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或る魔王軍の遍歴 作者:饗庭淵

六章〈竜王〉ギルバート・リュウザキ

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(6-4)

 魔王は、かつてない緊張を覚えていた。
 どうすればいいのか、わからなくなっていた。
 戦闘開始直後、〈時を堰き止め〉叩き潰す。その必勝の戦法が、本当に通用するのかを悩んでいた。不可解は、恐怖を生む。魔王は、勇者についてなにも知らない。ただ知っているのは、二〇〇年前も同じ勇者を名乗る人間に、敗れたというだけだ。そして、その当時も同じ戦法をとったのだろう、ということは容易に推測できる。
 そして、敗れた。
 ならば同じ手は使えない。
 まだ勇者と剣を交えてすらいないのに、魔王は手詰まりに追い込まれていた。エルオントを斃したのが勇者だというなら、そのダメージはどうなったのか。彼との戦いが無傷で済んだわけがない。七魔将四人との戦いで負ったであろう生々しい傷も無数に残っている。もはや虫の息、仕留めるなら今こそ好機。そのはずだと自らに言い聞かせようにも、その気にはなれなかった。
 こんなやつに負けるはずがない。エルオントも、フェザードも、セリアも、ネグロも、ホムラも、皆同じことを考え、そして敗れたのだ。
 いったい、この男を、私はどうすればいいのか。
「……魔王、戦いの前に一つ聞きたいことがある」そんな緊張を知ってか知らずか、勇者が問い掛ける。「お前はなぜ、世界を滅ぼそうとしているんだ」
「……は?」
 先刻から、勇者の言動には不可解が続く。しかし今度は、信じがたいような誤解を受けていることだけはわかった。
「別に、私は世界を滅ぼそうとなどはしていない。滅ぼしてなんになる。いったい、誰からそんなことを聞いたんだ?」
「なら、なにが目的だ」
 魔王は、未知への恐怖と、そしてその解消のため勇者の正体を少しでも知りたいという想いから、問答を続けることにした。
「知らないというのか? 知らぬはずはないのだが」
「とぼけるな! 答えろ!」
「我々の目的については十分に広くアナウンスしていたつもりだったのだが……やれやれ、アイゼルの情報操作は侮れないな」
「答えろ!」
「答えよう。我々魔王軍の目的は二〇〇年前より変わらない。地上の奪還だ」
「奪還だと? 地上は魔族のものだったとでもいいたいのか」
「魔族のものでもあった、というべきか」
「どういうことだ」
「なにも知らないというのなら仕方がない。説明してもいいだろう。少し長い話になる。まず、お前は魔界がどこにあるのか知っているか?」
「……地底……」
「そうだ、魔界は地底大空洞に広がっている」
「それがどうした。お前たちにはお前たちの住み処がある。なぜ、わざわざ地上に手を出すんだ」
「わざわざ、と来たか。お前も一度魔界に訪れてみるといい。とても住めたものではないぞ。特に、人族にはな」
「当たり前だ! だが、お前たち魔族はその魔界に住んでいる。住むことができる。なぜ大人しくしていないんだ! 地上が羨ましくなったとでもいうのか?」
「さっき言っただろう。魔族にとっても、魔界の環境は厳しいんだよ」
「どういうことだ」
「なぜ人族と魔族では、こうまで圧倒的な力の差があるか、わかるか? 我々魔族は、こうであらねばいられなかったのだ。魔界という過酷な環境で生き抜き、淘汰された結果なのだよ」
「…………」
「魔界には〈瘴気〉という大気成分が存在する。現在では、これは風に舞う微生物の集団であるとされている。この〈瘴気〉は、ある病を媒介する。この病は〈黒触病〉と呼ばれている。身体の一部もしくは全部があざ黒く変異するという症状からこう呼ばれるが、なにも症状はそれだけではない。この病は、感染者に膨大な魔力を与える代わりに、肉体を異形化させ、理性を破壊するのだ。この症状、覚えはないか?」
「なにをいって、……まさか……!」
「そう、魔物だ。魔族が地上の動物に血を与えることでこれが魔物となるのは、黒触病が血液感染するからだ」
「待て! その話はおかしいぞ。なら、なぜお前たちは無事でいられる」
「魔族も、当初はこの病に対し為す術がなかった。魔物と同じように、異形と化し、理性を失った。だが、長い年月が過ぎるにつれ、黒触病に適応する因子が現れた。膨大な魔力を持ちつつ、理性を失わない。つまり、無尽蔵ともいえる魔力を魔術に充てることができる。どちらが生存に有利であるかはいうまでもない。まるで、黒触病がこういった因子の登場を待っていたかのようだった。これが現在の魔族だ。すなわち、魔族と魔物の違いは、黒触病に適応できているか否かの違いなのだ」
