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第02話 旅の始まり-1

 カンカンカン、と鳴り響く鐘の音。


 その音と共に、巨大な門が開かれていく。旅装に身を包み、それを見守りながらもアタカの表情は沈鬱なものだった。


「まあ、あまり期待していたわけじゃないけど……」


 開門の前後、門に程近い城壁の周りでは共に狩りに出かけるものを募る『集会所』と呼ばれる天幕が張られる。僅かな期待と大きな不安を胸にそこに出向いたアタカを出迎えたのは、蔑みと嘲笑だった。


 試験を一位で突破しておきながら、適合率ゼロ。それはすなわち竜使いになる才能がゼロという事だ。一緒に合格した同期は当然それを知っているが、古参の竜使い達にもアタカの事は知れ渡っていた。


 実はそれには隠れファンの多いルビィやコヨイとマンツーマンで訓練していた事に対するやっかみも含まれているのだが、いずれにしろ外の世界は僅かな油断が生死に関わる。そう言った事に興味のない者も、あえて足手纏いを連れて行こうとは考えなかった。


 結果、アタカは嘲りの言葉と無関心だけを受け取って集会所を後にし、たった一人開門の時を待っていた。そんな彼の手を、クロが心配そうにぺろりと舐める。


「……そうだよな。僕は一人なんかじゃない。

 お前がいるんだもんな」


 アタカは微笑み、クロの毛を撫で梳いた。過酷な訓練の間も欠かす事無くブラシをかけたその亜麻色の毛並みはふわふわと柔らかくいいにおいがする。


「君、一人かい?」


 そんなアタカに、不意に声がかけられた。振り向いた彼の目に映ったのは、大柄な男だ。


 その男は、率直に言って不細工だった。頭頂部中ほどまで後退した生え際に、太くもっさりとした印象を与える眉。鼻は酷く大きく上を向いたいわゆる豚っ鼻で、その帳尻を合わせるかのように目は小さく細い。頬骨はゴツゴツと張り出し、その間に分厚い唇が収まっていた。


 体格はよく、アタカよりも頭一つ分は背が高く、全身に筋肉もついていたが、毛深いせいで力強さよりも粗野さが強調される結果になっている。背が高い割に足は短く蟹股で、出来の悪い奇妙な人形のような印象を見るものに与えた。


 極めつけはその肩に乗せている巨大なハエだ。生まれたての赤ん坊ほどの大きさを持つそのハエは、ドラゴン・フライと呼ばれる竜種だった。大きな赤い複眼と六本の細く長い手足。ぷっくりと膨れた腹の先は蛇腹になって長く伸びている。


 ドラゴン・フライは後ろ4本の足で男の肩に止まりながらしきりに前足を擦り合わせた。そのグロテスクな容貌は男の顔と相まって余計に禍々しく見える。


「はい、そうですけど……」


 ちらりと傍らの相棒に目をやりながら、アタカは答えた。


「ああごめん、二人か。実は俺もそうなんだけど、もしよかったら

 一緒に行かないかい? 行き先は君の好きな場所で良いからさ」


「本当ですか!?

 ……でも、うちの相棒はパピーなんですけど、それでも構いませんか?」


 願ってもない申し出に、思わずアタカは食いついた。男は笑顔を浮かべながら頷く。


「勿論、かまわないさ。それを見た上でこうして誘ってるんだからね。

 見た所、そんなに外に出た経験はない。そうなんじゃないか?」


「……はい。実は今回が初めてなんです」


 うんうん、と男は同情するように頷いた。


「だったら尚更だ。外の世界は危険だよ。そんな中、パピーをつれて一人でなんて

 自殺行為だよ。こう見えて俺は経験豊富でね。大船に乗ったつもりで任せてくれよ」


「ありがとうございます! よろしくお願いします!」


 ドンと胸を叩く男に、アタカは喜んで飛び跳ねた。


 男がニヤリと唇を歪ませたことに、気付かないまま。




「最初は南ゲブラーに行こうと思うんです」


「ああ、俺もそれがいいと思うよ」


 門を通り、歩を進めながら言うアタカに大柄な男……ムベは同意した。今まで一度も出たことのない外の世界はどれほどの物かと戦々恐々としていたアタカだったが、今の所周囲は平穏そのものだ。


