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或る魔王軍の遍歴 作者:饗庭淵

七章〈団長〉キズニア・リーホヴィット

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(7-3)

 ジェルミ州・聖地グラスハドール――。
 アイゼルをはじめとした西部大陸で最大勢力を誇る一大宗教・星振教の総本山が、そこにはある。ひやりとした厳粛な空気が肺を清浄に満たすだろう。この草原の中枢には威厳ある大聖堂が聳え、さらにそこから離れた位置に、歴史ある寂れた古い教会がある。聖地に拠点を構えることを許され、その名を冠することを許された〈グラスハドール剣友騎士団〉の占有物件である。
「なんだ、お前たちは」
 外で見張りをしていた二人の団員のうちの一人、スタン・ヴォルグが、突然の来客を呼び止めた。
「お前たちはアムド・セレペスに騙されている」ラルフは出し抜けに話しかけた。
「なんのことだ?」ヴォルグは惚けてみせる。
「魔元帥アムド・セレペスを、匿っているのだろう。彼の力を借りて魔王を討つつもりだろうが、それは間違いだ。お前たちは魔元帥に騙されているだけなんだ」
「……なんだ、こいつ」
「君たちは魔王軍の差し金か?」次に口を開いたのは、ヴォルグの隣に立つ剣友騎士団シス・フランドルだった。「騙されているとは心外だな。我々は彼と対等な取引をしたつもりだ」
「ちがう! 僕は勇者だ! お前たちは騙されている!」
「なるほど。勇者。妙に尊大な態度はそのためか……数値も、なかなかのものだ」
「なに?」
「私には〈数識〉という能力がある。この目で相手を見ることで、そのものの力量を一次元情報として取得できるのだ」
「……それがどうした」
「私を一〇としたとき、騎士団のメンバーである秋は一三、ポーターは九・八、ヴォルグは一一、団長は一二・二、といったところだ。君は強い。数値ならば一五はある」
「だから、それがなんだっていうんだ」
「数値はある程度の目安にはなるが、勝負はそれだけで決まるものではない。一対一の同条件下での戦いにおいて、たとえば五と一〇のように、倍くらい差があればそれを覆すのはまず不可能であると統計上判断できる。が、これもまたごく稀に覆されることがある。加え、その場その時の地理や天候、戦術や戦略、情報の有無、武器の使用……さまざまな条件により、勝敗は予想しがたいものだ。私の能力は、敵の強さを見極めるというよりは優秀な人材の発掘を主な任務としている」
「…………」
「と、ここまで譲歩した上でだ。あくまで、ここまでの話は人間レベルでの話。相手が魔族となれば、話が違う」
「話は見えた。魔族は、たしかに数値としては人間よりはるかに上なのだろう。でも、だからといって勝てないわけじゃない。そうじゃないのか。数値を見ることができるからこそ、その数値が当てにならないことも知っている。ならば、なぜあきらめるんだ」
「数値は当てにならない。勝敗はもっと複雑だ。そうだ、たしかにそうだ。君のいうことは正しい。団長は数値でこそ騎士団において中の上だが、彼こそが騎士団最強であることに我々は一切の疑いもない。しかし、しかしだ。それでもなお、魔元帥、そして魔王には絶対に勝てないと断言できる。魔王を目にしたことはないからなんとも言えぬが、その数値は魔元帥と同等以上と考えていいだろう。そして、私の目に映った魔元帥の数値は……一〇〇〇だ」
「……!」
「これでわかっただろう。言葉通りの意味で桁違いなのだ」
「でも、だからといって……!」
「アイゼル皇国を守護するはずの剣友騎士団が、守るべき皇都を留守にし、間抜けにもその不在時に制圧され、反撃の機会を伺うと称しながらなにもできずにいるもどかしさ。お前たちにわかるか。勝てると信じていれば勝てる。玉砕覚悟で挑めば勝てる。そんなに甘いものならどれだけいいか。我々とて、魔元帥との取引は苦渋の決断なのだ。なにも知らぬ部外者が、現れぬなり偉そうな口を叩くな!」
「くっ……!」
ラルフは言葉に詰まる。が、納得した様子はなさそうだった。
「なんの騒ぎだ」
 そして真打ちが現れる。彼こそが、剣友騎士団〈団長〉キズニア・リーホヴィットその人だった。
「なんでもありません。ただのクレーマーですよ」とシスが答える。
