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或る魔王軍の遍歴 作者:饗庭淵

二章〈勇者〉ラルフ・ウェルベプス

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(2-3)

「でさー、あんたの目的地ってもともとはどこだったの?」
「もうすぐ着く。この先だ」
 ラルフ、ミナ、リヒトの三人の旅は続く。
 東の洞窟の主・ファフニールを斃した彼らは、ラルフ主導のもと山の麓へと辿り着いた。
 道はすでに暗い。行く先にあったのは一つの掘っ立て小屋。ただし、ミナの住んでいたそれよりも遙かに立派で、一軒家と呼ぶにふさわしい大きさだった。その家の前、庭で火を焚いている一人の男の姿が見えた。
「師匠!」ラルフはその男に駆け寄った。
「ラルフ! 久しぶりだな……ん?」男は眼鏡越しにきょとんとした表情でこちらを見た。「なんだ、その娘たちは」
「えっと、あの二人はミナに、リヒトっていうんだ。旅の道中で知り合って」と、ラルフが説明する。
「へえ~。おい、ラルフ、ちょっとこっち来い」
「? なんです」
「お前も隅に置けねえなあ~。しかも二人とは。で、どっちを狙ってるんだ?」
「ちょ、そういうんじゃありませんって! 誤解ですよ!」
「いい、いい。師匠は優しいからな。そういうことにしておいてやるよ。さ、お嬢さん方もこちらへ。中へ案内しよう」
 いきなりくだらない茶番を見せられ、ミナは先行き不安を覚えた。
「はじめまして。私はシド。そこのラルフ君は師匠などと呼んでいるが、ま、シドと呼んでくれて構わない」
「ミナ・ハーカーです」
「リヒト・シュテインです」
 それぞれ自己紹介を終えると、ミナは小屋の中を見回した。
 内装もまたしっかりしていた。男の一人暮らしとは思えないほど小綺麗だった。客室まで用意され、おしゃれなテーブルクロスまで掛けられている。
「さて、茶でも入れようかな。君たちはそこでくつろいでいてくれ」
 シドはそういうと台所へ向かった。そう、この小屋には台所まである。
「彼とはどういう関係なの?」
「師匠は僕の命の恩人だよ」ラルフは答える。「僕がまだ五歳の時、村が魔族に襲われた。僕の両親は殺され、親しかった人たちも次々と殺されていった。僕は一人だけ残された。魔族が過ぎ去ったあとも、村には魔物が徘徊していた。そのとき、師匠が現れ、魔物を退治して僕を助けてくれた。それだけじゃなく、身寄りのない僕を育ててくれた。剣の稽古もつけてくれた。彼はある意味、僕の父親みたいなものだよ。感謝してもしすぎることはない」
「罪滅ぼしだよ」シドがお盆に茶を持って現れ、口を挟んで言った。「私にもっと力があったのなら、ラルフの両親も助けられるはずだったんだから」
 罪滅ぼしって、こいつもか。お前なんも悪いことしてねーだろ。ミナは内心で毒づいた。どうにも苦手なタイプの連中ばかりだ。
「そして、僕は一三になったころ独り立ちをし、冒険屋となった。彼に教わった剣を役立ててね。おかげで今までなんとかやってこれたんだ」
「そのようで安心したよ」一転、シドは表情を険しくして続けた。「だが、お前はこうして戻ってきた。なにか思うことがあったのか」
「もう一度、稽古をつけていただきたく」
「壁にぶつかったのか」
「はい」
「どうしても一人では乗り越えられない壁か」
「はい」
「わかった」シドは再び表情を和らげた。「私も冒険屋を引退して長い。退屈していたところだ。若手教育、協力しよう」
「ありがとうございます!」
「今日はもう遅い。明日からだな」
 こうして、シドの指導のもと修行の日々が始まった。

