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或る魔王軍の遍歴 作者:饗庭淵

六章〈竜王〉ギルバート・リュウザキ

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(6-1)

 エルシャリオン公国・星見ヶ丘――。
 二人の男が、長い石造りの階段で対峙していた。
 上に立つのは少年。名を〈勇者〉ラルフ・ウェルベプス。
 下に立つのは重装備の黒騎士。名を〈剣王〉エルオントといった。
「貴様、使者に襲いかかるとはなにごとだ」エルオントは無礼な少年を叱咤した。
「使者だと? ふざけるな! お前たち魔族は、星見ヶ丘の民を潰しに来たんだろう!」
 ラルフは、敵意を露わに返した。
 エルオントは少年を観察する。そして、その少年が人族であり、丘の部外者であることを察し、無視して丘に向かって叫んだ。
「星見ヶ丘の竜族たちよ! 我は七魔将が一人エルオント! このたびは魔王軍の使者として、ここに参上した! まこと不躾ながら、貴殿らに頼みが――」
 言葉も半ば、ラルフは再びエルオントに斬りかかった。それにエルオントも咄嗟に対応する。力量としては決して脅威ではないが、こうしてたびたび話を中断してくる、羽虫のように煩わしい男だった。
「魔族が、この星見ヶ丘になんの用ですか」
 ラルフの背後には、彼の仲間であるミナ、リヒト、クロエ、そしてカレンフェルトがいた。声の主は、さらにその後ろから現れたディアスのものだった。
「魔元帥による竜族への攻撃は、魔王とは無関係な暴走。そのような妄言は聞き飽きました。仮に魔元帥の暴走として、それを抑えられぬ魔王にも責任があるではないですか」
 ディアスの言葉は拒絶に満ち、一方的にエルオントを突き放すものだった。
 あれではダメだ。エルオントは考える。あのような末端の若者ではなく、竜王と直接話をしなければならない。だが、やはりその前に、あの若者も説得しなければならないのだろうか。そして、なぜこうまで邪険にされるのか、エルオントにはわからなかった。恩着せがましいことをいうつもりはないが、フラッグ・ボトムの件については魔王軍から正式に、十分な謝罪と賠償を済ませているはずだ。だからといって許されるべきだと主張するのは烏滸がましいが、予想以上の冷遇にエルオントは戸惑っていた。
「ここを通りたければ、僕たちを斃してからにしろ!」
 ラルフは猛る。お約束通り、なんの断りもなくミナらも巻き込まれていた。
 エルオントとしては刃傷沙汰は避けたかった。彼の目的は決して星見ヶ丘の急襲ではなく、協力申請だったからだ。
 それが、魔王が発案したアムド・セレペスの描くシナリオの抜け道だった。彼の最新作『或る騎士団の遍歴』第五巻では、剣友騎士団が長い旅路と訓練の果てに身につけた「奇跡のような力」を使って魔族を追い詰める。だが、その力はあくまで魔族限定のものだ。ならば、魔族以外のものを嗾ければいい。しかし、剣友騎士団はアイゼル最大戦力、魔族以外に太刀打ちできるものはそうはいない。人族でそれだけの武装集団を即座に結成することは、魔王軍には不可能だった。
 ならばこそ、竜族である。竜族ならば、十分に剣友騎士団を抑えるだけの力がある。そしてその隙に、魔王自らがアムド・セレペスを討つ。その算段だった。
 魔王としては、最大限の誠意を見せるために使者としてエルオントを、それも一人で向かわせた。だが、竜族たちは彼に取り合う様子を見せず、なぜか竜族ではない部外者が彼の行く手を阻んでいる。
「いい加減に理解しろ。お前たち人族は、決して魔族には勝てない。ましてや私は七魔将。お前たちなどでは到底及びもつかぬ高みにいる」
 エルオントは、片手で扱う無精な剣術で、欠伸を堪えながら少年の剣を捌いていた。だが、このままでは埒があかない。勝ち目がないことを何度も諭すが、どんな言葉も彼のもとには届かなかった。
 〈剣衝〉――殺傷力のない、暴動制圧を目的とした技。剣を大地に突きつけることで発動し、敵を怯ませる。この一撃でラルフは尻餅をつき、同様に背後の仲間たちも腰を抜かした。
「貴殿もまた、我を阻むか?」エルオントは攻撃の範囲外にいたディアスに問う。
 ディアスは表情を変えずに言った。「そこの彼、あまり甘く見ない方がいいですよ」
 言われ、視線を落とす。ラルフは立ち上がろうとしていた。
 常人が受けたのなら、数分は麻痺して動けなくなるはずの技だった。それよりも狙いは、圧倒的な実力差を見せつけることで畏怖させることにあった。だが、そのいずれも功を奏していない。ラルフは依然としてまったく完全に諦めておらず、震えながらも立ち上がった。
「馬鹿にするなよ……! 僕は勇者だ。僕は、僕たちは、もうあのときとは違うんだ。相手が誰であれ、もう負けるわけにはいかない。負けるわけには、いかないんだ……!」
 ラルフは、星見ヶ丘に来てからの修行の日々を回想する――。

