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或る魔王軍の遍歴 作者:饗庭淵

一章〈魔王〉ロリセックス・ハンペローゼ

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 魔王城・大会議室。長机に対し、上席に魔王、左右に参謀と七魔将が並んで座っていた。
「アイゼル皇国の攻略はほぼ完了したといっていい」魔王が発言する。「次なる目標は北の大国シャピアロンになる。軍事力はアイゼルと同程度……だが、当然ながら同じようにはいかない。我々はアイゼルに攻撃を仕掛けた。このことで、シャピアロンを含めその他周辺各国は警戒を強めるだろう。また、手の内を晒してしまったため、前回のような奇襲は成功しないものと考えるべきだ。そして、シャピアロンは地理的にも厳しい環境にある。雪国であること、その国土の広さのためだ。皇都攻略に際しクラウスの手並みは見事だったが、シャピアロンで同じ手は使えまい。また、魔王城やアイゼルに残さねばならぬものいるので全軍を率いて進撃はできない。しかし、シャピアロン攻略に必要な戦力は二〇〇〇では足りぬだろう。さらにいえば情報があまりに不足している。参謀のネガデスに調査させたが……わかっている範囲で報告してくれ」
 促され、参謀ネガデスが立ち上がる。
「陛下のおっしゃるとおり、シャピアロンの情報は閉鎖的で、その戦力について不明な点が多々あります。アイゼルの軍事機密を漁ればその調査記録からある程度つかめると思っていたのですが、見込みが甘かったようですな。わかっていることからいえば、アイゼルに〈グラスハドール剣友騎士団〉という戦力があるよう、シャピアロンにも同様の戦力があります。名を〈帝国黒鉄騎団〉――一四名からなる集団で、実力はアイゼルのそれと同程度でしょう。ですが、シャピアロン最大戦力は彼らではありません」彼は強調のために一呼吸おいた。
「〈覇王〉ナザレ・ヴィノグラード。あまりに大きすぎる武勲のために、絶対帝政のシャピアロンにおいて〈帝王〉の他に王の名を冠することを許されている存在です。現在のシャピアロンの国土の五分の一は彼の功績により広げられたとされています。人族の間では伝説的存在で、一説ではその存在すら疑われるほど。ですが、記録から彼の存在はたしかにあり、シャピアロンの奥の手であり切り札であることは間違いないようです」
「だが、いくら強いといっても人族のレベルでの話だろ?」口を挟んだのはホムラだ。
「はい。しかし、油断は禁物です。シャピアロンには彼以外にも秘蔵の奥の手があります。ですが、これについてはナザレ以上に不明です。名をミハイル。それだけです。彼もまたナザレと双璧をなし、シャピアロンを守ってきた英雄だそうです。私からの報告は以上になります」
「――とのことだ。結論を言えば、今すぐシャピアロンに攻め込むには条件が悪い。これからはシャピアロン攻略のため条件を整える仕事を君たちにはしてもらうことになる。この時点でなにか質問は」
「魔王、お言葉ですが」挙手したのはまたもホムラだ。「人族相手に警戒し過ぎではないですか? 地理が悪い、情報が足りない、そんな程度のことが我々にとってハンデになりますか? 窮鼠猫を噛む――しかし人族と我々の力の差は鼠と獅子、いやそれ以上でしょう。なにを恐れるというのです?」
「もっともな意見だ。仮になんの準備もなく今すぐシャピアロンに仕掛けても、結果として勝ちはするだろう。高い確率でな。しかし、皇都攻略作戦においても犠牲者は出た。死者一五〇……人族どもは臍を噛むだろうが、我々にとっては大きな犠牲だ。数の上では我々は人族に劣る。それ以外で劣る点がないにしてもだ。シャピアロン攻略でも犠牲は出るだろう。今仕掛ければ一五〇では済まない。そして、我々の最終目的はシャピアロンではない。地上全土だ。この大陸の支配が終われば、次は海を越えた日差し域、アリネリスとの戦いが待っている。それまでに我々の残り戦力はいくらだ? 万全を期すに越したことはない。ただ勝つだけでは不足なのだ。理解したか?」
「……理解しました」ホムラはそういい、着席する。
「他には?」
 次に挙手したのはセリアだった。
「〈グラスハドール剣友騎士団〉についてはどう対処を?」
