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或る魔王軍の遍歴 作者:饗庭淵

七章〈団長〉キズニア・リーホヴィット

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(7-4)

 性行為そのものを目的とした関係を除けば、セックスとは一種のコミュニケーションであり、通常は互いの関係の持続と発展を求めるために行われるもの、といえるだろう。だが、彼女は違った。愛想を尽かし、別れを決するときにこそ、彼女はセックスする。彼女の性行為は男からすべてを奪い、かつての男は個性を失い、彼女の若さと力の礎となる。関係は長くは続かない。長い彼女の人生で、最長で数ヶ月といったところだ。
 〈繊月〉レイキャスト・クレイは特定の姿を持たない。
 彼女はいわば色魔の一種であり、男に憑依し、その理想の女性像を象るのだ。
 彼女は次々に複数の男を乗り換えていき、精力と魔力を吸い尽くし、その力を無限に蓄えていく。彼女はそうやって若さを保ち続けている。彼女の実年齢を知るものはいない。ただ、魔界の長寿ランキングを決めるなら、トップに君臨することは間違いないだろう。
 彼女はそんな能力で、しかし無限に膨張し続ける力のために、三魔元帥の地位にまで登り詰めたのだ。永い年月を生き、あらゆる数奇を経験してきた彼女は、浮き世を俯瞰する高い視座を求めたのだ。
 そんな彼女も、彼の理想像が幼女であることにドン引きしたが、どうやら幼いころの初恋の相手らしい。ずいぶん長いこと会っていないから幼女の姿のまま、というだけだのようだ。幼児性愛とは異なるこういったケースは珍しい。面白いものに出会えた。人生もまだまだ捨てたものではない。今回は、いつまでこの姿でいられるだろうか。

