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悪夢の開戦 下
 最初にミライ基地から離陸したのは、戦闘機隊司令の菅野中佐と、彼の妻にして小隊を組むシエスタ特務1等兵曹の乗る「超零戦」だった。2人の機体も才人らと同じく「零戦改」から機種改変を受けていた。

 配備以来彼らの機体も稼働率の低さに泣かされていたが、幸いこの時は整備兵たちの苦労が報われて、揃って飛び立つことが出来た。

「シエスタ、空中戦に関してお前は初陣だ。あまり無茶をしないように。」

「わかっています。」

 無線を通じて彼女の声が菅野の耳に入った。その声には初陣でありがちな緊張や焦りなどはなく、むしろ強い意志が込められていた。菅野はその理由もしっかりわかっていた。

 現在敵が向かっているトリスタニアには彼女の従姉妹たちが住んでいるのだ。だから彼女には敵から彼らを守るという強い使命感があって当然であった。

 またシエスタの場合空中戦の実戦こそないが、治安維持任務等での地上支援などはすでに何度も行っている。だから度胸もあった。それに腕に関しても撃墜王である菅野の認めるところであった。

 2人は高度を上げて、敵編隊がいるであろう方位に針路を取った。

 この時最終的に、ミライから迎撃に上がった機体は計28機であった。そしてその中で最新鋭の「超零戦」は菅野らの2機だけで、その他は「零戦改」や「バッファロー」、さらには予備の機体と言った具合にかなり雑多であった。

 才人にしても、愛機は整備不慮で飛べなかったために止む無く予備のゼロ戦に乗り込んで出撃している。小隊を組むカルロ3等兵曹もまた予備機であった「コルセア」で出ている。

 さらに司令の才助の場合は、飛行場に向かったのが最後の最後であったために殆どの稼動機体が既に飛び上がるか、パイロットが乗っていたために、これまた予備機材の「隼」に乗り込んで出撃している。

「隼」は改修してあるとはいえ、最高速度は550kmとゼロ戦よりも遅く、武装も12,7mm機銃2基のみと貧弱であった。そのため整備兵は最初止めたのであるが、才助はそれを振り切った。

「たった2基でも機銃は付いていんるんだ。落せないはずがない!!行くぞ、コンターック!!」

 そう言って彼は強引に出撃した。



 

 一方才助から通報を受けた王室でも、早速精鋭の魔法衛士隊に出撃命令が下された。さすがに電話や無線での伝達は出来なかったが、『風』魔法を使った旧来の方法で各部隊に情報が行った。

 義勇軍に演習で負け続けているとはいえ、さすがは精鋭だけあってわずかな時間で出撃準備を終えたグリフォン・ヒポグリフ・マンティコア、さらに竜騎士隊の合計90騎が早朝の空へと舞い上がった。

 そんな中王宮内にも避難命令が出ていたわけだが、一番に避難すべき代王であるルイズは、敵襲の報告を聞くと動きやすい服に着替え、さらに杖を持って部屋から出てきた。

 この行動に、当然マザリーニを含む全ての人間が目をむいた。

「殿下、一体何をする気ですか!?」

「私も戦うわ。仮初にも王である以上、民を見捨てるわけにはいかないから。」

 この言葉に、マザリーニは困惑した。

「何を仰るのですか!?万が一殿下の身に何か起きたら国政が成り立たなくなります。さあ、まだ時間がございます。郊外へ避難して下さい。」

「私は姫様・・・アンリエッタ前女王陛下からこの国を任された。その責任を果たさず一目散に逃げ出して何が代王よ。それよりも、枢機卿こそ早く皆を纏めて避難しなさい!!もし私が死んだところで、代わりの王なら直ぐにでも立てられるわ。けど、国政の舵取りが出来るあなたには死んでもらうわけにはいかないの!!」

 親友であるアンリエッタから任されたこの国を守るのがルイズの仕事である。それとともに、彼女には大きな責任が伴っていた。その責任を果たすのを自分の役目であるとルイズは強く考えていた。今がその時である。自分が持つ『虚無』の力でトリスタニアと民を守ることこそ、自分に課せられた使命。ルイズはそう確信していた。

 だがマザリーニとしても、アンリエッタからルイズを支えるよう託された身だ。ルイズの言葉を認めること等到底出来なかった。

「ダメです!そんなこと認められません!もしどうしてもやると仰るなら、私は力づくでもあなたに避難していただきます!!皆の者も手伝え!!」

 マザリーニは周りにいた召使やメイドらにルイズを捕まえるよう命じた。

「ク!!」

 ルイズは捕まってたまるかとばかりに、逃げた。廊下を必死で走り、階段を昇り、最終的に彼女はテラスへと辿り着いていた。

 王宮のテラスからは、トリスタニアの美しい街並みが一望できる。現在王宮の主となっているルイズもそうだが、前女王のアンリエッタも気に入っていた場所である。

 だがこの時ルイズがそこで見たのは、予想外の光景だった。

 トリスタニアの西の空に、ポツポツと黒い染みのような物が現れていた。その中には糸を引いているような物もあった。明らかに空中で戦いが起きている。

 現にその中を突き進んでくる多数の飛行機らしい影も見えた。その距離は10km程度まで迫っていた。

「バカな!!まだ時間はあるのではなかったのか!?」

 後ろから現れたマザリーニが呻くように言った。





 その数分前、ミライのレーダーに異常が発生していた。

「これは!?」

「どうした!!」

 基地の指揮任務を任され、マニュアルに従い各方面へ追加の確認や命令をしていたレーダー部隊司令の大神大佐が部下の声に反応した。

「それが、いきなりレーダーの画面上が真っ白になってしまって。」

 大神が見ると、確かにスクリーンには半分ほどにまるでミルクでもぶちまけた様な白い影が映っていた。それを見た瞬間、大神は一体何が起きたのかを悟った。

「嘘だろ!?これは妨害だ!!恐らくアルミチャフだ!!やられた!」

 大神が悔しそうに叫んだ。レーダーの電波を反射しやすいアルミチャフで妨害するのは現代なら常套句とも言うべき戦法だ。そしてその誕生は第二次世界大戦であった。なるほど、確かに敵が知っていてもおかしくはない。

