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或る魔王軍の遍歴 作者:饗庭淵

六章〈竜王〉ギルバート・リュウザキ

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(6-3)

 勇者は死霊の山を登っていた。山に棲む、多くの狂暴な魔物を蹴散らしながら、快進撃を続けていた。マンティコア、グリフォン、ウロボロス、アーヴァンク、アジ・ダハーカ。その多くが、冒険屋協会による危険度指定すら受けていないような魔物たちだった。
「魔王城はもう、目の前だ!」
 魔王城・城門前。死霊の山にて、最後勇者の前に立ち塞がったのは、〈不死王〉フェザード・アルバス最強の下僕。強力な魔術を扱う究極のアンデッド・リッチだった。
 何度斬りつけても、何度燃やしても、何度撃っても、何度殴っても、おそるべき不死身を見せた。彼らはリッチの魔術にも翻弄され続けた。

「リッチに苦戦している……?」魔王らは、司令室に七魔将を集め、クラウスの覗き穴から勇者の戦いぶりを見ていた。
「どうだフェザード、やつらの力量は」
「……エルオントを斃したというのは、本当に彼らなのですか」
「そのはずだ」
「とても信じられませぬ。たしかに、あのリッチは我が下僕でも最高傑作。あのホムラが珍しく回収してきた冒険屋の新鮮な死体も取り入れ、見事な出来に仕上がっています」
「そうそう、俺もカガリに言われて気づいてさー。結構手強かったんだぜ、あいつら」
「ですが、エルオントが相手ならリッチなど紙屑同然。それどころかこの我でさえも、彼を前にしては……」
「…………」
「なにか秘密があるのかも知れん。いや、必ずある。たとえば、ボトムのような固有能力を持っている可能性もある。迂闊に手出しをすれば返り討ちに遭うおそれがある。様子を見て、全軍待機だ」
「あ、気づかれた……」と、クラウスの覗き穴が塞がっていく。
「どうした、クラウス」
「妨害です。空間魔術が妨害されました。覗き見大会は中止ですね」
「連中も馬鹿ではない、か」

 なんとかリッチを斃した勇者一行は、そのまま魔王城に突入した。
 そして、「各個撃破だ!」と叫びながら、勇者は戦力を分散させた。
 自分が各個撃破されにいってどうする、とミナは内心突っ込んだが、どうせこれで問題はないのだ。戦略も戦術も関係ない。勇者のやることなら、なんであれ成功する。いい加減、身に染みてわかっていた。

 ***

 正面から直進していたラルフは広間に出た。
 奥から迫るは黒く重い膨大な魔力の渦。冷や汗、立ち止まり、身構える。足が竦み、鳥肌が走る。眼前に立ち塞がる複数の影。
 七魔将フェザード、セリア、ネグロ、ホムラの四人だった。快進撃を続けていたラルフも、この揃い踏みにはたじろがざるを得なかった。
「き、汚いぞ。正々堂々戦えないのか」
「えっ。なんか知らないけど勝手に戦力分散してくれたから、各個撃破しようという基本戦術をとっているだけなんだけど」とセリア。
「卑怯だ! 一対一で勝負しろ!」
「それはできない。エルオントを斃した以上、油断はできぬからな」とフェザード。
「男の戦いには勝ち負けより大事なものがあるはずだ!」
「……悪いこといわねえから、逃げた方がいいんじゃね? つか、弱いものいじめみたいで、気分悪りぃし」とホムラ。
「お前たちみたいな卑怯なやつに負けたくない。逃げてたまるか!」
「ねえアレ、食べていいの?」とネグロ。
「く、狂ってる……!」
 そして、ラルフは大苦戦を強いられながらも、覚醒して七魔将を四人とも斃した。

