挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
或る魔王軍の遍歴 作者:饗庭淵

四章〈楽園〉ゾルティア

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

16/32

(4-7)

 二日間の休養を経て回復したラルフらは、ジェイクに礼をいい、後にした。
 ジェイクからはいろんなことを聞いた。狂人病のことはもちろん、ゾルティアの魔王・涅槃についても。ゾルティアの魔石は彼に独占されていること。ゾルティアの治安悪化に寄与していること。おそらく人間ではなく魔物であること。魔石を集めてなにをしようとしているのかはわからないが、なにかよからぬことを企んでいるだろうということ。
 それを聞き、ラルフはより涅槃を斃さねばならないという決意を固めた。
 だが、涅槃の居場所についてはわからないとのことらしい。仕方ないので、ゴーレムがやって来る方向や襲われた魔鉱山など可能なかぎりの情報をもらい、ある程度の推測を立て、行動することにした。ここから先は自らの足で情報を集めなければならない。
 その道中、ラルフは出会うべき男に出会うことになる。
「俺ら以外にも物好きでイカレてる冒険屋が来てると聞いて、挨拶にな」
「冒険屋……? ま、まさかあなたは」
「〈伝説の冒険屋〉マジカル・ロジャー……!」
 ミナとリヒトは声を揃えて驚いた。
「おいおい、よしてくれよその呼び名は。なんで存命中に伝説にならなきゃいけねえんだ」
「で、ですがあなたの偉業の数々はもはや伝説と呼んでも……」
「はいはい。んなこたどーでもいいんだ。俺がお前たちを訪ねたのは興味と善意。一応聞くが、狂人病のことは知ってるか?」
「はい。酷い目に遭いました」
「ははっ、やはりそうか。お気の毒に。でだ、まあそこも気になってたが、本題はそこじゃなくて。もしかすると、お前らの目的も涅槃か?」
「はい。なにか知りませんか」
「んー? そうかそうか」
「たとえば、涅槃の居場所について」
「知ってるよ。知ってるが、どうしようかな」
「教えてください! お願いします!」
「俺がやつの居場所を知っていながら、やつが今の今まで無事だって理由を考えろよ。ゴーレムだ。何度かチャンスを伺っていたが、少なくとも六体以上のゴーレムが館の警備を固めていた。とてもじゃないが手が出せない」
「そんなに強いんですか?」
「ゴーレムには会ったことないか。そうだ。強いよ。ただ、今はほら、七魔将が来てるだろ。そういうわけで、今は手持ちのゴーレムがほぼすべて出動、攻め込むならチャンスだな」
「ほ、本当ですか」
「お。行く気なのか。う~む、仕方ねえな。今を逃すのはあれだし、せっかくだから教えてやるよ」
「ありがとうございます!」
「こっから南に二〇kmほど、崖の上に漆喰と石で仕上げられた気味の悪い館がある。やつの居場所はそこだ」
「ここから二〇km……」
「行けばわかるはずだ」
「ロジャーさんは、どうするんですか?」
「おじさんはもう帰るよ」
「え? なぜ……」
「魔元帥まで来てやがる」
「……魔元帥……?」
「ああ。魔王軍の、魔王に次ぐ戦力は七魔将ではない。三魔元帥――ただし、強すぎる彼らは魔王軍を離反し、隙あらば魔王に取って代わろうと牙を研いでいる。そんな連中だ」
「そんな……」
 ミナの表情は絶望に染まった。彼女は魔元帥の存在を知らなかった。准将ですら空の上。七魔将など想像の埒外。それどころかさらに上がいる。ハードルが天井知らずに上がり続けている。インフレもここまで来ると笑い話だ。現実味を持たない巨大数には、漏らす溜め息もない。
 リヒトも言葉はないが、だいたい同じ心境だ。
 コメント返信がいただけないと見て、ロジャーが話を続けた。
「涅槃がどういうつもりだったかは知らんが、終わりだよ。どう転んでも魔元帥には勝てない。魔将の血すら手に入っていないであろう、今の状況ではな。ま、そういうわけで、おじさんは退場させてもらうよ」
「逃げるんですか。〈伝説の冒険屋〉が」
「そうだ」
「……!」
「心残りも多いが、しばらく収入がなくてね。博打の方が好きなんだが、本国に帰ってもっと手堅い仕事で小銭を稼ぐことにする」
「そんな……あなたは〈伝説の冒険屋〉ではないのですか……!」
「知るか。お前たちは幻想を持ちすぎなんだよ、俺に対してな。いつだったか、俺が准将を仕留めたなんてデマを流されたときには参ったよ。魔族の相手をしたことは何度かあるが、敗走したことの方が多い。人間は魔族には勝てない、とは言わん。万に一つは勝機があるだろう。だが、絶対に勝てない相手というものはいる。それだけは覚えておけ」
「あなたは、魔王を許しておけるのですか……!」
「ん? あいつなにか悪いことしたか? ああ、したか。アイゼルに攻撃を仕掛けたらしいな。結構死んだらしいし、悪ではあるか。俺もあの国嫌いだったから、胸のすく思いではあるんだけどな」
「……幻滅しましたよ、あなたには」
「結構結構。愛も正義も興味がなくてね。俺の目的は金だよ。あとは適度なスリル。冒険屋の動機なんて、だいたいそんなもんだろう?」
 それだけ言い残すと、ロジャーは去っていった。

