眼下の敵 3
航空部隊による攻撃が不発で終わったために、以後の戦闘は「ゆきかぜ」と「双月」に任せられた。そして「ゆきかぜ」艦長であり、この時臨時戦隊司令官であった大内賢治大佐はまず戦隊の分離を命じた。
これは最高速力が「ゆきかぜ」の35ノット(約65km)という高速であったのに対して、「双月」では24ノット(44km)と低速であったために、「ゆきかぜ」に追従できないからであった。
「双月」の艦長である梅林中佐もこの命令を了承した。彼自身自分の艦の性能を良く理解していた。そして彼は「ゆきかぜ」と分離すると航海長の榊大尉に命令を下した。
「航海長、上空の航空隊より連絡のあった敵艦の方位と針路から、こちらが先回りできる針路を計算してくれ。」
「わかりました艦長。」
命令を受けた榊は早速海図室で部下と共に計算を始めた。さらに梅林は無線室への電話を取る。
「無線室。」
「はい。」
「「ゆきかぜ」が伝えてくる情報を逐次艦橋に伝えてくれ。どんな些細な情報でも構わんぞ。」
「了解です。」
命令を出し終えると、彼は電話を置いた。
「さあ、鯨狩りの開始だ。」
梅林は大海原を眺めながら、そう言って不敵な笑みを浮かべた。
水中にいる潜水艦は原子力潜水艦であれば動力を回し続けられる。しかしこれが第二次大戦期のディーゼルエンジン艦だと、水中ではバッテリーに切り替える必要がある。酸素を得ることの出来ない水中でエンジンを回すことは出来ないからだ。しかしバッテリーは電力の消耗が激しいから、水中での運動を極力抑えなければならない。
「ゆきかぜ」艦長の大内は、それを考慮して敵艦の水中速度を7ノットと仮定して、予測針路と位置を測っていた。
「最初の通報時点での距離は約50km。現在のスピードだとそこまで行くのに約45分だ。その間に敵潜水艦は約10kmを移動する。もし急激に針路を変えていなければ・・・ようし、50分後に音波探信を開始する。いいか、敵は水中からいつ、どのように攻撃を仕掛けてくるかわからないぞ、水上見張りとソナーは警戒を厳にしろ!!」
「「「了解!!」」」
大内艦長は「ゆきかぜ」とともに転移してきた海上自衛官で現在40歳。旧日本海軍の大尉でもあり、第二次大戦中は海防艦の艦長として船団護衛任務を行った経験を持っており、それゆえ潜水艦に対しては高い警戒心を持っていた。
また「ゆきかぜ」の場合は下級兵士や一部の士官にこそ新配置された人間が混じっているが、乗員の8割は転移してきた当時のままで、当然練度は高いし潜水艦に対する意識も大内と同程度か、少なくともハルケギニア人よりは高かった。
「こいつは俺たちが仕留める!!」
乗員たちはその意気込みで戦いに望もうとしていた。共に戦う「双月」が小型駆逐艦であり、練度未熟である分、自分たちがしっかりしなければいけないという気持ちも、俄然乗員たちのやる気を引き出していた。
そして50分後、予定通り「ゆきかぜ」はまず音波探信を開始した。音波探信というのは、艦の底に装備されたアクティブ・ソナー(探信儀)から音波を海中に向かって発信し、その反響から敵潜水艦の位置を割り出すという装置だ。ちなみに、海中の音を聞くソナーをパシッブ・ソナー(聴音器)と言う。
これらソナーを扱うソナー室も艦底にあり、レシーバーを頭に付けたソナーマンたちが敵艦を耳で追う。彼らは自分の艦が出すエンジン音や波きり音の中に現れる敵艦のスクリューや、タンクの排水音を捉えるために神経を研ぎ澄ます。
ソナーが敵を探し始めると、その邪魔をしないように大内は艦を少し減速させて雑音を出ないようにする。
一定の間隔を置いてピン(探信音)が発射され、敵艦を捉えようとする。しかしながら、敵艦らしい反響は中々捉えられない。
「水中の変温層にでも逃げ込んだかな?それともこちらが予想したよりも遠くへ逃げたかな?」
数分経っても発見できないため、大内は舌打ちしながら言った。彼の言う変温層とは、字のごとく海中にある水温が違う水の層のことだ。これがあると、敵潜水艦の反響が上手く捉えられなくなる。
「ゆきかぜ」の乗員たちは悶々と10分ほど待ったが、ようやくソナー室から明るい報告がもたらされた。
「艦長、敵艦の反響らしき物を捉えました。本艦の3時方向、距離は不明ですが反響の弱さから見ると少しばかり離れているようです。」
「わかった。取り舵45度、速力30ノットまで増速、前部ヘッジホッグ戦用意!」