「おい、どういうことだよこりゃ……」
 死闘のあとに現れた次なる相手は、魔元帥〈戦躁〉フラッグ・ボトムだ。
 圧倒的な威圧感を受けながらも、ラルフは戦意を喪失しない。
「七魔将が四人まとめてアウトかよ。さすがに意味がわからなすぎるぞお前。いったい、なんなんだ」
「はぁ、はぁ……」ラルフには返事をするだけの余裕もない。
「息絶え絶えのボロボロ満身創痍。七魔将を一度に四人も同時に相手にしたのだから当たり前……って、んなわけあるか。なぜ生きてる? どうして勝った?」
「勝つに決まっている。この僕は負けるわけにはいかないんだ」
「その紋章……竜族の生き残りか? いや、竜族と人族のハーフってところか。盲点だったな。竜族は俺が滅ぼしたはずなんだが」
「な、なにを、言っている……?」
「あれ? 違ったのか……」ふと、気づく。「ん?」
 そのとき、思わぬ人物の姿が、ボトムの目に飛び込んできた。
「ラルフ。お前はたしかに強くなった。だが、今のお前では魔元帥には勝てない」
「あ、あなたは……?」
「お前に最終奥義を授けに来た。本来なら習得に五〇年はかかるといわれている。儂ほどの才能を持って二五年かかった。しかし、お前の才能なら、三〇分間の修行で最終奥義を会得できるはずだ」
「だ、だから、あなたはいったい……!」
「儂はお前の父だ」
「な、なにをいってるんだ。僕の両親は、一〇年前……」
「彼らはお前の本当の両親ではない。やんごとなき事情で儂が彼らにお前を預けたのだ」
「そ、そんな」
 突如現れた初老の男と勇者の意味不明な会話に、堪らずボトムが乱入する。
「なぜてめえが生きてやがる! 〈竜王〉ギルバート・リュウザキ!」
 名を呼ばれ、ギルバートは答えた。
「なぜ? 決まっている。死んでいないからだ。それに、殺されてもいない」
「ふざけるな。たしかに竜族は、俺が皆殺しにして、滅ぼしたはずだ」
「死体の数を数えたのか? 死亡確認は? どうせ、姿が見えなくなったから勝手に滅んだと判断した、その程度の知能なのだろう?」
「まさかてめえら……人の姿に化けて、人族社会に身を隠してやがったのか?!」
「…………」
「いいや、ありえねえ。たしかに殺したはずだ。たしかに……」
「竜は、不死身なのだよ」
「クソが。そうかよ。なら今度は、死ぬまで殺してやる」
「そうだな。たしかに、貴様とは深い因縁がある。儂が相手をしたいところだが……どうやら、代わりが来たようだ」
 ラルフの仲間たちだった。
「み、みんな……! どうしてここに」
「あんたが七魔将を一手に引き受けたおかげで。准将相手でも手強かったけど」とミナ。
「まったく、ぬしは馬鹿者じゃよ。しかし、一人でようやったわ」とカレンフェルト。
「今度は、私たちが助ける……番」とリヒト。
「ここからはクロエたちに任せてください」とクロエ。
 頼もしい仲間が揃ったので、ラルフは安心して修行に励むことにした。