 それはアイゼル皇国最大戦力。対狂暴魔術犯罪対策として設立された超個人特殊戦術群だ。ときとして国防上の最大案件にまで発展する問題に対処し、通常部隊としても機能する。例年二〇名前後で構成されており、現在団員数二三名。彼らは教会に所属し、平時は皇都を管轄としない。その彼らは今回の戦争でも動いていた。魔王軍としても、彼らを特に警戒していた。よって、魔王軍はアイゼルに宣戦布告後、魔王城からの進撃を装い彼らの注意を惹き、彼らの不在となった皇都を衝いた。ゆえに、彼らは未だに無傷。逆襲のチャンスを伺い、牙を研いでいることだろう。
「それはこれから話す内容とも関係してくる。彼らとは可能なかぎり敵対せずに済ますつもりだ」
「なるほど。あとそれから、あくまで噂程度に過ぎないことなのですが」と前置きしてセリアは続ける。「シャピアロンにナザレがいるよう、皇国にも同様の戦力があると――〈皇国の守護者〉千年魔術師と呼ばれる存在です。なんでも、ある時間魔術によって一〇〇〇年以上を生きる大魔術師であり、皇国が危機に陥ったときに現れる、と」
「……知らんな」目線を左上にあげながらも、魔王はそう答えた。「おそらく、それこそただの伝説だろう。もしそんなやつがいたのなら、私が封印される二〇〇年前にも動いていたはずだ。だが、そんな珍しい人族に出会った覚えは――いや、長い封印で私の記憶はいくらか欠損している。二〇〇年前のことは曖昧にしか思い出せない。あまり確かなことは言えぬが、一つ確実に覚えていることがある。私を封印に追い込んだ男は〈勇者〉を名乗っており、そこに千年魔術師なる存在はいなかったということだ」
 補足するように参謀ネガデスが発言する。
「その当時の歴史小説『勇者物語』にも千年魔術師なる記述はありませんな。もっとも、この小説の時代考証については疑問視されることの方が多いのですが……しかし、面白可笑しく時代考証を無視して書くなら、千年魔術師に関する噂を適当に織り交ぜることもできたはず。いずれにせよ、千年魔術師の存在は信憑性の薄い、民衆の願望から生じた噂であると結論づけるのが妥当でしょうな」
「わかりました。私もこれについて本気で信じていたわけではなく、確認のために発言させていただきました」
 セリアが着席する。他に質問者がないと見て、魔王は話を続けた。
「さて、彼女の最初の質問に対する答えの続きになるが、今後の予定についてだ。シャピアロン攻略のための条件を整える――そのためには、アイゼルの人心掌握が不可欠だ」
 会議室がざわつく。
「つまり……人族どもを懐柔すると?」発言はエアクだ。
「そういうことだ。むやみに敵を増やす必要はない。シャピアロンとアイゼルに挟み撃ちに遭うのは避けたいからな。簡単に言えば、アイゼル国民の機嫌を取るのだ。様々に手を尽くしてな。たとえば、アイゼルの農村は数年前から飢饉に悩んでいる。その畑を我々の力で耕すなり、食料を提供するなり。そうやって地道にポジティブキャンペーンを行う。汚いことはアイゼル政府に押しつけ、我々はいいとこ取りだ。一方で、アイゼルとシャピアロンで戦争を煽る。そこに我々が便乗する。人族同士で存分に潰し合ってもらおうじゃないか」
「まさか……うまくいきますか? 人族もそこまで馬鹿じゃない。皇都をあれほどまでに破壊した相手を信用しますか?」
「第一印象は悪い方がいい。シャピアロンとアイゼルは隣国の法則に従い、もともと仲が悪い。我々を味方だと思わせ、絶対に勝てるという確信を与えたのなら、率先して戦争を起こすだけの素質はある」
「なるほど。わかりました。私の出番というわけですね」エアクは納得した。
「そうだ。この作戦についてはお前が要だ。〈潜むもの〉エアク・ラナリットよ。予想はついているだろうが、お前の任務は王宮への潜入、そして王族と貴族の洗脳だ。魔族を友好的な種族だと誤解させ、究極的には国そのものを洗脳するのだ」
「了解しました」
「それ以外の具体的な行動は今後参謀と共に決めていく。まずは情報収集だ。それはセリア、君の仕事になる。〈空間歪師〉クラウスと連携し、定期的に人族社会に潜入して魔王軍の印象を調査するのだ。もっとも、現在は最悪だろうがね」
「了解しました」
「他のものは待機だ。なに、すぐに仕事が転がり込む。アイゼルは飢饉に苦しみ、政府は支持率に悩んでいる。それを〈農業国家〉ローレリアを攻め落とすことで解決しようという算段らしい。お伺いを立てたら我々が代わりにやってやろうじゃないか。欠伸の出るほど簡単な仕事だ」
