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或る魔王軍の遍歴 作者:饗庭淵

四章〈楽園〉ゾルティア

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(4-6)

「これはちょっと、さすがに酷すぎる歓迎ね」
 七魔将セリア・ベラングェVSゾルティア軍四〇〇〇。
 正規軍に加え、志願兵により水増しされた即席の民兵部隊で構成される。指揮系統もめちゃくちゃ。武器もばらばら。軍隊というより無法者の集団。ろくな訓練も戦術もなく、魔族への憎しみだけが一方向へと彼らを突き動かす。槍を携え、一直線に向かってくる。
 迎撃。足下を掬う。腕を折る。脳を揺らす。どこに狂人病感染者がいるともわからぬから、殺すことはできない。現に、狂人病に近しい敵兵を多く見かけた。セリアには知るよしもないが、彼らは〈凶化薬〉を投与されたものたちだった。単なる戦力増強のみならず、定期的に狂人病への恐怖を喚起させることが計算されていた。皆殺しにさえすればよい状況よりも、殺さぬよう戦闘不能にしなければならない戦いの方が、神経をすり減らすだろうとの考えだ。浅い攻撃ゆえに再び立ち上がってくるものが続出し、疲労は増すばかり。誤って殺してしまったときの動揺も。その戦術は功を奏していた。
 強力な魔術は使えないし、魔力の消耗は可能なかぎり避けなければならない。最大効率で、敵を殺さずにその戦力を削らなければならない。負傷者が目の前に転がればさすがの彼らも士気は落ちるか? そんな真っ当な連中ではない。倒れたものは踏み潰される。セリアが殺さずとも死者はいくらでも出た。
 戦いは長引いていた。一つとて、七魔将セリアのもとへ攻撃は届かない。熱狂のあまりそんなことにも気づかない。肌を傷つけることも、触れることもなく、同士討ちが頻発し、それを誘うことが最も有効な戦術だと気づいた。
 殺されないとわかっているから向かってくる、そんな打算的なものではない。消耗し続けているはずだ、そんな大局的な視点など持っていない。野蛮極まる好戦の種族は、それでいて少しずつセリアを追い詰めていた。圧力だけで殺せるのではないかというほどに迫ってくる。手に持つ槍は邪魔にしかなっていなかった。
 時間をかければかけるだけ、ゾルティア中から戦力が集まってくる。
 そうだ真打ち、戦獣部隊のご到着だ。
 魔族の血によって汚染されることない高貴なる獣・神獣〈陽虎〉。
 体長四m。体重一t。日差し域から輸入された地上最大の猫科動物。
 調教され訓練され、しこたま薬物を投与され、戦いに命落とすほか運なき動物兵器。日差し域からの軍事支援、そのまざまざしい証拠。
 その巨体を葬るに、セリアも大魔術の使用を余儀なくされた。獣にも狂人病は感染するのか? 獣からも感染するのか? その疑いが消えぬ以上、やはり殺すことはできない。威力を抑えたがために一体に何度も手間を取らされる。無限とも思えたセリアの魔力も尽きようとしていた。

 消耗戦は四九時間にも及んだ。食事も睡眠も排便もない。休みなき長時間労働。
 腕を折られ、脚を折られながらも、命は奪われぬ兵士の屍山血河。気絶から目覚めた兵が足を滑らせ、地べたに落ちた槍を喉に突き刺した。
 戦場に立つのはただ一人の女性。喘ぎと呻きが木霊する地獄絵図の上に立つ。
 そんな不快な交響曲を掻き消したのは〈榴弾〉の雨だった。
 楽団は息絶え絶えの戦士たちに止めを与え、セリアはかろうじて生き残っていた。息を切らし、膝を屈した。もう、なにも残っていない。
 拍手の音がする。セリアの健闘を讃える拍手の音が。得意げに姿を現したのは、一三体のゴーレムを従えた罅喜奈だった。
