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第67話:死霊術師

 

 クインが放った【暴風の咆哮】が最前線にいたアンデッド共に直撃する。その場で砕け、あるいはそのまま後続を巻き込みながら吹き飛んでいく骨格標本共。クインの背から、新たにできた空間へと俺は飛び降りた。

 着地と同時に両手足に【魔力撃】を展開。直近にいたスケルトンに攻撃を仕掛ける。狙うのは基本的に頭蓋骨。ざっと見た感じ、狼系の骨格が多い。だったら牙を封じてしまえば、仮に仕留め切れなかったとしても、傷を負うような攻撃を受ける頻度は減るだろう。

 拳で、蹴りで、頭蓋骨をブッ壊していく。それで行動を停止する個体、頭を失ってその場でグルグル回り始める個体、何ら影響を受けていないかのように俺に襲いかかってくる個体と、反応がまちまちだ。個人的には全て一発で片付くのを期待したんだがな。

 再びクインの咆哮が響き、スケルトン共が更に数を減らす。すると、その進軍が止まった。あの死霊術師がそう命じたんだろうか。だったら好都合だ。

 一旦、後ろへと何度か跳び、アンデッド共から間合いを取った。ちょうどエルフ達の防衛ラインの直前に立つ。

「フィ、フィスト!? お前、どうして……!」

 背後から聞こえたのはザクリスの声だった。振り向くとそこには驚きの表情を見せるザクリスがいる。特に怪我をしてる様子はないな、よかった。

「ツヴァンドにいたらアンデッドが侵攻してきてな。森の方を見たら煙が見えたから、まさかと思って来てみた」

「ツヴァンドも襲われているのか!?」

「ああ。今頃交戦に入ってるはずだ。街の守備隊と異邦人有志が迎撃してる。それよりこっちの状況は?」

 まずは現状の確認だ。驚きを深めるザクリスから視線を外し、アンデッド共の動きを警戒しながら情報を求める。

「怪我人が何人か出ているが、幸い死者は出ていない。こちらの状況は極めて不利だ。弓の効果が薄いことに加えて、精霊魔法を封じられている」

「は? 魔法を封じられた?」

「正確には精霊の力が抑えられている。攻撃に使っても、いつもの2割の威力も出ていない」

 おいおい、ダメージ80%以上減って随分な措置だな。それってエルフには致命的だぞ。まともな攻撃手段が何も残ってないじゃないか。まさか小剣で近接戦をやれとも言えないし。狩りに出てる時と違って、エルフ達は防具を装備してもいない。スケルトンの牙や爪でも重傷を負う可能性は高い。

「原因に心当たりは?」

「ない。あの魔術師が関わっているのだとは思うが、直接何かをしている感じでもなさそうだ」

 確かにあの死霊術師、特に今、何かをしてる様子はないな。てことは、侵攻前に何か仕込んだのか。一定時間効果がある広範囲魔術か儀式魔術みたいなものがあるんだろうか。しかし精霊を封じる、か。そうか、【迷いの森】に入った時の違和感はそれか。木の精霊の気配というか力が感じられなくなってたんだ。

「ふん、異邦人か」

 アンデッドの群れの向こう、死霊術師が俺を見ながら不機嫌そうに言った。

「お前に用はない。とっとと失せるがいい」

「そうはいくか。俺の友人達にちょっかいかけやがって。しかも街まで襲撃するようなゲスを放置しておけるか」

「ふふふ、お前ごときに何ができる? 俺らの兵になることもできない半端者が」

 おーおー、随分と自信満々だな。兵力差は圧倒的だってのは否定しないけど。

「半端はお前の方だろうが。いちいち分かれて行動するんじゃねぇ。ツヴァンドを攻めてる奴と一緒にいろよ。余計な手間だろうが」

 あっちこっちに分散されると、こっちの戦力も分けなきゃならん。このアホがザクリス達を襲ってなけりゃ、今頃は他のプレイヤー達と一緒に防衛戦ができたってのに。クインがいるとは言え、正直俺に余裕があるとは思えない。ルーク達が駆けつけてくれるのを待つのが賢いやり方だと思ってる。

 だから、少しでも時間を稼ぐ。そしてできるだけ情報を集めてやる。

「そもそも何でお前、ここを襲う? まさかツヴァンドを攻めてる奴とは別口なのか?」

「街の攻略は兄者の計画だからな。兄者は偉大な死霊術師だ、俺が手を貸すまでもない。俺がここを襲う理由は、新鮮な素材の調達。兄者の戦力補充のため、そして俺の研究のため。ただそれだけだ」

 素材、ってザクリス達をゾンビにする気かっ!? ざけんなこの野郎……

 そしてツヴァンドの方の死霊術師がこいつの兄か。兄弟で死霊術師をやってんのか……ん? 死霊術師の兄弟?

