第17話:次に向けて
12/4 誤字訂正
アインファストの北門で、俺はレイアスと別れた。
いや、参った参った……結局門限までに街へ戻れなかったせいで、門の外で野宿するハメになってしまったのだ。
基本的にプレイヤーが安全にログアウトできるのは、セーフティエリアに設定されている街の中等だ。フィールドでもできるのだが、外でログアウトすると、その場にアバターが残ってしまうらしい。そこを襲われたらアウト、というわけだ。逆に言えば安全さえ確保できるなら、どこででもログアウト可能ということでもある。何が起こるか分からないのだから、そんなリスクを負いたくはないが。
そういうわけで俺とレイアスは門が開くまで外にいたのだ。幸い、酒もあったし食い物もあったので、第二次飲み会へとなだれ込んだことで退屈だけはせずに済んだ。同じように締め出されていたプレイヤーや住人達と一緒にだ。食って飲んで語らってと楽しい一時だった。
その結果と言っていいのか、俺はレイアスへの敬語を止めた。実際アバターの外見はともかくとして、リアルのレイアスは俺より年下らしい。元々、こういうネットゲーでは年齢とか気にせず対等に行くのが主流らしいと聞いたので、レイアスとはタメでいくことにしたのだ。
しかし今日が休日で助かった。ろくに睡眠がとれないままで仕事へ行くことになるところだった。もう少しリアル時間も考えてプレイしないとな……
てなわけで、このまま落ちてもいいんだが、その前に狩猟ギルドへ行ってこよう。ロックリザードを買い取ってもらわないとな。
狩猟ギルドの買い取り窓口は開いていたが、朝一ということもあってまだ誰も持ち込みする人はいなかった。
「よぉ、フィスト」
「おはようございます、ボットスさん」
もはや顔馴染みのボットスさんと挨拶を交わすと、からかうような笑みを浮かべる。む、何だ?
「野宿は楽しかったか?」
「あはは……いやぁ、お恥ずかしい」
どうやら門の外で野宿したのを知っているようだ。ちくしょう、誰だばらしたのは?
「ま、門の真下での野宿なら、そう危険はねぇけどな」
ボットスさんの言うとおり。実は門の周辺での野宿に関して言えば危険度は低い。何故なら、門の上には衛兵が常駐していて、危険なものが近づいてくれば警告してくれるし、場合によっては上から撃退もしてくれるのだ。とはいえ任せっきりにできるほど俺の肝は太くない。できることなら今後はこんなことがないように心掛けなきゃな。
「で、どうだったんだ、今回の狩りは?」
「いや、今回は鉱石採掘の護衛で出てたんですよ。でも、まぁ……大きな収穫はありましたけどね」
「ほぅ……それじゃさっそく見せてもらおうか。おら出せ、すぐ出せ」
「いや、ちょっとここじゃ狭すぎると思います」
楽しそうに急かしてくるボットスさんに待ったを掛ける。ここのカウンターを全部使っても溢れそうなんだよな。
「狭い、だぁ? ちなみに何を狩ってきたんだ?」
「5メートル超のロックリザードです」
しばしの沈黙。
「今、なんつった……?」
「5メートル超のロックリザードを狩ってきました」
「……大丈夫か?」
「ええ、正常ですよ」
うーむ、実物を見た俺ですら最初は目を疑ったとはいえ、まさか狩猟ギルドの職員がこの反応。あいつ、よっぽどのレアだったんだろうか。仕方ない、百聞より一見だ。
証拠とばかりに俺はストレージリュックサックからロックリザードの首を取り出してカウンターに置いた。
「のおぉぉぉっ!?」
驚愕の声を上げてボットスさんが後ずさる。ふふふ、どうだ驚いたか。
「こ、こいつぁ……フィスト、こいつ、首だけって事はねぇよな?」
「頭から尻尾までありますよ。脚もありますけどこれは売りません。自分で料理するので」
「よ、よし、ここじゃ不味いな。おい、奥の作業場を急いで空けろ! フィスト、お前はこっちへ来てくれ」
ボットスさんの指示で職員達が慌ただしく動き出す。俺はロックリザードの首を掴んでボットスさんの後に続いた。
買い取りカウンターの奥は大きな部屋になっている。壁には解体用の道具がズラリと並んでいて、ここでの獲物の解体も可能にしていた。