 アムド・セレペスの姿を見て、ラルフらは思わず青ざめた。
 まず目に入ったのは、椅子に座っている(?)巨大な黒い塊だった。そして、その塊を覆うように、無数の目と耳が宙に浮かんでいた。そのすべてが生きており、動いていた。さらに、黒い塊からは無数の腕が生えている。それもまた各々独立して動いており、ペンを握ったり紙を持ったりと、仕事をこなしている。さらには、ある腕には手の平に口が開いており、パンを咀嚼し、燃料の補給すらも同時に行っていた。床に落ちたパンくずとそれを漁るネズミにもラルフは眉をひそめた。
「おやあ、お客さん? いらっしゃい」
 セレペスはラルフに気づいたようで、どこからともなく彼のものと思われる頓狂な声が響いた。
「な、なんなんだその姿は! 化け物め……!」
「ひどい言い草もあったものだなあ」
「そこでなにをしている!」
「執筆中で、ございます。最終推敲、そろそろ終わるわ。騎士団やむえず廃棄したけど、それでも私は書き続けるの。物語を終わらせるため、おお、我が愛する読者諸兄よ! 次作の着想得られたわ。昂奮して筆が止まらぬ。『新訳・勇者物語』――どうかしらこれは傑作でしょお? その予感しかしないでしょお? とても哀しい物語だわ」
 ラルフは気圧されていた。目の前の相手は、その性別すら覚束ない。彼からは一切の敵意も害意も感じられなかった。意図がわからない。騎士団を始末しておきながら、彼はまだその物語を完成させるつもりでいる。
「二、三質問よろしいかしら? 新作のための取材です。あなたの夢はなんですか? 自己矛盾には気づいてますか? あなたが殺した魔族にも、愛する家族がいたはずです。そのへん如何お考え?」
「う、うるさい! なんなんだお前は!」
「私はそうです。〈文魔豪〉――」
「ラルフ、もうやつに構うな。問答無用じゃ。はよ斬りつければええ」
 セレペスとラルフの問答を、カレンフェルトが中断した。
「おやおや、血の気が多いのね。やりたければかかっておいで。わたくしお相手いたします」
「やってやる!」
 ラルフが剣を構えると、セレペスは万年筆のペン先をラルフに向けた。
「なんのつもりだ」
「武器のつもりです」
 すると、ペンが勢いよく伸び、銃弾に匹敵する威力でラルフの肩を貫いた。
「がっ……!」
「ペンは剣より強しなり♪」セレペスは上機嫌に続ける。「だけど、こんな使い方は邪法さね。ペンは書くもの言葉をね」
 セレペスは無数の腕で無数の万年筆を握った。そして、宙空に文字を書き殴っていく。《暴》《殴》《殺》――そんな、悪意ある〈言霊〉をいくつも書き散らしていく。
 危機を感じたラルフは、即座に攻撃を仕掛けた。〈真空裂斬〉――しかし、攻撃は一切届かなかった。別の〈言霊〉がセレペスの身を守っていた。《守》《壁》《防》――文字は文字通りの働きを見せ、壁となり攻撃を防いだ。
「なっ……!」
「心底驚愕しなきゃダメ!」
 その裏で、セレペスは悪意の文字を書き終えていた。今度はセレペスの攻撃が始まる。文字は文字通りに暴れ、一斉にラルフらを殴り飛ばし、皆殺しにした。
「Words hurt more than swords♪」
 そのはずだったが、ラルフらは立ち上がってきた。傷つきながらも立ち上がった。背を壁に打ち、一時的に心臓を停止させながらも、立ち上がる。
「あれれ、おかしい、効かないね。ならばそうだ、こうしよう」
 セレペスはまた別の文字を書き記す。《砕》《折》《曲》――より具体的な効果を狙ったものだ。粉砕骨折、腕が脚があらぬ方向に曲がる。迫る言葉から逃げようにも、抗おうと力んでみても堪えてみても、〈言霊〉の前には意味をなさない。それでも抵抗をやめないので、文字をさらに追加注文。
「ぐあああ!」
 肋骨と胸骨にヒビが入る。鎖骨が折れ、肩が上がらなくなる。手の指もつまんでみて、ぽきりぽきりと折っていく。リヒトは泣き叫んだ。クロエは痛みこそないが無力感に苛まれた。ミナは早々に死んだふりをしていたので被害は最小限に抑えられた。
「A word spoken is an arrow let fly♪」
 ラルフに関しては、首の骨までぼきりと折れた。それでしばらくは静かになった。それも束の間また起き立つ。それでも彼は、立ち上がる。もはや意味がわからない。全身すべて粉砕しても同じ結果になるだろう。さすがにセレペス、少しばかり冷や汗か。
 恐れをなして、もう一つ趣旨を変えてみる。《縛》――ラルフたちを縛りつけた。何重にも何重にも続けて書き記し、ラルフらを執拗に縛りつけた。逃れること能わず、ラルフらは身動き一つとれなくなった。
「ほっほっほっ♪」
 うまくいったと思ったが、その中でただ一人、意に介さぬものがいた。〈言霊〉をすべて払いのけ、彼女は無傷のままだった。
「ところであなた、どうしてここに、いらっしゃるので?」
「さすがじゃな、アムド・セレペス。わしの正体に気づきおったか」
 カレンフェルト。彼女だけが、セレペスの能力に逆らい、無傷のまま立っていた。
「気づきましたよ、一目でね。いったいなんですその姿は。とても可愛らしいじゃありませんか」
「な、なにを話しているんだ……」身動きのとれないラルフだが、その光景を見、声を出すことはできた。
「あら、やっぱり知らないのね。あなたどういうつもりなの? 教えてあげます、私から? よろしいですか、よろしいですね?」
「むう。仕方ないのう……」
 カレンフェルトから許可をもらうと、セレペスは語る。
「魔元帥〈繊月〉レイキャスト・クレイ。それが、彼女の正体です」
「なに……!」ラルフは驚きを隠せない。「デタラメをいうな!」
「彼のいうとおりじゃよ。わしの能力の一つでな。おぬしらの認識を操作させてもらった。いつの間にか当たり前のようにパーティに加わって、誰もそれを不自然と疑わぬように。見事なものじゃろ? ほれ、いま解除した」
「――!」
 そのとき、彼らは真実を知ることになる。
 身震いした。気づかなかった。疑わなかった。今のいままで、魔元帥と共に旅をしてきたというのだ。そのことに誰も気づかず、いつ寝首を掻かれてもおかしくなかった。
