交渉開始
「おおよど」に乗り込んできたロマノフ海軍高官たちに対して、小林中将をはじめとする艦隊幹部たちは真っ白の礼装を着込み、一列に並んで出迎えた。
「ようこそ、巡洋艦「おおよど」に。歓迎いたします。トリステイン王国、『東方義勇軍』所属、使節団護衛艦隊司令官小林中将です。」
小林が代表して、敬礼をしながら挨拶をする。
それに答える形で、やはり礼装に身を包み、胸の部分に勲章をつけた40代後半と思しき軍人が敬礼をしながら言う。
「歓迎に感謝します。ロマノフ公国海軍本国艦隊司令長官のエッセン大将です。」
その言葉に、小林たちは全員驚きを隠せなかった。どうみても、相手は50代に達していない。それなのに相手は大将と言った。あまりにも若すぎる。
一方才人も驚いた。さらに彼がエッセン以外のロマノフ海軍軍人を見ると、彼よりも若い、40代、30代程度の軍人にしか見えなかった。
「私があまりに若いので驚かれたでしょう?」
小林らの反応を見て、エッセンは苦笑いしながら言った。
「ええ。」
小林は素直に肯定した。すろと、エッセンが説明を始めた。
「まあ無理もないでしょう。わが国の海軍は、長い間海ではなく、主に内陸部の河で戦ってきました。そのため規模も小さく、少し前までは陸軍の一部門という感じでした。もちろん艦艇も河川用の砲艦ばかりでした。外洋で戦う戦力を持ったのは40年前の内戦時からです。その後も陸軍の方に予算が取られて、拡張されたのはごく最近なんです。だから自分のような若い人間が大将なんて階級をもらえているんです。」
「いや、そうでしたか。あなた方の国についてはまだほとんど勉強していないので、この機会に多くのことを是非とも学んでおきたいものです。」
「こちらもです。あなた方は我々にはない、様々な物を持っているようですね。この艦のブリッジの上で回っている網みたいな物は、これまでに見たこともありません。それに港内に入ってくるところを見ておりましたが、この艦とあの平らな甲板を持つ変わった形の艦は煙がそれほど濃くありませんでしたし。・・・あなた方は本当に東方からやってきたのですか?私の知る限りでは、秋津州も中華帝国もこのような軍艦は持っていないはずですが。」
どうやらこのエッセンという男、中々頭の良い男のようだ。小林はそれに対して、曖昧な返事をする。
「一応そう理解していただければ結構です。残念ですが、それ以上のことは軍機密で言えないのです。」
「そうですか。」
エッセンが少しばかり落胆したように言った。それが本心からか、演技なのかは誰にもわからなかったが、小林は構わずに話を続けた。
「まあ、そのことについては詳しく教えられませんが、あなたが先ほど気にしたレーダーをはじめとして、艦や装備についてはお教えできるので、どうぞこちらへ。」
小林は艦内へ一行を案内しようとする。
「では、よろしくお願いします。」
小林ら艦隊幹部らに案内されて、ロマノフ海軍の一行は艦内へと入っていった。この後予定では、彼らは艦橋や機関室などを見ることとなっていた。
そんな中、才人は艦隊の人間ではないので、この後上陸許可が下りるまで艦上で待機となっていた。だからその間を利用して、彼は軍港内に停泊している艦艇をよく観察しておこうと考えていた。
「あのエッセンって言う提督は驚くことになるだろうね、この艦の兵器や様々な物はとても素晴しい物ばかりだからね。」
才人に声を掛けてきたのはジョンソン中尉だ。アルビオンから観戦武官として派遣された彼も、特に仕事がないので上陸許可がおりるまで暇をするしかない。だから、才人に付き合っていた。
「ああ。」
もっとも、才人はある心配をしていた。これで警戒感をもたれて条約に悪い影響が出ないかと。だが、もはや手遅れであろう。
才人はそのことについて考えるのはやめた。そして気持ちを切り替える。
「さてと。俺たちも行くとするか。」
才人がジョンソンに向かって言う。
「ああ。そうだね。」
2人は港が良く見える位置を探し始めた。
一方それから数時間後のこと、首都のニコラエフスクに向かったコルベールら使節団は無事到着した。そして王宮ではなく、首相官邸へ招かれることとなった。
王宮へ行くものとばかり考えていたコルベールは、政治体制の違いというものを実感することとなった。
その事を尋ねた従者によれば、この国では40年前の内戦以降、王の政治に関する権限は大幅に議会と内閣へ移され、王はその同意なしには何も出来ないことになっているという。いわば国の象徴のようなものだという。
だから王宮は王の住まいとしてしか機能しておらず、政治が行われるのは議場や首相官邸だとか。そのため今回も首相官邸で交渉が行われることになっていた。
列車はトリステインやアルビオンと同じく、蒸気機関車であったが、すでに初歩的なガソリン機関が開発されているこの国では、自動車が実用化されていた。そのためコルベールらは列車を下りると、駅から今度は車に乗換えとなった。
コルベールは地球に行ったさいに車に乗ったものの、やはりこちらの世界に車を実用化している国があるということは、彼に大きな感銘を与えずにはおかなかった。
車が首相官邸に着くと、コルベールら一行は中にある大会議室へと案内された。室内は一応絨毯が引かれてはいるものの、見慣れたトリステインやアルビオンの王宮に比べて質素というのがコルベールの感想だった。
そして会議室へ着くと、中には既にロマノフ側の政府要人が集まっていた。部屋の中に用意された長机の一番端、コルベールたちが入った扉に一番近い所に、王冠を被り、ドレスを着た20代前後の美しい女性が座っていた。
コルベールは彼女が女王だと認識し、挨拶をしようとするが、先に彼女の方が立ち上がると、コルベールたちに向かって言った。
「ようこそ、遠路はるばるおいで下さいました。ロマノフ公国を代表して、このアナスタシアが皆様を歓迎いたします。」
ロマノフ公国女王、アナスタシア1世はそう言ってドレスの端を掴んで、片足を折って正式な礼をした。
いきなり女王自ら挨拶してきたので、コルベールは面食らってしまったが、すぐに彼の方からも挨拶をする。
「ああ、トリステイン王国使節団団長のコルベールです。女王陛下自らの歓迎に感謝いたします。」
挨拶を終えると、彼はもう一度アナスタシアを見た。一応即位してまだ数年も経っていない若い女王とは聞いていたが、予想以上というのがコルベールの感想だった。その姿には、なんとなく現在はアルビオンへ嫁いだアンリエッタや、現在トリステインの代王を務めるルイズと重なる物があった。
だがそう考えていられる時間は短かった。すぐに別の人物から挨拶される。
「ようこそロマノフ公国へ、首相のヒロセ、ミハイル・ヒロセです。よろしく。」
(ヒロセ?)
その響きに気になるものがあったものの、コルベールは形式どおりに挨拶を返す。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
その後、コルベールらはロマノフ公国側に対面する形で座った。そして両陣営それぞれ、他の参加者の紹介を終えたところで、いよいよトリステイン・ロマノフ間の国交正常化交渉がスタートした。
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