「ラルフくん、君は弱い。竜族に伝わる特別な修行法を試すといいでしょう。君ほどの才能なら、あるいは数ヶ月で私に並ぶかも知れませんね」
「くっ……、わずか半日の修行でこの私が敗れるとは。しかし、今は人間形態。その力は全力時の半分にも満たないのです」
「くっ……、わずか四半日の修行で全力の私が敗れるとは。しかし、私は竜族四天王でも最弱。いくらあなたでも彼らには敵わないでしょう」
「ふはは! これが竜族四天王の力だ! ディアスなぞ小物を倒して調子づいたか。出直して来い!」
「ほっほ。四天王に敗れおったか。なに、落ち込むでない。新たな技を伝授しよう。普通なら習得に二五年はかか――たったの三時間で?!」
「し、四天王が問題にならない……なんて才能だ……!」
「行くがよい。もはや、我々に教えられることはなにもない」
 そして、ラルフらは星見ヶ丘を後にしようとしたその帰路で、エルオントに遭遇した。

「なっ……、なんじゃそりゃあ?!」
 七魔将最強と謳われたエルオントも、さすがにびびる。
「僕たちは、一週間に渡る厳しい修行を経て、さらに強くなった」
「そんな短期間の修行で強くなれるわけないだろうが!」
 荒唐無稽なエピソードを真顔で語られ、エルオントは思わず叫び、取り乱す。すぐに体勢を立て直す。だからなんだというのだ。竜族四天王とやらを斃すだけの実力を身につけたからといって、我の敵ではない……!
 しかし、次にラルフが放った攻撃は、エルオントも本気で受け止めざるを得ないものだった。一撃ごとに確実に攻撃は重さを増し、ついにはエルオントも反撃せざるを得なくなる。そんな感じで、ボロボロになりながら何度も立ち上がるラルフと、ほぼ無傷のエルオントという、お約束の構図が出来上がった。
「なぜだ」しかし、精神的に追い詰められていたのはエルオントだった。「肉体の限界はとうに超えているはずだ」
 いくらなんでも殺しは避けたい。エルオントは力を制限して戦っていたが、それでも、もはや彼が立ち上がってくることは到底解せないことだった。何度「殺してしまった」と肝を潰したことか。いつの間にか、エルオントの攻撃はほとんど容赦のないものになっていた。目の前の男は本当に人間なのか。いや、仮に魔族であったとしても、ここまで戦えるものはそうはいない。
「ぐあっ……!」
 また、かなり深い傷を与えてしまった。ラルフは傷口を押さえるが、ぼたぼたと、大量に漏れ出す血を止められはしない。人間の総血液量は成人男性で五~七リットル。目の前の相手はまだ子供。体重はせいぜい六〇kg、ならば血液量は五リットルといったところだろう。そして、普通は循環血液の半分も失えば人は死に至る。しかし、彼の出血量はもはや二リットルでは済まぬ。それどころか三リットル……いや、信じがたいことだが四リットルにも思えた。あるいは、保有するすべての血液を失っているのではないか。目算を誤ったか、だが仮に致死量にまでは至ってないにせよ、戦うことなどできないはずだ。昏睡。意識混濁。早急に輸血と安静が必要だ。
「なんなんだ貴様は!」
 エルオントは恐怖していた。どの程度の損傷で人は死に、どの程度ならまだ戦えるのか、彼は長い経験を積み、知り尽くしていた。もちろん個人差はある。しかし、彼の不死身はその域で説明できるものではない。彼の感覚は完全に狂わされ、これまでの常識は覆され、当惑していた。
「ぬう!」
 そのために、彼は衝動に身を任せてしまった。心臓を、突き刺したのだ。明らかな殺意をもって、エルオントはラルフの心臓に刃を立てた。直後、エルオントは自らの短気を悔いた。正当防衛、とはいえるだろう。だが、殺す必要のない弱者に本気の殺意で応じてしまった。彼にとって、それは強く恥ずべきことだった。
 動かなくなった死体をいつまでも眺めていても仕方ない。このような騒ぎを起こして交渉が成立するのか、不安が募る。彼と竜族の関係もわからない。彼の仲間と思しきメンバーもこちらに敵意を向けているが、力の差は理解しているようだ。ともかくも、まずは剣を収め、目の前にいる竜族の青年と対話するべきだろう。気が重い。
「待てよ……」
 エルオントが死体を横切ると、背後からか細い声がした。
 立ち位置は逆転していた。エルオントが上、ラルフが下。だが、心理的な立場はまったくの逆だった。ラルフはふらつきながらも、ゾンビのように起き上がっていた。かけるべき言葉はいくらでもあったが、かける言葉は見つからなかった。
「……化け物め」ただ一言、エルオントは漏らした。
 とはいえ、万が一にも負けはない。ラルフは不死身だったが、攻撃自体はエルオントにはまったくといっていいほど届いていないからだ。しかし、ついにはその状況も覆る。
「相手が誰だろうと、僕は絶対にあきらめないぞ!」
 覚醒。ラルフの剣は光り輝き、そしてラルフ自身も、謎の光に包まれる。みるみると傷が癒え、それどころか彼の内よりさらなる力が漲り、溢れ出る。その異常事態を象徴するかのように、額に紋章が浮かび上がっていた。
「なんだ、なにが起こっている……」
 エルオントはその時はじめて、身を退いた。剣を強く握りしめ、全身を緊張させた。
「ま、まさかそれは……」エルオントはその紋章に見覚えがある。「まさか、お前は竜族……いや――」
 だが、それは思い違いであったと気づく。
「お前は、なんだ?」
 こんな怪物が、竜族などという器に収まるわけがないからだ。
「〈真空裂斬〉――!」
 修行の末にラルフの会得した奥義は、重層の鎧を、胴から真っ二つに斬り裂いた。
 我が、負け――?
 下半身から切り離された彼は、宙を舞い、解すること能わぬ理不尽な状況に、ただ瞠目した。上半身に残された酸素では、敗北を認識するだけの思考を脳に促すこともできなかった。そして、地に転がり落ちる最後の瞬間に、彼は、見た。
「な、なぜ貴様がそこに……!」
 エルオント最期の瞳には、〈幼女〉カレンフェルトの姿が映っていた。

