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或る魔王軍の遍歴 作者:饗庭淵

五章〈剣王〉エルオント

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(5-2)

 ボトムも、かつては伝説の存在である魔王に希望を抱いていた。
 殺しても殺しても人族は増え続ける一方、手応えがないくせに絶滅する気配もない。彼はそんな状況に嫌気が差していた。人族を滅ぼしてしまえば地上は魔族のものとなり、魔界にのさばる文句をいうだけの無能どもも黙るだろうと考えていた。だが、無計画な殺戮ではそれも達成できるはずもなかった。ついには彼に立ち向かうものはいなくなり、逃げ続ける人族たちを追いかける日々が続いた。
 そんなとき、彼の耳に入った吉報が魔王の復活だった。他の二人と〈魔界会議〉に言いくるめられ、一度は魔王復活を妨害した彼だったが、そのニュースには胸が躍った。地上に出てはじめて、魔王の偉大さを身に染みて思ったのだ。
 もしかしたら、魔王ならば、地上から全人族を抹殺することができるかも知れない。
 そうして、彼は自ら魔王城を訪れた。そして魔王と面会し、議論を交わした。そのなかで、彼は魔王との決定的な意見の相違を知る。魔王は地上の奪還こそ目指しているものの、可能なかぎり人族を敵に回すべきではないと考えていた。その発想は倫理的なものでもあり、人族は魔族にとって脅威になりうるというのが根拠だった。圧倒的な力の差こそあれ、人族を敵として甘く見てはならないと。
 人族が脅威? 魔王というのはここまで腰抜けだったのか?
 憤怒と疑問と、ボトムはすべてを魔王にぶつけた。そして、魔王はそのすべてを受け止めた。魔王との激しい戦いは三日三晩に渡り、その結果、彼は敗れた。
 しかし、彼は魔王を認めることができなかった。その日のうちに彼は魔王軍を離反、再び姿を消した――。
 そして、ゾルティアで再び魔王に敗北したフラッグ・ボトムは、一〇年ぶりに魔王城の敷居を跨いだ。
 そんな経緯を持つ魔元帥の帰還に、衛兵の魔族も思わず身構えた。誰もが彼を冷ややかな目で見ている。無責任極まる魔元帥の所業を快く思っているものはいなかった。そのなかでいて、ボトムはふてぶてしい面構えのまま歩いていた。少し睨みをきかせると、衛兵はすぐに目を伏せる。ボトムはその軟弱ぶりにため息をついた。
「魔王に、敗れたのか」
 その魔元帥に声をかけるものがいた。全身を黒く重い鎧で身を包み、表情のよく見えない男――七魔将最強の男〈剣王〉エルオントだ。
「……今回はな」ボトムは低い声で答えた。
「二度目だろう」
「生きてるかぎり、負けじゃねえ」
「おめでたいことだ」
 エルオントを無視して通り過ぎようとしていたボトムだが、その言葉には血管を浮き上がらせた。
「たった一度負けたくらいで大人しく魔王の軍門に下ってるような腰抜けが、俺に意見すんじゃねえよ。その貧相な鎧ごとぶち抜くぞ」
「貴様、まだ叛意があるのか」
「叛意があればなんだってんだ? ああ? やるってのか、今すぐここで!」
 ボトムは、吼えた。だが、エルオントは動じる様子もない。
「救いがたい男だ。貴様のような屑が、どれだけ魔族全体の利益を損ねてきたか、わかっているのか」
「ほう! 言うに事欠いてクズと来たか。魔王がバックにいると、ずいぶん強気になれるもんだなあ!」
 ボトムは沸騰しかけていたが、彼もここで喧嘩をふっかけるにはいかないことくらいわかっている。拳を引っ込め、彼はエルオントを無視して本来の目的地である魔王のもとへと向かった。
 それでいい。エルオントは思った。ボトムは強い。味方につけば魔王軍にとって大きな戦力になることは間違いない。うまく扱うためには、叛意に目を光らせているものの存在を知らせること。
 いざとなれば、この我こそが魔元帥を抑えねばならない。

