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或る魔王軍の遍歴 作者:饗庭淵

五章〈剣王〉エルオント

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(5-1)

 目が覚めた魔王を出迎えたのは、見慣れない七人の姿だった。
 背の低い老人。
 狐の頭部を持った男。
 全身を重層鎧で身を包んだ男。
 燃えるような、筋肉質の赤い魔人。
 死神のような風貌をし、大鎌を携えた男。
 肥っているという言葉では到底言い表せないような巨体。
 そして、両腕が欠損している代わりに球体と長布が浮いている、女性。加え、仮面とフードに顔が隠れて見えない。
 誰もが魔族ならではの異形をしていた。
「……私は、どれだけ眠っていた?」
「おそらくは、二〇〇年ほど」その質問にネガデスが答えた。
「二〇〇年……」その年月が、短いのか、長いのか、魔王は評価に戸惑っていた。
「私はネガデス。背後にいるのは六魔将でございます」
「六魔将……魔王軍はいま、どうなっている?」
「報告させていただきます。歴史資料に基づき、魔王陛下が封印されてからを時系列順にお伝えしたいと思います。多少、正確さに欠ける点もあるかと存じますが、よろしいですかな?」
「続けてくれ」
「はい。二〇〇年前、魔王陛下は勇者に敗北。その後、人間たちによる残党狩りが実施され、魔王軍は魔界への撤退を余儀なくされました。それからはひどいものです。魔王軍への責任追及。次期魔王選出を巡る諍い。あるいは反魔王勢力による妨害工作。残された魔王軍も、勇者が寿命で亡くなるまでは地上に出られずにいたのです。そうして、魔王軍再建すらままならぬ状態が続きました。そして、あろうことか魔界内で戦争が起こる始末。これは八次にも渡り、休止期間を含めて七〇年間続きました。〈魔界大戦〉と呼ばれる長い悪夢です。
 その後、戦勝国であるロスキュールやジャシレーンなど六カ国を中心に〈魔界会議〉が発足します。これが一二〇年前のことです。これは魔王軍に次ぐ超国家組織であり、名目上は魔界全体のさらなる発展と恒久的な平和の維持を目的と掲げていましたが、事実上は敗戦国と後進国への抑圧として機能するばかりでした。この〈魔界会議〉により次期魔王も選出されましたが、力不足によりすぐに失脚。魔王不在のまま地上への侵略を幾度か試みるも失敗。魔王悪玉論まで浮上し、度重なる失敗の果て、〈魔界会議〉は魔王を空位とし、三魔元帥という制度を発案することで、バランスを取ろうと考えました。個人のカリスマに依拠する組織体制というものがそもそも誤りなのだ、という反省です。ただ、三魔元帥同士の対立が激しく、権力闘争に明け暮れ、地上の奪還という目的が長い間忘れられてきました。ディレンマですな。魔界に適応したものほど、地上に興味がないのです。結果として、三魔元帥という発案は大失敗であったといえます。
 この停滞した状況も、ある事件によって変わらざるを得なくなります。七〇年前です。大規模な〈噴煌〉災害が発生したのです。正確な記録は残っていませんが、被害者総数は数百万、死者は一〇万人にも及んだとされています。魔王軍は復興支援に専念することで批判を回避していましたが、復興が進むにつれ、地上への憧憬が強まり、本来の使命を果たさない魔王軍に対し批判が湧き上がってきました。そのなかで、三魔元帥は魔界改造論を唱える一派に目をつけました。地上を奪うのではなく、魔界の環境を改造して地上に近づけるというものです。三魔元帥はこの主張を利用し、地上奪還作戦を引き延ばしていた理由としました。彼らとしては、可能なかぎり地上との戦争は避けたかったのです。
