#-1
〜共通歴7年・ヴェステア城下町・ユリウス宅
ま女の家を見つけたので、書いておきます。
場所は、うら山の二本すぎからちょっとすすんだ所です。
なぜ、こんなことを書くかというと、他の人に、ま女のことを話したら、ぼくのきおくも、まほうで、消されてしまうかもしれないからです。
「……なんだコレ」
久々に部屋の整理をしていた俺は、古いノートを見つけ出した。どこか懐かしい筆跡。書かれているのは間違いなく俺の字だ。
魔女の家だって? そんな記憶全く無いぞ?
読み進めればわかるかもしれない。俺は再びノートを読み出した。
ま女の家を見つけたのは、うら山で、レオンたちと、きもだめしをしていた時です。
ぼくは、一人で行ったのですが、道にまよってしまいました。しばらくしたら、まわりも暗くなっていきました。
ぼくは、こわくなったのですが、帰れません。まっくらで、道が、わからないからです。ぼくは、泣きそうになりました。
その時、ぼくは、家を見つけました。すごくボロボロで、だれも、すんでいないみたいでした。
なんだか、こわい家でしたが、ぼくは、ゆう気を出して、思いきって、近づいてみることにしました。
近づいてみると、中には、ロウソクのあかりが見えました。だれか、すんでいるのかな、と思いました。
なぜなら、だれもすんでいないのなら、中は、まっくらなはずだからです。
こわい人だったら、どうしよう。ぼくは、そう思いました。でも、ゆう気を出して、中を、のぞいてみました。
中は、女の人が、一人だけでした。かみの毛が、まっ白で、おばあさんみたいでした。
ぼくは、ま女だと、思いました。こんな所に、一人ですんでいる、おばあさんは、ま女ぐらいしか、いないと思うからです。
なんだか、こわくて、足が、ぶるぶるってなりました。
女の人が、ぼくのほうを、見てきました。
おばあさんじゃ、ありませんでした。おばさんぐらいでも、ありませんでした。おねえさんぐらいだと、思います。目が、まっ赤で、うさぎみたいでした。
とても、きれいな人だったので、ぼくは、ドキドキしてしまいました。
「だれ……?」
女の人が、ぼくに、話しかけてきました。
「え、えっと、ユリウスっていいます」
ぼくは、ドキドキしながら、自分の名前を、言いました。
「ここ、ララのおうち」
女の人は、おねえさんぐらいなのに、子どもみたいな、話しかたでした。
……白い髪で、赤い瞳に、お姉さんぐらいなのに子供みたいな話し方? しかも美人?
おかしいな、全然記憶に無いぞ?
レオン達と胆試しをしていて迷子になったことは覚えている。そうそう、あの時は翌日に帰れたんだけど、滅茶苦茶怒られたなぁ。
……待てよ? 助けられるまでの間、俺は何をしていたんだ?
二本杉? ……そういえば、迷子になってからも裏山には行ってたけど、二本杉には近寄ってないな。
まさか、本当に魔女に記憶を消されたってのか? バカバカしい。
とりあえず、もう少し読んでみるか。
「ララのおうち、のぞいてた?」
女の人は、まどのむこうから、ぼくに、話しかけてきました。ぼくは、ドキドキして、うまくことばが、出なかったので、うなずきました。
「ひとのおうちをのぞくのは、ダメ」
「ごめんなさい」
ぼくは、わるいことをしたと、思ったので、あやまりました。すると、女の人は、えがおになりました。
「あ、あの、ぼく、まい子になっちゃったんです」
「まいご?」
「は、はい。もうまっくらで、道がわかんなくて」
「そう」
女の人は、立ち上がって、ドアを開けてくれました。
「あさまで、いる?」
よく見ると、女の人は、すごく、うすぎでした。さむくないのかな、と、思いました。
知らない人の家に入るのは、いけないことだと、思います。でも、ぼくは、なんだか、さからえない気がしました。
……待て、冗談じゃないぞ!? こんなこと、全く記憶にない!!