「フィスト、ここに獲物を出してくれ」
「了解、っと」
布を敷かれた床の上にまずは頭を置き、その後ろへ解体したロックリザードを順番に出していく。ブロック状にして片付けていたとはいえ、こうして出してみると結構な量だな。解体の時はそっちに夢中で気付かなかったが。
「よし、これで最後。あと、爪は切り離してるからこっちへ置いときます。それから胆嚢はこっちに」
今回狩ったロックリザードの全てを出し終えて、俺はギルド職員達を見る。ボットスさん以下、全員が固まっていた。
「こいつはすげぇな……過去に8メートルを狩った奴の話があったが眉唾だと思ってたぜ。実物でここまでのを見たのは初めてだ。5メートル超って言ってたが6メートル半はあるぞ。フィスト、こいつはどうやって倒したんだ? パーティーか?」
「いえ、俺独りです。森に誘い込んで動きを鈍らせて、口を塞いで、更に動きを封じて、鉄杭で目玉から脳を抉ってとどめです」
「……えぐいことやりやがったな……」
信じられないモノを見る目が俺に向けられる。いや、そんな目で見なくても……しかし過去にもそんな大物がいたんだな。てことは、ロックリザードが2メートルくらいってのはあくまで一般的なやつで、大きく成長した個体も皆無というわけじゃないのか。やっぱり長年生きているとかそういう理由か? もしそうなら、こいつは何年生きたことになってる個体なんだろうな。
「で、こいつの皮はどうした?」
「ありますけど売る気は無いですよ?」
一転して期待するような目で俺を見るボットスさんに、俺は断りを入れた。あの皮はこちらで持っておくことにしたのだ。現時点で入手できる素材としてはかなりのものだろうから。
「せめて一目、見せてもらうわけにはいかねぇか?」
ん、どうにも食い下がるな……まぁ、狩猟ギルド職員としては気になるのだろう。隠すことでもないと判断して、俺は皮も取り出した。おぉ、と周囲がどよめく。
手渡した皮をボットスさんは床へと広げた。うん、こうしてみるとやっぱりでかいな。
「なぁ、フィストよぉ……本当に売る気はねぇのか? このでかさでこの質なら、かなりの値を保障できるんだが」
「申し出は有り難いんですが、そろそろ俺の装備も充実させたいんですよ」
俺の装備は現時点でレイアスの篭手と店売りのハードレザーアーマー、鉢金だけだ。鎧の方も胸部にはバスタードソードで貫かれた痕が残っている。今後のことを考えると装備の強化をしておきたいのだ。
「職員としては残念だが、個人としてなら納得だ。もうお前は一人前のハンターだと胸を張っていいくらいだしな。もっと上も狙えるだろうし、装備の充実は不可欠だろう」
俺の言葉を聞いてボットスさんは得心したようだった。ありがとよ、と皮を手渡してくる。それをリュックサックに収納しながら、ふと思いついて尋ねる。
「ところでこの頭も売れますか?」
記念にと持って帰ったロックリザードの頭部だ。しかしボットスさんは難しい顔。
「使える部分がねぇからなぁ……頭部の皮を剥げば、それは売れるだろうけどな。剥製にするってのもアリかもしれんが、欲しがる奴がいないと始まらんぞ」
やっぱり無理か……剥製は魅力だが、飾る場所がないと意味ないしな。それに飾るなら頭蓋骨だけでもいいし。いずれ家を買ったら、今までの獲物を飾るのもいいかもしれない。って、そうだ。
「そういえば、骨って需要ないんですよね?」
「ああ。幻獣や魔獣のものならともかく、動物の場合はほとんどねぇな」
買い取りリストに無かったが念のために問うと、あっさりとそう言われた。詳しく聞いてみると、簡単に言ってしまえば、骨そのものに希少価値や特殊な効果がないからだそうだ。ゲーム的視点で見れば、武具や薬の素材に使えそうにも思えるんだが……動物の場合はそういう方面で使い物になるものがほとんどない、ということらしい。武器を例にとっても、軽さはあるが強度も耐久度も鉄の方が上。折れたりしたら特殊な工程を経ないと修復不能で、しかもその費用が馬鹿高く、新しく作り直した方が早くて安いんだとか。まあ人類の歴史を見ても、武器は石や骨から金属に移行していくわけだから、変な話でもない、のかな?