 次の日。
「さて、稽古といっても今更なにを教えていいものかと悩んでいたが……さしあたってこのあたりからはじめよう。ラルフ。これを持て」
「これは……」
「クレイモアだ。全長一二〇cm、重量は四kgもある。ラルフ、これを扱えるか?」
「いや、ちょっと、重すぎですよこれは……」
「そうだ、重すぎる。そうそう扱えるものではない。だが、それだけに威力がある。今まで使ってきた剣はだいぶ刃こぼれしているようだな。そろそろ打ち直すか、買い換えるかどちらかが必要だ。しばらくはそのクレイモアを使え。かつて私の仲間が使っていたものだ。こいつもいくらか刃こぼれはしているが、それだけのデカさと重さだ。あまり関係はない。斬りつける武器でもなければ、叩き斬る武器でもない。叩き潰すという方がふさわしいほどの大剣だ。それを扱えるようになれ」
 いわれると、ラルフはクレイモアを手に取り、剣に振り回されながら素振りをはじめた。
「ねえ、シド?」ミナが話しかける。「彼には剣の稽古をつければいいのだろうけど、私はどうすればいいかしら」
「というと?」
「私も強くなりたいのよ」
「なるほど……」シドは顎に手を当てると、答えた。「私は魔術の心得もある」
「へえ。でも、本職は剣士で、魔術は片手間でやってただけでしょ。いっちゃ悪いけど」
「ふ……」
 シドは無言で大木の方を向き、右手をかざした。
「〈風刃〉」
 右手に集中した魔力が爆ぜる。
 隣のミナが思わず顔を覆うほどの風。無数の風の刃が大木を切り裂く。頑強な大木を、スパスパと切り裂いていく。
 すかさずシドは剣を構え、次なる魔術を発動する。
「〈烈風斬〉――!」
 大きく剣を振りかぶり、斬撃を飛ばす。
 たった二回の魔術で、大木は音を立てて倒れた。
 魔術師としてはそれなりに自信のあったミナを黙らせ、冷や汗をかかせるには十分な実力だった。
「もっとも、専門は風魔術だがね。それでよければ教えるよ」
「……ええ。お願いするわ」
 魔術を非専門とするものに劣るなどという屈辱は、早急に覆さねばならない。
「えっと、私は……」というのはリヒトだ。彼女は拳銃を構えていた。
「さすがに〈銃〉は専門外だなあ……」

 ***

「というわけでだ!」
 ある日、シドは机を叩き、勢いよく言った。「実戦に勝る修行はない。これからアリュー山へ向かう。魔物や山賊の犇めく危険な山だ」
「え、ええー」不平を漏らすのはいつもミナの仕事だ。
「リヒトだけやることがないんだ。仕方ないだろう」リヒトは黙ってコクリとうなずく。
「実戦に勝る修行はないっていっても、必ずしもそうとはいえない側面もあって~」ミナがいろいろ理屈を並べるが。
「君たちの実力では少し厳しいだろうが、なに、私もついて行く」
 聞いちゃいない。

 山の道なりはとても険しかった。凶暴な魔物に、そして山賊。シドのいうよう、ラルフらだけでは厳しかったに違いない。だが、今回はシドがついている。彼の剣捌きと風魔術は瞬く間に敵を屠っていった。パーティがピンチになって、ラルフ・ミナ・リヒトが息も絶え絶えのなか、彼一人だけが立ち、ピンチを切り抜ける局面が何度かあった。彼のおかげで日の落ちる前に山頂に辿り着くことができた。山頂では危険度Aの魔物・ワイバーンが待ち構えていたが、シドの風魔術の敵ではなかった。

「よし、この先だ。これからはツルハシでこの坑道を掘ってもらう」
「あ、穴を?」
「そうだ。ツルハシを扱うには腕力だけでなく背筋、腹筋、身体を支えるバランス感覚……つまりは全身の筋肉を行使する必要がある。これはこの上ない訓練になるのだよ」
「だけどもう、へとへとで……」
「肉体に限界を覚えさせるな。そんなものはいくらでも超えられることを知れ。これも訓練だ」
「あのー、私魔術師なんですけど」
「なら魔術を使え。ツルハシを魔力で強化してもいい」
「あの、私は銃士で……」
「…………」シドは悩む。「君は、まあ、その、なんだ。筋力を鍛えても別に損はしないんじゃないかな、たぶん」
 なにか怪しい。だが、ラルフは馬鹿正直にもう発掘作業をはじめている。
「いつまで掘るんですか?」
 もうすでにだいぶ掘り進んでいるが、終わりの見えない徒労に思えた。
「もう少し、もう少しのはずだ」
 ツルハシの音が変わる。先に空洞がある。ラルフが勢いよくツルハシを振り上げ、最後の壁を取り壊した。
「こ、これは……」
 想像以上に広がっていた空洞には、煌びやかな財宝が待っていた。
「おお! 素晴らしい! 本当にあったとは。怪盗リオタールが各地で収集しながらも当人が落盤事故で亡くなったがためにその行方を眩ましていた隠し財宝!」
 いつの間にかシドが最前線に立ち、下卑た声を上げ、有頂天になっていた。その様子を弟子たちは冷ややかな目で眺めていた。我を取り戻したシドは、ダラダラ脂汗をかきながら、眼鏡の位置を直して弁解をはじめた。
「い、いや、これは修行のついでであってね! たまたま、たまたまだよ!」
 言ってることが支離滅裂であることに本人も気づいたようだが、後の祭りだ。
「はあ、なんか怪しいと思ってたら。幻滅だわ。シドってこんな人だったのね。はじめから言ってくれればよかったんだけど、確証がなかったから言わずにおいて、仮に見つからなくても修行だったで済ませる気だったと」
「だから、ね! ただ修行のために山を登るのもつらいいだろう。こういう報酬があり、喜びがあることによってだね」
「はいはい。別に分け前よこせーだなんていいませんよ。穴掘ってたのほとんどラルフだし」
「わ、私も独占するつもりなど毛頭ないよ! 道中の魔物や山賊の撃退には君たちも寄与しているわけだし」
「ほほう?」ミナの表情が変わる。「では、誠意を見せてもらいましょうか、誠意を」
「う、ぐ……」
 そして当然のように、財宝はすべて偽物だったというオチがつく。どうやら、山賊たちが今まで奪い集めたなかで、価値のなかったものを捨てていた場所だったらしい。それからしばらくはシドをサンドバックにした訓練が実施された。

