ラ・ロシェール会議 1
アルビオン解放戦争から10ヶ月が経ったこの時期、トリステイン王国とガリア王国の国境線沿いではガリア軍とトリステイン軍(厳密には国境線地域の領主が編成した諸侯軍)の間に小競り合いが頻発していた。しかも、その多くはトリステイン側にガリア軍が侵入したことで起きていた。
ガリア側の言い分では、トリステイン領から侵入した武装集団が、国境線付近の自国の村を襲撃しており、その追跡のために止む無く越境したに過ぎず、逆にトリステイン側の野盗に対する取締りの不備を糾弾してきた。
しかしながらトリステイン王政府直々の調査によれば、トリステイン側から賊が越境したという事実は確認されず、それどころか逆に侵入して来たガリア軍が国境線の村に攻撃を仕掛けているという報告がもたらされた。当然、今度はトリステイン側がガリアに対して抗議した。もっとも、ガリア側はこの抗議を無視し、逆にトリステインに謝罪と補償を改めて求めた。
そして1週間後には、ガリアが抗議すればトリステインが抗議し返すの繰り返しとなった。もっとも、トリステインで政治が分かる者が見れば、これがガリアの謀略であることは明白だった。ガリア軍側が一方的にトリステイン領内に侵入し、さらにえげつないことに、その部隊が自国内の村を襲っていたのだ。それをトリステイン側に責任転嫁していた。これが真相であった。そもそもトリステインにはガリアに喧嘩を吹っかける気など毛頭ない。
地球でなら当然これは国際法違反だ。しかしながら、そもそも国際法の概念が充分に育っていないハルケギニアでは、ガリア側の行為を証拠付きで立証しても、裁く機関もなければ、罰する法も無い。例えそれらがあったとしても、今度はそれを伝えるための情報伝達機関が脆弱だった。だから各国の国民が情報を共有し、連携して加害国に経済封鎖などを行うことは、とてもではないが出来ない。せいぜい一部の政治家の違反国に対する信頼を少しばかり落す程度だ。
もっとも、トリステインでは既にラジオ放送が始まり、重要なニュースは村単位で伝わるようになっている。そのためこのニュースも当然ガリアとの国境線地帯に住む住民の耳に入り、ガリアに対する警戒心を植えつけることに成功した。これは後に開戦の際には住民の早期避難に役立つこととなる。
一方、ハルケギニアにおける国際法の整備については、才吉ら『東方義勇軍』の工作が功を奏して、トリステイン・アルビオン・ゲルマニア・ロマリア・その他数ヶ国間で捕虜の取り扱いや戦利品に関する細かい取り決めを決めたロンディニウム条約が間もなく締結されることとなっていた。
もっとも、上記したように取り締まる機関がないので一種の紳士協定に過ぎないが、ロマリア教皇ヴィットーリオが賛意を示しているから、彼の権威を後ろ盾にしてある程度の効力は持つとは言える。
だがそれ以上に踏み込んだ条約、つまりは戦争その物に制限を課すものや、民間人の保護に関する条約の締結については不発に終わった。アルビオン・トリステイン政府は条約作りを了承したのだが、ガリアとゲルマニアが締結に難色を示したのが原因だった。
こうしたガリアの動きに対して、『東方義勇軍』はその情報機関である『トウ機関』から得た情報から、これらは開戦へ向けての下準備と判断していた。
さて、これまでにも何回か登場してきた『トウ機関』については、義勇軍内でも色々な噂が立っていた。何故噂になるかといえば、まず集めてくる情報の量がすごい。酒屋で交わされるような会話から、ガリアのジョゼフ王の肉声まで、それこそ本当に何でもありますという感じだった。
さらに、その『トウ機関』の機関長が一体どのような人物であるのか、義勇軍のほとんどの人間が知らなかった。噂だけは多々あり、「才吉がスカウトしてきた自衛隊の元スパイ」とか「呂501に乗っていた情報部員だ」など数え上げたら切が無い。賭けのネタになるくらいだ。
そもそも『トウ機関』とは、『東方義勇軍』の前身である『トリステイン空中義勇軍』時代にアルビオン・トリステイン両王政府の協力の下で出来たレコン・キスタに対する調査機関だった。その後、レコン・キスタが壊滅した後は両政府から義勇軍へ所轄が移管され、ハルケギニア中、特にガリアとロマリアを重点的に調べていた。
ちなみに、トウとは東という漢字の音読みと、才吉がかつて見たアニメの中に出てくる日本の諜報機関の名前から来ている。
さて、国境線でガリアとトリステインの小競り合いが起こり、いよいよ開戦が現実のものとなりつつあったこの日、ラ・ロシェールの港に現トリステイン代王であるルイズの姿があった。