「ぜひ俺に!」ホムラが勢いよく挙手する。
「ダメだ。お前は農園まで焼き尽くすだろう。それでは意味がない。同様の理由でネグロも却下だ。おそらくエルオントかフェザード……あるいは両名に頼むことになるだろう」
「……了解」不服そうにホムラ。「了解」威勢のいい声でエルオントとフェザード。
 ネグロは会議そっちのけでおやつを食べていた。大量の人肉パイだ。
「以上。七魔将――魔王軍最強戦力の君たちの活躍に期待している」
 七魔将を最強戦力と呼ぶこと。それはある意味で正しいが、厳密には正しくない。魔王軍最強戦力は魔王自身であることは明白だったからだ。だが、魔王は同時に司令官でもあり、可能なかぎり前線に出るべきではない。前線に出る戦力としては七魔将こそが最強であり、彼らに十分な力があれば魔王は司令官として徹することができる。魔王の言葉にはその期待が込められていた。その意味において、魔王軍では七魔将こそが最強戦力である。彼らは言外のその意図を汲み取り、士気を高めるのだ。

 ***

 現在、七魔将に女性は二名いる。
 一人はセリア・ベラングェ。彼女は一目見ればすぐそれとわかる。
 もう一人はエアク・ラナリット。彼女の場合、女性であるどころか生物であることすら、まず一目では判断できないだろう。両腕の代わりのように球体と長布が浮く奇異な風貌、長い黒のスカートと逆十字模様のエプロン、身体は浮いているように見えた。さらには常に仮面を装着し、表情は見えない。二つの膨らんだ乳房を見て、ようやく女性であると推定することになる。
 そんな姿のせいもあり、彼女の表情は外からは見えず、普段は寡黙だった。〈潜むもの〉の二つ名の通り、七魔将では一番影の薄い存在といえるかも知れない。
 エアク・ラナリットは一人、部屋で物思いに耽っていた。これまでのこと。そして、これからのこと。魔王軍の本当の戦いは、ここから始まる。
 そんな静かな時間を、大鋏で空間ごと切り裂いて、にゅっと狐の鼻先が姿を見せた。
「お前か、クラウス」
「どうも」
「まったくお前というやつは。人が物思いに耽っているときに」
「なにを思っていたんです?」
「この魔王城も、しばらく見納めかと思ってね」
「また大げさですねえ」
「……それもそうだな」
「独りで寂しい任務になりますね」
「そうでもないだろう。王宮にも魔王軍は配備されているはずだ」
「たしかに、現在王宮では何人かの佐官が部下を率いて警備に当たっています。いつシャピアロンが攻めてくるかも知れませんからね。ですが、皇都の復興支援が完了すればすぐに引き上げる約束になっています。王宮の皆さま方にプレッシャーを与えるのはよくない、ということで。そして、君は任務期間中は基本的に影に潜み、誰からも見られることなく、誰とも話すこもない。ただただ一方的に干渉し、情報を流し込む装置に徹するわけです。さびしいですねえ。さびしくはないですか?」
「有意義な仕事だ。そのようなことなど些末なことだ」
「強がらなくても」
「そう見えるか?」
「さあ? 見かけであなたのことはなにもわかりませんし」
「無愛想で悪かったな」
「あ、そのギャグ面白いですね」
 エアクは返事をしない。
「ま、つまり言いたかったのはですね。さびしくなったら、いつでも会いに行ってあげますよ? 仕事が休みで手が空いたら」
「本当か」どこか、エアクは嬉しそうな声を殺すように。
「まあ、さびしくないようでしたらいいんですけど」
「……いや」
「わかってます。仕事ですからね。そんなこといってる場合じゃありませんし」
「…………」と、エアクは黙り込んでしまう。
「ぷ、ぷぷ……すみません、思わず吹き出して……ぷぷ。表情は仮面に覆われてなにも見えないのに、ホントわかりやすいですね、あなた」
「なにがわかるというんだ」
「いいですって。どのみち報告を聞きにあなたのもとへは何度か訪れることになりますから」
「……それもそうだな」
「さて、そろそろ行きますか。王宮内部は隈無く歩き回ったのでどこへでも出られます。どうします?」
「まだ、いいだろう。早すぎる」
「それもそうだな」
 エアクの声真似をして、クラウスは答えた。
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