「お前、まさかシェオベーゼ兄弟か?」

 思い出した。確か賞金首の中にそんな奴らがいた。プレイヤーじゃなく、住人の賞金首だ。ランクは確かB級で結構な大物だ。殺人なんかもやってたが、主な罪として一番上位にあったのが墓場荒らしだったから、そのランクが腑に落ちなくて記憶に残ってた。まさか死霊術師だったとは。つか、手配書の似顔絵とあんまり似てねぇし! そりゃ人相なんて変わってくるもんだけど、そんな所までリアルにするなよGAO!

「ほぉ、俺らを知っているか。有名人はつらいな」

 さすがだな俺ら、と自画自賛しながら金の髪をかき上げるシェオベーゼ弟。うわぁ、うっぜぇ……どっかのアスキーアートみたいな物言いしやがって。

「有名つっても悪名だろうが。他人様に迷惑掛けるくらいなら、どっかにダンジョンでも作って一生隠れ住んでりゃ良かったんだよ」

「何を馬鹿なことを」

 吐き捨てるように言ってやると、はっ、と鼻で笑うシェオベーゼ弟……って言いにくいな。こいつらの名前、何だったっけ? 駄目だ、セットで覚えてたから思い出せん。まぁいい、こいつのことはオトジャ(仮)と認定呼称してやる。

「俺らは力を得たのだ。俺らにこそふさわしい力をな。ならばやることは1つ。その力を世に知らしめる!」

 ばっ、と両腕を広げながら、恍惚とした表情で叫ぶオトジャ。

「その第一歩がツヴァンド攻略なのだ。兄者の不死者の軍団で街を蹂躙し、死者を配下に加え、更なる軍勢をもってファルーラ王国を征服する! そして他国も征服し、俺らシェオベーゼ兄弟の名を大陸全土に轟かせるのだ!」

 誇大妄想乙。と言いたいが、こいつらが得た力ってのは気になるな。それにアンデッドの軍勢もだ。墓場荒らしだけでどうにかなる数じゃない。しかも人型より獣型が多いってのも引っ掛かる。こいつら、どこからそれだけの素材を調達した?

「残念だが、そりゃ不可能だ」

 調子に乗ってるゲスに言ってやる。

「ツヴァンドには結構な数の異邦人がいる。あのアンデッド共の個々の戦闘力が、魔族並だって言うなら話は別だが、それ以下だったら負ける理由がないな」

 実際のところはどうだか分からない。ただスケルトンの耐久性はそれ程高くないのも事実だ。刃物や刺突武器はダメージが通りにくいかもしれないが、骨自体は規格外に硬いというわけではない。それにアインファストの一件以来、予備で打撃武器を持ってる奴も増えたと聞く。そう後れを取るとは思えない。

 後は大手ギルドが滞在してくれていることを祈るのみだ。【シルバーブレード】は森の中で孤軍奮闘してるし、【自由戦士団】は別依頼遂行中で参戦できないからな。都合良く駆けつけられるギルドがいればいいんだが。

「お兄ちゃんと永遠にお別れしたくなけりゃ、とっとと助けに行ってやるべきだと思うがね。こっちとしても友人達を腐った死体にされるのは見過ごせんしな」

「何を言っている? 死体を腐らせるなど二流三流の死霊術師の所業よ」

 馬鹿にするように嗤うと、オトジャの左手が宙に消えた。ん、あれは【空間収納】か? そして中から取り出されたのは……人だとっ!?

 年齢は20代前半といった感じの赤毛の男。装備はバスタードソードにプレートメイル。ぱっと見には冒険者風だが……

「こいつは2ヶ月程前にこの森を彷徨いていた冒険者でな。今では俺の作品だが、いい出来だろう? 当然、腐敗などしていない。生前よりは一部能力が落ちているが、有象無象のスケルトンやゾンビなどとは比べものにならない高性能だ。低いとはいえ知能を有しているのも利点だな」

 目に光はなく、意志を感じられない。そしてオトジャの物言いからすると、あの男もアンデッドってことか。そういや知能を持ったゾンビを作る死霊術って某TRPGにもあったな。ブアウ・ゾンビ、だったか?

 作品を自慢しながら、オトジャは他にもブアウ・ゾンビを取り出した。重戦士、盗賊、それに魔術師か? まぁ、魔術師は論外として、重戦士と盗賊は厄介だな。つか、【空間収納】ってアンデッドの格納もできるのかよ。

「ククク……ここにエルフが加わった時のことを考えると、今から楽しみで仕方がないな! 俺の作品として末永く愛でてやるから安心するがいい! 弓も効かない、精霊魔法も使えないお前らに勝ち目はないぞ!? なるべく死体を傷めたくないのでな! 大人しく降伏するがいい!」