 ***

 暗雲が立ちこめ、どしゃ降りが襲う。彼らは小屋の中へ緊急避難。びしょ濡れになったラルフはタオルを求めて小屋の中をうろうろする。たしかこの部屋だったかと扉を開けると、その先には下着姿で身体を拭くミナの姿があった。
「わっ! 誤解、誤解だ! 見てない、なんにも見てないからさ! 僕はなんにも」必要以上に彼は慌てふためいた。一方でミナは特に動じることなく髪をぬぐっていたが、いつまでも扉を閉めないラルフに少しばかりいらつきはじめた。
「別にいーんだけどさ、ノックしないのと、あとその態度が気にくわない」
「すみません」
「許す」
 そんな、着替えシーンにエンカウントというお約束をこなしながら、彼らは一息つけてくつろいでいた。彼らは気づいていなかった。暗雲と共に、黒い影が迫っていたことに。シドだけが、その凶兆を感じていた。
「驚いたわ。世界は広い。いや、世界というのは大げさね。でも、まさか自分が住んでる州に、ここまで強い人がいたなんて思いもしなかった」
 なんだかんだと、ミナはシドの実力を認めている。
「だろ? 師匠は最強だからね」
「まあ、人としてはどうかしてると思うけど」
「結局私、修行らしいことできてない……」
 そんな談笑の中、シドが現れ、低い声で呟くように言った。
「……ラルフ、ミナ、リヒト。今すぐここを離れろ」
「え?」
「修行は終わりだ。私がお前たちに教えることはもうなにもない」
「いきなりなんです、藪から棒に……」
「早くここを出る準備をしろ! 今すぐ出て行くんだ!」
 シドは血相を変え、温厚な彼には似つかわしくない怒声をあげた。
「師匠、どこへ」
「ついてくるな。私一人の用事だ。お前たちはすぐに最寄りの街にでも向かえ。わかったな」
「わかりません!」
「つべこべ言うな!」
 わけのわからぬまま、彼らは言われたとおり荷物をまとめた。なにか事情があるのだろう、とは思うが見当がつかない。ミナにとっては短い付き合いではあるが、「これも修行の一貫だ」などと言い出すようなちょっと頭のおかしいタイプの人間にも思えない。ラルフからすればなおさらだ。シドは人にものを教えるのが得意ではないし、それを天職などとも思っていない。