 ラルフらからはいくらか離れた位置のキャンプ。〈双眼鏡〉を手に持ったハイリスと、興味なさげなライドがロジャーを迎えた。
「どうだった? ちょいと口論になってたように見えたが」
「驚くほど若くて驚いちまった」
「どんだけ驚いたんだよ」
「しかしまあ、やつを見てると、なんだか思い出しちまったよ」
「なにをだ?」
「シドだよ。あいつは目を患って一線を引いたが、今ごろどうしてるよ」
「さあな。死んでるんじゃないか? で、思い出したって、またなんでだ」
「〈闇薙ぎ〉――俺には使いこなせなかった代物だ。あの曰く付きの聖剣を、持ってたんだよ、あいつがな。武器を〈散弾銃〉に切り替えてからは、振り回されてた記憶を消したくて、シドに押しつけてやった、あれ。結局、あいつにも使いこなせなかったけどな」
「へえ。弟子かなんかかね。偶然ってのはあるもんだ」
「さて、俺たちは出国準備だ。俺たちがこの国でできることは、もう、なにもない。だが……」ロジャーは振り返る。「あいつなら……あいつらなら、なにかしでかすかも知れないな」
 柄にもなく、根拠もなくつぶやいた。

 ***

「静かだな……人はいないのか」
 崖の上の館。不気味なほどの静寂がそこにはあった。人家から遠く離れているばかりか、周囲一切に生命の気配がない。
 扉を閉めると、風の音が鳴り止み、いっそう静かになった。
 長い廊下。奥は暗く、一点透視が消失点まで伸びているような錯覚を覚えた。できるかぎり足音を立てぬよう、しかし鳴り響かずにはいられない。
「!」
 人。敵か。微動だにせず突っ立っている。
「ゴーレム……!」
 一見は人間。よく見れば人ならぬなにか。その顔からはなにも読み取れなかった。だが、この館にいる以上、間違いなく敵だ。直立不動の仁王立ち。歓迎する様子はない。
「戦うしかない、行くぞ!」
 ゴーレムは強かった。あらゆる攻撃が通じなかった。師匠直伝の〈烈風斬〉もゴーレムを壁に打ちつけるだけで、ほぼ無傷。ミナもリヒトも最大火力で応戦したが、驚き役と解説役を演じるばかり。リヒトも銃弾を撃ち尽くした。ミナも魔力を使い果てた。ラルフも限界まで剣を振った。それでもゴーレムには傷一つない。すすでいくらか汚れただけだ。一方でゴーレムの攻撃は重く、殴られ、蹴られ、打たれ、パーティは壊滅寸前だった。ミナもリヒトも倒れて伏せた。力の差は歴然だったが、ラルフは一人立ち上がろうとする。「仲間を傷つけるやつは許さない!」なにやらよくわからない力を覚醒させて、勝利した。
 かろうじて、勝利はした。だが、その戦いの一部始終を、館の入り口から眺めていたものがいたことに、ラルフらは気づいていなかった。

