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第27話:病気用ポーション

 

 ログイン41回目。

 久しぶりに俺はコアントロー薬剤店を訪れた。

「いらっしゃいませ。あら、フィストさん!」

 ローラさんが笑顔で出迎えてくれた。おや、今日はジャン君いないな。遊びに行ってるんだろうか。

「お久しぶりです。その節はありがとうございました。今日はどんなご用件ですか?」

「ちょっと薬を見に来たんです。あと、薬草の調達ですね」

「そうでしたか。どうぞご覧になっていってください」

 単に薬を求めてくる人には接客するんだろうけど、俺が【調薬】スキルを持っていることを知っているので、ローラさんも細かいことは言ってこない。俺は俺で勝手に見せてもらうことにした。

 まずはポーションの棚に目をやる。ヒーリングポーションの品揃えは十分だ。少し前までポーションが枯渇してたのが嘘みたいだな。

「完全に流通は戻ったんですね」

「ええ、おかげさまで。【シルバーブレード】の皆さんとフィストさんには大変お世話になりました」

 こうして自分の行動が目に見える結果になるっていうのは何だか嬉しいな。面と向かって言われると恥ずかしいけど。

 それよりも、とポーションを確認する。ヒーリングポーション、ヒーリングポーション……毒消しポーション各種……やっぱりないな。

「ローラさん、病気用のポーションってありますか?」

 俺が今日、ここに来たのはその確認のためだ。

 大書庫で見つけたレシピの中には病気用ポーションのものがあった。ただ、それがどれだけ流通してるか分からなかったので、顔見知りのこの店に足を運んだのだ。

「病気用ですか……うちの店では取り扱っていませんね。調薬ギルドの方に問い合わせてみましょうか?」

 流通が皆無、ってわけじゃないんだな。でも、どうしてなんだろうか。

「店に置いておけない理由があるんですか?」

「病気用ポーションは高い上に需要が少ないんですよ」

 その答えは店の奥から出てきた男から返ってきた。店主のコーネルさんだ。

「いらっしゃいフィストさん。どうですか、狩りの調子は?」

「こんにちは。今のところは順調です。で、高いっていうのは?」

 ヒーリングポーションは割と安い価格で販売されている。毒消しポーションも割高ではあるが、それ程高価というわけではない。何が問題なんだろう?

「ポーションに求められるのは即効性ですからね。その効果を得ようと思うと、フィストさんもご存知のように手間も材料もかかり、その結果高価になるわけです」

 うん、それは分かるけども。例えば傷癒草だって、そのまま使っても傷薬になるしな。ヒーリングポーションの値段は、その即効性による部分も大きい。

「それに、病気は普通の投薬治療をするのが一般的ですので。怪我にしたって少々のものならポーションなんて使いません。傷薬だってありますし、そのために医者だっているのですから。過剰な回復促進は身体に悪影響を与えることもありますしね。ですから、病気用のポーションは敬遠されるんです」

 つまりこの世界では、自然治癒、通常薬の投薬による治療、魔法やポーションによる治療といった感じで優先順位的な意識が働いてるんだろうな。結局、病気用ポーションが高いのも、即効性によるものに加えて、需要がそう多くないって部分も絡むんだろう。より安く、より身体に負担を掛けないで治療する方法があるなら尚更だ。

 てか、ポーションの使いすぎって身体に悪いのか? 今のところそういう話は聞かないんだが、何かあるんだろうかね。

 それはともかく。

「てことは、そう悠長に構えていられない病気用のポーションなんかは需要があるんですよね?」

「そうですね。強い病気には強い薬が必要になりますから」

 結局、ヒーリングポーションや解毒ポーションの需要が高いのって、その場で治療しなければ危険だから、だもんな。怪我を負ったらその場で治す。毒を受けたらその場で治す。でなきゃ死んでしまうわけだし。

「うーん……需要がないなら作っても意味がないのかな」

 ほとんど死蔵になりそうだな……いや、一部需要があるであろう物もあるんだが……

「病気用ポーションを作れるようになったのですか。どんな病気のものを?」

「性病用ですね。他にも色々作ってみるつもりではあるんですが――」

 GAOで女遊びをしたせいで【性病】のバッドステータスをもらったプレイヤーが結構いるようなのだ。久々に蜂蜜街スレを覗いてみたが、治療方法は今のところ継続的な通常薬の投与しかないらしい。金額的にはたいしたことないみたいだが、完治まで時間が掛かるのが難点なんだとか。そんな中で一発完治のポーションは売れると思うんだが、店頭に並んでないと、いくらで売ればいいのかも分からない。