女の人の家には、何も、ありませんでした。でも、ロウソクと、かべのほうに、何か、剣みたいなものが、見えました。
「あ、あの、なんで、こんな所に、すんでるんですか?」
「わかんない」
ロウソクの光が、女の人を、てらしました。すごく、きれいな人でした。ぼくは、ずっと、ドキドキしていました。
「みんな、ララのこと、まじょっていうの」
やっぱり、この女の人は、ま女だったみたいです。でも、よく、わからないけど、なんだか、わるい人には、思えませんでした。
「しないの?」
女の人が、ぼくに、顔を近づけてきました。ぼくは、いっしゅん、しんぞうが止まりそうになりました。
女の人の、目は、すごくきれいでした。お母さんが、だいじに持っている、ゆびわについている、宝石みたいでした。
ぼくは、なんだか、女の人の目の、中に、人が、たおれているのが、見えた気がしました。
「な、何を……?」
「?」
女の人は、なんだか、きょとんとした顔に、なっていました。ぼくは、なんでそんな顔になるのかが、わかりませんでした。すると、女の人が、ぼくの横に、すわりました。なんだか、ふしぎなにおいがしました。
ぼくは、すごく、ドキドキしてしまいました。
「ララのめ、みちゃだめ」
女の人の目は、さっき、チラッと、見てしまいました。でも、ダメって、言ってるので、知らんぷりをしました。
「ララのめ、ひとのしにかた、うつるの」
人の死に方って、何だろうって、思いました。
「だから、みちゃだめ」
「う、うん」
見ちゃったけど、ダメって言ってるから、見ていないフリをしました。
……人の死に方だって?
俺はそこまで読んで、ノートを閉じた。ぼんやりと浮かんでくる景色。
そうだ。確かにこんなことがあった。でも、何で忘れていたんだ? 忘れようとしていたのか? 何故?
覚えているといけないことなのか? 魔女のことを?
一度そんなことを思うと、ずっと気になってしまう。一度、はっきりさせたほうがいいかもしれないな。
…………二本杉か。
俺はノートを置いて、家を出た。
……やっぱり、何かあった。
裏山の二本杉を越えた先に、一見の小屋……というよりは廃屋だな。いつ壊れてもおかしくないような小屋があった。裏山のこの辺りは、昼間でも薄暗く、ひんやりとしている。
俺は小屋の窓の蜘蛛の巣を払い、中を覗きこんでみた。
小屋の中には、白髪の女が見えた。それ以外のものは、何も無い。外観どおりの、殺風景な小屋だ。
女をもう少し見てみる。真っ白な髪と、真っ白な肌。そして、真っ赤な目と、真っ赤な唇。身に纏っているものは、黒い上着と、白い……いや、薄汚れているな。とにかく、元は白かったんだろうと思われるドレス。
昔、聞いたことはある。極稀に、生まれながらに全身真っ白な子供が生まれてくる、と。でも、実際に見るのはこれが初めてだ。
とても綺麗な人だというのはわかる。でも、その美しさは、作られた物のように思えた。どこか恐怖を感じるほど、彼女の色が透き通っているからなのかもしれない。
「だれ……?」
女が喋った。
「……ユリウス・ギュンター」
「……しらない」
女の声は、どこかたどたどしく抑揚のない、子供のような喋り方だった。間違いない。ノートに書かれていた、あの女だ。
でも、あれから多分5年は経っている。それにしては若すぎないか?
「……お前が、魔女なのか?」
女は小さく頷いた。この女が、魔女?
女が扉を開ける。俺は遠慮なく小屋の中に入った。怖さがないと言うと嘘になるな。でも、なんだか、抗えなかった。
「一人で住んでるのか?」
もう一回、女は小さく頷いた。……可愛い人だと、少し思った。
小屋の中には、やはり何もなかった。少し埃っぽいが、我慢できる範囲だ。
「聞きたいことがあるんだが……」
「なに?」
女が小さく首をかしげる。
「俺は昔、あんたと会った事がある。何年前だ? よくわかんねぇけど、その時俺はまだ子供だった」
「ララ、としとらないの」
「はぁ!?」
女―ララっていうんだろうか―は淡々と述べたが、すげー事なんじゃねーのか!?
「わかんないけど、ずっと、としとらないの。ララ、ずっと、おなじ。あかいとらと、いたころから」
「赤い虎……?」
士官学校で聞いたことがある。かつて北方でハイランドに対抗していた豪族集団の首魁だ。優秀なリーダーだったみたいだが、一人の女に惑わされて、謀反に遭って死んだと、授業で聞いた。その女ってのが、このララなのか!?
