第61話:森エルフの暮らし~1~
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エルフの行方不明者の件が片付いたのを報告し忘れていたので、警備詰め所へ行って報告。
合わせてアンデッドの件を聞いてみたら、森の状況は変わらずだそうだ。原因も不明のままなので、調査隊の派遣を検討中、と言っていた。ひょっとしたら冒険者にも声が掛かるかもしれないとのことなので、タイミングが合えば依頼を受けるのもいいだろう。
だが、今の俺には最優先事項があるのだ。
というわけで、やって来ましたエルフの村。手前の森を突破できるかは少々不安だったが、樹精に拒絶されてる様子もなかったし、今後も問題なく訪れることができるだろう。
見張りのエルフはすぐに俺達を通してくれた。
村に入ると、すぐにザクリスがやって来た。見張りの人が風精を使って連絡でもしてくれたんだろうか。
「よく来たな、フィスト。歓迎するぞ」
俺がエルフ語を話せることを知ってるので、ザクリスは共通語じゃなくてエルフ語で話しかけてくる。だから俺も、エルフ語を意識して言葉を発した。
「ああ、数日程度だけどよろしく頼む」
「まずはお前が滞在する家に案内する。そこに荷物を置くといい」
ザクリスって俺担当になってるんだろうか。まぁ、顔見知りでそこそこ打ち解けてる相手が近くにいてくれるとこっちも助かるけど。
「家、って空きがあるのか?」
住人の出入りが頻繁じゃなさそうだし、外の人間が訪ねてくるわけでもない以上、余裕があるようには思えなかったので、付いて行きながら尋ねる。
「来客用に用意してある家があるのだ。主に他の集落から来た同族を泊めるためのものだが、そこの1つを使ってもらう」
あぁ、そうか。他の村との交流がないわけじゃないんだ。最悪、場所だけ借りてテントでもと考えてたのでありがたい。でも、それ以外に来訪者を受け入れる場所はない、ってことか。プレイヤーが滞在するのって無理っぽいな。ログアウトはできるだろうけど……って、今更だが、俺達がログアウトしたことに対する住人達の認識ってどうなってるんだろうな?
案内されたのは、他の家と同じ造りの家だった。中心部に近い位置であり、翠精樹がよく見える。
「よく来た、異邦人フィスト」
声のする方を見れば、隣の家の入口に村長のヨアキムさんが立っていた。ってことは、あそこが村長の家か。来客用だから近くに建ってるんだな。村長の家は他の家より少し大きく作ってある。
「少しの間、お世話になります」
「何もない所だがゆっくりしていくといい。何かあればザクリスに言ってくれれば、できる限り対処しよう」
やっぱりザクリス、俺担当か。まぁ、俺としてはエルフの日常を見ることができればいいのだ。特別な歓待とかは必要ない。あ、でも、あの件は片付けとくか。
「でしたらこの場を借りて、お願いが2つあるんですが、いいでしょうか?」
「何だ?」
「ジェートの作り方と、魔獣肉からの毒除去の技術を教えてほしいんです」
「……何と?」
困惑の表情を浮かべるヨアキムさん。何やら一瞬身構えていたザクリスも拍子抜けした様子だ。
「いえ、ですから。ジェートの作り方と、瘴気毒抜きの方法を知りたいんです。もし、部族の秘密だというなら諦めますけど」
「いや、そんな大層なものではないが……本当に、そんなことでいいのか?」
「何よりも強く望むのは、その2点です。特にジェートの作り方の方ですが」
瘴気毒抜きの技術は人族にもあるようだから、こっちは探しさえすれば何とかなるかもしれないので、重要なのはジェートの方だ。
「ザクリス。ジェートの仕込みは明後日だったな?」
「はい。ダオブ豆の収穫を今日の昼過ぎから行う予定となっています」
「そうか。ならばその時に客人を案内するといいだろう」
ヨアキムさんの言葉に頭を下げるザクリス。どうやらいい具合に、ジェートの仕込みのタイミングだったらしい。よし、製法ゲットだ!