 地面には街中ほどしっかりしたものではないが石畳の道が敷かれ、空には鳥がさえずり花々の間を蝶がひらひらと舞う。それはあまりにものどかな光景だった。


「竜だって馬鹿じゃない。いや、むしろ大抵の獣なんかよりずっと賢い。

 下手に人間に手を出せば手痛い報復を受けるとわかってるんだ」


 物珍しげに辺りを見回すアタカにムベはそう説明した。


 彼が言うには、二重三重に街を覆っている壁には実はさほどの防御効果はないらしい。考えてみれば当然だ。半数以上の竜は自在に空を飛べるのだから、どれだけ高かろうと空が開いている以上、壁には防御能力は期待できない。


 ではなぜ街が襲われないかというと、街の周囲に張り巡らされた対竜結界と、街にいる竜使いたちの戦力による威圧効果だそうだ。それらは街を一歩でたからと言ってすぐになくなるものではなく、多数の竜使いが列を成して歩いている事も相まってしばらくは竜に襲われる心配はないのだそうだ。


 竜が多数巣を張る『狩場』とでも言うべきものは、幾つか固定されている。アタカが言った南ゲブラーというのも、その一つだった。正確には南ゲブラー海岸。フィルシーダ市が位置している半島の南側に広がる海だ。


 そこは竜使いになったばかりのものが訓練と力試しの為に向かう狩場として、よく知られていた。大陸でも最も弱い竜が住む地域だからだ。


「何で南にいくほど竜は弱くなるか知ってるかい?」


 道すがら、ムベはアタカにそうたずねた。南にいくほど竜が弱くなるというのは知っていたが、それがなぜかという話になると諸説あって確かな答えを知らない。アタカが素直に首を振ると、ムベは北を……遥か彼方に聳え立つ世界樹を指差した。


「この大陸の最北端。そこに聳え立つあの世界樹の更に天辺に、竜の王様が

 いるからだ、って竜使いの間じゃそう言われてる」


「竜の王様……ドラゴン・ロード?」


 その名だけは、アタカは聞いた覚えがあった。ドラゴン・ロード。竜の中の竜。あらゆる竜を統べるもの。


「そうだ。竜の力は大地の力、世界の根源そのもの。その王って事は、それ即ち

 この世界そのものと言ってもいい。

 それを倒し従える事が出来れば、その竜使いはこの世界の王になれる」


 ムベは真剣な表情でアタカを見下ろした。


「……なんてな」


 しかしすぐに、その並びの悪い歯をむき出しにしてニカリと笑みを見せる。


「実際はいるかどうかすらわかんねー。ドラゴン・ロードなんて見た事がある奴どころか

 世界樹に登るのさえ並みの竜使いにゃ無理だ。まして、倒して従えるなんて

 本気で考える奴は殆どいないんじゃねぇかな」


 確かにそうかもしれない、とアタカは頷いた。フィルシーダ市は大陸の最南端。最北端の世界樹がここからでも見えると言うだけでその巨大さが窺い知れる。例え空を飛べる竜に乗っていったとしても、登るのは困難を極めるだろう。


「とは言え、南にいくほど竜が弱くなるのは確かな事なんだ。だから、竜使いに

 なれるのは大陸で唯一フィルシーダだけなのさ」


 若干崩れた口調を元に戻し、ムベはそう結んだ。そんな話をしている間に竜使いたちの隊列は徐々に少なくなり、風に潮の匂いが混じってくる。


 石畳の道が途切れ、踏み慣らされただけの道を進み、小高い丘を超えると一気に視界が開ける。


「……これが、海……」


 知識としては知っていた。絵画で見たこともある。


 しかし、初めて実際に見る海は圧倒的な質量と濃厚な潮の香りと共に、アタカの眼前いっぱいに広がった。後ろ以外、どちらを見ても広がる濃紺の水。遥か彼方の水平線。どれも、アタカが初めて目にするものだった。


「さて、気を引き締めなよ。こっから先は竜の巣だ。

 ……初めての狩といきますか」


 ブゥン、と音を立て、ムベの肩からドラゴン・フライが羽ばたく。


「はいっ」


 一ヶ月の訓練を思い出しながら大きく深呼吸し、アタカは頷いた。

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