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或る魔王軍の遍歴 作者:饗庭淵

四章〈楽園〉ゾルティア

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 ちょっとした小競り合いだ。
 死屍累々の小競り合い。子供まで駆り出しての小競り合い。
 啀み合う二つの部族の、素敵な素敵な殺し合いだ。
 向かい合い、睨み合い、罵り合う。
 威嚇、威嚇、威嚇。堰を切る。
 互いに同じ、ゾルティアの伝統的な〈彩槍〉を武装し、突き刺し合う。
 砂埃を上げ、怒号を上げ、高血圧が噴出する。刺せ、刺せ。殺せ。死ねばいい。
 我ら部族以外、みな死に絶えればいい……!

「同じ顔してるくせに、人族ってのはどうして争い合うのかしらね」

 声。
 ただの女性の声に、戦いは止んだ。
 争いの中心地に、彼女はわけなく割り込む。
 魔力が風を呼ぶ。逆光を浴び、長い金髪が風に揺れる。彼女を中心に空気が怯えた。
 両部族は見惚れ、そして気づく。その一瞬、両者に芽生えた共通意識。
 ――我々は今、争っている場合ではない!
 無数の槍が一点へと向かう。真の敵はこの女……!
「〈BLEVE〉」
 喧嘩両成敗。厖大な爆発が両部族を包み込み、蒸発す。炎も残らぬ一瞬の煌めき。激しい黒煙が風向きに従う。灰が宙を舞い、日を浴びて光る。
 髪をかき上げる彼女の名は――七魔将セリア・ベラングェ。
 かくして道は拓かれた。邪魔な障害物は取り払われた。
 しかし、取りこぼしはあるものだ。運良く生き延びたものがいた。彼は戦意を失わず、未だ槍を握りしめていた。息を潜め、好機を伺う。セリアの背後をとり、飛び出した。
「しゃああ!」
 セリアが目にしたのは、首が一八〇度捻転した珍妙な男の姿。
「ちょっと、もしかして油断しましたお姉様?」
 地面にダイブした男の背後から現れたのは、セリアの妹であり部下でもある、准将ネルだった。
「べ、別に、ネルがいるのがわかってただけよ」
「ホントですか~?」
「本当よ!」
「ま、それならいいんです。行きましょう」

