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或る魔王軍の遍歴 作者:饗庭淵

七章〈団長〉キズニア・リーホヴィット

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(7-2)

 ラルフから、魔王が語ったという話を聞かされた。
 魔王軍の目的とその背景について。もっとも、そのほとんどはすでに知っていた内容だったけれど。だが、これでラルフが魔王に対し理解しがたい敵意を燃やしていた理由もわかった。彼は、魔王軍のことをなにも知らなかったのだ。
 ミナとしても、魔王の主張は理解できる。ある程度の正当性は認められるだろう。その行動も理に適っている。だが、それでもミナは、魔王軍を許容することはできなかった。
 理由としてはまず、魔王軍の組織体制にある。
 魔王がいかに優れた、良識に満ちた人物でも、魔王軍は魔王というたった一人のカリスマによって統制されている組織に過ぎない。こういった組織体制の危険性についてはいうまでもない。その一人のカリスマが亡くなったらどうなるのか、ということだ。魔族といってもとは人間、寿命が極端に長いなどということはない。人間と同じように老い、せいぜい八〇くらいには老衰で亡くなる。
 そのあとはどうなるのか? 魔王復活以前の魔王軍を見ればわかる。三魔元帥の暴走による酷い有様が一番の例だ。そして、この「三魔元帥の暴走」について、魔王軍は三魔元帥のことは伏せ、単に「部下の暴走」としていた。まさか魔王に次ぐ地位にある三魔元帥が暴走していたなど、説明できるはずもなかったのだろう。ここに魔王軍の欺瞞があり、そして致命的な弱みが表れている。
 そして、魔王軍の目的が地上全土の征服であること。
 なぜ地上全土を支配する必要があるのか? たしかに、魔族はその数約二億ともいわれ、すべてのものが移住するには広大な土地と資源を要する。だが、地上全土は必要ない。多少窮屈にはなるだろうが、彼らの建前は必要以上の犠牲を出さないということ。一方、本音としては地上の人間を皆殺しにしたいはずだ。実際に彼らが行っているのはその中間。全土征服を求めるのは、人間からの報復をおそれてのことだ。
 たしかに、魔王は良識を持った統治者だ。しかし、まったく非の打ち所がないわけではない。たとえば、魔王とて誠心誠意すべての事実を包み隠さずにしているわけではない。都合の悪い部分は隠している。魔物の正体――魔族の血によって病が血液感染し魔物化する、という点もまた伏せられていた。彼もまた、方法として隠蔽や虚偽を行うことはある。現状でさえそうなのだ、世界を支配するにあたり、さすがの彼も人間すべてに自由を与えておくことはできない。必ず、方法としての全体主義、抑圧・洗脳による統制がなされる。ミナはそのような世界を許容できない。そしてその政治体制は、カリスマの死と共にさらなる危険性を孕む。地上は、最悪の暗黒時代を迎えるだろう。
 ゆえに、ミナは魔王を憎むことはできないが、許すこともできない。
 これまでの立場としては、思想としてはそうでも、魔王を斃す力がないこと、そして魔王に対する感情から、結果として許さざるを得なかった。
 だが、今は違う。それだけの力がある。魔王を止めるだけの力が。それが彼にしかできないことなら、私にできることは彼をサポートすること。
 魔王を許すことはできない。それが、多くの魔族を見殺しにすることだとしても。