「素晴らしい。〈爆発系〉を応用した〈多重術式〉による高硬度多層防禦障壁。見事なものです。魔族でありながら、ここまでネア魔術を使いこなしますか。失礼。〈ネア・クレイモア〉で市街地ごとゴーレムの軍勢を吹き飛ばしたのは他ならぬ貴女でしたね。それにしても、まさかまだこれほどの魔力が残っていたとは。いえいえ、冗談です。すべて計算です。跡形なくなっては我々も困ります。欲しいのは貴女の血ですから。さてさて、ですが次はありませんね? ついには魔力を使い果たしてしまわれたのではないですか? 心中お察しします。人間に敗れるとはずいぶんと屈辱でございましょう。心配なさらず。私は人の身にありて、〈真なる魔王〉涅槃の手先。敗北は恥じることではありませぬ故」
 セリアにはもはや反論するだけの力も、その口を黙らせるだけの力もなかった。
「それでは、我々としても貴女の血肉は是非とも確保しておきたいところでございますから、ここからは〈オリハルコン・ブレード〉で処理させていただきます」
 ゴーレムたちは罅喜奈の指示に従い、重火器を捨て、刃を構えた。
 一三体。先の九体に比べ、数だけでなく個々の力強さも一回り増していた。准将の血のためだ。外見上の姿は同じだったが、百戦錬磨のセリアには一目で知れた。
 罅喜奈は様子をうかがっている。口ではセリアは限界であると言い当てていたが、もしかしたらまだ力を残しているかも知れないという疑いが消えてはいなかったからだ。セリアはその感情を読み取り、虚勢でも張ろうかと思ったが、逆にそれすら満足にできないという無様な姿を晒すことになった。
 終わりか――セリアがそう思ったとき、その目に希望が映った。
 罅喜奈の背後で、ゴーレムたちが吹き飛んだのだ。
「さっきから見ていたんだが、さすがにピンチそうなので出てきた」
 巨体。過剰なまでに盛り上がった上半身。筋肉そのものの怪物。セリアはこの男を、魁梧奇偉のこの男を見知っていた。
「あ、あなたは……! どうしてここに……!」
 慌てふためき、セリアはその名を、口にする。
「三魔元帥〈戦躁〉フラッグ・ボトム――!」
「あっ、はっ、へ?」罅喜奈は振り返り、後ずさる。「三魔元帥……ですってえ?!」
 ボトムは戦場を見渡した。一面が血肉に覆われていたが、先の弾雨から逃れたゾルティア人が、いくらか肺を動かしていた。
「気になっていたことがある。セリア、お前見たとこ殺さないよう、殺さないようしてたみたいだが、なんでだ?」
 ボトムはセリアに問いかける。そう言いながら、ボトムは転がっていたゾルティア人の頭蓋をぷちっと踏み殺す。
「だ、ダメです! 殺しちゃまずいんですって!」
「?」
 セリアの焦りから、ボトムも察する。掟や倫理などといった次元の話ではない、なにかただならぬ理由がある。パッと想像がつかないので、説明にはいくらか時間のかかる内容だろう、とも。ここは戦場、今は事情知るセリアの忠告を聞くことにする。
「で、あいつらはぶっ壊していいのか?」
 予想しなかった事態に対し、ゴーレムらは罅喜奈に指示を求め、待機している。
「無生物なら、問題ないと思います」
「OKィ……」
 罅喜奈は冷静さを取り戻し、戦況を確認する。吹き飛ばされたゴーレムらはすぐに起きあがっていた。突如の奇襲ではあったが損傷はない。表面が少々汚れただけだ。すぐに体勢を整え直し、魔元帥に向かい合った。
「ははっ、なんだというのだ。落ち着け。魔元帥だと? だからなんだ。恐るるに足らん! やれ! 先にこいつを、この大男を血祭りに!」
 ゴーレムは魔元帥に向かって飛びかかる。
 ボトムは、拳を握り、大きく振りかぶる。強烈な右ストレートが、ゴーレムの頭部を粉砕した。
「いっ、一撃で……!」
 罅喜奈は狼狽える。だが、ゴーレムは怯まない。頭部を失ってなお、すかさず姿勢を立て直した。
「ん。なんだ、首がなくても動くのか」
 今度は胸部へ前蹴り。遙か後方へ飛び、全身を何度も地面に打った。右腕と左足が損壊、痛みはなくとも、もはや立ち上がること能わず、ついには機能不全へ追いやった。
 だが、ゴーレムは一体だけではない。
 ボトムの胸から、黄金の刃がにゅるりと生えた。後ろから心臓を一突きにされたのだ。
「や、やった!」