 と、そこで気付いた。コーネルさんの生温かい視線に。

「そういうことでしたか……いや、大変でしたね……」

「え、あの……違いますよ? 俺が罹患したとかそういう話じゃないですよ?」

「えぇ、分かります。最近、異邦人の方が同じような用件でやって来ることがあったので」

 そりゃあプレイヤーも、医者に診てもらうのすら抵抗があるだろうからな。薬だけで治るならそっちを求めるだろう。って、だから違います、俺は綺麗なままですって。

「まぁ、男性ですから仕方ないですよね。でも利用するなら、信用ある娼館を利用するのがいいですよ」

 って理解あるようで酷い事言わないでくださいローラさんっ!? 俺が女を買ってること前提で進めないでくださいよっ!?

「だからっ! 俺、そういう経験、ないですからっ!」

 あれ、何か一瞬、2人が固まったような……

「まぁ……無理に捨てるものでもないですし……そのうちいいことありますよ、ええ」

「い、いい人に巡り逢えるといいですね」

 うわ、また失敗した……経験がないのはGAOでの話で、リアルでは卒業してるってのっ!

「とにかくっ! 真面目な話です。性病関連のポーションって需要があると思います?」

「ふむ……それなりに需要はできると思います。さっきの異邦人の話ですが、性病の薬自体にはあまり興味を示しませんでした。あくまで即効性のあるポーションを求めていましたので」

 とはいえ、プレイヤーだけにしか需要がないってのも、なぁ……病気持ちが何人いるかは分からんけど。元々、自分用の薬を確保するために取った【調薬】だし、これで大もうけを狙う気もないんだが。ん、待てよ。

「娼婦達には売れると思います?」

 そうだ。病気をもらった被害者の男達だけじゃなく、その感染源となる女達への需要はどうだろうか? 病気が発覚した時点で、まともな店舗なら客を取らせないようにして治療に専念させるだろう。当然、その間は儲けが減るわけだ。それがポーションですぐに治るのならどうだろう。

「なるほど……娼婦にしてみれば収益に繋がる部分でもありますし、そちらも期待できそうですね。中にはポーションを使ってでも早く治したい、という者はいると思います」

 これなら、いけるかな? 

「もし手応えがあったら、コーネルさんの所で作ってもらうのもいいですね」

 俺は薬売りが本業じゃないし、薬は薬屋で扱うのがいいだろう。そう思ったのだが、俺の言葉にコーネルさんは目を見開いた。

「フィストさん、そういう大事なレシピは無闇に公開しない方がいいですよ」

 そして、そんなことを言ってくる。え? いや、このレシピ、大書庫にあったんですが? まさか、この世界でもメジャーなポーションじゃないってことか?

「もしかして、性病用のポーションのレシピって伝わってないんですか? てっきり需要がないという思い込みで扱ってないのかと」

「私の知る限りでは、アインファストでは扱っている店はありません。ギルドの方でも把握できているものはありませんでしたよ」

 調薬ギルドでは、加盟している調薬師がどんな薬やポーションを作れるのかを把握しているらしい。いざという時に円滑に薬を調達するためだ。

 でも意外だったな。大書庫で入手できるようなレシピが、まさかこの世界で普及していないとは。それとも、過去にはあったが廃れたんだろうか。元々はこの世界の本から仕入れたレシピだし、それをこの世界に還元するのは悪い事じゃないと思うんだが。

「でも俺、薬売りは本業じゃないですし。それにコーネルさんには虫除けとか色々な薬剤のレシピを教えてもらってますから」

「それはどこの薬屋でも売っているような物のレシピですから。でも今回のは、店の秘伝となり得るものです。そうおいそれと教えてもらうのは抵抗がありますね」

 この世界の調薬師は、調薬師に師事し、製法をそのまま受け継いでいく。だから店によって取り扱う薬にも差が出てくる。その店でしか買えない薬というのは調薬師にとって大きなアドバンテージなのだそうだ。

