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或る魔王軍の遍歴 作者:饗庭淵

六章〈竜王〉ギルバート・リュウザキ

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(6-2)

 ボトムは気になっていた。
 自分がいったいなにをされたのか。というのも、ゾルティアでの魔王との再戦の話だ。少なくとも、一〇年前はあのような攻撃を受けたことはなかった。全身全霊を賭して戦っていたはずのあのとき、たしかに魔王を追い詰めることができた。勝てたはずなのに惜敗した。だからこそ納得がいかなかった。勝てるはずだったという想いが、魔王軍に留まることを許さなかった。だが今回は、圧倒的な敗北を覚えながらも、別の意味で納得がいかないでいる。
 魔王はまだ、なにかを隠している。隠していやがった!
 心当たりは一つ。そう、誰一人とて魔王の固有能力を知らないのだ。もちろん、必ずしも固有能力を持っているとはかぎらない。しかし、魔王ほどのものが、固有能力を持っていないということがあり得るだろうか。
 セリアにも話を聞いた。だが、彼女も「気づいたら倒されていた」以上のことはわからなかったらしい。傍から見ていた彼女が、魔王の動きを見ることすらできなかった。長期戦で消耗したあとだったとはいえ、七魔将の一人である彼女ですらが、見ることすら適わなかったというのだ(というか、いつの間に七魔将になんかなってたんだな)。
 ボトムは怪しまれない程度に探りを入れることにした。この一〇年、魔王軍でなにがあったか。魔王が動くような案件はあったか。魔王軍からはずいぶんと嫌われたものだったが、これだけの人数がいれば、なかには気の合うものもいる。
 気になる話を聞いた。数ヶ月前、冒険屋の集団が魔王城を襲ったという。その集団はよく訓練されており、一歩間違えば魔王城の崩壊すらあり得た。というのも、〈負幻影〉術者が魔王城に複数の〈爆弾〉を設置し、あと二分で起爆するという状況に追い詰められたというのだ。
 そこで、あの魔王が動いた。部下には司令室に待機するよう指示し、一人で廊下へ出た。そして、ネグロの腹部で謎の爆発。魔王城に仕掛けられたはずの〈爆弾〉はすべて回収されていた。そして興味深いのは、魔王は五分間、司令室に戻らなかったということだ。
 不可解な話だ。しかし、魔王の固有能力を推測するだけの状況証拠は揃っている。
 おそらく、魔王は〈時間停止〉能力を持っている……!
 一つの答えに辿り着いたボトムは、しかしそのために絶望していた。魔王は時を止めるという馬鹿げた能力を持っている。そう考えれば、自らの敗北も、爆弾の件も合点がいく。だが、問題はその先だ。それだけの能力を持った相手に、いったいどう立ち向かえばいいというのか。
 長いこと思考の泥沼に沈んだあとで、ボトムは忘れていたことを思い出す。
 魔王は、たしかにおそるべき強大な能力を持っている。ではなぜ、彼はそれを隠すのか。なぜ、一〇年前の死闘の際に使用しなかったのか。
 隠すのは理解できる。どのような能力であれ、知られるよりは知られない方が最大効力を発揮できる。だが、後者は説明がつかない。あと一歩で負けかねないような状況に追い込まれながら、なぜ魔王は能力を使わなかったのか。それとも、三日三晩の死闘による消耗により使えなかったのか。たしかに、当時は魔王もボトムの固有能力について知らなかった。戦い続けるほどの強くなる、そのことを知っていれば長期戦は避けたはずだ。しかし、魔王も三日三晩戦い続けてボトムの能力に気づかないような愚図ではない。おそらくは数時間、あるいは数分でも気づけただろう。なら、なぜそのタイミングで時を止め、瞬殺しなかったのか。
 考え得る可能性は二つ。発動のためになんらかの条件が必要なのか、あるいは、その能力には致命的な弱点がある。
 とすれば、一〇年前の状況と、ゾルティアでの対峙の状況とを比較し――。
「ボトム様、ここにいらっしゃいましたか」
「んだよ。考え事してたんだから、邪魔すんじゃねえよ。なんだ」
「その、現在魔王城にいるものすべてに聞き込み調査を行っていまして」
「ああ?」
「エルオント様が、敗れたのです」
「なんだと……!」

