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「さて、それじゃあ早速このPBWゲーム、デュリスフィアがどういうゲームなのか体験してみましょうか!」

 握り拳で宣言する部長。俺は彼女の前に座り、パソコンの前で行儀良くしている。

 さて、キャラクターメイキングを済ませた我らTRPG部(仮)であったが、現在俺はなんだかよくわからないままにキャラクターだけ作ってしまった状態にある。ここまで来ても、このゲームをどのように遊ぶのか皆目見当がつかない。

「とりあえず、学園内マップっていう所をクリックして。そこにプレイヤーの拠点であるシャングリラっていう要塞都市の詳細が表示されるわ」

 言われるがままにマップをクリックする。すると画面全体に広がるようにして、街を斜め上から見たような二次元マップが表示された。

「エリアが色で区切られているでしょ? カーソルを合わせると、自動的にそこに説明文が出てくるわ。まあちょっとざっと見てみなさい」

「なるほどね……と」

 とりあえず一番巨大な場所、教室にカーソルを合わせてみる。すると空のウィンドウに説明文が表示された。更にカーソルの横に、なにやら小さいキャラクターのイラストが出てきたではないか。

「クリックすると、説明文を読み上げてくれるわよ」

「マジで?」

 ちびキャラをクリック。するとなにやら胸のでかい女の子の声が聞こえ……なかった。音量がどうやらミュートになっていたらしい。慌ててスピーカー設定を開く。

『ここは、シャングリラの大多数を占める教室です』

 おお、喋った。しかしなんというかこう……いや、細かい感想は後で纏めて言おう。

『覚醒者はその多くが十代の少年少女達で構成されています。人類の希望として戦いの責務を負わされた彼らに対し十分な教育環境を提供する為、シャングリラは学園要塞都市という形をとっているのです。学園に登録されている覚醒者であれば、自由に好きな授業を選んで受講する事が出来ます』

「そこはね、謂わばトレーニングスペース……経験値稼ぎの為の場なの。一日に一度、授業を受ける事で少しだけ経験値を得られるわ。内容に関しては授業とリンクしてるわね」

「はあ、なるほど」

 学園の中央部分はその大多数が教室、或いはそれに類似する建造物で構築されている。その外側には広場があり、購買、学食と続く。

『広場には登録されているプレイヤーキャラクターがランダムで表示されます。日替わりですが、あなたが登場する可能性もありますよ。購買部、学生食堂ではアイテムや装備品の売り買いが可能です』

 そして下に行くと、急にうさんくさい感じのエリアが出てくる。マップには【オーラ兵器研究所】と書いてある。

『研究所では、日夜対レギオン用装備の研究開発が行なわれています。ここでは装備品の強化、不用品の交換、それと【優良生徒証明賞】があれば、試作兵器の授与が可能です』

 なるほどなるほど。まあツッコミは後回しにしてどんどん見ていこう。

 更に、学生同士が交流を図る事が出来る【サークル棟】。プレイヤー同士の対決が可能だという【闘技場】。これまでの世界観やプレイヤーデータが閲覧可能な【図書館】。そして最後に【作戦会議室】か。

「作戦会議室には【オーダー】というのが並んでいるわ。PBWの遊び方って言うのは、まあプレイヤー同士の交流や装備の強化とかコレクションとかもあるけど、実際にキャラクターを動かして戦っていく事だと思うのよね」

「ということは、このオーダーというのが要するにゲームを進める手段ってわけだ」

 作戦会議室にはオーダーリストと呼ばれるものが列挙されており、それをクリックする事でそれぞれの個別会議室へとページが移動する作りになっている。

 とりあえずなんでもいいからとクリックしてみると、個別会議室へ移動した。見方はよくわからないが、とりあえずオーダーのタイトル、それからオープニングテキスト……それと、解説文というものがずらっと並んでいるのがわかる。