大内の命令を受けて、ようやく出番の回ってきた乗員たちは表情を明るくして発射準備に取り掛かった。ヘッジホッグは第二次大戦中にイギリス海軍が開発した対潜兵器で、24発の小型爆雷を一斉に艦の前方に向けて発射する。発射された爆弾は円形に広がって着水、どれか1つでも爆発すれば残りも全て誘爆する仕掛けになっていた。
当時としては前向きに撃てることと、一気に多数の爆雷を投下できるという点から画期的な兵器であった。
間の回頭が終わり、敵潜水艦がいると思しき方向に艦首が向いたところで、大内は
再度速度を落としてソナーによる敵艦探知を行う。すると、今度はより高い反応を得られた。
「敵艦前方感度3、深度70m前後。速力は不明なれど距離は約1000m程度。」
「ようし、距離250mでヘッジホッグ発射だ!!」
「敵艦速力を上げました。さらに右へ回答している模様。」
「こちらも取り舵を当てて照準を修正しろ!!」
射程距離である250mに入るまで、照準の修正が続く。そして。
「敵との距離、300m以内に入りました。直ぐ側です!!」
ソナー室からの連絡を受けて、大内は命じた。
「前部ヘッジホッグ一斉発射!!」
間髪をおかず、ボンボンという発射音を立ててヘッジホッグが発射された。空中を飛んでいった24個の弾は、そのまま狙った海面に着水した。
「どうだ!?」
乗員たちが一斉に海面を眺める。すると、数秒後には一斉にその付近の海面が爆発した。ヘッジホッグの爆発である。
「やったか!?」
大内は海面が穏やかになるのを待つ。もし撃沈であれば破片や水に浮き上がるもの、さらには燃料の重油などが海面上に現れる。他の乗員たちも双眼鏡を受けて確認をする。
だが、それらしい物は一行に浮かんでこなかった。そしてソナー室から連絡が入る。
「艦長、敵は生きています。探信音を発射したところ反響が来ます。」
「逃がしたか。再攻撃用意!!」
大内は第二撃をかけようとしたが、それから間もなくとんでもない事態が発生した。
「こちらソナー室。高速推進器音を確認!!魚雷が発射された模様!!」
「何!?」
さらに見張り員が声を張り上げた。
「右舷70度に雷跡2!!至近!!」
「取り舵一杯!!機関全速!!」
どうやら敵艦はこちらの攻撃に対して、刺し違えるつもりで魚雷を発射したらしい。こうなるともう攻撃どころではない。自分たちを守るために行動しなければいけない。大内は絶叫するように命令を出した。
操舵主は舵輪を一杯に右へと回し、機関室では乗員がエンジンをフル出力、フル回転させようとする。
しかしながら、距離が近すぎた。そもそも発見した時点で300m程度しかなかったのである。これでは15秒もしないうちに当たる。
「ダメだ。間に合わん!総員衝撃に備えよ!!」
大内が言った直後、ゴーン!という音と弱い衝撃が艦艇から1回だけ響いてきた。
「うん?」
「なんだ!?」
一度は覚悟を決めた乗員たちは、爆発も何も起こらなかったので拍子抜けした。
「今の音は何だ!?すぐに確認しろ!!」
大内は直ぐに部下へ確認を取らせた。結果、すぐに何が起きたか判明した。
「魚雷の内1本は本艦の艦底を潜り抜けました。もう1本は命中しましたが不発です。浸水は起きていますが、艦を止めれば応急処置可能です。」
部下からの報告に、大内は安堵すると共に、しばらくは敵潜水艦を追えないことを悟った。速度を出せば魚雷によって出来た穴が拡大する恐れがあるからだ。
「わかった。機関停止、敵潜に注意しつつ修理作業に掛かれ。魚雷が爆発しないように細心の注意を払え!それから「双月」に本艦の現在位置と敵艦の針路を打電しろ。」
「了解です。」
部下が通信室へ行くのを見送り、艦橋の張り出にでた大内は呟いた。
「後は頼むぞ、「双月」。」
2分後、「双月」の艦橋に「ゆきかぜ」から届いた情報がもたらされた。
「「ゆきかぜ」は敵の反撃を受けて損傷、損害は大したことないが追跡が不可能となったため、以後は我々だけで追うことになったな。」
「敵も中々やりますね。」
榊が唸るように言った。
「ああ。こちらも本気で気を引き締めないと、今度は不発魚雷を浴びせられるだけじゃ済まないぞ。とにかく、「ゆきかぜ」がもたらした情報を元に我々は敵を捜索する。対潜警戒をより厳重にせよ!!」
「「は!!」」
梅林の言葉に、その場にいた全員が力強く答えた。しかしながら、この後の展開は梅林が予想したものとは全く違う方向へ動くことと成る。
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