 でもこういうことを正直に教えてくれるあたり、コーネルさんは誠実な人だなぁ。

 でも流通に乗るかどうかは別として、それくらいの勢いになると、俺がずっと取り扱うことはできない。なら、俺は是非コーネルさんに扱ってほしい。他に調薬師に縁がないというのもないわけじゃないが、コーネルさんになら安心して託せるという方が大きいのだ。

 まぁ、その辺は後の話だ。今は優先すべきことに取りかかろう。

 

 

 必要な話を聞き、必要ないくらかの薬草を調達し、そのまま近場の宿に駆け込んで部屋を取って【調薬】を開始した。種類関係なく手当たり次第に【調薬】をした結果。

「うーん、一気に作りすぎたか……」

 普段使うヒーリングポーションはともかく、他の薬が一気にストレージを圧迫するようになってしまった……まぁこれは、箱詰めにでもしてしまえば解決するからいいとして。

「とりあえず、売れそうなのはこれ、かな」

 ラットフィーバーと言われる、フォレストラットという大型ネズミに噛まれたり引っかかれたりすることで感染する熱病用のポーション。これはアインファストやツヴァンド周辺でも罹りうる病気で、しかも潜伏期間がなく症状がすぐに出るタイプだ。普通の薬でも治るが、完治には数日の時間と複数回の投薬が必要になるから、即効性を求めるプレイヤーはいるだろう。

 次は解毒ポーション。カエル毒用だが、湿地帯の人気は低いらしいので需要はあまりないだろうな。毒蛇系は遭遇してないから、そもそも材料である毒が手に入っていないし。

 生活関連に役立つ薬もいくつか作ってみた。虫除けの軟膏と消臭剤。どちらも生活というか狩りに役立ちそうな感じの薬剤だ。蚊取線香みたいなのも今度作ってみようかな。

 それからポーションじゃない傷薬も作ってみた。ポーションの過剰摂取による障害については、今から用心しておくに越したことはないだろう。何がどう積み重なっていつ牙を剥くか分からないのがGAOだ。

 で、とりあえずはこんなところなんだが……さて、問題は性病用ポーションだ。状況は売れると言っているが、本当に欲しがる奴がいるだろうか。それに初めて作ったので、効果の程も疑問だしな。一応、品質は問題ないはずなんだが……自信がない。

「ちょっと種を蒔いてみるか」

 俺は掲示板を立ち上げて、蜂蜜街スレに書き込んだ。

 

 モルモット募集。性病用ポーションを何種類か作ってみた。いくらで権利を買う?

 

 反応はすぐに来た。

 

 

 

 ログイン42回目。

 アインファストの蜂蜜街に、俺は初めて足を踏み入れた。

 活気はある。それは間違いない。が、どことなく退廃的な雰囲気があるのは色街の常だろうか。時間は夜。リアルと違ってネオンサインはないが、魔法の明かりが街を照らしている。

 道を行くのは男が多い。女の姿も見えるが行き交う者はおらず、路地の入口に佇んで物色するような視線を放っている。恐らく街娼だろう。

 いくつかの店の前には呼び込みの男がいて、欲望溢れる男共の関心を引こうと声を上げている。

 そんな街の中を俺は歩く。マントに付いたフードを目深に被り、目線だけで目的の店を探す。

 程なくその店は見つかった。そこは娼館ではなく、普通の酒場だ。

 ドアをくぐると典型的なこの世界の酒場だった。いや、雰囲気だけで言うなら少々危なげなものが漂っている。普通の酒場と比べて人相が悪いのが多い。今もこちらを値踏みするように無遠慮な視線が向けられている。

 俺は真っ直ぐに、店の一番奥の席に向かった。席には3人の男が座っている。その近くまで寄って、何も言わずに立ったままで反応を待つ。

「俺達に何か用か?」

 男の1人が、そう問うた。それに俺は応える。

「ひょっとして、同郷じゃないか?」

「どこから来た?」

「富山から」

 男達が息を呑んだ。

「どうやらそのようだ。座ってくれ」

 男の1人に促され、俺は空いている席へ座った。

 ここにいる3人は、蜂蜜街スレの住人だ。俺の書き込みからプチ祭りになり、我も我もと意外なほどの反響を見せた結果、真偽を確かめるために選ばれたプレイヤーである。薬の効果は確約できないというのに、それでもモルモット権を勝ち取った紳士達だ。