 キズニアはラルフらの面々を黙って見やる。射抜かれそうな鋭い眼光。年季の入った威厳ある風貌。初老ながらも失われない力強さ。彼は沈黙しているだけだというのに、固唾を呑まざるをえない存在感。ただそこに立っているだけで、彼の凄絶な人生が滲み出ているかのようだった。
「話には聞いている。勇者、だな」
「……そうだ」
「なんの目的でここを訪れたのかはおおよそ見当がつく。魔王を斃す。その点において、君たちと我々の目的は一致しているはずだ。ならば二つに一つ。我々に協力を呼びかけにきたか、あるいは我々の方法が気に入らないか、そのどちらかだろう」
「後者だ」
「やはりな」
「魔元帥の力なんか借りて、恥ずかしくないのか!」
「むろん、不本意だ。だが、普通の方法では人間は魔王には勝てない。我々は魔王に敵わない。それでも、我々は皇国を守らなければならない。しかし、そのための力がない。正義なき力は無能だが、力なき正義もまた無能だ。だが、唯一つだけ方法がある。それが、魔元帥アムド・セレペスの力を借りることなのだ」
「そんなことはない! 僕たちになら勝てる! 魔元帥の手なんて借りなくても、みんなで力を合わせれば勝てるはずだ!」
「勝てない。それだけではない。仮に勝ったとしても、あまりに犠牲が大きすぎる。だが、セレペスの方法なら最悪でも犠牲は我々だけで済む」
「そんなの間違ってる! 魔族の力を借りなければ魔族と戦えないなんて、間違っているに決まっている!」
「ならばどうする? お前たちのように魔王に敗れ、次善の策として慈善巡業に甘んじていればいいのか?」
「……!」
「魔王に勝てるというのなら、今すぐにでも魔王へ再戦を挑みに行けばいい。一刻も早く魔王を斃さねばならぬというのに、お前たちはいったいなにをしているんだ」
「なに……?」
「魔王軍の企みについて知らんようだな。ある巨大事業を成し遂げるために、魔王軍は世界中から大魔石を収集している」
「ある巨大事業だって?」
「現在わかっているだけで、魔王軍は六つの大魔石を手にしている。霊峰アッタンより発掘したもの。アルベリア遺跡より発掘し、冒険屋に奪われながらも取り返したもの。シャピアロンから奪ってきたもの。そして、セレペスによれば魔界においても三つの大魔石を得ているとのことだ。実際には、もっと多くの大魔石を手中に収めている可能性もある」
「だ、だから魔王軍は、大魔石を集めてなにをしようとしてるんだ!」
「大魔石を集めて魔王軍がなそうとすることなど一つしかない。少なくとも四つの大魔石があれば、彼らは当面の目的の一つを達成する。魔界と地上を繋ぐ大移住路の建設だ」
「そ、そんな……!」
「しかし、未だにそれがなされないところを見ると、魔力波長がうまく同調しないのだろう。四つの大魔石を使うほどのものになれば、許される誤差はかなり小さい。やつらがいつ大移住路を完成させるとも知れぬ。もしこれが完成すれば、多くの魔族が地上に雪崩れ込んでくる。それだけはなんとしても止めなければならない」
「…………」
「お前たちはたしかに強い。だが、それでも魔王には勝てない。魔元帥にだって勝てない。一方で、我々にはそれができる。君たちは君たちの仕事を。魔王は、我々に任せるのだ」
「一つ、わからないことがある」
「なんだ」
「魔王を斃したあとはどうするつもりだ」
「どうするつもり、とは?」
「敵は魔王だけじゃない。魔王を斃したあとは、魔元帥だって斃さなくちゃいけない。あなた方だってそう考えているはずだ。そして、セレペスがそのことを予想できていないはずがない。セレペスの能力にどの程度の自由度があるのかわからないが、必ずなにか保険をかけているはずだ」
「そうだな。お前のいう通りだ。セレペスと協力するかぎり、魔王は斃せてもセレペスは斃せないだろう。だが、どちらも斃せないよりはマシだ。それに、セレペスは魔王に取って代わるつもりはないといっている。自分の望みはあくまで平穏だとな」
「嘘だ! 嘘に決まっている。魔族はみなそういい、隙あらば人間を滅ぼそうとしているんだ!」
「……そうかも知れないな。私もセレペスの本心はわからぬ。あるいは我々は騙されているのかも知れん。だが、お前に代案はあるのか? 我々の邪魔をし、それでいて魔王を斃す方法が、あるというのか」
「ある。僕たちが、魔王も魔元帥も斃してみせる!」
「ほう。できるというのか、お前たちに」
「できるかできないかじゃない。やるかやらないかだ!」
