漆黒のシュガーレス(31/49)PDFで表示縦書き表示RDF


漆黒のシュガーレス
作:スグル



25.5 「プラスチックガール」


 『神速愛じんそくあい』。
 冬風カタナは、今まで、他人の目に映らないほどに、肉体を超高速に動かす、この力を使うことはなかった。その超高速動作により、周囲の空気が抵抗を持ち、肉体が空気圧により裂け、その摩擦が負担を与える。
 だが、彼は、その負担が激しいから、今まで、『神速愛』を使わなかったのではない…。
 記憶になかった…、知らなかったから使わなかった。ケリーの突然の出現に、彼は秘められていた、その力を放った。ケリーも、この力は知らなかった。
 記憶から、消えていた力を放てたのは、彼がホテルで見たヴィジョンが影響したのか…?
 それは、カタナ本人しか知らない…。



 ケリーの作戦は失敗した。
 ゼファーナの推理は当たっていた。それを聞いて、刺客の誰かか、ケリー本人が市内体育館に来るかもしれないと、先読みし、念のため、待ち伏せをしていた。
 そして、ケリーを、キャンディ・キュティを敗った。

「あなたのことは、雇い主から、組織の実験で、記憶を失ったと聞いた…」

 市内体育館のロッカールームで、胴着を着ながら、ケリーは廊下に立つカタナに話し掛ける。
 カタナは、サムライロジックの仮面を外していた。あの体中の傷は消えていた。だが、彼は疲労気味だ。
 道場にあった、雪乃の予備の胴着をカタナから渡されたケリー。さすがに、毛布一枚では、アレだと思ったからだ。
 着替え終わった彼女は、ロッカールームから出た。
 カタナは、腕を組んで、廊下の壁に背中を預けながら、ケリーに目を向けた。

「へぇ、似合うじゃないか…」

 と、彼女の胴着姿を見て、カタナは言う。
 ケリーは、顔を赤くして…、

「うるさい…。それより、あなた…」

 と、カタナと目を合わせないようにして、彼の顔に首を向いた。

「『あの実験』の…」

 なにかを知っているような口振りで、ケリーは話そうとすると…、

「さぁ、なんのことやら…」

 カタナは、ケリーから顔を逸らした。
 そして…、

「俺は、エッチな実験以外、興味はない…」

 と、ケリーに背中を向けて、カタナは言った。
 すると、ケリーは、これ以上、何も言わなかった。
 そして…、

(小雪さん…)

 カタナは小刻みに震えながら、あのヴィジョンで見た女性の名前を、心の中で呼んだ。


 あのヴィジョンは、彼の失われた記憶だったのか…?それとも、ただの幻か…。
 ケリーが言った、『あの実験』…。そして、今まで、放つことのなかった謎の力、『神速愛』の発現といい深まる、カタナに関する謎。
 冬風カタナは、地獄同盟会の一人。まるで、アンチヒューマンズという組織の、一部分を隠しているかのように、謎の包まれている…。
 地獄同盟会は、彼が敵でないのは確かだと信じている。皆が、彼の存在を必要としている。雪乃達だって。
 それは、彼が見た、おぼろげな刹那の一瞬のヴィジョンよりも、確かなことだった。
 しかし、カタナは、あの一瞬のヴィジョンが脳裏に焼き付いて離れない。


「とっ、ところで…」
「ん?」

 ケリーが、再び、話し掛けた。
 カタナは、振り向いた。

「なんで、あの時、毛布を用意してた…」

 と、ケリーは顔を赤くして聞いてきた。
 カタナは、ん?と声を出した。
 彼女が言っているのは、前回、カタナが体育館前で待ち伏せしていた時に、何故か、彼の足元に毛布があったことだ。その毛布で、ケリーの体を包んだ。
 ケリーは…、

「まさか…。私のファンタジスタスーツを剥がした後のことを考えて、前、持って準備してたの…」

 と顔を赤らめて、下を向きつつ、そう聞いてきた。
 すると、カタナは軽く笑いながら、こう答えた。

「いや、お前来るまで、あそこで寝てた…。夜のアスファルトは冷えてて、気持ちがいいし…」

 ケリーの予測は外れた。
 カタナは、両手を上げて、大きく背伸びをした。口から、大きく息を吐き、目から涙をこぼす。
 すると…、

「ふふっ…、ははは!」

 ケリーは、急に笑い始めた。
 カタナは、どうした!と言って驚く。
 無邪気に、両手で腹を抱えながら、ケリーは大きな声で笑う。まるで、さっきまで、彼女を締め付けていた、なにかが体中から抜けていくように、腹の底から笑っていた。

「ふふっ…、完璧に、あたしの負けだ…」

 と、さっきまで憎んでいたはずのカタナに、そう告げた。
 快楽とか、狂気とか、憎しみではない、違う感情の波が、ケリーの体中を満たしていた。暖かくて、柔らかな変な感情だったが。
 毒が抜け切り、表情が豊かに笑う、ケリーを見つめて、カタナも笑った。
 ちなみに、翌日の朝、カタナは、何故か、金縛りにあった。誰かの怨念だろうか…。



「そうか…」

 カタナは、その日の夜に、アルゼに話の一部始終を、電話で報告した。刺客のケリーのファンタジスタスーツ消失による、リタイヤを。
 受話器越しにアルゼの声と、ガヤガヤとした雑音が聞こえた。

「そのケリーという女も、拘束だ。出来れば、そのファンタジスタスーツも、欲しかったが…」

「ああ、それは、すまなかった…」

 と、受話器越しでも解るアルゼの口調を聞きながら、カタナは、何故か、雑音が気になった。
 彼女は、今、携帯片手にどこに居るのかが…。

「ところで、アルゼ。お前、今どこにいる…」

 思わず、聞いてしまった。
 すると…、


「牛丼屋だ」
「はい、牛皿並ですー!」


 受話器越しに、カタナは、そう聞いた。気のせいか、店員らしき人の声の『牛皿並』という単語が聞こえた。
 すると、カタナは…、

「あっ、ごめんなさい…」

 思わず、謝った。
 しかし、本当に謝らなければならないのは、完全に忘れ去っている、今、ホテルで大変なことになっているゼファーナ春日と、物凄く彼を心配していた雪乃だ。


アルゼ「牛皿、ウマッ…」











ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう