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第75話:コスプレ屋にて

 

 アインファストから転移門を使ってツヴァンドへ戻り、コスプレ屋へやって来た。

「いらっしゃいませー! あ、フィスト君! 色々と大変だったみたいだね」

 何やらカウンターで作業をしていたスティッチが手を止め、いつもの笑顔と声で出迎えてくれる。

「あ、それがメールで言ってたやつだね。へー、蔦がそのまま絡まって、服みたいになってるんだ」

 俺が装備している【翠精樹の蔦衣】を興味深げに見るスティッチ。前回寄った時はシザーしかいなかったので、スティッチは初めてこれを見たのだ。

「蔦の太さは変わるみたいでな。色々試してみたが、どうも一定質量の範囲内で太さの調節ができるみたいだ」

 身体に巻き付いてる部分は親指くらい、腕に巻き付いてるのが小指くらい、手の甲や指を覆う部分はそれこそアサガオの蔓レベルの細さになってたりする。一応、俺の意を酌んで太い部分が細くなったりもするが、当然、太い方が頑丈だ。そしてそんな質量が、椿の実程度の大きさに収まるんだから、まったくもって謎植物だな翠精樹。いや、翠精樹そのものってわけじゃないんだろうけど。マジックアイテムというか、分類的にはそっち系だろうし。

「一応、言われたとおりに手を加えておいたぞ」

 店の奥からシザーが鎧一式を持って現れた。鎧のデザインは以前と変わってない。というか変えないでもらっていた。

 胴鎧を受け取ると、確かな重みが伝わってくる。思ってたより増えてるな。

「ブラウンベアを使っていた部分は、一つ目熊に変更してある。それから、熊素材で二層にしていた胸部と腹部には、ブラックウルフの魔鋼を仕込む形にした。その分重くなっているが、防御力は上がっている」

「ああ、ありがとう」

「ロックリザードはこれで品切れだ。あの質の革は、当分お目に掛かれんだろうな」

 つまり、今度これが大破したら、新たに素材を確保しない限りは同じ物は作れないということだ。まぁ、あの死霊騎士と再戦することなんてないんだから、当分はこれでいいだろ。結果として、蔦衣と鋼板の分、以前より強力になってるわけだし。

「サイズの方は、その蔦衣で下地を調整すると言っていたが、大丈夫かね?」

「ああ、問題ないようだ」

 革鎧を着込むも、調整の必要が無いくらいにピッタリだ。腕部、の方も大丈夫。大腿部の方は、今後のことを考えて、調整に余裕を持たせるようにしてもらっている。よし、こっちも違和感ないな。見た目は変わらず性能は向上したという今回の装備更新。いい感じに仕上がってると思う。

「それから、ブーツの方はどうするかね? 今なら一つ目熊の革で作ることも可能だが」

 言われてブーツに視線を落とす。こっちの方は死霊騎士の攻撃を受けてないから修理の必要もなかったんだよな。ただ、今まで使ってきてくたびれてるのは事実だ。装備として性能が落ちてるわけじゃないけど、靴底が磨り減ったりとかはしてる。いい機会だから頼んどくか。

「ところで、スティッチは今、何を作ってるんだ?」

 小さな白い布に針を通しているスティッチに尋ねる。装備品にしては小さすぎるよな。

 作業を止めて、何やら含み笑いをするスティッチ。そして、作業してたのとは別の布を差し出してきた。

 受け取ってみると、それは幅広の砂時計っぽい形をした1枚の布。角には帯が付いてるんだが、何に使うんだこれ?

「それ、女性プレイヤーのデフォルトのショーツだよ」

 ……女性プレイヤーの下着って紐パンだったのな。あれ、腰の部分で結んで履くショーツって、紐パンで合ってるよな?