「それでも……カレンはカレンだ!」ラルフは混乱して妙なことを口走った。
「だが、安心せい。魔元帥も一枚岩ではないのでな。というよりむしろ、昔からずぅ~っと争ってばかりじゃ。わしとあいつは、特に仲が悪くての。暇さえあれば嫌がらせに魔物を嗾けたりしておった。ここはわしがなんとかしよう。同じ魔元帥としてな」
「カレン! いったいなにをするつもりなんだ!」
「おお! やるつもりですか、今のあなたが。男に憑依しているそのうちは、力は半減、ではなかったかしら? 早く吸ってしまいなさい。その男からすべての力を。この場で犯してやるのです。されば自由になったあなたは、きっとより高みへ立つでしょう」
「できぬ。わしは、こやつに惚れておるのでな」
 カレンフェルトは一人、セレペスと立ち向かう。幼女は避け続けた。無数の腕による連続多角攻撃を。一方で反撃、幻獣〈天使〉を同時六体召還し、神弓により攻撃させた。そんな両者の戦いは熾烈を極めた。目で追うことすらできぬ別次元の戦いだった。わずかにセレペスが押していたが、実力は拮抗していた。勝負が泥沼化してきたのを感じると、セレペスは攻撃をラルフへ向けた。すると、カレンフェルトがそれを庇い、攻撃をもろに受け、死ぬことになる。
「なっ、なっ、なっ。あなたがそんな、ありえない。どんな男も喰らってきた、あなたがそんな、ありえない。く、狂ってる。得体の知れないなにかに、あてられているぅ」
「かはっ、最期に、惚れた男を守れて本望じゃよ……ぐふっ」
 〈幼女〉カレンフェルト、あるいは〈繊月〉レイキャスト・クレイは死んだ。
「信じられない。信じられなあい! あの彼女が、淫魔淫乱その誉れが、本気で男に恋するなんて。ましてそのために死ぬなんて……!」
 セレペスはいつになく取り乱していた。同じ魔元帥同士、レイキャストのことはよく知っている。あの彼女が、こんな青二才に惚れ、ましてや命を張るなど、天地がひっくり返ってもあり得ないことなのだ。
 同様の想いはミナにもあった。もっとも、彼女はカレンフェルトことレイキャストについてはなにも知らない。だが、三魔元帥ほどの地位にある人物だ。ただものではないはずだ。その彼女が、まるで白馬を夢見る乙女のような初々しさで、命を落とした。理解を超えた展開だった。
 そして、気づく。リヒトもクロエもまた、同じなのだろうと。彼女らもまた、勇者のために死を厭わないだろう。リヒトがラルフに惚れ込んでいることは前からわかっていた。だが、クロエはどうだ。彼には故人ながら涅槃という想い人がいたはずだ。そもそも、彼女がラルフについてきた経緯からしてミナには意味がわからなかった。
 となれば、あるいは私さえも、とミナは考え、血の気が引いた。
 もはや猶予は許されない。状況を打開するタイミングは今しかない。本当の悪魔は、勇者なのだ……!
「くそっ! なんでだよ! 動け、動けよ僕の身体!」
 セレペスの強固な〈言霊〉に未だ縛りつけられていたまま、焦るラルフは自分の身体に話しかける無意味で不気味な行為を繰り返していた。一方、ミナはせっせと縛りつけている文字の一つ一つを、わずかな可動域で解いていた。ついに片腕だけ動くようになると、ミナは意を決し、ある通信魔術を試すことにした。
「なあんだこれは! なあんだこいつは!」
 取り乱すセレペスは、ミナが動けるようになったことに気づいていない。それを見ると、ミナは静かに針を放つ。それはセレペスの脳に刺さり、ミナと線で繋がった。
「!」
 セレペスは、脳内に流れ込む膨大な情報を感じた。
「私はミナ・ハーカー。圧縮した情報をあなたに有線で送りつけている。形の上では勇者の仲間ということになってはいるが、私はある点においてあなたとは利害が一致している。ゆえに、あなたに私の知りうる情報を提供したい。まずはあなたの疑問に応える形から情報伝達をはじめる。なぜ、彼女――レイキャスト・クレイは勇者に敗れたのか。彼女の敗因は、彼女が女性であったこと、あるいは一時的にせよ勇者の仲間を装ったからに他ならない。勇者は、我々のルールの外側にいる存在だ。勇者は、我々とはまったく異なる馬鹿げた特別ルールに守られている。私はこれを〈勇者の外法〉と呼んでいる。内容は以下の通りだ。
 ①仲間が傷つけられると力が増す。
 ②ピンチになると覚醒する。
 ③明らかな致命傷は運よく避け、どのような手段を用いても殺すことはできない。
 ④愛と勇気で何度でも立ち上がる。
 ⑤短期間の修行で劇的に強くなる。
 ⑥ヒロインは勇者に惚れ、人々は勇者を讃える。
 信じがたいことかも知れないが、これまでの観察と『勇者物語』を参考にしたうえでの結論だ。また、③④⑤などについては勇者の仲間である私たちにも一部適用される。そして、彼女――レイキャスト・クレイが敗れたのは⑥のためだ。ヒロインはみな勇者に惚れ、愛さねばならない。いかに魔元帥といえど、〈勇者の外法〉には逆らうことはできない。彼女の能力も相性が悪かった。表面上とはいえ好意を装うのは悪手だ。すぐに彼に飲まれてしまう。私が現在も勇者への嫌悪と理性を保っていられるのは、ひとえに私がそういったキャラクターだからなのだろう。おそらくは、クライマックスにて転機が訪れる。最後の最後で、どこかで彼を嫌っていた私の心は反転する。私もまた、人ではなくなるのだ。だからこそ、私はあなたに依頼する。そうなる前に、勇者を殺して欲しい。それができぬのなら、せめて逃げて」
 通信終わり。
 セレペスは途方に暮れたが、膨れあがった脳をフル稼働し、彼女の情報が真実であることを理解する。そして同時に、その果てしない絶望が糖分を大量に消費していた。
「お前だけは絶対に許さない!」
 そう、望みはない。勇者は覚醒し、強引に呪縛を振り切った。光り輝く剣を構え、最終奥義のチャンスを狙う。それから、セレペスに苦戦して勝った。

 ミナはそのとき、心から祈った。
 誰でもいい。誰でもいいから。だれか、勇者を殺してください。
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