「わからない……お前たちは、結局その病とうまく共存してるってことじゃないか。いったいなにが不満なんだ」
「魔族も、この病の適応度については個人差がある。たとえば、異形化を完全に免れているものはほとんどいない。この私を見ても、魔王軍を見てもわかるはずだ。だが、魔王軍はこれでもマシな方なのだ。黒触病に最もよく適応できたものたちを集めた集団、それが魔王軍だ。そして、魔王軍の総勢は約五〇〇〇。これは全魔族からすればほんの一握りの少数精鋭にすぎない。現在、魔界には七〇もの国があり、二億もの魔族が死と病に怯えながら生活している。そして我々魔王軍すらも、一生のうちにいつ症状が進行し、理性を失うかも知れない恐怖のなか生きている」
「……なるほど。たしかに、悲劇的な話だ。だが、お前たちは魔界に生まれた。そして、地上の人間よりは魔界に適応して生きている。どんなに酷い場所でも、故郷は故郷のはずだ」
「故郷? それは違う。魔族とて、はじめから魔界に生まれたのではない。あんな場所で生命など誕生してたまるか。我々も、もとはといえば地上で生まれた生物だ。そう、魔族とは四八〇〇年前、魔界に追いやられた人間のことなのだよ」
「なんだと……!」
「この歴史的事実を、我々は地上人に向かってたびたび主張してきた。だが、お前がこのことを知らなかったように、地上側としてはなんとしても隠蔽しておきたかった不都合な歴史だった」
「嘘だ! お前が嘘をついていないという保証がどこにある! 四八〇〇年も前のことを、なぜさも見てきたように言えるんだ!」
「地上の歴史学者からも同様の反論をいただいている。確たる証拠がないといえば、その通りだ。魔族の祖先が魔界に追放された理由についても、様々な仮説はあるもののハッキリしていない。しかし、これまで話したような多くの状況証拠が裏付けている。我々はもともとは人間であり、四八〇〇年前に魔界に追放された被害者であるということを!」
「……仮に、お前の話が真実だとして、なぜ戦争を仕掛ける必要がある? もしそれが本当だとしたら、魔族にも地上に住む権利はある。話せばわかってもらえたはずだ。自分のことばかり考えている人間がすべてじゃない。善い人間もいっぱいいる。お前にだって、そのくらいわかるだろう」
「むろん、戦争は最終手段だ。我々とて、いきなり地上を襲ったりはしない」
「でたらめをいうな! 一〇年前、僕の村は魔族に襲われたんだぞ! 村の人たちを、何の罪もない人を虐殺して、なにが最終手段だ!」
「それについては改めて謝罪したい。一〇年前というと、私が復活する以前の話だ。おそらくは三魔元帥の暴走によるものだろう。現在、我々も彼らの所在を追っている」
「そんなことがいいわけになるか!」
「お前たち地上人にとって地底人である魔族が敵であること、……いや、控えめにいって利益を脅かす存在であるということについては、もはや覆せないものであるとは承知している。私が復活したからといって、魔王軍は必ずしも統制のとれたものとはいえない側面もある。独断で、地上人憎しと殺戮に及ぶものもいる。だが、お前の言葉を借りるなら善い魔族もいっぱいいる、といったところか。私自身、そして魔王軍の方針として、人族の殺害は可能なかぎり避けている」
「それでも、アイゼルに不意討ちを仕掛け、皇都で殺戮と破壊をなしたのは事実じゃないか! 可能なかぎり避けた結果があれだというのか!」
「そうだ。そして、一つ訂正すれば不意討ちではない。アイゼルとは事前に何度か交渉を重ね、その決裂ゆえの最後通牒、そして宣戦布告を行っている」
「嘘だ。お前たちは、卑劣にも皇国最強戦力の〈剣友騎士団〉の不在時を狙って、皇都に奇襲をかけた。そうじゃないのか!」
「勝手に騎士団が皇都を留守にしていただけだ。我々はこの魔王城からの進撃を装い、彼らはエルシャリオンとアイゼルとの国境線を警戒していた。その隙を衝いたまでだ」
「な、なんて汚いやつなんだ。結局は騙し討ちじゃないか!」
「…………」
 思わぬ非難に、さすがの魔王も言葉を失う。
「どうした! 言い返せないのか!」
「このような作戦をとったのは、双方の犠牲を最小限にするためでもあったのだが」
「お前たちの勝手な都合を押しつけるな!」
「私は、可能なかぎり魔族と人族の共存を目指している」