 そして五〇年前、痺れを切らした魔王軍のある一派により、秘密裏に魔王陛下の復活を目指す計画が始動しました。地上へ少数部隊を派遣し、御身の情報とその確保、復活のために必要な大魔石の入手を目指しました。人族側の当時の資料がほとんど処分されていたために、これには非常に労を要しました。魔王様の御身は、忌まわしきことに大海に沈められていたのです。長い年月を経て、これは実現しました。
 しかし、この行動が三魔元帥により発覚。彼らは〈魔界会議〉に圧力をかけ、魔王軍より大魔石を没収させたのです。このことがジャーナリズムによって摘発され、三魔元帥に世論からの非難が集中しました。時代は変わっていました。魔界改造論の空虚さもすでに知られていました。発想自体は革新的でしたが、具体的な方法がまるで夢物語だったのです。一方、魔王陛下の活躍は伝説と化しており、民衆としては最後の希望に他なりませんでした。さすがの三魔元帥も煩わしく思ったのでしょう。高まる批判への対応として、三魔元帥は地上の奪還だけなら自分たちだけで出来ると嘯き、地上へ出ました。しかし、ろくな結果にはなりません。彼らは破壊と殺戮を繰り返すだけで、人族側の魔族への悪印象が強まるばかり。三魔元帥の顔ぶれは何度か替わりましたが、基本的には力が絶対条件。彼らは力こそあれど、大局的な視野や統治力を持ち得ない愚図だったのです。もはや魔王軍の形骸化は目にも当てられぬほど悲惨なもので、完全に各国のパワーゲームのための装置と化していました。
 他に手段はありません。我々は、六魔将を中心に〈魔界会議〉を急襲、大魔石を奪取し、魔王陛下の復活に至るのです」
「……理解した。私を復活させたのは、好き勝手に暴れ回る三魔元帥を抑えるためか」
「左様でございます。さすが魔王陛下、ご理解の早さ恐れ入ります」
「三魔元帥の名を」
「〈戦躁〉フラッグ・ボトム。〈繊月〉レイキャスト・クレイ。〈文魔豪〉アムド・セレペス。現在はこの三名です。彼らに組織の長という自覚はありません。彼らのせいで魔族の印象は悪化の一方。人族どもからの報復に怯える日々でございます」
「人族どもの報復だと? なにを恐れるのだ。まさか、魔界にまで侵略しに来てはいまい」
「もちろんでございます。実際に総力戦となれば、我らが負けることはありません。ですが、一人を狙われるなどの被害者は確実に出ています。魔王陛下が不在であったゆえ、魔王軍の統率はとれずに独断専行するものも多数。彼らの多くが返り討ちに遭っています」
「人族どもはそこまで力を増しているのか」
「ネア魔術と呼ばれるものがございます。〈多重術式〉により、少ない魔力で最大効率の威力を発揮する魔術体系を人族たちは生み出したのです。統率のとれた人族軍と、統率のとれない魔王軍とでは結果は悲惨なもの。あるいは戦術的には勝利を収めることはできても、戦略的には惨敗でした。
 二〇〇年前、魔王様の活躍と人族との協議により手に入れた地上の独立統治区も年々その面積を減らしています。テロメドラなどは人族にとっては未開の地でありますから、現在でも魔族の土地として許可されています。ひどい土地ではありますが、魔界よりは何倍も住み心地のよい場所です。しかし、人族も堪りかねたか魔界の穴を埋める計画まで発案された模様。もちろん、そればかりは生命線ですから魔界の穴はなんとしても死守しています」
「我々の味方……動かせる駒はどの程度だ?」
「私、ネガデスと六魔将は魔王陛下を全面的に支持します。ですが、魔王軍も多くの派閥に分かれており、現状では味方は多いとはいえません。また、〈魔界会議〉各国からの支援はまず望めないでしょう。彼らは地上に関心を払う余裕がないのです。というのも、台頭する火の国への警戒からです。火の国の政治体制は一党独裁であり、極度の民族主義思想を持っています。その火の国が近年経済的・軍事的に大きな力をつけており、危険視されているのです。一方で、かつての覇権国であるロスキュールは力をすり減らしており、軍事均衡を保つために地上奪還は後回しにされています」