「ああちょっと、勝手に進めないでよ。そんな難しそうなオーダー行き成り選ぶもんじゃないでしょ」

「そういわれても……難しいのか、これは?」

「オーダーリストに戻って。そこで大体そのオーダーがどういう依頼なのか、ざっくり判断する事が出来るのよ」

 言われるがままにブラウザバック。そうして再度確認してみると、なるほど、確かにオーダー名の横に色々とアイコンが並んでいる。

「今君が選んだ依頼は、難易度A。難易度はDからAまであって、当然ランクが上がるほど難しくなるわ。そこには書いてないけど、依頼によっては解説文に推奨レベルが書いてあるものもあるわね」

「へぇ……。ちなみにこの赤いドクロのマークはなんだ?」

「他のオーダーに比べて危険である事を意味しているわ。通常、オーダーに失敗しても逃げたりなんだりでキャラクターに危害が及ぶ事は少ないけど、このフラグがついている依頼の場合、キャラクターが重傷を負ったり、最悪死亡する可能性もあるって事ね」

 そんなのを行き成り選ぼうとしていたのか……我ながらガッツに溢れた新人だ。

「それで、えーと……このオーダーってやつはどうやって遊ぶんだ?」

「とりあえず参加しなくても中で何をやっているのかを確認する事は出来るわ。さっきの危険依頼でいいから見てみたら?」

 戻れといったのはお前だろう……と思いつつも素直にページを開きなおす。こういう時は何も言わず素直に従うのが吉なのだ。この女の場合は、だが。

「【作戦相談】っていうのと、【作戦行動入力】っていうのがあるでしょ? 作戦相談の中身は要するに掲示板になってて、自分の行動を他の参加者に伝えたり、場合によっては連携を取ったりと、文字通り作戦を練る場所ね。そして行動入力では自分のキャラクターの行動を600文字以内で入力し、送信する事が出来るの」

「行動入力を……600文字で……? えーと、どういうことだ?」

「要するに、このゲームは自分でキャラクターを操作したり、リアルタイムにGMや他プレイヤーと話をしながら進めるものじゃなくて。予め参加者達が送っておいた行動をGMがまとめて、小説という形式で完成させるものなの」

 ……ちょっとまだ良く意味がわからない。怪訝な顔をしていると部長は俺の手からマウスを引っ手繰り、別のページを開いた。

「これがリプレイっていう、オーダーの完成品よ。ちょっと読んで見たら?」

「リプレイ? それってTRPGでいうリプレイと同じか?」

「うーん……同じではあるんだけど、完成品の形はちょっと違うわね。TRPGでいう所のリプレイっていうのは、実際にTRPGをプレイした様子をそのまま記録したものじゃない。PBWでいうリプレイも、まさにプレイの様子を記録したものなんだけど、GMがプレイヤーの行動入力を取り纏めて整えて作った小説だから、それを見るまで参加したプレイヤーにも自分達の行動の結果がどうなったのかわからないの」

 や、ややこしいな。えーと、まとめてみるとこうか。

 オーダーに参加する……そこでオーダーでどのような行動を取るのか相談し、仲間と作戦を練る。そしてその作戦を織り込んだ……キャラクターの行動を、行動入力として送信する。すると、GMが判定を行い、リプレイという名前の小説として結果が帰って来る、と……。

「TRPGもややこしいゲームだが、PBWはそれ以上にややこしく感じるな」

 ぼやきながらリプレイを読んで見る。それはまさに小説そのものであった。

 そこでは当たり前のようにキャラクター達が動き、戦闘を行なっている。そこにダメージが何点で、どのような判定があっただの、所謂ゲーム的な表記は存在していない。

 さもそういう形であるのが必然であるかのように、ゲームではなく小説としての完成品が並んでいたのだ。

「完成したリプレイは参加者以外も読む事が出来るわ。だからこの作戦会議室には過去のオーダーが並んでいて、その全てを纏めてこの世界の戦いの流れとしているわけ。まー、実際に一度やってみれば案外簡単だってわかるわよ」

「そういうもんか……。それじゃあ、えーと……オーダーに参加すればいいのか?」

「あ、ちょっと待った。君のキャラクターはまだ作っただけだから、何も装備してないしスキルも持ってないわ。それに何より……イラストがついてない!」

 少し溜めた後、声高らかに宣言する部長。装備、スキル……まあそれはわかる。だが……イラスト?