 ***

「おい、はんぺん。さわがしいぞ。なにがおきてる」
 魔王室にて、ラプが魔王にすり寄る。
「お前はここで大人しくしているんだ」
 こんなことをしている場合ではないな、と思いつつも、魔王はラプをあやした。だが、彼女を避難させる余裕くらいはあるだろう。
 勇者は、なぜか魔王城に入るなり戦力を分散した。各個撃破の格好のチャンスを、彼自らが与えてくれた。彼らは陽動で、別働隊が他にあるのではないかとも警戒したが、その場合もやることは大して変わらない。主力の勇者には七魔将を四人投入し、真っ先に潰す。他のメンバーには准将などの戦力を投入し、足止めないし可能ならばその場で斃してしまうよう指示した。七魔将が勇者を始末できたら、同じ手順で一人ずつ確実に潰していけばいい。また、別働隊を警戒しボトムには待機させた。
「とにかく、この部屋からは出るな。約束だ」
「よくわからんぞ、はんぺん。それに、最近は遊んでもらってない」
「とにかく今は身を隠してくれ。敵襲を受けている」
「…………」
 ラプは返事をしない。目を逸らし、膨れている。魔王もやむなしと無視して向き直ろうとしたが、ラプの低い声が呼び止めた。
「ガイゼルたちはどうした?」
 何度もされた質問だった。適当にお茶を濁していたが、ラプは納得していない。話を聞くに、ガイゼルとは彼女のかつての冒険屋仲間の名だ。魔物に殺されたと説明しても、信じていないのか、信じたくないのか、何度も同じ質問をしてきた。それに同じ答えをしても仕方あるまい。どう言えば理解してくれるのか考えあぐねていると、ラプからさらなる追撃が来た。
「はんぺんは、魔族なのか?」
 それは、そのときはじめてなされた、核心を衝いた問いだった。
 隠していたわけでもないし、隠せるわけもない。それでいて、その質問は魔王を大きく動揺させた。ラプの仲間を殺害したのは、魔王が血を与えた魔物なのだから。ラプはそのことを知る由もない。だが、ラプが自明の質問をする意図が読めなかった。魔王はそのことを責められている気がして、答えることができなかった。
「この件が終わったら、たっぷり遊んでやる。今は危険な状況なんだ。私も動かなければならない。だから、待っていろ」
「本当か?」
「ああ。約束しよう」
「……わかった」
 あまり納得しているようには見えなかったが、今はラプが大人しくしていることを祈るしかない。質問をはぐらかした上での一方的な要求、むしろ納得するはずがない。だが、ラプもわかっているのだ。今が危機的状況であること、自分のわがままで魔王を困らせていることも、わかっているのだ。
 魔王は、どこか焦っている自分に気づいた。妙な胸騒ぎを覚えていた。なんにせよ力を出し惜しみする場面ではない。彼は、秘蔵の剣を手にとって、戦場へ向かった。
 魔剣〈哭神絶禍〉――。
 全長二m。重量九kg。人の身ではまず扱えない大剣を、魔王は片手で扱う。魔王の所有する最強の愛剣。魔王が本気で戦う時にのみ手にする至高の武器だ。
 魔王は、今こそこの剣が必要なときであると感じた。魔力の鞘を解除し、久方ぶりに黒い刀身を露わにする。剣自身の持つ禍々しい魔力が魔王のそれと呼応し、彼を包み込む巨大な螺旋を描いていた。
 勇者の正体はまったくもって得体の知れぬが、エルオントを斃したのは事実。一分たりとも油断せず、一切の慢心を排し、様子見などせず、出会うなり全身全霊を傾けて臨もう。
 その決意をもって部屋から出た彼を、廊下で待ち受けていたものたちがいた。
「我々は竜族四天王! 魔王、我らが貴様の相手だ!」
 〈黒陽〉アベル・ベサーレス。
 〈暴牙〉イノセンシオ・オヘア。
 〈炎龍〉ディアス・フェルナンデス。
 〈雷帝〉カルロス・ルイス・アルカス。
 予想だにしなかった配役。やはり別働隊がいた。クラウスを妨害したのは、あるいは彼らか。敵対は明らか。魔王は無駄な問答に時間を割くつもりはない。
「……お前たちでは無理だ」
「どうかな。時間稼ぎくらいは、できるさ」
 四天王は、雄叫びを上げると、みるみる竜へ変容した。
 急ぐ魔王は、周りに誰もいないと見て、〈時を堰き止めた〉――。
「四秒……だけだったな。お前たちが稼げた時間は」
 魔王は、四天王をすり抜け廊下を渡る。
 ばたりばたりと、時間差で首を切断された竜たちは倒れた。剣を振り、返り血を払う。
 魔王自身も、なぜ自分がこれほど急いでいるのかわからなかった。予断の許されない緊急非常事態に全力で対処に臨むのは当然だが、それだけでは説明のつかないなにかに魔王は突き動かされていた。
「おっと、どこへ行くってんだい魔王……」
 背後より声。人の姿の四天王たちが、血に濡れながらも立ち上がっていた。
 なぜ生きている、と問うことすらせず、魔王は最大火力の広範囲魔術を――。
 と、魔王の手が止まる。
 彼らの背後には、魔王室が、そして魔王室にはラプがいる。威力をセーブしなければ、あるいは攻撃を外せば、背後の扉を突き破り魔王室内を破壊してしまう――時間にして一秒にも満たない加速化されたビジョンが、魔王の手を止めた。
 その隙を、四天王は見逃さなかった。一斉に、魔王に向かって襲いかかる。
 その四人を、魔王は糸を縫うように斬り捨てた。
 今度こそ、死んだはずだ。それだけを確認すると、さらに数秒ほど時間をとられた。

