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或る魔王軍の遍歴 作者:饗庭淵

七章〈団長〉キズニア・リーホヴィット

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 『或る騎士団の遍歴』――。
 アムド・セレペスは、人族が魔族を斃すという夢物語に説得力を与えるため、四巻もの伏線を要した。騎士団の生い立ち、敗北、挫折、訓練の日々。知恵のかぎりを尽くした戦術。その他、緻密で正確な描写の数々。虚実を織り交ぜた内容、それでいて十全な説得力。そして、敵の正体を隠すという手法によって強引に読者を騙す。読者を信じさせるためにあらゆる手を尽くしていた。
 作中における騎士団は、魔族に対抗する術として「奇跡のような力」を手に入れる。ただし、セレペスはこの力について、架空のものではあるが十分に詳細で説得的な理論的裏付けを行っている。発動のための条件もシビアで、その場その時の感情に任せて都合よく勝利をもたらすようなものでもない。彼らは基本的に生身のまま、魔族を屠りうる矛を手に入れ、死線を潜り抜け虚を衝き魔族に突き刺すことで、紙一重の勝利を手にする。多くの仲間を失いながらも、新メンバーの加入もあり、二三人の英雄が集結し、ついには魔王に挑むことになる。
 穿って読めば、この物語もまた巧みに装飾されただけのご都合主義の産物だ。でなければ、人族が魔族に勝つことなどあり得ない。しかし、可能なかぎりご都合主義を排し、あるいは排しているように見せかけ、読者を納得させることに余念がない。
 だが、同じく人族が魔族を斃すという夢を描いた小説である『勇者物語』は違う。そのような工夫はどこにもない。なぜならこの物語は、紛うことなき真実だからだ。事実をそのまま描写しているにもかかわらず、もはや誰もが虚構と疑わない作品となった。まさにまさしく、「事実は小説よりも奇なり」というやつだ。
「こんな馬鹿な話があってたまるか……!」
 魔王は頭を抱える。
 そう、私は魔元帥アムド・セレペスの案件を抱えながら、同時に七魔将を五人も殺した化け物を相手取らなければならないのだ!
 勇者の地力は決して高くない。短期間の修行で底上げされたものでも、現在までに見知っている人間の、個人レベルでの最強を超えないだろう。だが、勇者の力はそれに加え、複数の能力により補正される。
 まずは不死身。彼を殺すことは絶対にできない。
 そして覚醒。追い詰められると、その力は五倍にも一〇倍にも膨れ上がる。
 また、短期間の修行で強くなることも能力の一つに数えていいだろう。下手をすれば地力ですら魔族を引き離すおそれもある。
 あるいは、誰とでも苦戦できる才能。彼はリッチにだって苦戦するが、七魔将相手にも同様に苦戦し、そして勝つ。苦戦さえすれば勝ってもいいだろうと言わんばかりの図々しさ。自分ばかりが苦労し、努力していると思っている。
「はんぺん、どうした。元気がないぞ」
 考えごとも半ばの魔王に、ラプが裾を掴んでくる。
「はんぺん、ラプと遊んでくれるんじゃなかったのか」
 返事がないのを見て、ラプはしつこく話しかけた。
「黙れ! 今はそれどころじゃないんだ!」
 魔王は怒鳴った。ラプは萎縮し、じりじりと退いていった。そのまま部屋の隅まで下がると、うずくまり、顔を伏せた。その様子を見て、魔王は自らの愚かさを悔いた。
 二〇〇年間封印されていた魔王には、すでに家族は残されていない。封印が解かれてからも忙殺の日々であり、家庭を持つ余裕などはありえなかった。人間関係もほとんど魔王軍や政府関係者などであり、仕事上の付き合いでしかない。娘のように可愛がってきたセリアとネルも、いつしか魔王軍に所属し、部下となってしまう。魔王にとっては、ラプンツェリカこそが唯一の仕事外の関係だった。多くの信頼できる部下を多く失い、傷心している彼にとって、彼女はかけがえのない存在なのだ。
「……すまない、許してくれ。ラプ」
 だが、とても彼女との約束を果たそうなどという気にはなれなかった。
 魔王は再び考えごとに戻る。なにか手があるはずだ。魔元帥と勇者、この二件を巧みに処理する方法が。
「そうか」
 勇者と、アムド・セレペスを潰し合わせればいい。