 などと言って大笑いするオトジャ。

「なぁ、ザクリス。ここからあいつだけ射殺せないのか?」

 エルフ達の腕なら無理じゃないだろうと思うんだが。こういう時はまず頭を潰すに限る。

「あいつは俺達を狩るためにここに来た。俺達を無力化するための策を携えて、だ。あいつが姿を見せた時から何度も射かけているのだが、全て弾かれている。矢除けの魔術か何かを使っているのだろう」

 しかし忌々しげなザクリスの声。うーむ、オトジャの奴、どれだけの実力者なんだ? 高レベル死霊術師とか、俺の手に負える相手じゃないだろ……

「死体も残らぬ異邦人に用はない。だが、そこのストームウルフはもらってやろう。不死者として有効活用してやる」

「ほぉ……」

 エルフ達をゾンビにするってだけでも許せないのに、クインもだと? ははは……ふざけたことを言ってくれるな……

「てめぇのご自慢のアンデッド共、一体残らず塵に還してやる!」

「兄者程ではないが、俺とて優秀な死霊術師。しかも足手纏いを抱えたお前に何ができるというのか!」

 オトジャがドクロの意匠を施した黒い悪趣味な杖を掲げて呪文を唱え始めた。杖の先に生じる火球は次第に大きくなっていく。こいつ、死霊術師がどうこう言いながら、魔術攻撃かよっ!?

 俺の頭上を越えて矢が数本飛んでいった。放ったのはエルフの誰かだろう。魔術の火球は対象にぶつかったと同時に炎を撒き散らす。あの火球に衝撃を与えれば、その場で炸裂するはずだ。

 しかし矢は届かなかった。オトジャの前に立っていた冒険者ゾンビも、オトジャを囲むように立っていた鎧騎士も全く動いていないというのに、矢は見えない壁に当たったかのように弾かれて落ちた。オトジャの余裕はこれが理由か。さっきの矢は【魔力撃】が込められてたのに、それでも通じていない。

「そうら、お返しだ!」

 オトジャの声と同時、動くものがあった。それは人型のスケルトン。さっきまで人型のスケルトンはほとんどいなかったはずなのに、100体近い数がどこから湧いた!? しかも手に持っているのは弓で、矢は火矢だ。

 スケルトンの弓兵隊が次々に矢を放った。矢は上空へ向かい、放物線を描いて落ちていく。大半はエルフ達に、一部は翠精樹に。

 それに対し迎撃の矢を放つエルフ達もいる。飛んでくる矢を射落とすなんて凄まじい神業だが、さすがに全員がそれをできるわけじゃなく、必ず射落とせるわけでもない。そして降り注ぐ矢に対し、エルフ達は無防備だ。普段なら風の精霊魔法で矢を弾くこともできるだろうに、精霊の力を封じられている今はそれが役に立たない有様だ。盾を持ってる村人もいるが、それだけで凌ぎきれるものじゃない。いくつも悲鳴が背後から聞こえてきた。

 そこに狼の咆哮が轟いた。生じた暴風が矢の雨のいくらかを吹き飛ばす。【暴風の咆哮】は精霊依存の力じゃないから威力は全く衰えてない。

 だが次の矢が降ってきた。エルフ達の迎撃力は落ちてるし、クインも【暴風の咆哮】は連続使用できるわけじゃないようで今度は手を貸せない。一斉にじゃなく時間差で矢を射かけてくるのがいやらしい。ほぼ完全にエルフ達の動きが止まった。

 それを見計らったかのようにオトジャが火球を放った。狙いは俺達――じゃない! 翠精樹か!?

「ちっ!」

 反射的にダガーを抜いて、【魔力撃】を込めて火球を狙う。高速で飛ぶものを狙ったことがないので危なかったが、それでも直径が1メートル程もある大火球だったのが幸いし、ギリギリ着弾。

 大火球が破裂し、轟音と熱を撒き散らす。翠精樹とは距離があるから飛び火もしていないようだ。でも、途中で墜とさなきゃ確実に翠精樹に命中してたな。いくら枝が広範囲に伸びてると言っても、あの場所から火球が届くのかよ……って、そうじゃない。

「どういうつもりだ……?」

 翠精樹はエルフにとって拠り所だ。それをわざわざ傷つけようとするとは。

「上から燃えた木が落ちてくるとなれば、お前達も気になって集中できまい?」

 こっちを戦闘に専念できないようにするつもりか。こいつ、何気に悪知恵が働くな。

「だがそれ以上に、エルフ達にとっては大切な木のようだからなぁ。その木が燃え尽きた時の表情が楽しみだ」

 こいつ、それを知っててやりやがったのか……

 嫌らしい笑みを浮かべるオトジャ。自分の優位を疑わず、弱者をいたぶることに愉悦を覚える屑がそこにいた。

 悪役らしい、と言えばいいんだろうな。こんなに心からむかつく住人(NPC )は初めてだ。人型だからっていう躊躇が全く浮かんでこない。

 だから言った。思い切り、感情を込めて。

「粉々にしてやる!」

 

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