「ほほう! あのエルオントを斃してのけたか」
 丘の高みから、一人の男がその戦いを見ていた。その戦いの意味も、エルオントの抱いた疑問についても、完全ではないにせよ現状では最も真実に近い男、それが彼だった。
 魔王には、実によくしてもらっている。魔元帥の暴虐のために流浪していた我々に手を差し伸べ、新たな居住区を与えてくれた。それがこの星見ヶ丘だ。のみならず、星見ヶ丘の安全保障や、竜族の復興支援まで、魔王軍は手を尽くしてくれた。
 だが、それらの事実は民にはもちろん、四天王のような末端には伝わっていない。四天王などというのは民の目を逸らすための偽りのカリスマに過ぎない。いくら魔王が誠意を見せたところで、単なる好戦のために竜族を虐殺したのは他ならぬ魔族、ましてや魔王に次ぐ権力者である魔元帥なのだ。いかなる償いを施したところで、決して許されることではない。それこそ、魔元帥の首でも差し出さぬかぎりだ。だが、魔王は決してそれをしないだろう。魔元帥の行方がわからぬばかりではない。仮にその行方を突き止め、確保したとして、決して魔元帥を処刑にすることはない。魔元帥は魔王軍にとって最高の戦力、それを手放すことなどありえない。それが魔王の欺瞞だ。表面上でいくら取り繕おうとも、それが魔王の本性なのだ。魔王軍の謝罪と賠償を民に知らせぬのはそのためだ。すべては魔族への憎しみを、アリネリスでの屈辱を忘れさせぬために必要なことなのだ。
 そして、そのための駒も揃いつつある。息子の力は想像以上だ。もはや竜族の域すら超えている。なんの拍子に勇者など名乗りはじめたのかは知らんが、それにふさわしいだけの力を持ち始めている。
 協力申請だと? 我々竜族の力を一時的にしろ魔族に貸せだと?
 馬鹿な。協力などするはずがない。しかし、魔王を斃した後で魔元帥は相手にする必要がある。話だけでも聞く価値はあった。
 アムド・セレペス――竜族を絶滅寸前まで追い込んだ悪魔とは別人だが、彼ともまたいずれ対決しなくてはならないだろう。
「地上を支配するのは、この儂なのだからな……!」
 〈竜王〉ギルバート・リュウザキは、静かに笑んだ。
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