 だが義勇軍ではそのことをあまり重視していなかった。そのためレーダーは現代から持ち込んだ製品であるが民生用であり、妨害に対処する術がない。

 敵機が接近しているのはわかるが、これでは具体的な位置を測定することが出来ない。さらに、味方機の位置も掴むことが出来ない。こうなると、味方からの無線情報と地図を見比べながら何とかするしかない。

 大神は地団太を踏みたい思いだった。

 さらに、この時義勇軍は致命的とも言うべき間違いを犯していた。実は最初に通報してきた偵察機が、敵戦闘機に追われていたために敵編隊の距離と速度をそれぞれ打ち間違えていたのである。敵の距離は約100km、さらに速度も330kmであった。

 距離にして50km、速度にして30kmの誤差は敵の位置予測を誤らせ、出撃した戦闘機の誘導を混乱させた。結果敵編隊の予測地点に着いても補足できない機が続発した。最初に飛び立った菅野らも、その高速に物を言わせて急行したにも関わらず、敵編隊の後方50km地点にいた。

 ここに来て、義勇軍はこれまでの勝利に対する凄まじいしっぺ返しを喰らうこととなった。さらにそのしっぺ返しは、トリスタニアに暮らす人々に対して為されようとしていた。

 ちなみに、どうしてトリスタニア近郊で待機して迎撃しなかったのかと思われるかもしれないが、そんなことすれば撃墜した機体の残骸がモロに街へ降り注ぐことを怖れたためであった。だがその配慮が、ここに来て仇となった。

 大神から情報を受け取った作戦室のグルー中佐は、すぐに決断した。

「上空の戦闘機は今後、全速力でトリスタニアへ向かい、敵編隊を迎撃するよう命令しろ!!」

 もはや残骸が落ちる云々を言っている時ではなかった、こうなったら1機でも多く、爆弾を投下する前に止めなければならない。

 しかし、間もなくミライの街の防空砲台から最悪の報告が舞い込んできた。

「トリスタニア近郊にて空戦が発生!!」





 最初に迎撃を行ったのは、皮肉にも魔法衛士隊となった。そしてその結果は目を覆わんばかりに悲惨なものとなった。

 150kmそこそこのスピードで迎撃を行おうとした魔法衛士隊は敵護衛戦闘機の格好の標的となった。この時護衛には8機のFw190戦闘機と、9機のカーチスH75戦闘機が付いていた。如何に魔法衛士隊が数で勝っているとはいえ、500km以上のスピードで動き、なおかつ機関銃をもっているそれらに勝てる術等ありはしなかった。

 魔法衛士隊の精鋭は次々と独仏戦闘機の銃火に絡め採られ、撃ち落されていった。なんとか爆撃機に近付こうとした者もいたが、それさえも爆撃機の防御銃に仕留められてしまい、結局1機の爆撃機も落とせなかった。

 この一方的な空戦はわずか5分でかたが付いてしまった。

 そんな中で、例外的に奮戦したのが竜騎士隊のルネ・フォンク中尉率いる小隊で、彼らは義勇軍と行った独自の交流から、飛行機が真似できない動きを繰り返して翻弄し、あまつさえ追跡してきたカーチス戦闘機を地面に激突させ、唯一の戦果を記録している。

 だが結局彼ら6騎以外に戦果はなく、帰還したのはたった10騎。その内4騎(つまりルネら以外全員)は大なり小なり傷を負い、二度と飛び立てるような状態になかった。

 トリステイン王室の魔法衛士隊はわずか数分で、その栄光の歴史に幕を閉じることとなった。それでも、ほんの1〜2分だけとはいえ時間稼ぎになったことが、彼らにとっての救いであった。

 魔法衛士隊が壊滅した頃、ようやくであるが義勇軍の戦闘機が戻ってきた。しかもその機体は才人とカルロのゼロ戦と「コルセア」だった。

「カルロ、1機でも多く爆撃機を仕留めるんだ!!」

「了解!!」

 だが、ことはそう上手くは行かなかった。間もなく彼らは魔法衛士隊を蹴散らした独仏戦闘機に囲まれたからである。特にFw190は初期型とは言え強敵であった。

「畜生!邪魔するな!!」

 才人はゼロ戦自慢の旋回戦に入り、Fw190やカーチスに銃弾を浴びせた。カルロも同様によく奮戦した。しかし、2対16では限度があった。2人はなんとか3機を撃ち落し、他の数機にも煙を吐かせた。

 そしてようやくそこで、他の義勇軍戦闘機が五月雨式に集まってきた。彼らの援護によって、形成は逆転した。独仏護衛戦闘機銃弾切れを起こしつつあったこともあり、遁走を図った。彼らは任務を全うしたのであった。

 それによって才人がようやく爆撃機に向かおうとした瞬間、才人は絶対に見たくなかった光景を目にした。

 先頭を飛ぶハインケルと思われる爆撃機から、黒い塊がポロポロと落ちるのが見えた。その下にはトリスタニアの街並みが広がっている。

「やめろおお!!!」

 才人の叫びも空しく、間もなく市街地の中心に閃光が走った。ブルドネン街に初弾が投下され、炸裂した瞬間であった。
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 次話から5部に移ります。遅くとも25日には更新します。
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