「そ、イラスト。これこそある意味PBW最大の醍醐味ってやつよ。今君のステータスページには何のイラストものってないでしょ?」

 確認してみると、そこにはどうやらイラストが入るらしい空白があるだけだ。部長はまた勝手に操作し、広場に行って表示されたキャラクターのイラストを指差す。

「これ」

「ああ」

「NPCじゃなくて、PC」

「マジで!?」

 驚くのも無理は無い。何故ならそこに立っていたキャラクターは、間違いなく可憐だったからだ。

 絵柄は全く異なるが、これまであちこちで見てきたNPCのイラストと比べてもなんの遜色も無い。むしろ俺はこっちの絵柄の方が好きだ。

「これ、まさか自分で書いたのか?」

「えーと、TRPGならそうなんだけどね。そうじゃなくて、PBWではイラストレーターに依頼する事で、自分のキャラクターのオリジナルイラストを描いてもらう事が出来るのよ」

「自分のキャラクターに……イラストを……!?」

 この衝撃と感動……一体どれだけの人に伝わっているかはわからないが、俺は今……間違いなく気持ちが昂ぶっていた。

 自分の作ったキャラクターにオリジナルのイラストがつく。それはモノカキ勢なら間違いなく感涙ものなのである。

 俺も仮にも文芸部。いや、文芸部志望だった男。もちろん、小説のようなものを書いた経験はある。だがそこにあるのは自分の空虚な妄想だけで、イラストという実体を伴う事はなかった。