 ***

「ぃやっぱり、魔王は竜族に助けを求めにいったわね。でも私は知ってたの。彼らが魔王を拒絶すること。だからなんにもこわくはないの♪」
 異様な容姿をした生物だった。全身が黒く、巨大で、様々な器官が複数蠢いていた。薄暗い部屋の中で、一つのランプが机を照らし、その逆光を浴びるように彼の輪郭が映し出されていた。うねうねとすべての器官が意思を持って動く、人というよりはもはやイソギンチャクに近い。どちらが前と後ろともつかぬ。正面を向いて話しているのか、背を向けて聞いているのか、それすらも判然としなかった。
「お前の支援を得て、我々が魔王を討つ。そこまでのシナリオはいい。だが、お前の目的はなんだ。そのあとはどうするつもりだ」
 剣友騎士団〈団長〉キズニア・リーホヴィットは問う。
「何度も話しているけれど、信用されない哀しいことだわ」それに黒い物体が答える。「魔王を斃しさえすれば、あとはなんにもいたしません。私の望みはただ平穏ですから」
「ならば、なぜ魔王に刃向かう。大人しく身を隠していてもよかったはずだ」
「いいえ、彼はとても迷惑です。私の出版妨害します。自由に執筆できませんの。それに私は見たいのです。人が魔を討つその奇蹟を♪」
「……魔王軍の目的は、魔界に住むものたちを地上へ移住させること。そしてこれは、魔界全体の意思のはずだ。お前だって、その魔族の一人だ。そして、魔元帥という地位にまでいる。このあたり、お前はどういう立場にいるんだ?」
「ぶっちゃけ私、人族の方が好きなのよね。魔界の連中がどうなろうが、私には知ったことではなあいの。力なきものが滅びるは必然よ。読者としてなら人族も悪くはない。戦争なぞ御免だよ。人が娯楽から遠ざかってしまう」
「……なるほど。魔族にもいろいろいるというわけだな」
「ふふん、安易なまとめであるけれど、それで概ね外してないわ♪」
「しかし疑問だな。お前のような男が、なぜ魔元帥などという地位についたんだ」
「さあてね。成り行きかしら? 力があると、自ずと成ってしまうもののようです。とはいえ役には立ちました。地上へ自由に出入りするにも、この地位は便利でございますから」
「つくづく、魔界に生まれなくてよかったと思うよ。お前のような上司などたまったものではない」
「実は私もそう思います」
「……最終巻は、もう上がるのか」
「ええ。第一稿ならありますよ。これから最終推敲です。あなた方も読みなさる?」
「そうさせてもらおう。特に、口出しすることもないだろうがな」
「忌憚なき意見お待ちしてます」
「善処しよう」
「それでは、汝に幸あれかし♪」
 アムド・セレペスの能力は、使い方次第では世界を支配することもできる。だが、彼は支配に興味がない。彼はただ、自由であることを愛するのみだ。たとえば、なんの脈絡もなく彼が世界を支配するような話を、十分な説得力をもって描くだけの力量も、彼は持っている。だが、彼は決してそうしない。彼はあくまで書き手であり、彼は彼自身の物語を、物語を書くという手段によってのみ表現する。物語を書き続けることそれ自体が、彼の人生であり物語なのだ。彼が小説を書くことによって得られるのは、読者の反響と名声だけである。
 そんな彼の心性との因果関係は不明だが、彼の能力は、自分の実力を底上げするような形で利用することはできない。どのような形であれ自身を物語に登場させれば、彼の神通力は失われ、能力は効力を失う。でなければ、騎士団など利用せず、はじめからそうしていればいい。しかし、仮にできたとしても、彼は決してそうはしなかっただろう。彼はメタフィクションを書くつもりは毛頭ないからだ。
「さあて、いよいよ大詰めです。俺らで宇宙を呑み干そうぜ♪」
 彼の物語は、最高潮を迎える。
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