「……もはや議論を尽くしても無駄のようだ。議論に決着をつけるために暴力に訴える、というのは私としては好ましく思っていない。このような職業に就いてはいるが、それは最終手段として心得ている。我々の仕事はむしろ暴力を起こさないことにある。だが、今回においては有意義だ。君が魔王に勝てるかどうか。魔元帥に勝てるかどうか。重要なのはその点なのだからな。ならば、君は当然のようにこの私にも勝てなければならない。そして、私に負けるようならば君の主張は間違いということになる。もっとも、私に勝てたからといって君が必ずしも正しいわけではない。しかし、一つの判断材料にはなるだろう。私を説得させるのだ、お前の剣で!」
 〈勇者〉ラルフ・ウェルベプスは、剣友騎士団〈団長〉キズニア・リーホヴィットに苦戦しながらも勝利した。
「ふ、さすがだな……さすが、勇者を名乗るだけのことはある」全力を振り絞ったキズニアは、ふらつきながら。「わかった。お前たちにすべてを託す。魔元帥アムド・セレペスを、斃してくれ……ぐふっ」
「キ、キズニアさん?!」
「くっ、これがセレペスの保険だ。我々の裏切りを察すれば、こうして心臓を握り潰す装置を埋め込まれていた」
「そ、そんな。つまりあなたははじめから……」
「構うな。お前たちならやれるはずだ。セレペスを斃してくれ。そして、魔王を……斃し、この国を、救ってくれ……」
「キズニアさーん! うわあああ」
 〈団長〉キズニア・リーホヴィットをはじめ、剣友騎士団のメンバー二三人は全員死んだ。
「許さないぞ。アムド・セレペス。人の心を弄んだ挙げ句、裏切るとわかった途端切り捨てるなんて」
 ラルフは闘志によりいっそう火をつけた。

 その後ろで、ミナは彼を冷ややかな目で見ていた。
 私は、もはや彼を人間だとは思っていない。
 勇者とは一つの兵器だ。不公平極まりない理不尽の権化。心理的には、とてもではないが認めがたい。しかし現状、彼こそが魔王に対抗しうるこの世で唯一つの方法だ。そのような、「方法」として私は勇者の存在を是認する。だが、本当にそれは正しいといえるのか。
 勇者は、あらゆる意味において狂っている。その精神性もさることながら、彼には常識が通用しない。この世界にあってはならない存在なのだ。あるべき合理にとっての異物。疑問は尽きない。なぜ勇者は常に致命傷を避け、何度も立ち上がるのか。なぜ勇者は普通ならあり得ないような奇跡を当たり前のように起こせるのか。なぜこのような、勇者などという〈外法〉の存在が許されているのか。神の意志だとでもいうのか。そして、その影響を彼の「仲間」である私たちも受けている。
 彼の存在を、本当に許していいのか。騎士団とセレペスもまた、魔王に対抗しうる手段の一つだった。しかし、彼の偏狭な心がそのような方法を認めなかった。彼が「正義」として崇められるような世界を、許していいのか。
 誰も彼もが勇者に魅入られていく。
 彼を支持する。彼を賛美する。彼を容認する。彼を愛する。それがこの世界に生きるための唯一つの正解で、それに逆らうものは死ぬ運命にある。
 無自覚にして自動的な全体主義。
 英雄。なんと危険でおぞましい概念か。かつての英雄が独裁者として昇華するケースは歴史的に見てありふれている。
 魔王が勝っても、勇者が勝っても、結果は同じなのではないか。
 魔王は許せない。しかし、だからといってその方法を勇者に任せていいのか。こんな得体の知れない男に、世界を救わせていいのか。
 いや、そんな大仰な話ではない。世界など持ち出す必要はない。問題はもっと個人的で感情的な想いだ。
 アムド・セレペス。彼のことは、作品を通してしか知らない。作品からその人格を推し量ることは誤りであることも多い。だが、それでいて、ミナは彼を失いたくないと考えた。彼のような才能を失うのはあまりに惜しい。彼はただ魔元帥というだけで、具体的にどのような悪事を働いたというのか。世界を救うために彼を殺さねばならないというなら、その世界が間違っている。
 のみならず、パーティ内で感じる異質な空気、そしてそれに飲まれようとしている自分に、ミナは気づいていた。世界の運命などといった大それたものではなく、もっと身近に危機を感じていた。
 もはや、勇者を許容できない。彼を野放しにしてはならない。なにか手を打たなければ、取り返しのつかないことになる。
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