 ***

「エルオントを斃したという男は、〈勇者〉を名乗っているとのことだ」
 魔王は二人を前にして、部下から受けた報告を繰り返した。勇者を名乗る男の〈写真〉に見覚えのあったものは、魔王城に二名いた。エルオントの部下だった准将セネガルと、魔元帥フラッグ・ボトムだ。
「本当なのか、セネガル准将」
「間違いありません。私が彼に出会ったのはアイゼル皇国プリュヴィ州での任務中です。かつて我らが同胞を殺害した冒険屋の一人〈嵐のような剣士〉シドランド・グリーズに対する制裁任務のときです。〈勇者〉を自称するという彼の名は、ラルフ・ウェルベプス。本人がそう名乗っていました。どうやらシドランドの弟子らしく、私が彼を殺害すると逆上して襲いかかってきました」
「で、お前はそのラルフ……を、見逃したのだな」
「はい。任務の対象外でしたので」
「しかし、見逃しただと? その言葉選びはおかしくはないか? 信じがたいことだが、彼はエルオントを斃すほどの実力者、のはずだ――」
「申し訳ありません。私も混乱しているのです。たしかにあのとき、彼――ラルフ・ウェルベプスは、歯牙にかけるほどでもない相手でした。実力としては、新米冒険屋、といったレベルでしかなく……」
「つまり、シドランド・グリーズより遙かに劣っていた相手だった、と」
「そうです」
「実力を隠していたということか?」
「ありえません。彼は激昂し、間違いなく全力を出していました。あれが演技だとは、とても……」
「わからぬな。次、ボトム。報告を頼む」
「俺もだいたい同じだ。もっとも、俺の場合はセネガルと違い、思い出すのにずいぶん苦労した。ゾルティアの、涅槃とかいうやつの家に連中はいたんだ。やつらの戦いも見た。人族じゃあ仕方ねえとは思うが、ゴーレム一体に苦戦してたよ。さらに間近でも見たが、ハッキリ言ってなんの興味も湧かなかった。見紛うことなき雑魚だったからな」
「事実を整理すれば、セネガルとボトム、両名とも、出会ったときには勇者は取るに足らない存在だった、ということになるな」
「ハハッ。となると、この短期間で脱皮でもしたのか? 見違えるほど強くなって、あのエルオントをぶっ斃しちまった、ってか?」
「ボトム、冗談は慎め。まるでそんな、『勇者物語』のような――」
 ここで、魔王は言葉に詰まった。
 勇者。そのキーワードが繋がったからだ。
「短期間の修行で劇的に強くなる。たしか、そんな絵空事が『勇者物語』にはあったな」魔王は独り語つように。
「おいおい、本気にするなよ魔王さん。そんな馬鹿な話があるわけないだろ。俺がゾルティアでやつらを見てから……一ヶ月ってところか? なにを食ってどこで寝りゃ、そんなふうになれるってんだよ」
「そうだな。他人の空似、という可能性もある。いや、むしろこの可能性をまず考慮すべきだった」
「それはありえません」とセネガル。「メンバー数は増えていますが、ラルフのみならず同行していた二人の女性についても、同一人物です。いえ、少なくとも同じ顔である、という表現に留めておきますか」
「ボトムはどうだ」
「俺も同じ」
「となると……」
 いかなる不測の事態についても、常に瞬時に的確で論理的な解答を導いてきた魔王だが、このときばかりは今までにない長考を強いられた。
 エルオントが負けた、というだけでまず考えられないような事態だ。それだけでなく、彼を斃した男にそれだけの実力があるとは到底思えない、無名の冒険屋であったこと。理解できない事態が二重に。答えは見えぬが、下すべき判断は一つしかない。
「〈勇者〉ラルフ・ウェルベプス、及びその仲間を、最重要警戒人物に指定する」
 その、直後だった。
「勇者が、来ます……!」
 かつてない、おそるべき報告が、司令室に飛び込んできた。
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