「可能なかぎりだと? そんな言葉はもう、聞き飽きたぞ!」
「では、具体的な経緯を話そう。この地上で覇権を争う大国といえば、次の四カ国。アイゼル、シャピアロン、日差し域、アリネリスの四カ国だ。アイゼルとは長い付き合いになるが、交渉が決裂した上での宣戦布告だ。シャピアロンについてはそもそも取り合ってもらえなかった。日差し域は魔界の火の国と秘密裏に取引を交わし、火の国は軍事力を提供する代わりに土地の一部を受け取っている。だが、これは公然とはされず、これは火の国に独占されている。ゆえに、日差し域もまた魔王軍と会談の場を設けることすらしない。アリネリス共和国はロスキュールと同様の関係にあったようだが、アリネリスの裏切りによってロスキュールは魔界に追い返された。むろん、アリネリスも同様に魔王軍の主張を一切認めない立場にある。
 これが、三魔元帥の暴走により地上との敵対関係はがもはや取り返しのつかないなか、できるかぎりの譲歩をした結果だ。まあ、こちらから謝罪と賠償をしなければならぬ情勢で、図々しくも土地を譲ってくれなどと、そもそも無理な話だがな」
「自業自得じゃないか。それに、唯一話を聞いてくれたアイゼルを最初に襲うとはどういう了見だ」
「魔界の穴が繋がり、ゆえに実質的に魔王軍の支配下となっているこのエルシャリオン公国に、一番近いのがアイゼルなのだ」
「だからといって……他に方法がなかったとでもいうのか!」
「交渉はし尽くした。そのなかでは、軍事力の提供の見返りに土地を、といったあたりが最も妥当な取引だったように思う。だが、軍を魔族に任せては内部から国を乗っ取られる危険性があると、アイゼルは考えた。事実、火の国は日差し域に対しそのつもりでいる。単なる傭兵として雇う、としてもだ。どのような形にせよ魔族に対し貸しはつくりたくない。関わりそのものを避けたいとするのが、アイゼルの立場、というより人族たちの総意だ。こうなればもう手段は残されていない。外交の最終手段――武力に訴えるしかない」
「ふざ……けるな! たとえどんな理由があろうと、虫けらのように人間を殺すお前を僕は許さない! 仕方なかっただと? 魔界を救うためだと? なにかのためになにかを犠牲にしようという発想が、そもそも間違いなんだ!」
 そっくりそのまま返したいところだ、と魔王は思った。だが、目的は討論ではない。説得することだ。火に油を注ぐべきではない。目の前の男が本当に勇者なら、いや、勇者でなくとも、すでに七魔将を五人も斃しているのは事実。できれば敵に回したくはない。
 しばらく会話を交わしたところ、勇者の知能は著しく低いと、魔王は判断した。それでいて強固な固定観念に囚われている。最も扱いに困るタイプだ。
 魔王軍が人族の多くを殺害しているのは事実。ただ、虫けらのようにというのは言い過ぎで、慣習に従い正当な手続きで外交手段としての戦争に及んでいる。が、そんなことを再三説明しても勇者にはいいわけにしか聞こえないだろう。
 魔王としては、およそ説明しうるだけの弁明はなしたつもりだ。しかし、それで地上人に納得してもらおうというのも無理な話だ。それができなかったから戦争になったのだ。そして、勇者もまた同様。敵意の炎を消す気配は一切見えない。
 もはや手詰まり。この男は、てこでも動かない。
「どうした。いいわけは終わりか? 結局、剣で語るしかないみたいだな」
「……最後通告だ。私の部下になれだの、協力してくれだのはいわない。だが、これ以上私の邪魔をしないでもらえるか?」
「ふざけるな!」
 ラルフは叫びと共に斬りかかった。
「やむを得まい。戦争か」
 〈時を堰き止め〉、背後へ。後頭部を掴み、思いっきり地面へ顔面を打ちつけた。
「退け。さっきも言ったよう、無駄に命は奪わぬ」
 だが、勇者は諦めない。
 異様な気配を感じ、魔王は飛び上がるように距離をとった。
 立ち上がってくる。魔王と対峙する以前からすでに瀕死の重傷を負っており、生きていることが不思議な状態にあった勇者が、魔王の全力の打撃を受けて、それでもなお立ってくる。
 そのとき、魔王は脳内でスパークするものを感じた。
 二〇〇年前の失われた記憶と、『勇者物語』の記述と、目の前の男が、一つのイメージで結びついた。そのとき、魔王はすべてを思い出した。
 勇者とは、我らが住む〈法〉の外に位置する存在。
 彼の外法はすべてのルールを上書きする。当たり前のように奇跡を味方につけ、なにもかもを踏みにじり、すべてを台無しにする――。
「食らえ、最終奥義……!」勇者は解き放つ。「〈龍虎烈牙迅〉――!」