「なにしにきたの?」
ララが、俺の隣に座る。奇妙な匂いがした。上手く言い表せない。冷めた感じの、体温の感じられない匂い―。
「……人の死に方、ってのがわかるんだろ?」
ララが頷く。
「俺に、俺の死に方を、見せてくれ」
ララがしばらく呆気に取られたような表情をした。
「それだけ?」
「あぁ」
「へんなひと」
ララが首をかしげる。変な人って、どういうことだ?
「ララのめ、みればいいの。そしたら、みえるから」
ララの目。それは、紅玉のように紅い、吸い込まれるような紅さだった。そう、何もかも見通しているような――。
少し躊躇する。でも、俺が子供の頃に見たはずの光景だ。それに、俺は知りたい。
俺はどうやって死ぬのか。
俺はいつぐらいまで生きているのか。そして、何をしているのか。
ごくり、と唾を飲み込む。
そして、ララの瞳を覗き込んだ。そこに映るのは、ぼんやりとした映像。
俺の姿。
「……もういい、ありがとう」
俺はララの両肩を抱いて、ゆっくりと離した。ぼんやりとした光景だが、確かにあれは俺だった。
不思議な気持ちだ。でも、安心した気がする。どんな無茶をしても、あの光景までは生きている、ということだから。
「……ふしぎ」
「何でだ?」
「まえ、みたきがするの。ずっとまえ」
ララがきょとんとした表情を浮かべ、ずっと宙を眺めている。記憶でも辿ってるのか。
「……覚えてたんだな。俺は、ずっと前に、あんたと会ってたみたいだ」
「ララ、にかいもみちゃった」
ララがはにかんだ。何だろう、綺麗なんだが……すぐに壊れそうな、作り物のような。どこか変な違和感があった。
……って、外はもうだいぶ暗いな。そろそろ帰らないと拙い。俺は立ち上がり、出口へ足を進めた。
「ありがとう、ララ。また会う事があったら、もう一回、さっきの光景を見せてくれ」
「しないんだ」
「??」
何のことだ? ……おい待て、まさか?
「やっぱり、へんなひと」
ララがもう一回、笑顔を見せた。
「ただいま」
家に着いた頃には、すっかり日も暮れていた。台所からはいい匂いが漂っている。そっか、もう夕食時か。
「あ、おかえりー。って、ドコ行ってたの? ドロドロじゃん!」
エプロン姿のカチュアが、コッチに駆け寄ってくる。料理の途中だったんだろうか。
「ん、ちょっと裏山にな」
「裏山!? ……っとにもう! 片付けの途中でどこかに行かないでよ! 続きやってあげたんだよ!?」
「あ、そりゃすまん。やっぱカチュアはいい妹だな」
カチュアの頭を撫でる。
「わ、手、ちゃんと洗った!?」
「洗った洗った」
はず。
「むー……。今日のところは勘弁してあげるからね!」
「はいはい。ほら、早くしないと鍋焦がすぞ?」
「……わかってるっ!!」
カチュアが慌てて台所へと走っていった。その間に自分の掌を見る。うん、大丈夫。ちゃんと洗ってある。
とりあえず、着替えよう。埃とドロで、ホントに汚れてる。よっぽどだったんだな、魔女の家は。
部屋は綺麗に片付いていた。カチュアの奴、やるじゃんか。机の上には、古いノートが詰まった箱が丸ごと置いてあった。捨てるかどうか迷ったのだろう。
とにかく、覚悟は出来た。
あの時、抱いた夢。それは、果たせるはず。
魔女が教えてくれたんだ。
ま、このノートには感謝だな。
俺は上着を脱いで、部屋着に着替えた。ノートのページが、少しめくれた。
ぼくは、ま女と、いっしょにねました。
さむかったけど、なんだか、あたたかかったです。
色んなことを、話そうと思ったけど、ぼくは、すぐに、ねてしまいました。
次の日、ま女は、言いました。
「ないしょ」
なんのことか、ぼくはよくわからなかったけど、うなずきました。
たぶん、やくそくをやぶると、まほうで、ぼくのきおくを、消しちゃうんだと、思います。
でも、わすれちゃいけないことみたいなので、ぼくは、ここに、書いておきます。
内容はここで、途切れていた。
ユリウスの記憶が途切れていたのは、単純なことだ。
誰にも話すまいと思っているうちに、すっかり忘れてしまっただけである。
ともかく、ララがユリウスに見せた光景は、ユリウスの中にずっと残ることとなる。
今度は消えることなく。 |