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あなたのキスの練習台
作:さすらい物書き




「班行動、どうしてた?」
 わたしを呼び出した優一がそうたずねたので「う〜ん、買い物とか、船に乗ったりとか、塔にのぼったりとかしてたよ。別に、普通」と答えた。
「そっか。オレは“もしも月がなかったら”ってやつを見てきたよ。けっこう面白かったぜ。月がなかったら、地球の1日って8時間だったんだって」
「ふうん、そうなの?」
 突然、何を話し出すんだ、こいつは。
「そうなってたら、季節もなかったらしいし、人類も生まれなかったんだって」
 優一はそれだけ云うと、急にしばらく黙り込んだ。

 秋の夜風がひんやりして、少し肌寒い。
 今夜はまんまるの黄色い満月が空に浮かんでいた。

「……で、なに? こんな夜中に呼び出したりして。あんまり長くなると、里美とか勘ぐるからさ」
 わたしはわざと不機嫌そうにせかした。
 ……ホントは、認めたくないけどドキドキしてた。

 修学旅行の夜に、こんな綺麗な海の見える場所に呼び出されたりなんかしたら、例え相手がガキンチョの頃から知っている幼なじみの優一だとしても、胸が高鳴ってしまうのもしょうがないじゃないか。
 ……いや、優一だとしても、というのは実は正しくない。“優一だから”、ドキドキしてるんだ。

「オレさ」
 優一が、こともなげに云った。
「昼間、赤峰に告白された。付き合ってくれって」

 ……へ?

 わたしは頭がまっ白になった。
 だけど、必死で思考を整えて、返事をする。
「赤峰さんって2組の? え? それで、なんて答えたの?」
「けっこうさ、好みかなって思って。もう中3にもなるんだし、彼女作ってもいいかなと思ってOKした」

 こいつ、いきなり爆弾発言をしやがった……!

「へぇ、そうなの」
「一応月子には報告しとこうかなと思ってさ。一番長い付き合いだし」
「べつに気にしなくていいのに、こんなただの腐れ縁」
「まあな。だけど、呼び出したのは報告するためだけじゃないんだ」
 まあなってなんだよと腹の中では怒りつつ、わたしは続きをうながした。「他になんの用?」
「こないだゲームで賭けやったろ? オレが勝ったからそのときの約束を果たしてもらおうと思ってさ」

 胸の鼓動が激しくなってきた。

 こいつ、何を云い出すんだ?!
 昔からそうだ。勝手気ままで節操がなくて、自信過剰で無神経。
 優一はいっちょ前にワックスとかで整えた髪型をいじりながらわたしの近くに歩いてきた。
「え? 賭け? 約束? なんだったっけ?」
 以前交わした“約束”の内容、もちろん忘れてなどいなかった。

“優一に彼女ができたら、キスの練習台になること”

 バカな冗談を云い出したとあのときは思っていたけど、まさか、本気?!

 考える間もなく、優一はわたしの目の前に立ち、わたしの肩をつかまえていた。
 1年前までわたしの方が背、高かったのに、いつのまにか抜かされていた身長。

「と、いうわけで、彼女とキスするとき恥かかないように、練習付き合ってくれ」
「ばっ……」
 バカ、と云って突き飛ばそうとした。だけど、混乱しているうちに、わたしの唇は優一の唇とふれ合っていた。

「ちょっ……な……、な、なにすんのよーっ!!」
 わたしは顔をまっ赤にして、涙目になりながら絶叫した。
 わたしのファーストキス……!
 こんな理由で、練習台なんて理由で奪われちゃった……!!

「ばかぁーっ!」

 わたしはもう一度叫んだ。
 優一は、あわてた顔でこういった。
「ばか、そんな大きな声出すなよ! 落ちつけ!」
 幼なじみを隣のクラスの女の子にとられ、ファーストキスも奪われてしまった。
 頭が呆然としている。
「月子、ごめん、オレ、ひとつ嘘ついた! 謝る!」

「……は? ……うそ?」

「赤峰に告白されたのは本当だ。でも、OKしたってのは嘘だ。断ったよ、オレには好きなコがいるからって」

「……へ?」

 誰よそれ! 突然の怒りの感情に、思考がついていっていない。

「……お前だよ。月子。オレが好きなのは」

「…………へ?」

「満月が綺麗な夜に、お前とキスしたいって決めてたんだ。オレにとって、月子との出会いは地球に隕石ぶつかって月ができたのとおんなじくらい重大な出来事だったって思ってたからな。そんで、キスしたくて、嘘ついた」

 今のわたしの顔は、どんな顔になっているんだろう?
 恥ずかしくて見れやしない。めちゃくちゃ変な顔になっているに違いない。
 でもそんな顔のわたしに、優一は再び自分の顔を近づけてくる。

「え……ええっ?」

「月子、好きだ」

「んんっ……」

 今度はとびきり優しいキスだった。

 身体が、ふわふわしてきた。

 ……もう、一体なんなのよ!


 満月は、人を狂わせる。

 涼しい夜風が、火照った身体には気持ちいい。

「……あんたって、ホントわけわかんない」

「オレがわけわかんないのは昔からよく知ってるだろ?」

「……まあね」

 そう。満月がわたしを狂わせたのだ。


 だけどこんな心地いい狂気になら、浸ってもいいかななどと思いはじめていた。





お読みいただきありがとうございました。
この作品は「えんぴつを走らせて」http://7hp.jp/?id=pencilの第4回小説コンテストに出品した作品です。お題は「月夜」でした。
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