「で、フィスト君。それ見てどう思うー?」

 どう思うと言われても、下着だけ見て興奮するような性癖は持ち合わせてない。第一、これは飾りっ気のないただの布にしか見えないし。

「色気のいの字もないな」

「だよねー。そういうわけで、女性プレイヤーからは不評の一品なのですよ」

「不評って言っても、しょせん服の下だろう? 拘る必要なんてあるのか?」

 そう言うと、スティッチがちちちと指を振る。

「フィスト君、忘れてない? このゲーム、18歳以上はエッチできるでしょ」

 いや、そりゃ知ってるけどさ。娼館だってあるわけだし。そっちに入り浸ってるプレイヤーが意外と多いのを俺は知ってるし。

「ということは、夜の装いも重要なわけですよ。今フィスト君が持っているようなエロスの欠片もない布きれでは、あまりにも戦力不足。故に、可愛い下着、色っぽい下着の開発は必須なのですよー」

 拳を握り締めて力説するスティッチ。シザー、シザー、嫁さんが暴走してるぞ。止めろよと目で訴えてみるが、しかし旦那は肩をすくめるのみ。

「実際、需要はあるのだよ。女性プレイヤー然り、住人然りだ」

「……住人にも売れてるのか?」

「うむ。一度、娼館に営業に行ったらいい手応えでな。娼婦達からの注文も増えてきた。後は身分の高い家や一部富裕層の女性達だ。被服系職人の女性プレイヤーはそっちに力を入れている者も多いぞ? 商品としてもだが、やはりデフォルトの下着が許容できないらしい」

 そんなことになってたのか……下着、あなどれんな。俺は男だから、今のままで全く気にならないが。いや、他の男性プレイヤーはどう思ってるんだ?

「男でも、そういうの気にする奴って出てきてるか?」

 ちなみに男性プレイヤーのデフォルト下着は白無地のトランクスだったりする。腰部分にゴムじゃなくて紐が通してあるタイプだ。

「今のところは聞かぬな。まぁ、無地のままというのも味気ないので、色や柄のバリエーションは色々作っているが。よければ買うかね?」

「今後を考えたら、いくらか買っておいた方がいいんだよなぁ」

 シザーの提案に頷いておく。今後、風呂が一般実装されたら、服なんかも汚れが出ると思うんだよな。無論、下着も。プレイヤーにはゲーム内での排泄はないけども、汗で汚れることはあるだろうし。GAOだからな。

「後は素材でいいのがあればいいんだけどねー。やっぱり肌触りがいい素材を使いたいし」

 まだまだ発展の余地があり、スティッチは満足していない様子だ。俺なんかは全部ユ○クロでも構わんタチだから、おしゃれに懸ける女性の情熱というのはよく分からんな。

「あ、GAOで蜘蛛の糸って、素材としてはどうなんだ? この間、何かに使えるかと思って確保してる蜘蛛の死体があるんだが」

 セアカマダラグモ、ストレージに放り込んだままなんだよな。

「蜘蛛素材か。今のところ話題には挙がっておらぬな。この辺りの市場にも出回ってはおらぬ。ファンタジー系としては定番のネタではあるが、蜘蛛系を倒して糸が入手できた例もまだない。案外、【解体】スキルでのみ獲得可能な素材なのかもしれぬな」

「そうか。要るか?」

「いただこう」

 ストレージから蜘蛛の死体を出してシザーに渡した。嫌悪する様子もなく受け取ってシザーはそれを観察している。ここまででかいと、現実感がなくて昆虫に対する忌避感も薄れるんだろうかね。動いてたらまた違うんだろうけど。

「あー、それともう1つ。シザー、スティッチ、これ、要るか?」

 俺はストレージからもう1つの素材を取り出してカウンターに置いた。

 見た目は絹織物。エルフ達が持たせてくれた土産の1つだ。絹と言っても蚕から作った物じゃなく、流星蝶と呼ばれる大型の珍しい蝶の繭から紡ぐ糸で織った物で、人族の間では森絹とかエルフ絹と呼ばれているとエルフ達は言っていた。流星蝶自体が珍しく、更に繭が見つかることも稀だとかで、なかなか作れないんだとか。

