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或る魔王軍の遍歴 作者:饗庭淵

三章〈獣娘〉ラプンツェリカ

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(3-1)

「陛下、こんなところに」
 魔王城の外を探し回っていたホムラは、やっとのことで渓流の岸、岩の上に腰掛け釣りを興じる魔王を見つけた。
「お、ホムラ。いいところに。火を熾してくれないか?」
「陛下、その、私はそのために訪ねたわけではなくてですね……まあ、いいですけど」
 渋々、ホムラは枯れ木で組み上げられた薪に火をつけた。複数の魚が魔王の傍でぴちぴち跳ねているのを見るに、そこそこ釣れているようだった。
「魔王城から離れすぎず、かつ一人で退屈を凌げる娯楽となると読書か釣りくらいしかなくてね。セレペスは読み飽きてしまったし、読書を続けるのも肩が凝る。そこで釣りだ」
 ホムラが火熾しに成功したのを確認すると、魔王は釣りをやめて魚を二匹摘み上げ、口から小枝を突き刺して火の前に設置した。
「お前も食うか? このへんではイワナが釣れてな」
「……いただきます」
 魔王の好意に逆らえるはずもなく、ホムラもたき火の前に座した。魔王は逐一焼き加減をチェックし、ちょうどいい頃合いだと判断すると一本を手に取り、ホムラにも食べるよう促した。が、手には取るもののなかなか口につけようとはしなかった。
「食べないのか?」
「猫舌なもので」
「ああ、それがお前の持ちネタだったな」
「いえ、ホントに」
 魔王だけが黙々と焼き魚を食べる形となり、さすがに気まずくなったのか、思い出したように話題を変えた。
「で、なにか話があったようだが」
「はい。螺旋巻きのことです。連中をこのまま放っておいていいんですか? 先の銃撃部隊の襲撃、確実に螺旋巻きが絡んでいますよ」
 やっとのことで本題に移れたホムラは、捲し立てるように早口で言った。対し、魔王はイワナを頬張りつつ、落ち着いた声で答える。
「彼らは武器を提供しただけだろう」
「それが問題だと言ってるんです」
 ホムラの言わんとすることもわかる。魔王は間を置いて答えた。
「……螺旋巻きが、今まで軍事力を持たずに中立国でいられた理由を知っているか? その優れた技術力のためだ。A国が螺旋巻きを支配しようとすれば、他の取引国であるB国・C国・D国がそれを防ぐ。こういったシステムらしい」
「それがなにか? 我々には関係のないことでしょう」
「少なくとも、報復として螺旋巻きを滅ぼすのは論外だ。彼らの技術力は我々魔族にとっても有益なんだよ」
「まさか」
「たとえばだ。螺旋巻きは現在、アクセルローター社の出資で〈鉄道網〉の開発を計画している。こいつが完成すれば、兵站がだいぶ楽になる」
「クラウスがいるじゃないですか」
「あいつに負担をかけすぎるわけにもいかん。それに、敵に先手を打たれて妨害されれば大惨事にもなりかねん。また、〈鉄道網〉が完成すれば民衆にとっても非常に便利な交通機関になる。この完成に寄与したとなれば、いい広告にもなるだろう。魔王軍もこれに出資する予定だ。詳細は次の会議にでも提案する」
「しかし、それだけを理由に螺旋巻きを保護するなど……」
「それだけじゃない。先の襲撃で城門が破壊された。こいつも含め、魔王城を改築する必要がある。侵入者が短時間で〈爆弾〉を仕掛けて回れるようでは問題だ。たとえば、魔族には反応せず人族には反応する罠。同じような手を使われぬよう対策を施す必要がある。その点について、螺旋巻きは知識と技術を提供してくれるだろう」
「人族と取引するつもりですか」
「そうだ」
「螺旋巻きの技術者を魔王城まで招くと……?」
「そうなるだろうな」
「信用できますか」
「螺旋巻きは徹底した合理主義者であり、その仕事に誇りを持っている。そんな卑劣な真似などしないよ。不安なら、エアクやその部下にでも、心を操る魔術師ならいくらでもいる。人族だからといって毛嫌いするな。利用できるものは利用するのだ」
「……わかりました。それでは、失礼します」
「さて、そろそろ私も城に戻るか。ところで、魚は食べていかないのか?」