「少し待ってはくれないか。いま、小屋に聞き分けのない弟子がいてね。そいつらだけでも見逃してほしい」
 シドは黒い影に話しかける。豪雨降りしきる中、軽く剣を構え、その巨大な影に対峙する。それは、黒い翼に、黒い槍を携えていた。
「私は魔王軍准将セネガル。お前はかつてこのプリュヴィ州で名を馳せた冒険屋――〈嵐のような剣士〉シドランド・グリーズで間違いないな」
「その二つ名はもう、過去のものなんだけどねえ……」
「間違いないかと聞いている」
「間違いない。狙いは俺だな?」
「そうだ。お前は魔物のみならず我が同胞にまで手を出した。冒険屋としての領分を超えたその罪、死をもって償ってもらう」
「ひどい言いぐさだな」
「それでお前の望みというのは、なんだったかな」
「師匠!」ラルフの叫び声だ。「あいつは……たしか、魔王軍准将セネガル!」
「准将って……まさか、あいつがラルフを追い詰めた?」
「来るな!」駆け寄ってくる弟子たちを制止する。「知っているなら話が早い。こいつは魔族、しかも魔王軍准将だ。お前たちでは足手まといだ。なんの力にもならん。さっさとどこかへ行け! こいつは俺一人でなんとかする!」
「無茶よ! シド、たしかにあなたは強い。だけど、それはあくまで人間として強いというだけ。魔族には勝てない。いくらあなたでも、魔族には決して勝てない!」
「早くしろ! 気が散る!」
「師匠! 僕も――」
「失せろ!」
 〈豪風〉――シドは風魔術を弟子らに向け発動、殺傷力を抑え、はるか遠方まで吹き飛ばした。
「……待っていてくれたのか。意外と優しいんだな」
「お前は私の部下を殺した。数人で寄って集って、まったく酷いことをしてくれたそうじゃないか。だが、だからといってお前の弟子を殺そうなどと無粋な真似はせぬよ。なぜならこれは復讐ではなく、制裁なのだから」
「そいつぁどうも」
「しかし……驚くほど落ち着いて見えるな。死は、怖くないのか?」
「死ぬのなら、怖いけどな」
「弟子はもう吹き飛ばしたのだから、強がる必要はなかろうに」
 火花が、散った。

「……やっぱり、強いな……魔王軍准将、とてもじゃねえが敵わねえ」
 戦いと呼べるともわからぬ戦い。シドは持ちうる最大魔術を連発、幾度となく最大膂力で斬りかかった。肉体のリミッターなどとうに振り切り、一〇〇%以上の力を出し切った。だが、届かない。結果、准将セネガルにはわずかなかすり傷しか与えること能わず。それでも上出来と見るべきだろう。わずかなかすり傷でさえ、セネガルにとっては予想外だったのだから。
 そしてシドは膝をつき、かつて武器だった剣は、身体を支えるための杖と化していた。
「もっと早く気づくべきだったな。もっとも、気づいたところで意味はないが。しかし、力を見誤っていたのは私のようだ。正直、驚いたよ。人族がここまでやれるものとは思わなかった。その戦いぶりに敬意を表し、遺言を残すことを許そう。最期に、なにか言い残すことはあるか?」
「ホント優しいんだな、あんた。それとも圧倒的な力の差から来る余裕かい?」
「別にないならこのまま殺すぞ」
「待てよ。なにか言わせてくれ。そうだな。人間は魔族には勝てない……これは、あんたらにとっても俺らにとっても常識だ。だがな、俺はあえて予言するよ。いずれその常識を、打ち破る連中が現れるってことを……!」
「お前が命懸けで逃がした弟子のことか?」
「そうだ。いずれ、あいつらがお前たちを超える。それだけじゃない。すでにお前たちを斃せるだけの力を持ったやつだって、この世にはいるんだぜ……」
「ほう?」
「〈伝説の冒険屋〉マジカル・ロジャー。あまり人間を舐めるな……!」
 セネガルの槍はシドの心臓を一突きにした。
「最期の言葉が虎の威を借る狐と来たか……失望させてくれる」

「てめえええ!」
 怒声の正体はラルフ。遠方に飛ばされボロボロになりながらも、再びここまで駆けつけてきた。雨に濡れ、泥に汚れ、鬼のような形相でセネガルを睨みつける。
「少し時間をかけすぎたか。去れ。この男が自らの命を呈してまで救ったお前たちの命、わざわざ奪いはせぬ」そういい、セネガルは背を向けた。
「ふざけるな! 僕の名はラルフ・ウェルベプス! いますぐこの場で僕と戦え!」
「戦いになどなるものか。それは不可能というものだ」
「らぁ!」
 セネガルの進言を取り合わず、ラルフはクレイモアを振りかぶった。背に向かって斬りつけるが、響くのはまるで金属を打ったような音。いや、金属を打っていた。セネガルは後ろ向きに、振り返ることすらせずに、槍の柄でラルフの剣を防いでいたのだ。
「わかっただろう。お前の剣では、私に傷一つつけることさえできない」
「く、くそう!」
 さらに斬りかかる。それは大きく空振り、ラルフは姿勢を崩して倒れた。
「さらばだ」
 セネガルが黒い翼を広げ、そのまま飛び立っていった。
「てめえ! 逃げるな! 逃げるんじゃねえ!」
 がむしゃらに剣を振る。届くはずもなく、空を切る。

 ラルフ・ウェルベプス。人生最大の屈辱を噛み締め、無力感と絶望感が彼を包んだ。地面を打ち、泣き、叫んだ。それは、いかに豪雨でも洗い流せるものではなかった。
+注意+
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