「ありがとう勇者さまー」「ありがとうございます勇者様」「まったく、勇者様々だ!」
 ラルフらは旅を続けていた。ミナ、リヒト、クロエ、カレンフェルトの仲間を連れて、各地で魔物や魔族を退治して回り、魔王の悪を説いて回った。その行く先々で多くの人々に会い、多くの感謝を得た。
 ラルフは、魔王に敗れ自らの力不足を感じてからは、自分のやれることからやっていこうと考えた。それがこの旅だ。しかし、どれだけ人々から感謝されても、勇者は心の底から喜べなかった。自分にもっと力があれば、諸悪の根源である魔王を斃すことだってできるのに。その想いがあったからだ。
「今日はごゆっくりしていってください」
「いえいえ」
「遠慮なさらずに。わたしたちもなにか礼をしないことには気が済まないのです」
「仕方ないですね……わかりました。ご厚意に甘えて、一晩泊まらせていただきます」
 ある村を脅かしていた魔物を斃した勇者一行は、いつものように感謝を受け、その夜は村に無料で泊めてもらうことになった。
 案内されたのは、質素ながら上品な部屋。村の人たちのできる最高のもてなしなのだと感じた。しばらく身体を休めると、食事の準備ができたということで呼び出される。用意された食事も見慣れないご当地料理の数々で、最初は少し戸惑うようなものもあったが、口に運んでみると新鮮な喜びを味わえた。
 食事を終え、暖炉の前のソファでぐったり満腹の幸せを噛み締めていると、メイド服のクロエが村人から受け取ったらしい食後茶を運んできた。トレイの上に磁器のコップのようなものが載っており、湯気が出ていた。
「ラルフさん、お茶です。これは湯飲みというそうで、お茶も不思議で、緑色をしてるんですよ」
「へえ。どれどれ」
 と、なにもないのにつまづく。お茶は見事にラルフの頭上へ。ついでにクロエの胸元の谷間にラルフの頭部がすっぽりイン。これが俗に言う飴と鞭である。
「ぅわっちちち! ちょ、ま、前が見えない?!」
「ひゃぁ! すみません、すみません!」
 そのままの態勢でクロエはハンカチを取り出しラルフを拭うので、目も当たられない珍妙な光景がしばし続いた。ミナが魔術で水をぶっかけて彼らの頭を物理的に冷まし、着替えさせることで解決を見た。
 その茶番が一通り終結すると、タイミングがつかめずにずっと声をかけられずにいたのだろう、一人の村娘がおどおどしながら話しかけてきた。
「勇者様……お時間よろしいですか? お話したいことがあるのです」
「なに?」
「魔元帥のことです」
「!」
「勇者様は、アムド・セレペス……という人物を知っていますか」
「アムド・セレペス? 知ってるわよ」それにミナが口を挟んだ。「なにを隠そう、私も彼の大ファンで。最近、彼の新刊が立て続けに出たわよね。そして、改めて彼は天才なのだと思った」
「ご存じでしたら話が早いです。そう、彼の作品は素晴らしい。彼の作品には、それだけの魔力がある」
「で、彼がどうしたの?」
「彼こそが、魔元帥なのです」
「え? あのセレペスが……魔元帥?!」
「〈文魔豪〉アムド・セレペス。それが彼の正体です」
「嘘でしょ……セレペスが魔元帥? でも、どうして魔元帥が小説なんか……」
「それが、彼の能力だからです」
「どういうこと? 名作を書くのが彼の能力?」
「騎士団の五巻について、あなたはどう思いましたか?」
「え? えっと、それはどういう意味で? 感想をいえばいいの?」
「はい。感想を述べてください」
「そうね……月並みかも知れないけど、すごく驚いたわ。主人公が、まさか実在の剣友騎士団で、敵の正体が魔王だなんて、想像もしなかった。それで慌てて一巻から読み直したんだけど、すでにこの段階から伏線が張られているの気づいて、さらに驚いた。私も、暇さえあればこの作品のことを考えて、次巻の展開予想なんてしてたんだけど、完全に上を行かれた気分ね」
「では、騎士団は魔王に勝てると思いますか?」
「さあ……わからない。作中の魔王は、現実のそれと劣らないくらい強大な存在として描かれているし、騎士団もいくら強いといってもあくまで人間。今までも多くの仲間が倒れてきた。二三人もの団員が揃っているとはいえ、勝てるかどうかといえば、かなり絶望的だと思う。でも、望みはあると、そう思う。少なくとも、彼らにはなんとしてでも勝って欲しい。予想を裏切り期待を裏切らないのがアムド・セレペス。期待はしているけど、六巻を待たないことには、なんとも、ね」