 ***

「ご苦労だった、セリア」
 魔王は自ら彼女の部屋に赴き、大仕事を終えたセリアにねぎらいの言葉をかけた。
「今回のシャピアロン潜入調査によって得られた情報は大きい。冒険屋を嗾けてきた件といい、彼らは確実に我々に対し警戒を強めている。すでにナザレ・ヴィノグラードも宮殿に招かれ、待機しているらしいな。そして、もう一人の警戒すべき魔術師・ミハイルについての概要もつかめてきた。その他、シャピアロン軍の詳細な戦力もな。そして、帝都攻略の兵站線を定めるための地理情報。よくやった。セリア、一人長い間異国の人族社会に潜み、実に難儀であったろう。その功労に対し、褒賞として長期休暇と特別報酬を与える。十分に体と心を休めてくれ」
「は、はい! 有り難く頂戴いたします!」
「しかも、それだけに留まらぬのだから驚きだ。シャピアロンの遺跡に眠る大魔石の確保。これは大きい。当初の予定ではシャピアロンとの戦争に勝利したあと、ゆっくりと探す予定だったものだ。それをこの段階で発見、そして回収までしてくるとは」
「独断で申し訳ありません。失敗していれば準備不足の段階で戦争を起こしかねないことを……」
「予期せぬことはいつでも起こりうるものだ。こちらの指示を仰ぐ余裕もなかったのなら仕方あるまい。そんな状況下において、好機を逃さなかったお前の非凡な英断には脱帽するよ」
「お、恐れ入ります……」
 セリアは赤面してうつむいた。

 魔王が部屋を出たあとも、セリアは椅子に腰掛け頬を赤めたまま、頬杖をついてボーッとしていた。外を眺めているようで、なにも見えていないようで。
「ホント、陛下は褒め上手ですね」
 頭上よりクラウスの声。空間を切り開いて狐の顔が覗く。今までの会話を聞いていたらしい。
「い、いたんですかっ! 相変わらず趣味が悪いですよ」
「〈恋する乙女〉……」ぼそりとクラウスがつぶやいた。
「や、やめてくださいよ! ホントなんなんですかその二つ名!」
「これはホムラの発案だったかな? いやはや、こうしてみるとなかなかふさわしい名のようで」
「だから……!」
「よくやった。〈恋する乙女〉セリア。その功労に対し、褒賞として長期休暇と特別報酬を与えよう」魔王の声真似をして、堪らずクラウスは吹き出す。「とか言えば、面白いなあと思って、名づけたんですけどねえ」
「いいかげん陛下にいいつけますよ……」
「そしてあれだ、人族の軍にもその名が知れ渡って――『七魔将だ!七魔将の〈恋する乙女〉が来たぞー!』『くっ、強い……これが〈恋する乙女〉の力か!』――と、なる」
「なりませんっ!」
「そう怒らなくても。いいじゃないですか、だいぶキャラが立って」
「別に二つ名なんかなくても、実力があればいいんです」
「一人仲間はずれでかわいそうと思ったから、みんなで考えたのに。いやはや逆恨みとは……」
「よけいなお世話です。エアクさんがいないからって、私にちょっかい出さないでください」
「はて、なぜエアクの名がここで?」
「クラウスさん、エアクさんがいなくて寂しいんですよね?」
「そう見えますか」
「そう見えます」
 色恋沙汰で図星を当てて反撃しようとしたセリアだが、クラウスに動じる様子がないので逆に気恥ずかしくなった。
「もういいです! 早く出てってください」
「……嫌われたものですねえ」
 せっかくの幸福感も、意地の悪いクラウスのせいで吹き飛んでしまった。セリアは不貞寝することにした。

 七魔将の二つ名は、誰が呼ぶともなく自然に発生したものだ。
 〈剣王〉〈不死王〉〈空間歪師〉〈大喰らい〉〈獄炎〉〈潜むもの〉。
 いずれもその二つ名にふわさしい能力を持ち、畏敬の念を込めて呼ばれる。
 だが、セリアにだけは適当な二つ名がなかった。能力としてはたしかに七魔将にふさわしいだけのものを持っている。だが、彼女を特徴づけるような突出した能力はない。いわば器用貧乏だった。強いて挙げれば、ノーリスクで人に化けること、そして魔王からは特にその能力を買われてはいるが、これは人族社会への潜入任務に役立つもので、魔族から羨望されるような力ではない。というよりむしろ、彼女は姿以外にも魔術性質など人族に近いところがあり、その点がコンプレックスになっていた。
 そこで名づけられたのが〈恋する乙女〉――セリアを除く七魔将らの会議によって、ふざけてつけられた名だ。魔王に対する態度から発想され、主犯はホムラとクラウス。
「……はあ」
 でも、陛下は私のこと褒めてくれたもんね。それだけが彼女の心の支えだ。