「聞けば聞くほどひどい有様だな。よし。まずは、二〇〇年の間でどれだけ世界が変遷したかを確認したい。魔界と地上の視察を行う。それから、三魔元帥を抑える。こちらを優先したいところだが、私としても現状を把握しないことには動きづらい」
「承知いたしました」
 ネガデスからの報告を聞き終え、魔王は立ち上がった。が、どうにも足元が覚束なかった。無理もない、二〇〇年もの間封印されていたのだ。その様子を見て、ネガデスも気配りの足りなかった自らを諫める。
「それよりも、先に休養をなさってはいかがでしょうか? 食事も最高級のものを用意いたします。もっとも、魔界レベルの最高ではありますが」
「……そうさせてもらおう」
 だが、空気の読めないものはいるものだ。
「魔王。貴殿の力を疑うわけではない。だが、我は確かめずにはいられない……!」魔王の前に、立ち塞がったのは「我は魔将が一人〈剣王〉エルオント! 魔王よ、我と今すぐこの場で、立ち会っていただきたい!」
「なっ、エルオント! なにを考えている、無礼が過ぎるぞ!」
 とっさに肩を掴んで制止したのは、同期のフェザードだった。
「エルオント……震えているのか」
 勝てぬと知りながら挑むのか。魔王の力を、我々六魔将の前で見せつけるために。
 いや、そういう心遣いのできる男でもないか。できるなら、この場で挑んだりはしない。と、フェザードは肩をすくめた。

「我が祖国オッドワーズがここまで衰退していたとはな」
 参謀ネガデスを連れ、魔王は魔界の視察を続けていた。魔王は様々な国を見て歩き、文献を読み漁り、人々の話を聞き、新技術・新魔術に触れ、一刻も早く二〇〇年の空白を埋めようとしていた。
「二〇〇年前、かつて地上の奪還を主導していたオッドワーズですが、その失敗と大戦での敗北が合わさり、今では見る影もありません。それでも、まだ先進国の一つには数えられますが」
「時代は変わったのだな……」
 魔王は、感慨深くつぶやいた。
「さて。これまでの視察で、お前の話が正確であることは確認できた。想像以上の酷さではあったがな。魔王軍再編も時間がかかりそうだ」
「はい。しかし、三魔元帥は案外すぐに大人しくなりましたな」
「連中、もはやなりふりを構うつもりもないらしい。魔界を完全に捨て、魔王軍も捨て、地上で勝手に隠居生活だ。私からの制裁を恐れてな」
「もとより彼らにはなにも期待しておりませぬ。動きを抑えられただけで目的は達成でございます」
「それは違うぞ、ネガデス」魔王は、力強く語った。「二〇〇年の眠りから覚めたのだ。お前たちも、私を復活させるのに尽力したはずだ。この程度で満足していいはずがない」
「な、なにをなさるおつもりで」
「惚けなくともよい。二〇〇年前より私の悲願は変わらない。地上の奪還だ」
「……! ほ、本当に……」
 ネガデスは感動のあまり言葉を失っていた。
 伝説上の存在に過ぎなかった魔王が、伝説上の姿のまま眼前にいるのだ。
「どうした? 私はなにかおかしなことを言ったか?」
「いえ、感動しているのです。私も同様の思いでした。貧民層の子供たちにはろくな食料すら回らぬ一方、鉱夫の犠牲によって得られた貴重な魔石を半ば娯楽と化している身体改造に充てる富裕層。格差はありつつも誰もが魔界の脱出と地上への進出を望んでいるはずなのに、現在の立場の堅持に腐心し二進も三進もいかぬ現状。その打開を、私もかねてより望んでいました」
「とはいえ、情報があまりに不足している。人族たちの戦力をはじめ、政治・経済・文化。地上の視察といっても、魔族の独立統治区だけで、ほとんど見回れていないに等しい」
「は、はい。ですが必要なことなのでしょうか? 魔王陛下が魔王軍を再編しさえすれば、人族など敵ではないと存じますが」