 ちなみにさっきのやり取りは、こうして合流するために設定した符丁だ。

 注文を取りに来た、少し化粧の濃い女にウイスキーを注文し、それが来るまでに話を詰める。

「スレでも事前に言ってあるが、効果は確約できない。それを確かめるための募集だったということを今一度、心に留めておいてくれ」

「ああ、それは承知している」

「で、俺が持っているポーションも、どんな病気にも効くってわけじゃないと思う。だから、こちらから指定したのに罹ってる人選を頼んでたが、それも間違いないな?」

 頷く3人。

 注文した酒が来たので会話を一度中断。それで口を湿らせて、最後にもう一度だけ確認する。

「覚悟はいいか?」

 逡巡する者はいなかった。俺は腰のポーチからポーションを3本取り出す。病名についてはラベルをつけておいた。

 恐る恐る、男達がポーションを手に取る。端から見たら怪しい薬を売りつけているように見えるかもしれないが、一番奥の席なので多分大丈夫だろう。

 栓を開け、男達は一気にそれを飲み干した。そして一様に苦い顔になる。うん、味の保障はできないんだ、すまない。

 しかしそんなことはどうでもいいのか、男達はウィンドウを開いた。ステータスの確認だ。

 一斉に男達が目を見開く。呆然とステータスを見つめることしばし。

「よっしゃあぁぁっ!」

「治ったーっ!」

「ああっ! 健康って素晴らしいっ!」

 3人が歓喜の声を上げた。何事かとこちらに視線が集まったが、3人のプレイヤーはそんな事を気にする様子はない。早速掲示板を立ち上げて報告をしているようだった。

 こっちはこっちで、ちゃんとポーションの効果が出たので安心した。が、これは念を押しておかねばならない。

「以前にも言ったが、安定しての供給の見通しは立っていない。これについては後日またスレに書き込むから、過度な期待はしないでくれ。俺も専業で調薬をしてるわけじゃないんでな。それに、安定供給ができたとして、値段に文句はつけないこと。一応は適正価格になるようにはしてみるが」

「ああ、分かった。希望の光が差し込んだ、それだけでも俺達には十分だ」

「ありがとう、本当にありがとう。あんたのお陰だ!」

「まさに蜂蜜街スレの救世主……いや、救性主だ!」

 ん、何だろう、最後のだけ微妙に何かが違った気がするが……何故言い直したんだ?

「それじゃあこれが報酬だ、受け取ってくれ」

 3人がそれぞれテーブルに通貨を置く。今回のに関しては、オークション方式を採ったので、結構な額になった。それだけ値が上がったということだ。紳士達のエロに懸ける情熱は凄まじいな。あ、それで思い出した。

「もし知ってたら教えてくれ。以前、スレで病気もらったって一番に告白した奴いたろ。あいつ結局どうなったんだ? 転生したのか?」

 あれ以降、じっくりスレをチェックしてなかったので、その結果を知らなかったのだ。ちょっとだけ気になっていたので聞いてみた。

「あー……普通の投薬で治したよ。治るまでが辛かったけどな」

「ってお前かよっ!?」

 まさかの本人とは。しかも治した後でまた罹ってるとか……どんだけだ!?

 他の2人も知らなかったのか驚いている。お前が勇者だったのか、とか呟いていた。

「さて、それじゃ俺は行くぜ」

「俺もだ。今日という日をどれだけ待ったか」

「そうだな。ありがとう救性主、これで日常に戻れるぜ」

 3人が席を立った。妙に意気込んでいるが、これからどうするつもりだろうか。

「どこ行くんだ?」

「「「娼館に決まってるっ!」」」

「懲りないなお前らっ!? この、紳士共めっ!」

「「「ありがとうございますっ!」」」

「褒めてねぇよっ!」

 意気揚々と、男達は出て行った。喜んでくれたのはいいんだが……いや、いいならいいか。

 代金を回収し、酒の残りを飲んで席を立つ。ここで飲み続ける理由もないしな。

 さて、せっかく蜂蜜街まで来たんだ、以前聞いた、蜂蜜を売ってるっていう店に行ってみるか。

「ん?」

 店を出ようとしたところで、入口の張り紙に気付いた。そこにある一文に目が留まる。

「アインファスト闘技祭開催……優勝賞金50万ペディア」

 開催は、って……リアル換算で2日後? 受付は明日までか。

 公式HPをチェックしてみる。闘技祭に関する情報はない。隠しイベントか何か、なんだろうか。

 ふむ、どうするか……

 

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