 ***

「陛下、緊急報告が」
 魔王が司令室に戻ると、部下が勢いよく報告に現れた。
「なんだ」
「アルベリア遺跡の件で……」息を整え、続けた。「大魔石が、奪われました」
「なんだと」
 複数同時に調査させていたアイゼルの遺跡のうち、最も大魔石の存在が有力視されていた遺跡だ。
「犯人は〈魔壊屋〉と呼ばれる三人組の女冒険屋です。我々が大魔石に辿り着くタイミングを見計らい、奇襲を仕掛けてきたとのことで……」
「アルベリア遺跡の調査は、たしかリック大佐に一任していたはずだ。彼はどうなった」
「無事とはいいませんが……軽傷を負っています。完全な騙し討ちで、大魔石を奪うだけ奪って一目散に逃げていったようです」
「〈魔壊屋〉か……たしか、『警戒すべき冒険屋』リストにも載っていたな。逃げ足の早さで有名らしい。実力も備わっており、大抵の魔物は苦にせず斃せると聞く」
「リック大佐の件ですが……」
「ん?」
「処分はいかがいたしましょう」
「そうだな。療養を与えろ。〈魔壊屋〉の始末は別のものに任せる」
「了解しました」
「大魔石の回収は一刻を争う。大佐を出し抜いたほどの連中だ。これは、七魔将を動かすだけの案件だ」
「七魔将を、ですか?」
「暇そうにしてるやつがいるじゃないか。本件については適任だ。〈魔壊屋〉は殺して構わん。そして、大魔石はやつの炎でも焼失する心配はない」
「はっ。では、今すぐホムラ様をこちらに」
「いや、いい。私が直接向かおう。ここまで呼んで向かわせるのでは二度手間だ。居場所はわかっている。どうせやつのことだ。城門で、冒険屋が死霊の山を越えて来ないか待ち構えているのだろう?」
 魔王は司令室を出て、廊下を歩いて玄関まで向かった。

 フェザードによる〈農業国家〉ローレリアの支配は完了しつつある。あとはアイゼルに受け渡すだけだ。アイゼル人心掌握計画の第一段階はこれで終了。セリアを動かすわけにはいかぬから、エアクあたりにでも簡単な世論調査をさせ、状況に応じ第二段階の修正を行うことになるだろう。
 そのエアクは王宮で洗脳の仕事に励み、それもうまくいっているようだ。考えてもみれば彼女も働き詰めだ。とはいえ、彼女は計画の要。休みを与える暇もない。シャピアロンとの戦争参加を免除することで埋め合わせとしよう。
 一方、ネグロは相変わらず食ってばかりだ。彼にもなにか仕事を与えるべきだろうか。彼はあれでいて情報部隊に属する。脳を喰らい記憶情報を摂取し、〈種〉として吐き出す能力は実に有用だ。だからこそ、いつでも利用できるように常に魔王城に待機させておくべきだともいえる。
 他に進めている事案としては、シャピアロン攻略とその先の戦いを視野に入れた海軍の準備がある。部下を魔界に赴かせ、アイゼル攻略の実績を提示したうえでの海軍司令を任せられる人物への交渉。海軍基地の建設あるいは増強、その作業または警備。なにもかも順調に進んでいる。
 あいかわらずなにも起こらない退屈な日の方が多いが、今日のようにたまには予想もしない事件が起こる。大魔石に人族が目をつけており、ましてやそれが奪われるとは。やはり人族は数が多いだけに、その動きが予想できず、侮れない。
 魔王は一人考えを巡らせながら廊下を歩いていたが、その向こうに妙なものを抱えた部下の姿を見た。
「なにがあった?」
 ホムラの部下の一人・准将カガリが、ボロボロになった人族を引きずって廊下を歩いていた。
「はっ。先ほど五人組の冒険屋が魔王城まで攻めてきまして。それにホムラ様が対応、うち四人が灰も残らず焼失、一人がこちらになります」カガリは敬礼して報告した。
「なに、また冒険屋が魔王城まで辿り着いたのか」
「はい。驚くべきことですが」
「そして、ホムラはまたやったと」
「そのようで……」
「それにしても五人か。この前の銃撃部隊のせいでいくらか手薄にはなってはいたが、あいつらの死体もフェザードが下僕化していたはずだ。補完としては足りなかったか? いずれにせよ、たった五人で死霊の山を越えるならかなりの人材だったろうに……もったいないな。エアクあたりに洗脳させれば、スパイとしての使い道も十分にあった」
「時すでに遅し、ですね」
「こういうことは前々から注意してたはずなんだけどな。せめて死体が残っていれば……ホムラが聞くわけないか」
「ですね」
「そいつの処遇はどうするつもりだ?」
「さしあたって尋問です。吐けるだけ情報を吐かせてから、あとは処分といった手はずになると思います」
「それでいい。マニュアル通りの適切な対応だ。どうしても吐かなければネグロを呼べ。もっとも、ネグロの存在を知らせた上で脅せば、洗いざらい吐くだろうがな」
「畏まりました」
 一礼して、カガリは去っていった。
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