 ***

「おいおい、どうした! なぜ本気を出さねえ? 舐めてんのか!」
 一方で、ボトムとギルバートの戦いも白熱していた。
「竜になるんだよ! なあ?! それがお前ら竜族だろう! うっかり殺しちまわないように力加減すんのは、もう飽きたんだよ! そのまま殺しちまうぞ!」
 言われ、ギルバートは距離をとった。
「……よかろう。貴様に見せてやる。本気となった儂の力を……!」
 静かだった。彼のために、すべてが呼吸を止めたようだった。彼は全身に力を込め、そして、瞬く間に魔王城の天井を突き破るだけの巨竜となった。
「うっほ! すっげえ! こりゃまた! ひえー!」
 ボトムは血肉躍らせ、大興奮ではしゃいだ。そして、勇者の最終奥義に耐えた魔王も、城を破壊するドラゴンの姿に目を奪われた。一方、高い視座を獲得したギルバートは、倒れ伏し起きあがることのない我が子の姿を見た。
「くっ、まだ魔王は無理だったか……! やむを得ん、撤退だ!」
 ドラゴンは、灼熱のブレスを撒き散らしながら、勇者とその仲間たちを回収し、天高く飛び上がった。

「くそ、逃がすか!」
 ボトムは追うが、ブレス攻撃に呆気とられ、もはや遙か上空を舞う竜に、為す術がない。
「ボトム、聞きたいことがある」同じ去りゆく竜を見ながら、魔王は冷静な声で言った。
「なんだ」
「お前は、竜族を絶滅させた気になっていた、らしいな」
「ああ。そうだ」
「なぜだ?」
「なぜ? そりゃ、全員ぶっ殺したからに決まってる。まあ、取りこぼしはあったかも知れねえが、竜王の野郎はたしかに殺したはずだ」
「どうやって殺した?」
「あ? 殴り殺したんだよ」
「が、実際には死んでいなかった。なぜ死んだと思った」
「そりゃ、動かなくなったからな」
「…………」魔王は、少し考え、遠く魔王城を離れていく竜に向かって、遠距離魔術を放った。
「〈光魔の矢〉」
 魔王が弓を射る挙動を示すと、神速の光の矢が、遠方を飛び去る竜を見事に貫いた。

 ***

 心臓を撃ち抜かれた竜は、多量の出血を大地に撒き散らしながら、死霊の山から遠く離れた荒野に、力尽きて墜ちた。
「そ、そんな、どうして」
 目を覚ましたラルフは、人の姿に戻り、致命傷を負ったギルバートの姿を見た。
「くそ、心臓がやられたか……」ギルバートは出血の止まらない胸を押さえながら歯ぎしりしてつぶやいた。
「そんな、いったいどうして、どうして僕たちを助けてくれたんだ!」
「お前が、儂の息子だからだ」
「わからない! 突然現れて、突然……死んじゃいやだ!」
「ごほっ。残念だが、もう無理だ。竜族は、たしかに竜の姿でいるかぎり不死身だ。仮に竜の姿で殺されても、心臓を潰されないかぎり死ぬことはない。人間の姿になるだけだ。そして、四八〇日後に再び竜に戻ることができる。だが、今回ばかりは心臓をやられてしまった……」
「い、いやだ! 信じないぞ!」
「最期に、お前の生まれと、母さんのことについて話しておこう」
 ここで、ギルバートはラルフの生い立ちとか、母のこととか、今にも死にそうなくせに懇切丁寧に説明する。それっぽい悲劇的なエピソードを聞かされ、ラルフは泣く。
「と、父さん!」
「ふふ、はじめて父と呼んでくれたな……ぐふっ」
「父さーん! うわあああ」
 ギルバート・リュウザキは死んだ。
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