 ***

「お、セリア。いいところに。ラプを知らないか?」
 セリアが廊下をぶらぶら歩いていると、珍しく城内を落ち着かない様子でうろつく魔王に出会った。どうやら、なにかを探しているらしい。
「……ラプ?」
「ああ、まだ話していなかったか。あの少女のことだ。ラプンツェリカという。名前を聞くにも一苦労だ。どういう生い立ちなのかよくわからんが、まあ、野生児というやつかな?」
「ああ、なるほど。彼女でしたか」セリアは思い出す。いつだったか、ボロボロになった状態で魔王に連れられ、セリアの回復魔術で一命を取り留めた幼女だ。「……残念ながら、見ていませんね……」
「そうか。まったく、どこへ行ったのか」
「なにかあったんですか?」
「よくあることだ。私と遊んでいるつもりらしい。かくれんぼ、というやつか」
「はあ。ですが、そんなに難しいことなんですか? 彼女を探すのは」
「それが、意外にな。どうやら、野生児なだけあって隠密に優れた才能があるらしい。冒険屋の仲間だったのも、このへんの才能によるのかもな。それから、もともと魔力量が少ないためか魔力探知にもひっかからん。死霊の山にまで出ていた日には焦ったものだ。まだフェザードの区域だったから彼の報告でなんとかなったが、魔物のとこまで出ていってしまっていたらと思うと、今でも冷や冷やする」
「それは大変ですね……」
「おっと、すまない。長いこと立ち話をさせてしまったな」
「いえいえ。お役に立てずに」
「それにしても、もう動いても大丈夫なのか? まだ怪我も完治していないはずだ」
「あれから一週間ですよ。それに、あれは私のわがままで怪我をしたにすぎないのですから」
「お前の怪我もそうだが、ネル准将の死という損失は大きい」
「……申し訳ございません。私の独断によって、こんな……」
「休暇中の不慮の事故、という形になるだろうな」
「は、はい……」
 心ならずも粛々とした空気になってしまった中、場違いな影が一つ。
「ん?」
「おい、はんぺん。ラプと遊べ」
 魔王の裾をおそれもなく掴んだのは、一人の幼女だった。いつまでも魔王が彼女を見つけられないので、焦れて出てきたのだろう。
「よしよし」魔王は、幼女の頭を撫でることで返した。
「なでるより肉をくれ。それか遊べ」特に嫌がる様子はないが、不服だったらしい。
「魚じゃダメか?」
「魚より肉をくれ」
「えっと、……え?」セリアは一人、状況についていけずに戸惑っていた。
「生肉が好物らしい」
「い、いえそうではなくて」
「なんだ」
「ず、ずいぶんと懐かれているようですね」
「最初は嫌われたものだったがな」
「は、はあ」
 だが、彼女が気になっていたのはそこではない。
「い、いえそうではなくて」
「なんだ」
「は、はんぺんというのは……?」
「私の名前は発音しづらいらしい」
「陛下のお名前ですか……?!」
「そのようだ。私もこんなふうに呼ばれたのは初めてだよ。さて、ラプも見つかったことだし、私は部屋に戻る」
「は、はい」
 と、なぜかセリアも魔王のあとについていた。二人のことが気になって仕方がないのだ。そして、成り行きでそのまま部屋にまで入ってしまう。
 当面の心配事を終えた魔王は、深いため息をついて椅子に腰を下ろした。
 気づけば、ラプも魔王の膝の上にちょこんと座っていた。「ええー」声には出さなかったし、出せるはずもなかったが、セリアは彼女を羨ましいと思ってしまった。
 ここまでの流れがあまりに自然だったので、魔王もだいぶ気づくのが遅れた。あれ、なんでセリアがここにいるんだ? 一方、セリアとしてはおそらく普段も当たり前のように魔王室に出入りしているであろうラプの存在が不思議だった。
 そして、そんな微笑ましい空気を壊す、空気の読めないタイミングで客が来る。
 魔元帥フラッグ・ボトムだ。ノックをした上で部屋に入り、一瞥するなりこう言った。
「おい、ロリコン魔王。俺はなにをすればいい?」
「ろ、ろり……」言われた魔王より、セリアが狼狽えていた。
「お前は魔王城で待機だ。シャピアロンとの戦争になれば活躍してもらうことになるだろう」
「いまさら人族どもと戦争っつってもねえ」
「〈覇王〉ナザレ・ヴィノグラード。こいつにはお前も興味を抱くはずだ。資料を渡すから目を通しておけ」
「はっ、ご大層な名前だな。わーったよ、お墨付きで暴れられるならよしとするぜ」
 魔王はあいかわらずラプを膝に抱えたままだった。ボトムはその光景に見覚えがある。訪れたタイミングはあまりよくなかったが、ボトム自身はこれでも空気の読める男だ。大した用件もないので、早々に立ち去ることにした。
「ところでボトム、あの二人はどうしている?」
「二人ィ?」
「残る魔元帥の二人だ」
「知らねえな。もう一〇年以上、顔も見てねえ」
 ボトムはそれだけ言い残し、魔王室を離れた。セリアもはじめから用件なんてなかったので、ボトムについていくような形で退室した。
 魔王は一人部屋に残され――正確には膝の上にラプがいるが――考えていた。
 一〇年越しの魔王とボトムの再戦は、瞬殺という形で終わった。
 だが、この結果は両者間の力の差を表したものではない。魔王は、ボトムを瞬殺せざるを得なかったのだ。ボトムのおそるべき固有能力に対するために、魔王もまた奥の手である固有能力を使わざるを得なかった。
 戦闘が長引けば長引くだけ強くなる。それがボトムの固有能力だ。そして、その上昇に限界はない。三日三晩という長期戦はボトムの底力をこの上ないほど引き出し、魔王を追い詰めた。魔王も戦い続けるなかで気づいた。消耗するよりもむしろ力強さを増すボトムに。
 短期決戦で仕留めなければ、勝てない。だが、その戦いには多数のギャラリーがいたために、魔王は自らの固有能力を発動することができなかった。場所を移そうにも、両者の戦いは遠目に見てもわかるほど激しいものだった。消耗し続ける魔王と、同じく消耗しながらもその力を増し続けるボトムとの戦いは、僅差で魔王の勝利に終わった。
 ゾルティアでの再戦でも観戦者はいた。セリアが、傍目からその光景の一部始終を見ていた。それでも、魔王は使わざるを得なかったのだ。かつてと同じ条件の戦いでは、勝てる自信がなかったからだ。
 ボトムはなにをされたのかわからなかっただろう。だが、「なにをされたかわからなかった」ことはわかったはずだ。魔王に未知の能力があり、ボトムはそれを体験した。ボトムとしては、その真相が知れるまでは再び挑んでくることはないだろう。だが、その手掛かりを与えてしまった。
 堰き止めたのは、時間にしてわずか一秒にも満たない。だが、そのわずかな間だけ魔王は棒立ちせざるを得ない。攻撃を受けたボトムには到底気づき得なかっただろう、しかし、セリアはそれに気づいただろうか?
 不安材料は、減ったのか、増えたのか。
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