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未知との遭遇 上
 アルビオン解放戦争が終わってから半年、ロマリア教皇のヴィットーリオがトリステインを訪問してから2ヵ月後のその日、トリステイン王国科学研究所所属の蒸気探検船「オストラント」号がトリステインの北東500kmの海上を東に向けて航行中であった。

 同船がこの海域に進出していたのは、もちろんこれまでに発見されていない島の発見や、ほとんど未知と言ってよい大陸東側の調査であった。

 ゲルマニアの東に国があることは、ハルケギニアでも噂話程度には知られていた。しかしながらその国と積極的に関与している国はない。なぜならゲルマニアの東側の国境から30kmも入れば、そこには多数の幻獣が生息する、通称「魔の森」が広がっているからである。

 この森のおかげで、人はそれ以上の陸からの東進を妨げられていた。また海路は開発が不十分であった。さらに空路は飛行船の航続力の関係で行くことが出来なかった。

 しかしながら、地球からの技術移入で造られた「オストラント」号なら理論上可能であった。この船は石炭を満載すれば、巡航速力15ノットで2000海里(約3700km)の航続力を誇ったからだ。

 その「オストラント」号が石炭と真水などの補給のためにハシラ島の泊地を出たのは前日の早朝のことだった。幸いにも天候は晴天続きで、波も穏やかだった。だが油断は出来ない、未知の海であるから当然海図も地図もない。だからどこに岩礁や不規則な潮の流れがあるかもわからない。そのため船の両舷、船首船尾、マストの上に設けられた監視塔には四六時中双眼鏡や望遠鏡を持った乗員がつめて見張っていた。

 その内の一人が伝声管に向かって叫んだのは、正午を回った頃であった。

「前方30度に艦影と煤煙を確認!!」

 この報告は、聞いていた全ての人間を震撼させた。彼らが知る範囲では蒸気船を実用化しているのはトリステインとアルビオンの2カ国だけである。しかしこの海域に両国の艦船が現れるのは考えられない。つまり、噂に聞く東の国の船である可能性が高い。その正体を確認するのも「オストラント」号の任務の一環であった。

 船長はただちに命令を下した。

「未確認の船舶に接近する!!面舵30度。機関速力2分の1。」

「オストラント」号は発見した艦影の方角に舳先を向けた。

 すると、艦橋へある人物が駆け込んできた。

「船長、未確認の船を確認したというのは本当ですか?」

 興奮して船長に声を掛けてきたその男は、今回調査任務に同行した科学研究所所長のコルベールだった。

「ああ所長、ええ本当です。現在確認するために接近中です。ところで、砲に乗員を配置しておきますか?」

「オストラント」号には自衛用の火気として127mm砲2門と75mm砲4門、対空砲2門、さらに機関銃2挺が搭載されていた。同型艦の「ビフレスト」級の半分の武装であるが、ハルケギニアで一般的な木造の帆船相手なら過剰すぎるほどの武装である。

 船長は相手の船が万が一襲ってくる場合に備えて、戦闘配置を出そうか迷っていた。

「それは少し待ってください。相手を挑発するかもしれないので。ただし、いつでも配置できるようにはしておいてください。」

 さすがに元軍人だけあって、コルベールは期待する一方で、最悪の事態も想定していた。

「わかりました。しかし水偵が使用できていれば、もっと早く相手を確認できたかもしれませんね。」

「ないものねだりを言っても仕方がありません。」

「オストラント」号には後部甲板に小型の水上偵察機が搭載されていた。これは異世界地球で購入、持ち込まれたもので速度は遅いが軽量で、しかも操縦性が良かった。ただし、飛ばすときには一々デリックで海上に降ろさなければいけないので面倒くさい。また海上での使用ということで整備を入念に行う必要があり、この日も午前中は整備に充てられ、飛行は午後からの予定だった。

 ちなみにパイロットは『東方義勇軍』からの出向者が務める。

「とにかく、相手の正体を確かめないと。くれぐれも軽挙妄動は慎んでください。」

「わかりました。」

 船長は再び伝声管を使って乗員たちに命令を伝えた。

 それから30分ほどして、双眼鏡を使えば相手の艦影がほぼ確認できるまでになった。

 相手の船は「オストラント」号に反航する形で近づいてきた。「オストラント」号と同じく蒸気船のようで、艦中央部にある2本の煙突からは黒い煙が立ち上っていた。また前部と後部には明らかに大口径の大砲を乗せているのがわかる。どうやら相手は軍艦のようだ。

「船長、船長はあの船の旗を見たことはあるかね?」

「いいえ。初めてです。」

 相手の船は船首と船尾に旗を掲げていた。船首の旗はオレンジを下敷きにして、中央に鳥の絵(後に双頭の鷲と判明)、船尾の旗は白地に青い変わった形の十字が描かれていた。(後に鉤十字と判明)

「ということは、あの船は噂に聞く東の国の軍艦かな?」

 コルベールが呟いた直後、相手のブリッジの上部で、光が点滅するのが見えた。発光信号である 

「信号員、相手の信号の内容がわかるか?」

 船長がブリッジ横の発光信号機の側に立っていた兵士に聞いた。

「ええと、ちょっと待ってください・・・・あ!読めます。わかります。『我ロマノフ公国海軍北洋艦隊巡洋艦「クロンシュタット」なり、貴船の所属を問う。』以上です。それを繰り返しています。」

 するとすぐにコルベールが言った。

「返信を。『我トリステイン王国探検船「オストラント」号なり、敵意なし。会談を行いたし。』今の内容を送ってください。」

「わかりました。」

 信号兵は言われた通りの内容を直ぐに打ち始めた。その間にコルベールは船長に命令した。

「船を止めてください。」

「はあ?止めるんですか?しかし、相手は軍艦のようです。攻撃に備えるなら、止めないほうが良いのでは?」

 船長が怪訝な顔をして言うが、コルベールは頑として自分の命令を通す。

「いいから、止めてください!!」

 結局この意見に引きずられる形で、船長は停船命令を出した。

「わかりました。機関停止!!」

 まもなく、「オストラント」号の機関は停止し、船は惰性で動くのみとなった。

 すると、それまで反航する形で走っていた相手の船は、急転舵して「オストラント」号と並走する形をとり、そのまま同じように機関を停止した。そして『これより使者を送る』という信号が来た。

 コルベールはブリッジから出て、数百mまで近づいた相手の船を見る。

 前部と後部の甲板上に設置された大口径砲も目立つが、甲板上に多数置かれた中小口径の砲もその存在感を見せ付けていた。もっとも、それらの周りにはこちらを観察しようとする兵士たちが鈴なりとなって集まっていたが。

 そして20分ほどして、その甲板からボートが降ろされるのが見えた。着水したボートは数人の人間を乗せて、こちらに向かってきた。

 コルベールは船長に、タラップを降ろすよう命令した。
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