 ぼとり、とシザーが蜘蛛を落とした。スティッチも硬直している。2人の視線は森絹に釘付けだ。

「こ、これが森絹か……」

 2人とも、それに触れるのを躊躇うように手が震えている。プレイヤーの目にそう簡単に触れるブツじゃないはずなんだが、それを知ってるってことは、服飾系スキル持ちには素材の正体が分かるのかもな。

「そうか、フィスト氏は今回の件でエルフ達と縁を持ったのだったな」

「今回以前から縁はあったけどな。まぁ、今回の件の礼にもらったって意味じゃ間違ってないけど」

 俺としては、くれたからもらった、ってだけの物だ。特に強靱であるとか特殊な効果があるわけではないので、防具素材としての価値は皆無だが、服にはいい素材だろう。

「で、どうするこれ。買い取ってくれるか?」

 一般に出回る服なんかも作ってるシザー達にはいい材料になると思ったんだが、

「……すまないが、買い取れるだけの余裕がない」

 と2人揃って溜息をつかれた。え? なにそれ?

「フィスト君。これね、GAOで高級品だって言われてる絹が安物だって思えるくらいの超高級品なんですよー……普通の絹よりも光沢と肌触りがいいとは聞いてたけど、同じ絹でどうしてそこまで違うのかって疑問が、今初めて実物を見ることで氷解した……」

 うっとりとした表情で森絹を見るスティッチ。生産者として、そして女性として、俺とは違うものを森絹に見出してるんだろうかね。

「古代ローマでは絹が同量の金と同じ価値があるなどと言われていたこともあるらしいが、少なくともファルーラ王国内で言えば、それ以上の価値なのだよ。そして、プレイヤーでこれを扱ったことがある職人はまだいない。【クローゼット】ですら未だ入手できていない逸品なのだよ」

 とシザーが補足してくれたが、やっぱり俺にはよく分からない。確かに肌触りもいいし、光の加減で時折七色に光って見えるのは綺麗だと思うけど。【クローゼット】って確か服飾系の最大手生産ギルドだっけ。そこでも入手できないって、よっぽどレアかつ高価なんだな。

 というかエルフ達、森絹が人族界隈でそこまでの価値だと知ってるんだろうか? 大量生産できるものじゃないなんて言ってたから、稀少だって認識はあるんだろうけど、売りに出た時にぼったくられてたりしないだろうな? エルフ達の需要としては、エルフ女性の婚礼用衣装に使うくらいで、それも親から子に受け継がれるのが主流で新規に作ることは最近じゃ珍しいとも言ってたが、そこまでの貴重品のような感じじゃなかったんだが。いや、本当はとても貴重だけど、俺達だから譲ってくれたんだろうか。今度聞いてみるか。

「じゃあ、買い取りは無理か」

「すごく、すごく扱いたい素材ではあるんだけど……でも、手を出せないですねー……」

 いつもの元気はどこへやら。すっかりスティッチが沈んでしまっている。何か、悪いことしたかな……

「フィスト氏、もし今後、森絹を持っていて、それを服にしたい者を知ることがあったら、この店を案内してもらえないだろうか? できれば、でいい」

 そんな彼女を気の毒そうに見て、シザーが口を開いた。今は無理でもいずれは、ということだろう。

「俺が服を作ってもらうってのは?」

 持ち込んで夢だけ見せて終わった、というのも後味が悪いので、俺が依頼すれば問題ないんじゃないかと思ったんだが、

「欲しくもない服を作るのに使っていい素材じゃないですよー……本心から森絹製の服が欲しいって言うなら受けるけど……」

 とスティッチに釘を刺された。うん、どうしても森絹の服が欲しいってわけじゃないのは事実だ。そのあたりは職人としての拘りもあるんだろうけど。俺が女性プレイヤーだったら、何かしら作ってもらうって選択肢もあったんだろうけどなぁ。是非とも欲しいんだ、って今ここで言うのは簡単だけど、納得しそうにないな。