つい1年前までは、ラ・ロシェールの海に面する港は沿岸漁業用の小規模な物であった。しかし、水上艦船の需要が増えた現在、港は大きく開発・拡張され1万tクラスの軍艦や貨物船が停泊できる桟橋が整備されていた。その港の東半分を民間船舶が、西半分を義勇軍とトリステイン海軍所属の艦船が使用していた。
ルイズは西側の軍用桟橋の上にいた。その場にはテントが張られて椅子が並べられ、『東方義勇軍』の平賀中将や小林中将、さらにはトリステイン王国政府やロマノフ海軍の関係者がいた。実はこの日、ロマノフ公国で建造された艦船のトリステインに対する引渡し式が行われることになっていた。
現在トリステインでは「にぎつ丸」や「おおよど」等の乗員から抽出した人間、さらには地球からスカウトしてきた人間により突貫での海軍水兵の養成が進められていた。もちろん艦艇の整備も同時に行われていた。ただし、中世ヨーロッパの技術力からようやく打破しつつあるハルケギニアにおいては石炭炊きの小型軍艦を造るのが精一杯であった。
そこで、艦艇の建造の一部はより技術力のあるロマノフ公国に委託されていた。もっとも、流石に戦争が1年以内に始まりそうな現状では悠著に戦艦や正規空母を造っている暇はない。だから小型艦艇や改装艦艇の整備に重点が置かれていた。既にロマノフからは何隻かの中古軍艦が購入され、通商護衛任務に従事していた。
そしてこの日待望の新造艦艇第一陣としてロマノフからトリステインに引き渡されることとなったのが、新造の小型駆逐艦2隻と改装軽空母1隻である。これら3隻は建造段階からロマノフに委託された初めての艦艇であるために、両国友好の記念すべき艦艇として、今回ルイズがわざわざその引渡し式に立ち会っているのであった。
小型駆逐艦は才人らのいた世界で第二次大戦中にアメリカで建造されたPF、パトロール・フリゲートを参考にした艦である。全長95m、排水量1200t、速力24ノット、12,7cm単装砲3基に爆雷と貧弱な性能であるが、起工から竣工まで4ヶ月で済むという点から建造が決定された。艦名は「双月」と「新月」である。
なお艦名については、現在トリステイン海軍の運用が『東方義勇軍』に委託されているので、今回は義勇軍水上部隊司令官の小林中将が名づけている。
また改装空母の方は、ロマノフ公国が東方への進出に備えて建造中だった重油専焼式の大型給油艦を買収、改装した船である。全長は190m、速力は23ノット、搭載機は21機である。なおこちらの改装も第二次大戦中の米軍の護衛空母の設計を参考にしている。こちらの艦名は神話から採られて「ブリシンガメーン」となった。
「今日こうして、親愛なるロマノフ公国から我がトリステイン王国に、その絆の証として送られた鉄の船の引渡しの儀式に同席できることを、トリステイン王室を預かる身として非常に光栄に思いつつ、ロマノフ公国への感謝と、これより乗り組む乗員たちの武運を祈らせていただきます。」
「ルイズ代王殿下に敬礼!!」
特設の演説台の上でルイズが挨拶を行い、桟橋に並んだ乗員たちが敬礼。それを終えるといよいよ艦艇の引渡しが始まった。国旗掲揚用のポールからロマノフ公国旗が降ろされ、代わりにトリステイン海軍旗が掲揚される。そして回航要員と入れ替わる形で、トリステイン側の乗員が乗り込み、引渡しが完了する。
その瞬間、軍楽隊がトリステインの国歌を演奏し、参加者全員が立ち上がって拍手した。引き渡された艦艇はこれより猛訓練に入り、実戦配備されると直ちに各通商ルートの護衛任務に入ることになっていた。
ルイズは演説を終えて乗り組む乗員を見送ると、休む間もなく式典に出席したロマノフ海軍や義勇軍関係者に挨拶して回り、多忙な時間を過ごした。
そして日が落ち夜になったが、彼女の仕事は未だ終わっていなかった。公式な予定では、彼女はそのままラ・ロシェールの宿屋に泊まるはずであったが、彼女は式典終了後に地味な服に着替えると、義勇軍差し回しの車に乗り込んだ。そして秘密裏に、『東方義勇軍』ラ・ロシェール基地へと向かったのであった。
御意見・御感想お待ちしています。
昨晩「ヒトラー最期の12日間」が放送していたので録画。朝久しぶりにちょっと見ましたが、陥落寸前のベルリンで、12歳や14歳の少年少女が軍服着て8,8cm砲を操っている姿が悲壮だった。戦争なんてするもんじゃないですね。
さて、今回は『トウ機関』に触れましたが、次回はその機関長が登場します。一応言っておくと転移してきた人です。最初は本郷義昭にでもしようかなと思いましたが、却下してとある漫画の憲兵少尉に来てもらう事にしました。
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