「ありがとうございます。それです、つまりはその気持ちなのです。セレペスの武器は、まさにそれなのです」
「……えっと、もう少しわかりやすく」
「あなたは、騎士団に勝って欲しいと願っている。絶望的な戦いではあるが、きっと勝てるはずだと考えている。あなたはこの物語に強い感情移入をしており、この作品世界をもう一つの現実ともいえるほどに愛している。セレペスは、このような読者の想いを実現する。それが、彼の固有能力なのです」
「つまり、この場合だと……本当に、騎士団が魔王に勝つってこと?」
「物分かりがよくて助かります。そうです。多くの読者がそう望めば望むほど、現実の騎士団もまた同様の力を得ます。読者が、作中の騎士団と、現実の騎士団は別物であると、忘れれば忘れるほどに」
「ということは、セレペスは、騎士団に魔王を斃させようとしている……?」
「そういうことです。セレペスは騎士団に魔王を斃させ、自らが新たな魔王として君臨するつもりでいるのです」
「なんて汚いやつなんだ」ラルフは眉間に皺を寄せながらいった。「自分では動かずに、ましてや誇り高き騎士団を操って、自らの野望を叶えようなんて」
「……どうするつもりなの」ラルフの言葉に、ミナは嫌な予感を覚えた。
「今すぐセレペスを斃しに行こう」
「待って」ミナもまた、感情的になっていた。「さすがにあんた、頭おかしいんじゃないの」
「なに?」
「つまり、放っておけばセレペスが魔王を斃してくれるかも知れない、ってことじゃない」
「ミナ、話は聞いていただろう。セレペスが魔王の座についたら、今度はなにをすると思う?」
「……?」
「彼は必ず、新作を書くはずだ。自らが魔王として君臨し、最強無敵の存在として、世界を蹂躙する小説を」
「!」
「具体的な内容がどうなるかはわからない。だが、それに近しいものは書くはずだ」
 妙なところで冴えている、とミナは舌打ちした。しかし一方で、どうにも納得がいかなかった。セレペスともあろうものが、そのような作品を書くとは思えなかったからだ。しかし彼は魔元帥、そのことを鑑みればあるいは……。
「はい。お願いします。セレペスは、場合によっては魔王以上におそろしい存在になりえます。早くしなければ、取り返しのつかないことになりかねません」
「最後に一つ、いいかな」ラルフは真剣な表情で問うた。「君は、なぜこんなことを知っているんだ……?」
「…………」なにか事情があるのだろう。村娘はしばらく黙り込んだ。
「いや、話したくないならいいんだ」いいわけないだろ。
「勇者様には、お教えしましょう」村娘は語りはじめた。「私たちは、魔族なのです」
「なっ……!」
 私たち、というのは村人全員のことだろうか。ラルフらは思わずあたりの人々を見回した。
「ですが、誤解なさらないでください。私たちは魔族であることをやめたのです。人の姿に化け、もうなにがあろうと二度と魔族には戻るまいと。人に化けた私たちには、もう魔族としての力はありませんが、それで構わないと思っています。魔界で暮らすよりは、遙かに……」
「そうだったのか……」
 衝撃的な事実を聞いて、ラルフは夜も眠れなかった。ミナは寝た。
「魔族は人間の姿に化けることができる。そうだ、魔王の主張がおかしいのはこれだったんだ。そんなに地上で暮らしたいなら、人間になればいい」
 なんて勝手な理屈だ。魔族だって誰もが人間に化けられるわけではないだろうし、同化を強いられるのも苦痛だろう。ともかくも、ラルフはこの村からそんな結論を導き、新たな旅に出ることにした。

 冷静に考えれば、村娘の話にはなんの根拠もなかった。にもかかわらず、なぜか信じてしまっていた。それがある種の魔術の効用であるなど、彼らには知る由もなく。
 勇者たちが村をあとにすると、陽炎の村はぐにゃりと歪んで、夢のように消えた。
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