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第九章 もう一人の自分
第六十六話 アリスちゃんと夕子さん
 はあ、早くアグニ来ないかなあ?
 アルトとアリスちゃんが戯れるのを眺めながら僕は待っていた。
 普段は凛とした女性なのに、今は無邪気な女の子の仕草というギャップはどこかなごむ。いや、異常事態に和んじゃだめだよ。
 と、待っていたらピンポーンとチャイムが鳴った。
 アグニ!?
 すぐに玄関に向かう。
 そこに、
「やあ、ノエル」
 と、手を上げるバイクを止めるアグニと、きれいなおんなのひとがいた。
 少し青みがかってウェーブの入ったきれいな長い髪、優しげな光を灯す瞳、穏やかな笑みを浮かべた顔は品のいい薄化粧で整えられている。
 服は優しい暖色系の長袖で、ロングのスカートとともに彼女の柔和な雰囲気を演出している。
 年齢は……わかりずらい。十代と言われても信じられるし、四十路と言われても疑わないと思う。でも、たぶん二十歳くらいかなあ。
 十人に十人が美人と答える人だった。
 いったい誰だ?
「初めまして。上坂夕子です。いつもうちの人がお世話になっています」
 と、見てて惚れ惚れするくらい綺麗なお辞儀。
 って、今の自己紹介からはつまり……
「俺の嫁だ」
 アグニが肩に手を置くと上坂さんはちょっと頬を赤く染めてあらあらと笑った。
 う、噂に聞いてたアグニの奥さんが美人だったなんて……
「神は死んだ!」
 気づけば僕は叫んでいた。

「お医者さん来たよー」
 と、アリスちゃんを呼ぶとすぐに遊びを放棄してこっちに来た。 
「ねえ、お姉ちゃん。そこのお姉さんがお医者さん?」
 とキラキラ目を輝かせながら聞かれた。
 いつもと違うその様子に二人は軽く驚いたが、すぐに気を取り直す。
「あら、お姉さんって嬉しいわね。でも、私はお医者さんじゃないのよ」
 お姉さんと呼ばれて嬉しそうに上坂さんが笑う。うーん、見た目ではわかり辛いもんなあ。
 するとアグニが一歩前に出る。
「俺が医者だ」
 と胸を張る。
 なぜそんな無駄に偉そうに言う?
 そして、アリスちゃんはビクッと震えて僕の後ろに隠れてしまう。
「……」
 アグニが横から覗くと、僕を盾にするように反対側に隠れてしまう。
 アグニが位置をずらすと、その反対側に。
 最初はゆっくり、だが、だんだんと速度が上がる。
 右左右左右左右左右左右左右、しまいには反復横飛び……
「いい加減にしろ!」
 思わず延髄蹴りをかましてしまった。
 ノックアウトするアグニ。上坂さんはあらあらと笑うだけだった。
 いや、蹴った僕が言うのもあれですが、旦那さんが蹴られたそれだけですか……

 それから、さっそくお二人にアリスちゃんを診てもらってるんだけど……
「でね、せっちゃんがね!」
 楽しそうにアリスちゃんが上坂さんに話をする。
 上坂さんは、うんうんと丁寧にアリスちゃんの話を聞いてくれる。
 対してアグニは……遊んでいた。
「君は何をしてるのさ」
 一応聞いてみる。
 僕の眼にはアルトとジェンガで遊んでるようにしか見えない。
「アルトと遊んでいるんだが?」
 なに聞いてるんだこいつって感じの視線がちょっとムカつく。
 仕事してよ……
「アルト、僕も入れて」
 僕はため息をつきながらアグニとアルトがやっているジェンガに乱入する。
 アルトは笑顔でうんと答えてくれた。さて、どこから抜こうかな?
「上坂さんって何している人?」
 本人は医者じゃないと言ってたけど、任せてるならそういうことに詳しい人なのかな?
「夕子も俺と同じ技術者だ。うちの開発室の室長だぞ」
 へえ、そうなんだ。偉い人だったんだね。
 僕は慎重に下段のブロックを抜く。穴だらけ、真ん中だけになった下段の中からだったけど、なんとか抜けた。
「ならなんで任せてるのさ?」
 僕が上にブロックを置くと次はアグニ。
「話を聞くのは俺よりも適任だと思ってな俺は人の話を聞くのは苦手だ。対して夕子はそれが得意だ。俺の話も嫌な顔せず聞いてくれる。それも惚れた理由の一部だな」
 答えながらアグニはブロックを選ぶ。
 ふーん。って、さり気に惚気るな。
 そして、上段のまだあまり抜かれてないブロックを取る。あ、アルトのために残しといたのに!
「まあ、それは置いといて、先に言っておくが、幼児退行なんて普通起きるものじゃあない。大抵は精神的に追い詰められての現実逃避だ」
 とアグニが説明する。
 まあ、そう言うもんなんだろうね。
「だが、朱音がそんな状況にいなかった」
 アグニの意見に賛同する。
 少なくとも昨日まではいつも通りだった。いつも通り朱音さんは家事やアルトの面倒を見てくれていた。本当に助かっています。
 というか、たまに思うが朱音さんの方がママって呼ばれるべきなんじゃね?
 アグニがブロックを置き、次はアルトの番。うーん、とアルトはどのブロックを抜こうか悩む。
「となれば、あくまで予測だが、暗示かなにかだな」
 暗示?
 アルトが震える指で中段のブロックを抜こうとする。がんばれー。
「朱音は実はそういうことに詳しい。理由があって自分自身に暗示をかけたんじゃないのか?」
 なんですと?
 テレパシーといい放電体質といい、朱音さん多芸だなあ。でも、自分に暗示をかけるって、なんで?
 ブロックが半分ほど抜ける。ぷるぷるとアルトの指先が震えている。な、なんか危ないなあ。
「だから夕子に話を聞いてもらってるんだ。なにかヒントがないかな」
 ふむ、暗示かあ。
 その瞬間、山積みになっていたブロックが崩れた。
「あー! 崩れちゃった……」
 しょんぼりとうなだれるアルト。
「あらら、残念だったねアルト。もう一回やってみようか」
「うん」
 と僕たちがブロックを組み直していたら……
「アリスもー!!」
 とアリスちゃんが飛び込んできた。お話は終わったってことなのかな?
 アグニは立ち上がって上坂さんのそばに。結果を聞きに行ったのかな。なら、今度は僕がアリスちゃんの相手をする番か。
 三人でブロックを組み上げて、ゲームを改めて始める。
「で、なにかわかったか?」
「いえ、これといってなかったと思うわ」
 と上坂さんが残念そうに息を吐く。
「基本的に好きな男の子の話だけ。もしかしたらその子が関係あるのかしら?」
 好きな子、確か『せっちゃん』だったっけ? どんな相手なんだろう。
 ふむとアグニは頷く。
「確か朱音の夫は幼なじみって聞いてるからなにかわかるかもしれないな。連絡先は知らんが」
 僕はガクッと肩を落とす。
 ダメじゃん……

鈴:「どうもー、今年は言って初めての投稿でせう」
刹:「遅かったな」
鈴:「いやあ、ちょっと色々と忙しくてね」
刹:「まあ、こんな時期だからな」
鈴:「うん、とにかく朱音の退行編の続きです」
刹:「以前から存在だけ示唆されていたアグニの嫁も登場だな」
鈴:「かなり若いですよー」
刹:「ノエルも年齢の判断に困ってたな」
鈴:「それに関してはまた今度で、それでは」
刹:「また次回に」


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