「フィスト、お前は変わってるな……ジェートの製法がそんなに大切か?」
家に入る村長を見てると、そんなことをザクリスが言った。うん、俺にはとても大切だ。
「ああ。それに俺の故郷にもジェートにそっくりの食品があるんだよ。でも、それを作ろうとしてる連中が失敗続きでな。俺がジェートを食いたいのもあるが、そっちの手助けになればと思って」
「そうなのか。どうやら先日の土産は気に入ってくれたようだな」
ザクリスの顔が綻ぶ。俺がジェートを褒めたからだろうか。
「ああ。でも、俺以外の人族に食わせるなら、前もって素材が何かを言っといた方がいいぞ」
虫食が苦手な人の方が多いだろうからな。余計なトラブルを招かないためにも、事前に説明した方がいいだろう。俺は食うけどな!
「そうなのか? 今後の参考にしよう。しかしお前は平気なのだな」
「俺はジャイアントワスプの蜂の子を自分で獲ったことも食ったこともあるからな」
そうだ、蛹の件も聞かなきゃならなかったな。まぁ、それは後にして、まずは荷物を置こう。
用意された高床式の家に入る。外から見た限り、床は丸太だったが、中は上から板を張ってある。靴は脱がなくていいらしい。
季節によって変化はあるんだろうけど、中は暑くもなく寒くもなく快適だ。窓にガラスはなく、木製の板張りで、上部に蝶番。つっかえ棒で開けたままにするタイプみたいだな。
手前の部屋には木製のテーブルに椅子が4脚。奥の部屋は寝室だろうか。ベッドが左右に1つずつある。寝台というよりは大きな木枠っぽく見えるな。中にシーツが敷いてあるが、表面はでこぼこしてる。植物の匂いがするし。まさかこれ、干し草ベッドってやつだろうか。
「ここを使ってくれ。クインの寝床は別に用意してある」
クインの体長は2メートルを超える。ベッドの長さが2メートル程だ。普通に伏せるとベッドの枠に入りきらない。斜めに伏せるか丸まって寝れば何とかなりそうだが。
「どうする?」
部屋に上がってきていたクインに問う。彼女は奥を見ていたが、そのまま進んで寝室に入ると、こっちを向いてベッドとベッドの間で伏せた。それから立ち上がり、ベッドに入る。
クインは足元の感触を確かめるように動いた後、そのまま身体を丸めて伏せる。少し狭そうだが、何とかなるか。クインも特に不満があるようでもないし。
「このままでもよさそうだな」
「そうか。そちらがいいのなら構わん。さて、これからどうする?」
言われて考える。ダオブ豆の実物は見たことがないので採取に同行するのは当然として、それは昼からだ。だったらまずはどうするか。
「そういえば、今の時間って他の村人達は何をしてるんだ?」
エルフの生活サイクルってどうなってるんだろうか?
「今の時間なら、狩りや採取に出てるな。全員が出ているわけではなく、交替でやっている」
「残った人達はのんびり過ごしてるのか?」
「いや、畑の世話や食事の準備、訓練等、いろいろとやることはあるからな」
村のことは村全体で、協力してやってるんだな。で、今の時間は村の中だと畑と食事の準備、訓練か。ん、訓練?
「訓練って、弓のか?」
「精霊魔法もだが、弓が主だな。訓練と言っても子供達のだが。大人の訓練は自主的だ」
エルフと言えば弓だ。初めてザクリス達と会った時も、彼らは全員弓を持ってたし。子供と言っても練度は高いんだろうなぁ。ちょっと興味が湧いた。
「それの見学ってできるか?」
「構わんが、そんなことに興味があるのか?」
「そりゃ、エルフの生活を詳しく知ってる奴なんていないからな。何もかもが新鮮だぞ」
「面白い奴だな、お前は」
俺の言い方が大げさだと思ったのか。笑いながらもザクリスは、付いて来るように言って歩きだした。
それは村の外れにあった。村を囲う柵に的が設置されていて、それに子供のエルフ達が矢を射かけている。他にも、木の枝からぶら下げた的を狙ってる子もいるな。風の精霊を使っているのか、的は振り子のようには動かず、不規則に揺れている。
子供は6人、指導役らしき女性エルフが1人。子供の年齢は……10歳は超えてるか。
「子供って、これだけなのか?」
住人が100人ちょっとくらいだったはずだが、子供の割合が少ないような?