「おっ、魔王。やっとお出ましか」
「ど、どうなっているんだこれは……!」
 魔王が、狼狽した。
 考えてもいなかった光景に、魔王ともあろうものが目眩を覚えた。
 七魔将が四人とも倒れ地に伏し、一方で、勇者の仲間の四人が、ボロボロになりながらもかろうじて立っていた。その場にいた味方は、ボトム一人だけだった。
 夢でも見ているのか? 幻影か? 私をからかうための演劇か?
 様々な思考が脳内を駆けめぐり、魔王を過呼吸せしめるほどの大量の酸素を消耗させた。
「ボトム、説明しろ!」
「勇者だよ。たぶん、あいつが一人でやった」
「な、なにを言っている! ふざけるな! そんな馬鹿な話があってたまるか!」
「らしくねえな、魔王よ。実際そーなんだから、納得するっきゃねーだろ」
「……そ、その勇者の姿が見えないようだが……」
 魔王は心臓を抑え、呼吸を整え、強引に冷静さを取り戻そうとする。喉から搾り出したその小さな声は、ボトムには聞こえていなかったらしい。ボトムは魔王が黙ったものと思い、独り言のように、気怠そうにしていった。
「あーあ。もうやめていいかな、これ」
「……どうした」
「きもいんだよ、こいつら」
「なんだって?」
「こいつら、何度倒しても立ち上がってきて、きもいんだ。弱いくせに、何度も何度も。意味がわからねえ。人間とは思えねえ。ゾンビでもこんなにはしぶとくねえ」
「なら、殺せばよかろう」
「それがな、殺せないんだよ」
「言ってる意味がわからんな。自動回復魔術というやつか?」
「そんな程度で説明がつきゃ、楽なんだが」
「それより、勇者はどこだ」
「修行、だとよ」
「修行?」
「知るかよ。やつらがそう言ってたんだ。三〇分で終わらせるとか、なんとか」
「やつら? ……いや、それよりもその三〇分というのはなんだ。あと何分だ?」
「さあ? まだ一〇分くらいしか経ってねーよ」
「……なにをしようとしているのかはよくわからぬが、勇者の仲間も早めに片づけるに越したことはなさそうだな」
「ああ、頼んだ。やってくれよ魔王さん」
「手助けしてもいいのか?」
「手助けどころか、俺はもーいやだ。こんなやつらとは関わりたくもねえ」
 ボトムが退き、魔王が前に出た。
 勇者の仲間たちも、敵の選手交代に、傷ついた身体を無理矢理奮い起こしていた。
「魔王……!」
 全人類を脅かす魔王軍総司令官〈魔王〉ロリセックス・ハンペローゼ。
 七魔将をはじめとした彼の部下がそもそも強大すぎるがゆえに、前線に立つ必要のなかった、最後にして最強の敵。勇者一行は、こうしてついに彼を戦場に引きずり出すことができた。
 だというのに、彼らはすでに立つことすらやっとの状態だった。魔王から溢れ出る魔力圧だけで、気を抜けば絶命してしまいかねない。
 一方で、魔王も気が気ではなかった。勇者だけでなく、その仲間も、なにか得体の知れない力を秘めている。この謎めいた不死身さもその一つだろう。全身打撲。複雑骨折。大量出血。素人目でも戦闘不能は判断できる。ボトムは弱いものいじめを好まないが、相手が全力で挑んでくるならば手加減はしない。彼らもまた、ボトムの攻撃を一度ならず二度でも三度でも受けたことだろう。それでいて生きていられる人間、ましてや戦意を失わないという人間を、魔王は信じることができない。自身で味わったことがあるからこそわかる。それこそ、魔王に匹敵するの力がなければ無理な話だ。
 背後で、ボトムが見ている。ゆえに固有能力は使えない。だが、一瞬で終わらせてみせよう。魔王は、魔剣〈哭神絶禍〉を構えた。
「あいつはやはり才能の塊だ。三〇分はかかると思っていたが、一〇分で完了させた。さすが儂の息子だ」
 遅かった。勇者は、戻ってきた。竜王と共に、勇者は戦場に戻ってきた。

「魔王ぉぉ!」

 勇者が、吼えた。
 魔王と勇者、二〇〇年の時を経て、ついに出会う。
「やっときたわね」「ラルフ……!」「必ず来ると信じてました」「待たせおって」
 仲間たちの声援を受けて、仲間たちを守るために、勇者は魔王の前に出た。
「みんな、こんなにボロボロになって……」
 仲間をねぎらうと、勇者は再び魔王を睨みつけた。
「魔王! この僕と、一対一で勝負しろ!」
 予期せぬ発言に、魔王は虚を衝かれた思いだった。
「……あー言ってますが?」ボトムが問う。
「……ボトムの相手は、誰がするんだ?」魔王が問う。
「儂がしよう」
 前に出たのは、〈竜王〉ギルバート・リュウザキ。「こいつとは、浅からぬ因縁がある」
「よしわかった。勇者よ、場所を移そう」
「望むところだ!」
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