 臭いだった。
 ゴーレムとの戦いでボロボロになった三人が向かった先、扉の奥から漏れ出していたのは臭いだった。その臭いは、ゾルティアの街中でも嗅いだことのあるものだ。
 嫌な予感はした。だが、同時にこの先に涅槃がいると感じる。扉を開けないわけにはいかなかった。
「なんだ、これは……」
 扉を開けた先に出迎えたのは、一三人の女性の死体。律儀にワゴンに載せられ、無惨にも手足をもがれていた。ミナは鼻を覆い、リヒトは目を覆った。
「……ゴーレムに人格を注入するために使ったんでしょうね。命令の遂行のためにはある程度の知能は必要。ただ、一から疑似人格を生成するよりは、人間をもとにした方が早くて安上がり」
「ミナ、お前はなんで、なんでこんなときに冷静でいられるんだ?!」
 うっわ、うぜえ。
 ミナは横目でリヒトが吐いているのを確認する。なんじゃそら。可愛子ぶってんのか。
「? メイド……?」
 衝撃的な光景に目を奪われ、まだ立っているものの存在に気づくのが遅れた。侵入者の存在に動じることなく、彼女が佇んでいたせいもある。
「この館のメイドか……?」
「格好はそうね。でも、彼女もゴーレムだわ」
 表情はやはり人形のようで、そこからはなにも見えなかった。ラルフが剣を構えると、彼女も反応し、動き出した。構えはなく、しかし迷いのない打撃がラルフの顔面を目掛けて飛んできた。
「どうしても、戦わなくちゃいけないのか……!」
 ラルフは攻撃をかわしたが、反撃しなかった。その隙はあったはずなのに。
 ラルフは当然のように相手を外見で判断していた。ミナは呆れていた。
 そのメイドも、さっき戦ったゴーレムと同じだ。少しばかり精巧に造形されているにすぎない。だが、考えてみればそれは少し気になることではあった。ラルフが外見で差別しているように、そのメイドの外見は他のゴーレムとは明らかに差別されていたものだったからだ。比較対象は、先のゴーレム一体だけだけど。
「なんでそんなやつのために……!」
 ラルフは攻撃を避けながら語りかけていた。なにをやっているのだろうか。
「無駄よ。ゴーレムに心はない。彼女に私たちの声は届かない」
 一応声をかけたが、また逆ギレされては適わない。静観を続けることにした。
「くそっ!」
 ついにラルフも苛立ってきたのか、反撃をはじめた。しばらく見ていて、ミナはふと、この戦いに不安を感じていない自分に気づいた。ラルフとメイドとの格闘は、いくらかラルフが押しているように見えたからだ。
「あのゴーレム、やっぱりさっきのとは違う……」
 いったいなにが違うというのか。そうだ、ゴーレムにあるべき力を感じないのだ。一対一の格闘で、現状ラルフに負ける気はしない。
 なぜだ。腑に落ちない。部屋は寝室、厚手のカーテンに隠されて見えないが、おそらく涅槃はそこにいる。すぐ傍に控えるゴーレムなら、護衛としてもっと力があってもいいはずだ。人としての姿の完成度を優先しているせいか? メイドだけは美しくあって欲しかった? 単なる失敗作か? それとも初期の練習作?
「感情が、ある……?」
 信じがたい仮説が脳裏をかすめた。圧倒されながらも健気にラルフに立ち向かう姿が、そんな馬鹿げた発想を抱かせたのだ。そうだ、なぜ、あのゴーレムだけがあんなに綺麗な服を着ているのか。
「そこまでにしなさい、クロエ」
 ベッドより声がした。声に従い、メイドは動きを止める。
「そこにいるのか、涅槃……!」
 ラルフが声を荒げた。対し、返事の声は落ち着いていた。
「いるよ。君たちはなにものだい?」
「隠れていないで姿を現せ!」
「それは無理だ」
「ふざけているのか!」
 ラルフはカーテンを切り裂いた。
 そこにいたのは、死体同然の男。ミイラのように痩せ、生きているのかも疑わしい。目線をこちらに動かすことすらしなかった。
「やれやれ。見られてしまったか」
 声の主は鸚哥だった。痩せこけた男と管で繋がれていた。
「このように、私は声を出すことすらままならない。こうして鸚哥と有線することで会話を成立させているのだ」
 斃すべき相手の意外な姿に、ラルフは息を飲んだ。
「魔物でありながら理性と保つというのは存外大変なものだったよ。私の理性を維持するために大量の魔石を必要とする本末転倒、投薬のかぎりを尽くしてご覧の有様だよ。生命力を犠牲にして私は理性を選んだ。魔力はそこそこに漲ってはいるがね」
 当の涅槃は死体のように動かない。わずかに鼓動、息をしているのがわかるだけだ。
「どうした? 病人を相手に剣は振るえないのか」
 鸚哥の声と同時に、男の口が動いているのが見えた。か細い声を、喉から搾り出すように、同じ言葉を発していた。
「もう私は長くない。最後の望みも、仮に成功するにしても見届けることはできないだろう」
「最後の望みだと? いったいなにを企んでいる!」
「この魔石がそうだ。これを使って」
 気配。
 扉が勢いよく蹴り飛ばされ、舞う。それはベッドに向かって一直線に。その間にメイドが滑り込み、全身で受ける。が、止めることはできない。そのまま扉ごと飛ばされ、主のもとへ突っ込んでいった。
「な、なんだ……!」
 魔元帥〈戦躁〉フラッグ・ボトム。
 巨体が、身を屈めながら部屋を覗き込むようにして入ってきた。
「涅槃さんのお宅はこちらですか?」
 動けなかった。
 全員がそのままの姿勢で硬直し、身動き一つとれずにいた。心臓を鷲掴みにされたような寒気に、がたがたと震える他ない。蛇に睨まれた蛙、しかしボトムは彼らに関心すら払っていない。それがせめてもの救いだった。
 できることは、嵐が過ぎるのを、ただ待つばかり。
 ボトムはきょろきょろと部屋の中を見回し、「……はずれかよ」と心底残念そうにつぶやいて、もと来た道を引き返していった。
 それからどれだけの時が経ったか、呼吸が苦しくなるころに、全身の筋肉から力が抜けていった。安堵していいのか、わからなかった。脅威は去ったのだろうか? 思考に余裕が生まれるまでにも、またずいぶんと時間を要した。
 涅槃は死んでいた。メイドに抱かれるように、死んでいた。
 メイドもまた動かなかった。気になっていたのは、涅槃の言っていた最後の望み、その要であろう魔石。
 おそるおそる、手に触れると、そこには。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