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赤い瞳の天(そら)
作:弥招 栄



けっこん





「あっ、いたいた。サムジィさん、今いいですか?」
「おお、マーゴ。なにかの」
 マーゴが呼び止めたのは、歳はもう二百近いだろう、つるりとした頭の老人だった。だが、背も腰も少しも曲がっておらず、かくしゃくとしている。厳しい、頑固そうな面構えだが、マーゴを見る目は優しい。この城の官僚の長、管理官のサムジィだ。
 歩きながらでいいかの、という老人について行きながら、その深い皺の刻まれた顔を見上げた。部下の役人どころか、グルオンにさえ厳しい言葉をためらわない人物なのだが、マーゴとペグにはとても優しいので、この老人にはつい甘えた口調になってしまう。
「あのね、グルオンさんとお父さんが結婚の契約を結んだの」
「ほう、そうかい。今グルオン様と話しておったが、何も言われなんだがな。それは、公にせねばならん話かな?」
「……え、どういうことですか?」
 思いもよらぬ問いに、マーゴは首を傾げる。
「城主の婚姻というのは、結構大事でな。城内どころか、城下すべてで盛大に祝わねばならん。ところで今、この城に城兵は何人おる?」
「え……と、四万人をちょっと超えるくらい」
「そう、そしてさらに増え続けておる。税で養える兵は、およそ三万。残りの一万とちょっとと今日また雇った分は、貯えを切り崩していかねばならん。そこで、盛大な祝宴を張れば、どうなるかの」
「お金が足りなくなる……?」
「そういうことじゃ」
 サムジィは、わざとらしく顔を顰めてみせる。
「なにも盛大にじゃなくていいの。お城の中で、ささやかな――」
「そうすれば、城下の者が、不満に思おう。ただでさえ、今城下はごたごたしておる。わしもな、そう聞いたからには祝いの宴を開かねばならんが、ロウゼン様から聞いたわけではないからの。忘れよう」
「えーーー」
「グルオン様が何も仰らなかったのは、そのことを承知しておったからじゃろう。あの方もこの城にきてから、苦労しておるからの。ようやく気が回るようになってきおった」
「……せっかく結婚式、観てみたかったのに」
「まあ慌てんと、お前さんに好きな男が出来たときに、とっとくことじゃな」
 ほっほっと笑いながら、左門へと向かう戸口をくぐる。役所にある自室へ帰るのだろう。サムジィは、マーゴがロウゼンの実の娘でないことは知っているが、彼女の力も、彼女が大人になれないことも知らない。
「……うん」
「おっ。ペグのお帰りじゃ」
 門番が開いた扉の隙間を、ペグと獣がくぐり抜けてきた。すぐにマーゴに気づいて、駆け寄ってくる。
「ペグさん。お帰りなさい」
「うん。おなかすいた」
「うむ。元気で結構。それじゃあな」
「あっ。おやすみなさい」
 サムジィを隠して、扉が閉じられる。それに手を振ってから、小さな妹を見下ろした。見るたびに、背が伸びているような気がする。
「泥だらけじゃない。体拭いてあげるから、それから一緒に食べましょ」
「うん。あのお兄ちゃんたちがいたよ。このおしろにいっしょにきた」
「ああ、トリウィさん達? 今日お城にも来てた。――豹もお腹すいたの?」
 マーゴの躰に頭を擦りつけていた豹が、なあ、と鳴いた。
「すぐにお肉をあげるからね。あのね、ペグさん。お父さんが、グルオンさんと結婚したの」
「けっこん?」
「そう。グルオンさんが、わたし達のお母さんになるの」
「ふーん」
「……ふーんって、それだけなの?」
「うん。豹、いこ」
「あっ。ペグさん!」
 ふう。溜め息を吐いて、マーゴはペグを追いかけた。


10/6更新予定!

稲刈りの日だ^^;






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