一方で、これが魔獣や幻獣の骨なら話は変わるようで。骨1つとっても利用価値があり、需要があるそうだ。後でレイアスに詳しいことを聞いてみるか。
「そういや、異邦人が肥料にしたいって骨を持っていったことがあったが、骨が肥料になるのか? どうせ捨てるもんだからいいんだがよ」
「えー、と。どうなんでしょう?」
堆肥とか鶏糞とかそういうのなら分かるが、骨か……自分が知らないだけで利用価値があるのかもしれないな。某ゲームでは骨を骨粉にしたら農作物の成長促進に使えたし、そういうことなんだろう。しかしその異邦人というかプレイヤー、肥料に使うって事は農夫プレイだろうか。
それはともかく、取引に戻るか。
「頭部の皮、必要なら剥いでいいですよ」
記念に残すのは骨だけにしよう。頭部の肉も、少ないけど食えるだろうし。
「そうか、ここだけでも結構な大きさだからな。ありがたく剥ぎ取らせてもらうぞ」
喜々としてボットスさんは剥ぎ取り用のナイフを取りに行った。
狩猟ギルドで換金を済ませた後、レイアス工房へと足を運んだ。閉店中の札が下がっているが、気にせず扉を開ける。カランカランという音と共に店内に入ると誰もいない。
店内には様々な武具が並んでいるが、レイアスはどうやら武器メインらしい。防具に比べてそっちの方が比率が高い。
「レイアス、いるか?」
「フィストか。こっちへ来てくれ」
声を掛けると、店の奥から返事が来た。そちらへと向かうと空気が変わった。何というか、暑い。フィールドでは昼夜問わず気温なんて気にならなかったが、これは異常だな。
更に進むと工房に出た。そこには火を入れた溶鉱炉が鎮座し、その前でレイアスがまさに製鉄をしている最中だった。暑さの原因はこれか。
「戦果はどうだった?」
「文句なしだ。皮はやっぱり欲しがられたよ」
「だろうな。ああ、そうだ。その皮のことなんだがな」
炉の加減を見ながらレイアスが言った。
「ガントレットに使わせてもらう以外の部分は、どうするつもりだ?」
「一応、これでレザーアーマーを作ってもらおうかと思ってる。職人捜しはこれからだけどな」
あいにく、現時点では皮革職人の知り合いはいない。掲示板でも見て腕の良さそうな職人を探してみようかとは思っている。
「そうか……もしよければ、ツテがあるぞ」
生産者として中堅以上の位置にいるレイアスの知り合いである生産者か。これは期待できるかもしれない。
気温が上がった。炉から真っ赤に溶けた鉄が流れだしてきたのだ。暑い……いや、熱い。こんな中で作業できる鍛冶職人には脱帽するしかないな。
溶けた鉄を型に流し込みながらレイアスが続ける。
「俺の知り合いの皮革職人だ。正確には皮革に限らないんだが」
「というと?」
「鍛冶もやるし皮革もやるし、縫製もやる。着る物なら何でも、だ」
そりゃ凄いな。金属鎧も革鎧も服も作れるってことか。あんまりあれこれ手を出すと器用貧乏な印象も受けるが、レイアスが勧めてくる以上、一定水準以上だろう。
「ガントレット用の革もそいつに依頼して加工してもらう予定でな。そっちの予算と都合が許すなら、考えてみてくれ」
「そうだな……一度、作品を見てみたいな」
百聞は一見にしかず、と言うしな。
「一応、これもそいつの作品だ」
するとレイアスがこちらを向き、着ているエプロンを指した。鍛冶仕事用の革製エプロンらしい。ふむ、目が利くわけじゃないけど、造りもしっかりしていていい出来に見える。これは頼んでも問題なさそうだ。
「ただ、な……少し独特というか趣味に走る癖があってな」
ん、何だ?
「腕は保障するんだが……まぁ、やはり実際に見てもらった方がいいだろうな。注文には忠実だから、問題はないと思うが……」
えー、と……つまり、普段作っている物に問題があるんだろうか? でも腕は立つ、と。
「それと、そいつの拠点がツヴァンドなんだ。フィストはもう、ツヴァンドには行ったか?」
「いや、まだだ。先にアインファスト周辺の食える動物は一通り狩ってみようと思ってたから。でも、装備の充実ができるなら、そっち優先でも構わない。狩りはいつでもできるしな」
「そうか。まぁ、一度行っておけば、都市間は転移門で移動できるようになる。先にそっちを済ませておくのもいいだろう」
転移門というのは、ゲームでよく出てくるゲート、ぶっちゃけると瞬間移動装置だ。大きな都市には大抵あるらしく、一度行ったことのある都市へ一瞬で移動できるのだとか。ただ、実際に現地へ足を運んでいないと使用できないらしく、今の俺には使えない。しかもこれは個人認証らしく、誰か1人が行ったことのある都市へ、行ったことのない人を引き連れて転移するのは無理だそうだ。
まぁ、旅を楽しむなら歩くなり駅馬車なりを使うのがよさそうだけどな。勿論相応の危険があるにしても、だ。それに転移門の使用は有料だしな。アインファスト~ツヴァンド間だと1万ペディアだ……今回の護衛の報酬が一発で飛ぶな。駅馬車だと何事もなければ1日で行ける。車賃は3千ペディア。ちなみに徒歩だと順調にいければ平均3日かかるそうだ。
さて、どうするかな。時間の節約をするなら駅馬車がいいが……何事も経験か。帰りは転移門を試してみてもいい。金さえあれば便利なのは事実だ。
「それじゃあガントレット用の加工の分も込みで、俺がツヴァンドに行ってこようか。いい機会だ」
「そうか。先方はまだログインしてないようだから、紹介状を書いておこう。こちらからも連絡は入れておく。いつ出る?」
「これから。行きは駅馬車を使うよ。店を訪ねるタイミングはリアル次第だが、その時はレイアス経由で連絡を頼んでいいか?」
「ああ、分かった。しかし駅馬車の旅でも危険はあるから気をつけろよ。動物の類はこの辺りとたいして変わらんからそう脅威ではないが、たまに盗賊が出ることもあるそうだ」
盗賊、か……対人戦は遠慮したいなぁ……まぁ、馬車の速度なら振り切ることもできるだろうし、そうそう戦闘になることもないだろうけど。
……あれ、これ、フラグ……?