死んでいた。
傍らに眠る女が、今日は珍しく朝寝坊をしていたので、起こそうと肩を揺さぶったとき、はっとして手を引っ込めた。
昨日の情事を物語るような、わたしが付けたいくつもの跡がくっきりと赤紫に染まっている。しかし、わたしは即座にその色の異変に気がつく。普段なら、女が「あまりわからないものね」と半ば感心しながらほとんど肌の色に近い、ほんのり赤く色付いただけのその跡を見つめるのだが、今日はなぜか赤紫色をしていて、おまけに色も濃い。ゆっくりと女を仰向けにしてみると、まず唇が青紫なのに気がついた。続いて肌が冷たく、血が通っていないようだった。むろん色もない。
死んでいる。そう、女は死んでいるのだ。
あまりにも何の前触れもなく訪れた死に、わたしは驚くどころか、なんともまあ呆気の無い死に方をするな、と思った。それと同時に、女を殺した正体の掴めない何かに対しても、ひどい憎悪を抱いた。もし見つけたら、殺してやろう。とも思った。
わたしは女の顔の横に手をつき、女の長い睫毛が重なるほど顔を近づけると、上品な小さい唇に、そっと別れの接吻を落とした。
そうしてゆっくりと起き上がると、乱れた着物を直し、帯をゆるゆると締める。襖を開けて縁側に出ると、ざあざあと雨が降っていた。庭と縁側に戸や壁の仕切りはないため、木でできた床がぐっしょりと濡れている。湿った匂いが鼻孔をくすぐった。
腕を組んで足元を濡らしながら、はなれにある物置へ足を運んだ。
物置には生憎小さなスコップしかなく、わたしは渋々そのスコップを手にすると、また女のいる部屋へと戻った。
女は相変わらず仰向けになったまま、瞼を閉じて依然と動こうとはしなかった。死んでいるのだから当然か、と思ったが、女が今にも動き出しそうな気がして、目が離せなかった。
わたしは名残惜しい気持ちを必死で覆い隠しながら、そっと真っ白な布に女を包んでやった。
そうしてわたしは雨の中、庭に出て必死で小さなスコップで穴を掘った。真珠の雨粒が、地面に落ちては吸収されていくのを見つめながら、わたしはなおも穴を掘り続けた。
幾時間も経ってようやく、女ひとりが入れるような穴を掘ることができた。わたしは布にくるまれた女をそっと抱き上げて、穴へ入れてやると、やさしく上から土をかぶせてやった。そして今度は唇ではなく、女の上にある土にそっと接吻した。
わたしは椅子に腰掛け、煙草を口に銜えながら、ぼんやりと女と出会った日のことを思い出していた。
女は大事そうに、両腕で金魚の入った金魚鉢を抱え、わたしの家にやってきた。そのときに、「どうか、この金魚は、この金魚だけは世話をして、生かさせてやってください。わたしが世話をしなくなったときは、あなたが世話をしてやってください」と頼まれたことも覚えている。女は金魚の世話をまめにしていた。そういえば、今、金魚はどうなっているのだろうか。女が死に至るほどではないが、病弱になってからというもの、金魚の世話をしている姿を見たことがないことを思い出した。
わたしは立ち上がり、金魚鉢の置かれている玄関へ向かった。
玄関はひっそり閑としていて、雨がしきりにがたがたと戸を揺らしている。その隅っこに、金魚鉢は置かれていた。
わたしは下駄を履いて金魚鉢へと近づくと、そっと中を覗き込んだ。
死んでいた。
大きなぎょろりとした、不気味な白く濁った目を見開いて、優美な尾を垂れ下げ、ぷかり、と水面に浮かび上がって、死んでいた。ひどく痩せている。女の言葉がありありと頭の中に浮かんでくる。
そこでわたしは気がついた。
女を殺したのは、わたしだったのだ。
---了 |