 二人の女が街を歩く。およそ街とは呼べぬような廃れた街を。
 無造作に捨てられた死体。子供の物乞い。白昼堂々の強姦・強盗。死と病が蔓延していた。テント住まいが多く、集落という方がしっくり来た。
 その中で特に目についたのが、生きながらに拘束され放置された人々だった。狂気に犯されているがためか、首輪と手枷・足枷をはめられ、身動きできぬよう縛られていた。痩せこけ、目は虚ろで、それでいて鎖を鳴らし、今にも襲いかかりそうな凶暴さを秘めている。
 あれはなんだ。なぜ、ああする必要がある。医療もまるで行き渡っていないということか。だからといってあの処置はないだろう。セリアは少し考えたが、こればかりは不可解だった。
「この国、噂通り狂ってますね、お姉様。若い男は軍隊に、若い女は娼館に。子供は路頭を迷い、老人は飢え死ぬ。あまりに極端過ぎてもう。アイゼルがいくらかマシに見えるくらいですよ」
「そうね。こんな狂気の存在を許さぬためにも、魔王軍による地上征服は急務」
 二人はそれぞれ感想を漏らしながらしばらく歩いて回ったが、どこを歩いても同じ光景が続いていた。こうなると、さすがに厭になってくる。
 人の姿に化ける能力を持った魔族は少なくない。だが、人の姿に化けるということは肉体を大きく変成するということ。そして、その変成の維持のために多く魔力を割かねばならない。さらにいうと、魔術を同時に二つ以上発動することはできない。つまり、人族に化けている間は、力が人族並みに落ち、かつ魔術を扱うこともできない。ゆえに、能力があっても魔族が自ら人に化けることは少ない。
 彼女たちはもとより人族の姿に近い。ゆえに、魔族の力をそのままに人族に化けることができる。というより、もともとほとんど人族と見分けがつかない。彼女たちは人族社会への潜入にうってつけの人材なのだ。
 しかし、このゾルティアにおいては、彼女たちは明らかに浮いていた。人非人の巣くうこの国では、人の姿に近いほどに浮いてしまうのだ。
 歩き疲れた二人は匂いに誘われ、寂れた観光客向けの屋外レストランを見つけた。屈強な用心棒が何人も警備することで経営は成り立っていたが、老い先は短そうだった。警戒しつつも席に着き、注文をする。メニューは少なく、二人して無難にカルパッチョパスタを頼んだ。お世辞にもおいしいといえる味ではなかったが、それでも二人は渋ることなく食べた。
「こんな国の料理でも、魔界よりは何倍もマシよね」
「ですね。毒が入ってないぶん、だいぶマシです」
 ふと、ネルの目に痩せこけた老犬の姿が映った。このあたりで落ちた食材を漁っているのだろう。
「犬って、魚食べるんでしたっけ」
「あまり情けをかけてもねえ。ネルが数切れの魚を与えたところで、あの犬の余命がどれだけ延びるというのか……」
「ほい」
「あ」
「なにしたネルあんた今なにした」
「いや~、自分のをやるのが惜しくなりまして」
 一瞬の出来事だった。ネルのフォークはセリアの皿へ、一切れ奪うと即座に地べたへ放られ、すかさず痩せ犬の胃袋へ。セリアは呆れたが、満足そうな老犬の姿を見るとどうでもよくなった。
 食事を終え、二人は再び街を歩き始めた。
「……それにしても、話のできるのを探すだけでも一苦労ね。あそこの店員も注文以外聞く耳持たないし。エセ魔王の情報を早く手に入れたいところだけど」
「あ、それですそれ。なんで魔王なんて名乗ってるんでしょうね」
「さあ、調子づいてるだけじゃない? ただ、その名を掲げる以上、最初のうちは無視されても、いつかは魔王軍を敵に回すことになる。そのことをわかっているのか、いないのか」
「私も、やっぱり陛下を挑発してるんだと思います。そして、このゾルティアにいるかぎり安全だと高をくくっている。魔族だって、この国には手を出したくないはずだと。そんなところじゃないでしょうか?」
「わからない。でも、油断はしない方がいいでしょうね。もしかしたら、勝算があっての挑発かも知れない」
「まさか。人族が魔王軍に対して勝算だなんて」
 ある曲がり角にさしかかったとき。
「ひゃぁぁぁ!」
 槍を持った狂人が、セリアらに襲いかかる。ネルは脇見で片手で、捻り殺して対処した。
 一人、また一人。次々に湧いてくる。死を恐れぬ兵隊蟻のように、殺されるためだけに向かってくる。ネルは淡々とそれを事務作業のように処理していく。一人一人、丁寧に首を捻り切っていく。
 数十ほどを同じ手順で始末すると、ようやくあたりは静かになった。
「さすがにちょっと気分が悪いですね。命の危険はないとはいえ、こんな狂人どもの相手を続けるのは」
「なら相手にしなきゃいいのよ。ああいうのは、構うからつけあがるの」
「逃げる方が面倒ですよ。無視するにしても、髪が乱れるくらいの害はあります」
 そのまま彼女たちは歩みを続けた。

「……あーあ、やっちまったな」
 男は〈双眼鏡〉を覗いていた。
「どうした?」
「ゾルティアの洗礼だ。ま、仕方ないわな」
「なるほど。それは仕方ない。普段、殺しに躊躇いがないだけに早かったな」
「ゾルティアで生きる以上、殺しは避けがたいことではあるが。にしても見たか? ライド、ハイリス」
「見たかって、〈双眼鏡〉は一つしかねーんだから、見てるわけねーだろ」
「そりゃすまない。すっかり魅入ってしまって。ま、さすが七魔将だよ。恐るべき力だ。いきなり〈BLEVE〉ときた。あんな大魔術をお手軽に」
「ほおお。音はそれだったのか。そりゃこわい。できれば相手にしたくはないものだな」
「同意だが、わざわざゾルティアまでお越し頂いたんだぜ? なにもしないってわけにゃあ、いくまいよ」
「おいおい、どうするつもりだ。ロジャー」
「やるよ。俺たちも運がいい。仕掛けるには准将を引き離すのが必須だったが、勝機が出たぜ」
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