。……地術士でもいたのかしら?」
「馬鹿言うな。地滑りだぞ、地滑り。それができるような術士がいるかよ。そんな奴がいたら、俺達は涙目だぞ」
「アルスの言うとおりだ。ナディアにそれだけの術士がいるなんて話は聞いたことがない」
「わかってるわよ。例え話、例え話」
 術士は数が少ない。ましてや地術を専門に扱う者となると余計にだ。戦場で重宝されるのとは裏腹に、術士の大半が通っている術学院で華のない地術を志望する者は極めて少ない。
「まずいねぇ。カルが使えないとなると、補給がしんどくなるよ」
 ヴェステアからファーディルへ伸びている街道はカルを通る道のみである。だからこそヴェステアは守りやすく、攻めにも出にくい都市なのだ。
 今までの補給は、兵站担当のユリアナの手腕のおかげか、実にうまくいっていた。が、カルが使えないとなれば話は別だ。
「……復旧にはどれぐらいかかりそうだ?」
「少なくとも十日は……」
「十日か……」
 アルスが頭を抱える。手持ちの兵糧は八日分。カルが復旧し、再び補給が受けられるまでは持ちそうにない。
「一日の食事を減らして、復旧まで持たせますか?」
「いや、ファーディルの連中も馬鹿じゃない。この情報は掴んでるに違いないよ。ここぞとばかりに攻撃を仕掛けて来るかもね」
「連中にしたら各個撃破のチャンスだからねぇ……」
 重苦しい雰囲気が場を覆う。
「……仕方ない。決戦を挑む」
「は!?」
 アルスの一言。それは周囲の空気を変えるのに十分なことだった。
「正気か!? 敵さんの兵力は明らかにこっちよりも上だぞ!?」
「ここでじっとしてても、いずれは兵糧が尽きる。現地徴発もできそうにない。なら、兵士達が元気なうちに決戦を挑むしかない」
「一理ありますね。どちらにせよ戦わなきゃならない相手です」
「……勝算は?」
「無いとそんな事は言わねぇよ」
「……ねぇ、竜があんなに空高く飛べるのは、どうしてだと思う?」
 ファルミアが立ち上がり、片足を椅子に乗せてふんぞり返る。
「すさまじいまでの空気の抵抗を受けているからよ!」
「いや、その話関係ないでしょ!?」
「あいたっ」
 ライアスがファルミアを小突く。その仕草で、今まで難しい顔を浮かべていたライーザも少し頬を緩めた。
「そういうことだ。……悪いが一人にしてくれ。考え事があるんでな」
「……了解。期待してるよ」
「詰まったらあたしを呼びなさい。笑わせてあげるから!」
「笑いはいらないでしょーが!」
 シェイズ以外の全員が陣幕から出て行く。
「アルス、また難しいことになったねぇ」
「あぁ。本当についてねぇ」
 アルスはぶつぶつと文句を言いながらも、唇の端には笑みを浮かべていた。
「……笑ってるねぇ」
「そりゃ、武人の本懐だからな……。とでも言いたいところだが、こんだけ面倒な要素ばっかだと、笑いしか出ねぇよ」
 アルスが小さく笑う。彼が連れて来ている兵力は、ファーディル軍に決戦を挑める最低限の兵力であった。戦えなくはない。
「シェイズ、これで勝てたら、伝説になるか?」
「伝説とは言わねぇけど、武勇伝にはなるねぇ」
 三千八百対五千八百。兵力差は二千。
 アルスは頭を抱えながらも、紙にペンを走らせた。



〜カル峡谷



「さて、これでよし、と」
 雨の中、小振りの傘を差した女がいる。その目の前には、地滑りで塞がれたカル峡谷。
 赤い髪と、どこまでも黒い瞳。どこか人工的な美しさを感じさせる女性。
「どんな戦いを見せてくれるのかしらね」
 女は懐から扇子を取り出し、口元を隠して笑う。
「うふふ、これぐらいドラマティックな展開もないとね」
 少しだけ笑い、女は姿を消した。



〜翌日・ファーディル城



「お呼びでしょうか、グスタフ殿」
「おお、アレン殿か。まずはこれを読んでほしい」
「拝見します」
 アレンがグスタフから一通の文書を受け取る。
「……カルが塞がれましたか」
「ああ。気の毒だが、これはこちらにとっては好機以外の何物でもない。それに、敵軍の規模は四千程度だそうだ。十分潰せる」
「となると……」
「出陣する。異論はあるまいな?」
「はい。私も好機かと」
「よし。ならば、兵五千を率いて出陣する!」
 ファーディル軍が動き出す。アルス一世一代の大勝負が始まろうとしていた。
やることもない寂しい連休。
続きも早いうちに上げたいですね。



+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。