「採取に出ている子もいる。前にも長が言ったとおり、我々の出生率は低くてな」
そういえばそうだった。この間、ヨアキムさんが言ってたっけ。
「でも、みんな上手いな」
子供達の腕は結構なものに思える。的までの距離は30メートルはあるだろうか。それでも一矢も外れず、的には命中してる。
「いや、まだまだだな」
しかしザクリスの評価は厳しかった。
「距離を倍以上にしても中心に命中するようにならねば一人前とは言えん」
倍以上ってことは60メートル越えで、更に精度を上げなきゃならんのか。いや、でも一人前と見なされるエルフはそれができるってことだよな。
「ちなみに、それってこの村の基準か?」
「エルフの集落なら、どこも同じだろう。ここが特に厳しいということはないはずだ」
確か那須与一が扇を射落としたのが70メートルくらいって言うから、一人前のエルフは全員がそれクラスか……すさまじい。
ふと気付くと、練習の手が止まっていた。俺とクインという見慣れない存在がいるせいか、こちらへと視線が集まっている。
「ザクリス、どうしたの?」
「いや、フィストが訓練を見てみたいと言うから連れてきたのだ」
女性エルフの問いに俺を見ながら答えるザクリス。俺が黙礼すると、エルフ女性も頭を下げた。
「興味があるなら、やってみますか?」
そんなことをエルフ女性が言った。
弓か……狩りで使うことがあるかも、と思ったことはあるんだけどな。結局スキルも修得してない。遠距離は【弓】じゃなくて【投擲】を取ったしな。
まぁ、せっかくの機会だ。物は試し、って言うしな。GAOはスキルがなくても武器の使用は可能だし。
俺は近くにいた子エルフから弓と矢を受け取った。弓は1メートルくらいでそんなに大きなものじゃない。素材は木で、弦は太い釣り糸のような感じの物だ。鏃は鉄、だろう。
左手で弓を持って、えーっと、矢の後ろの溝みたいなのを弦に引っ掛けて、矢を引くんだよな。子供用だから強くない弓なのか、思ったより楽に引くことができる。
あれ? 何か奇妙なモノを見るような目が皆から向けられてるんだが……何かおかしいのか?
指を離すと弦が鳴った。矢は的へ向かって――飛ばなかった。というか、落ちた……
ま、まぁ、初めてだから仕方ないよな。次はうまくやるさ。
子エルフから別の矢を受け取って再度番え、射る。
今度の矢はほんの少し飛んだが、的までは全く届かない。
何とも言えない沈黙が落ちる。子エルフ達の視線が痛い……
「さ、さぁみんな、訓練を再開するわよ」
そして何事もなかったように、女性エルフが子エルフ達に声を掛けた。弓を貸してくれた子エルフにそれを返し、俺は邪魔にならないように移動する。
「……弓の使い方がまるでなっていないではないか」
ザクリスが呆れた声で言った。いや、俺、弓は素人ですから! 弓の持ち方とか番え方とか構えとか知らないから!
再び子エルフ達を見てみる。む、確かに違うな。さっき俺が矢を番えた時は、矢が弓の右側だったけど、子エルフ達は左側だ。それに矢の番え方も、俺は矢を指で摘まんだままで弦を引いたけど、あの子達は直接弦を引いてる。矢は指の間で軽く挟んでるだけ、なのか? うん、少なくとも俺が想像していて、今さっき実践した弓の使い方は、エルフのそれとはまったく違うってことは分かった。
そして子エルフ達は簡単に矢を命中させている。
べっ……別に弓が使えなくても、か、狩りはできるし……っ! こらクイン、かわいそうなモノを見るような目を俺に向けるなっ!
「フィスト、お前、本当に狩人か?」
「正直に言うと、弓を触ったのは今日が初めてだ。俺の狩りは、基本的にこれだしな」
疑わしげなザクリスに、右手を拳に変えて見せると、ますます難しい顔になる。あれ、俺っておかしい?
「獲物に近づけない時は諦めているのか?」
「いや、そんな時は飛び道具を使ってる」
地面に落ちていた適当な石を拾う。それに魔力を込めて、的へ向かって思い切り投げた。結構な速度で飛んだつぶては的の端に命中。その部分を打ち砕く。
子供達の手が止まったのが分かった。よし、今がチャンス!
「他にはこれとか、だな」
続けてダガーを抜いて別の的へ投擲する。今度は魔力を込めずにだ。狙い通りとはいかなかったが、ダガーは的の真ん中に近い位置に突き立った。
「後は、こんな方法とか」
更に数本のダガーを抜き、真上に放り投げると同時に風の精霊へと声を掛ける。落下していたダガーが静止し、次の瞬間には真っ直ぐに的へと飛んでいき、突き刺さった。
「そんなわけで。弓が使えなくても狩りに支障はないんだ」
ま、負け惜しみじゃないぞ……? ないからなっ!?