 それがこうして実際にイラストに。しかも美麗なイラストに出来るという奇跡! しかもそれで遊べるとは……なんということだ。このシステムを考えた奴は間違いなく天才。

「もしもーし? 何一人でトリップしちゃってんの……?」

「ああ、いや、なんでもない。しかし、このイラストはどこで頼むんだ?」

「発注用のサイトがあるのよ。急に目をキラキラさせちゃって、わっかりやすいんだから」

「まあ、そりゃな……。自分で書けといわれたら苦痛でしかないが、上手い奴に書いてもらえるなら最高だろ」

「そうね。【漆黒の風】みたいに成らずに済むしね」

「その話はやめろォオオオオ!! マジで!! だってあのシートのイラストの部分、空白だったら寂しいだろうが!!」

 思わず頭を抱えて悶え苦しむ。シートの空白は寂しい……そう、だから俺は……その……彼のイラストを、だな……。

「あははは! はいはい、わかったから。とりあえず装備を一式揃えて、スキルも覚えたらイラストを発注しに行きましょうか」

「よし、さっさと進めるぞ」

 意気込んで購買部へ向かう俺達。しかしそこへコンピ研の部員らしき小太りの少年がおずおずと声をかけてきた。

「あ、あのう~……そろそろコンピューター室を閉める時間なんだけど……」

「あら? もうそんな時間?」

 見れば窓の外はすっかり真っ暗になっていた。校庭から聞こえていた運動部の威勢のいい声もいつの間にやら途切れ、放課後独特の喧騒は鳴りを潜めている。

「も、もうそんな時間なんだ。だからその~、そろそろいいかな?」

「チッ、こまけぇなあ。ちょっとくらいいいだろうがよ、ちょっとくらいよ」

「ちょっと君、絡まないであげてくれる? さっきまで全然乗り気じゃなかったくせに」

 部長に首根っこを捕まれ強引に引き下がらされた。まだ納得の行かない俺だが、流石にここで理不尽を彼に押し付けるのも可愛そうな気がする。それに……。

「今揉め事起こしたら、明日からここにこられなくなっちゃうでしょ?」

 満面の笑みで語る部長。哀れ、コンピ研の部員はなんともいえない情けない表情を浮かべ、がっくりと肩を落とすのであった。




「うぅ~っ、さぶさぶ……! 急に冷え込むのは勘弁してほしいわよね。日本には四季ってものがあるんだから、徐々に気温を下げるのが筋ってもんでしょ」

 学校の帰り道、俺は部長と肩を並べて歩いていた。ついこの間まで夏休みだと思っていたのだが、いつの間にか日が暮れるのは随分と早くなったらしい。

 制服も夏服から冬服に変わったし、街の装いも徐々に徐々に秋に染まりつつある。歩いていると体の火照りが風で冷やされ、いい塩梅に感じられた。

「ねえ、明日もヒマでしょ? 放課後、部室じゃなくて直接コンピューター室に集合ね」

「ああ……もう直に行くのか。確かにその方が効率的ではあるが」

「放課後ってぶっちゃけあんまり時間ないのよねー。それにほら、もう直ぐ定期テストあるし。テスト期間中はコンピューター室、放課後に空かなくなるでしょ?」

 なるほど、確かにそうだ。まあ、テスト前にこんな暢気にしている自分達について疑念を感じないわけではないのだが、目下テストで困る事と言えば、パソコンが使えなくなる事だろう。

「それまでに色々とやっときたいのよね。イラストって注文してから完成するまでちょっと時間掛かるし、間にテスト入れて丁度いい感じかなー」

「へぇ。まあ、一日二日で完成するもんでもないか」

「速い人は本当に一日二日で仕上げてくるけどね」

 にんまりと笑みを作り、軽い歩調で進む部長。今日は機嫌がいいのだろう。小刻みに揺れる長い髪が踊っているようにも見える。

「いやー、でも面白そうでしょ? PBW!」

「まだよくわかんねーよ」

「でも、イラストは描いて欲しいでしょ? うりうり~!」

「やめろ……じゃれるんじゃない」

 そんなやり取りをしながらコンビニに差し掛かった時だ。部長は足を止めコンビニへと方向転換する。

「ちょっと寄ってくわよ。やる事があるの」

「それもPBWに関係がある事か?」

「そうそう。ま、いいからついてきて」

 返事も聞かずに自動ドアを潜り姿を消す部長。彼女とこうして付き合い始めてから一年になるが、最初からずっとこんな調子であった。

 自分勝手で人の意見なんか聞きやしない。その癖まあ、なんというか。女らしく寂しがりだったり、傷付きやすかったりする一面も有る。だから、ほっとけないのだ。

 ここでアレをほっといて帰路に着く事も十分可能だが、後で怒鳴られるし、この後彼女はちょっと泣きそうになるだろう。そう考えると、どう考えても分が悪い。

「結局、我侭な奴が得をする世界なんだよなぁ」

 自重染みた笑みを浮かべながら歩き出す。まあ、なんだかんだであいつに付き合えるのは俺くらいしかいない。だからそう――仕方ないのだ。


 そう、考えていた直後の出来事であった。


「はい、五千円ちょうだい」

 レジの前に立ったあのバカ女は唐突にいい笑顔で俺に手を差し伸べた。

 全く意味がわからず困惑する俺。レジに立っているのは同じくいい笑顔のバイトの兄ちゃん。レジにはピッタリ五千円の文字。

「……ちょっと待て。お前何を買いやがった」

 コンビニには確かに色々な物が売られている。ここはそういう便利な小売店だ。だがな、五千円もするようなモン、そうそう置いてるわけねーだろが。バカでもそれくらいはわかるわ。

「何って、コレだけど?」

 女が手にしていたのはひらひらの薄っぺらい紙一枚。見た感じ何かのチケットのようだが。

「こんなもんが五千円もするのか……?」

「するわよ。あ、もしかして知らないの? これがなんなのか」

 無言で頷く。すると女は今日何度目かわからないどや顔で言った。

「これはね、オンラインマネーのチケット。これがないと、イラストを発注する事は出来ないんですよ?」

 わかりましたか? そんな感じに顔を覗きこんでくる。

 油断していた。この女の仕掛けて来る事に。判っていた筈なのに。

「だからはい、五千円ちょうだい?」

 滝のように流れる汗。俺はゆっくりとポケットに手を突っ込み、財布を取り出すのであった……。

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