 喜びは束の間。ボトムは吐血するも平然としている。
「まったく。心臓をやられるなんざいつ以来だ? 心臓が二つあってよかったぜ」
 裏拳。強引に刃を引き抜いた。
 ボトムは胸の傷口をさすっていた。血が出ている。貫通したにしては大した出血ではなかったが、やはり気になるらしい。そういうわけで、胸筋に力を込めると、みるみる傷口は塞がり、出血は止まった。さらに、どんっと平手で胸を叩くと、刃に貫かれて停止していた心臓も再始動した。
「ちょっとばっかし、数が多くてめんどくせえな」
 ボトムは拳を固め、大きく天に振り上げ、地面を打ちつけた。激しい振動と局地的な地割れが発生、足場が崩れた隙に、ゴーレムを急襲した。その光景はもはや陵辱だった。
 そんな調子で、魔元帥は次々にゴーレムを破砕していく。気づけばゴーレムは残り七体、六体、みるみる減っていった。
 それでも、戦いを続けていれば魔元帥もそのうち消耗していくはずだと、罅喜奈は考えた。だが、その見込みは間違っていた。甘かったというような量的な程度の誤りではなく、待っていたのは正反対の結果だった。戦いが長引くほどに、魔元帥の力は増していった。ゴーレムを機能不全にしていくペースが上がり、一撃一撃の重さも強まっていた。
 罅喜奈も、なにもせず眺めているだけではない。懐から〈拳銃〉を取り出し、狙いを定め、何発かボトムの背に命中させた。しかし、ボトムはそれに気づいた様子もなく、結果としてはなにもしていないのと同じだった。
 張り合いがなくなってきたのか、ボトムはゴーレムの頭を掴み、握りつぶせるかどうかを試していた。その間にも邪魔が入る。鬱陶しいので、頭を掴んだまま振り回して武器にした。すると、すぽんと首が抜けた。「不良品じゃねえか」と苛立ち、背筋を行使して勢いよく頭を投げつけ、立ち上がる首なしゴーレムの腹部に深々と食い込ませた。感動のご対面である。
 一度ゴーレムと対峙したはずのセリアの目にも、頑強なゴーレムがもはや紙粘土製にしか見えなかった。こんなにも脆く、弱い存在ではなかったはずだ。だが、相手が彼では仕方のないことなのかも知れない。
 フラッグ・ボトムは魔元帥という地位にありて、叛意の塊のような男だった。
 人の上に立つ気などさらさらないが、上に立つものを片端から殴り殺した。気に入らぬものは殺し、気に入ったものは犯す。拳一つですべて黙らせてきた傲岸不遜。力ゆえの傍若無人。手のつけ難しことこの上なし。
 セリアにとっても、彼の存在は伝説の域にあった。
 実際に姿を見たのは一〇年ほど前の一度だけであり、「優しいおじさん」だった彼と、噂に聞くイメージを結びつけるには大変な労を要した。
 彼の存在は、数々の災害記録と共に知られている。
 〈軍事国家〉ゼヒレムの消滅。〈喰城〉ネメシスの壊滅。〈帝龍〉パラディアグの絶滅。
 そのうちで最も恐るべきは、魔王との戦いである。
 この世で最も強く美しい存在である魔王と、かつて彼は互角に渡り合った。ボトムはいかなる恐れも知らず、魔王ですら彼にとっては気に入らないやつの一人に過ぎなかった。魔王との激しい戦いは三日三晩に渡り、その結果――。
「こっ、こんなことが! こんな馬鹿なことが、あってたまるくあああ!」
 いよいよ、罅喜奈も余裕がない。
「くそ、こうなったら……」
 懐から取り出したのは、注射型の〈凶化薬〉。経口型に比べ副作用が大きいが、効果が出るのも早い。迷いもなく静脈注射、見る見るうちに筋肉が隆起し、魔力が溢れる。
「きえええ!」
 典型的な噛ませ犬の末路。
 だが、罅喜奈も負けることはわかっていた。罅喜奈が最後、ゴーレムに与えた命令はセリアの血の確保。自らが囮になることで、せめてそれだけは完遂させるべく。
「魔将は出血している……! 涅槃の望みは魔将の死ではなく、魔将の血……! 魔将の血を、魔将の血を涅槃のもとへ届けろ……!」
 それも容易く叩き潰される。
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