「忘れたのか。二〇〇年前、万全の状態で、魔王軍は人族に敗れたのだ」
「はい。当時のことは、敗走のために資料も少なく……」
「情けないことだ。二〇〇年前の当事者である私がいながら、当時のことは朧気にしか思い出せぬ。私は勇者に敗れた。それは確かだ。だが、どのように敗れたのか。なぜ敗れたのか。その具体的な内容が思い出せない。少なくともいえることは、人族が相手でも負ける可能性はあるということだ。だからこそ、人族のことは可能なかぎり知る必要がある」
「ですから、いったい……」ネガデスははっとする。「まさか、人族の姿に化けるつもりですか……?!」
「これで私の姿は人に近い。力の減少もせいぜい半分で済むだろう」
「なりませぬ……! 魔王自らそのような危険を……!」
「話を聞くだけでは釈然としないことも多い。直接見て回らなければな。というより、人族社会を見て回っている魔族というのがそもそもほとんどいないそうじゃないか」
「でしたら、私もお供いたします」
「足手纏いだ。お前はたしかに参謀としては優れているが、戦力としては劣っている」
「案内役は必要でしょう」

 兵どもが夢の跡。
 戦士の血が大地を濡らし、矢が大地に突き刺さり、夕日に照らされ、もはやなにもかも赤く、赤く。壊れ果てた町並みは、ただ赤く。
 荒れ果てた大地を、二人の男が歩いていた。人の姿に化けた、二人の魔族だ。
「魔界でも地上でも、戦争は絶えぬものか」
「そのようで」
「魔界も地上も、二〇〇年でだいぶ様変わりしたようで、根本的なところはなにも変わっていない、か……」
 魔王にして、そう安易に結論づけてしまいそうになるだけの惨状だった。が、あるものが目に飛び込み、魔王はその結論を修正した。
「だが、魔界と地上ではだいぶ差が出ているようだな。見ろ、この武器を。魔族は生まれながらの力に慢心し、新たな力を求めることをしなかった。だが人族は違う。自らの弱きを自覚し、常にさらなる力を求めている」
「たしかに、得体の知れぬ攻撃を受け返り討ちにあったという話は何度か耳にしますな」
 廃墟と化した街を歩きながら、彼らは死体でもなく、武器の残骸でもない遺物を目にした。クローゼットの中に身を丸め、寒さに震える二人の子供だった。
「人族……戦災孤児というやつですかな」
「いや、見ろこの生々しい傷。なぜ彼女たちが打たれている?」
「戦場で暴走した兵士による強姦はよくあることではありますが、このような子供まで……?」
「幸いなことに、そうではないようだ。彼女たちは、ただ身を隠していたんだ。戦火が鎮まるのを、ただ、待っていた」
「!」
「どうした、ネガデス」
「この子たちは、人族ではないようです」
「なに」
「魔族……ですな」
「なんだと」
「稀に聞く話です。人の姿に近しいものは、ひっそりと魔界を出て、人族社会に溶け込み、地上で生活する。彼女たちはそういった亡命者の子供かなにかでしょうな。ですが、なにかのきっかけで魔族であることが発覚し、袋叩きにされ村八分、といったところでしょう」
 魔王は無言で屈み込み、二人の少女に視線を合わせた。手を差しのばし、警戒を解くと、魔王は二人を抱きかかえた。
「それで、どうなさるおつもりですか」
「なんだ?」
「その、お二人の幼子です」
「とりあえず拾っておこう。必要がなければ捨てればいい」
「畏まりました」
「……それにしても、厄介なことだ。地上奪還作戦を発動するにしても、魔界側の問題から処理しなければならないとはな。ネガデス、魔界に戻るぞ」
 この二人の幼子こそ、後に七魔将となるセリア・ベラングェ、そしてその妹であり後に魔王軍准将となるネル・ベラングェだった。
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