 でも待てよ? スティッチ達としては、森絹で何か作りたいってのが望みなわけだ。そして、それは俺でなくてもいいわけで。となると、その心当たりが現時点であるんだよな。

「ちょっと待て」

 話を中断して、フレンドチャットを繋ぐ。

『ミリアム、ちょっといいか?』

 相手は【シルバーブレード】のミリアムだ。別にミリアムでなくてもよかったんだが、このタイミングで一番手が空いてるのは彼女だろうと思って選択した。

『はい、大丈夫です。どういったご用件でしょうか?』

『いや、エルフ達にもらった森絹、あったろ。あれ、使い道ってもう決めたか?』

 実は【シルバーブレード】も俺と同じ量の森絹をもらってる。その時の女性陣の喜びようと言ったらすごかった。呆れる男性陣が対照的だったな。まぁそれはともかく。

『いえ、今はまだ。いずれ、服でも作ろうかというところで止まっています』

『そうか。だったら、もし売却せずに衣類製作に使うのが決定なら、その時、使ってほしい店があるんだよ。ツヴァンドにある、俺の鎧やマントを手掛けてくれたプレイヤーの店なんだけど、森絹を売ろうと思ったら、高すぎて買い取れないって言われてな。でも、扱ってはみたいって言ってたから。料金は勉強してもらえるように頼んでみる。どうだ?』

『少々、お待ちください』

 チャットが止まる。ウェナ達にも聞いてくれてるんだろう。

『その職人さん、ドレス等は作れる方でしょうか?』

 少しして、問いが返ってきた。ドレス? ミリアム達、ドレスを作りたいのか? まぁリアルじゃそうそう着る機会はないだろうけど。

「なぁ、スティッチ。お前さん、ドレスって作れるか?」

「どんなドレスかにもよるけど、資料があれば問題ない、かな。GAO内のドレスなら作ったことあるけど……フィスト君、一体何を?」

 スティッチの技量的には問題なさそうだな。スティッチの問いには答えず、再度ミリアムに声を掛ける。

『GAO世界のドレス製作の実績はあるみたいだな。もしよかったら、画像とか送ってもらおうか?』

 スティッチは自分の作品をSSに撮ってるはずだから、それを送ってやれば判断材料になるだろう。そう思ったんだが、

『実際に作ってもらう時には確認したいですが、フィストさんが推薦する方なら問題はないと思っています。それに、森絹が手に入ったのはフィストさんのお陰でもありますし。ルーク達も構わないと言ってくれましたし、大丈夫ですよ。ウェナやシリアも嬉しそうですし』

 あちらはこっちの提案に全幅の信頼を置いてくれているようだった。

『そうか。ありがとう。店の場所とかについては後日メールするよ』

『いいえ、こちらこそ。その時を楽しみにしています』

 よぅし、話は纏まった。

「スティッチ。すぐってわけじゃないが、森絹でドレス作って欲しいってさ。客は【シルバーブレード】の女性陣3人な」

「……え!?」

 スティッチの目が点になった。

「そうか、【銀剣】ももらっていたのだな」

 と納得したのはシザーだ。

「彼女らが持ってくる森絹を使って、彼女らが望むドレスを仕立ててやってくれ。その代わり、費用はまけてやっ――」

「あ、ありがとうフィスト君! お礼に私服、好きなだけ持って行って! それからそれから! 服関係ならいつでも相談に乗るから!」

 言い終わらない内にスティッチのテンションが一気に上がった。そんなに森絹、使ってみたかったのか。いや、私服ばっかりそんなにもらっても着る機会が……っておい、さり気なくコスプレを紛れ込ませるんじゃない。あと女物も入れるな。混乱しすぎだ。正気に戻れ。

 ストレージから次々と服を出して積み上げていくスティッチを止めようとするシザーを見ながら。

 俺所有の森絹は今後どう扱うかな、などと考える。いくらかはオークションに出してもいいかもな。土地や家を買う時のためのいい資金になるだろう。

 

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[気になる点] 使わないにしても、お礼の品を売りに出すのは失礼な行為なのではないかな。NPCじゃなくて住民として扱うなら尚更
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