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或る魔王軍の遍歴 作者:饗庭淵

四章〈楽園〉ゾルティア

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(4-1)

「陛下、お耳に入れたいことが」
 セリアが、魔王にある報告をした。
「ゾルティアに魔王を名乗るものがいる、か」魔王は新聞を机に置き、コーヒーを飲み干してから答えた。「たしかに聞いている。が、別に構わないだろう。それで実害があるわけではなし、まさか私と勘違いされているわけでもないのだろう?」
「私は許せません。陛下のほかに、魔王を名乗る存在など」
「まあ、私も気にならないわけではないが」
「よろしいのですか?」
「今後目に余るようなら対処するかも知れん。が、今は放置でいい。他にやるべきことは多い。わざわざ敵を増やすことはないからな」
 魔王を名乗る不届きものがいるといっても、言ってしまえば魔王の尊厳に関わる問題に過ぎない。偽物が現れたところで魔王の存在と名はすでに知れ渡っており、風評被害としても大した影響はないだろう。魔王の立場からは、そのような実害の伴わぬものに部下を使役し、労力を割くわけにはいかないのだ。
 ただ、ポジティブキャンペーンの一貫としての効果は見込める。偽物の魔王、害を振りまく悪しき魔王を斃すことで、アイゼル人からの評価は上がる。だが、相手の居場所がゾルティアでは費用対効果が釣り合わないのだ。
「わかりました。失礼します」
「どこへ行くつもりだ」
「休暇中ですので、ゾルティアに旅行でも」

 ***

 ミナは呆れ果てていた。どうしてこんなことになってしまったのか。行く先のことを考えると、どうも生きた心地がしない。馬車の揺れのせいだろうか、吐き気がした。
「ラルフ、またあんた、ゾルティアについてもなにも知らないんでしょ」
「名前は知ってるよ。危険な国だそうだね」
「危険な国ねえ……」ため息をつく。「そんな生温い形容じゃ、なにも知らないのと同じよ。ゾルティアは〈楽園〉と呼ばれている。でも、その呼び名には重要な修飾語が抜けている。〈無法者の楽園〉――あらゆる狂気が濃縮したような、地上に顕現した地獄。追い詰められた犯罪者はここへ逃げ込み、二度とその姿を見せなくなる。ここまで追ってくる物好きな冒険屋はいないし、おそらく生きてもいられないから」
「なるほど……」
「わかっていないみたいね。続けるわ。ゾルティアには治安なんてものは存在しない。そこでは常に六つの部族が互いに憎み合い、殺し合っている。難民が溢れ、餓死と病死と蠅が飛び交う。あらゆる犯罪が日常茶飯事。殺人・窃盗・強盗・強姦・麻薬取引と乱用、考え得るかぎりの悪のごった煮。これらの報告は生きて帰った数少ない冒険屋たちによるものだけど、その多くも証言だけを残して発狂死している。多くの国々が外交上ゾルティアを国家として認めていない。海賊行為に周辺各国迷惑しながらも、可能なかぎりゾルティアに関わることは避けている。狂気の感染を恐れてね」
「…………」
「まだあるわよ。現在、ゾルティアの支配者はカラザー政権。こいつがひどい。独裁国家でありながら支配は不完全。定期的に虐殺を繰り返すことで仮初めの秩序を保っている。政府こそ名乗っちゃいるけど、統治すらまともにできていない。ただ腕力が一番強いだけの仕切りたがり。そんな、大して力もない政府を倒そうなんて目論む反乱軍までいる。もとはカラザーが反乱軍だった。二年前まではね。つまりはそういう国」
「わかってる。危険な国だってことは百も承知だ」
「ホントにわかってるの? わかっていながら、なぜゾルティアになんか行こうなんて」
「ゾルティアには魔王を名乗る悪がいる。僕はそれを斃さねばならないと感じた」
「私たちには関係ないことでしょ」
「関係なくはない。僕たちは、あの冒険屋に出会ってしまったんだ」
「そうね」
「だから、行かなければならない」
 はあ、とため息。
「……もういいわ。ここまで聞いて物怖じ一つしないなんてね。あんたのそういうところはわかってる。こうなったら、地の果てまでつきあうわよ。それに、希望がないわけじゃない。ロジャーがいるというのなら頼もしいわ。誰もが近づくことすら拒むゾルティアに潜伏して仕事するなんて、頭のネジが外れているとしか思えない。ラルフとは気が合うかもね。さすがはマジカル・ロジャー。〈伝説の冒険屋〉の名は伊達じゃない」
「知っているのか?」
「えっ」ミナ。
「えっ」リヒト。
「えっ」ラルフ。
 沈黙。全員が目を丸くする。
「こいつやっぱおかしい」
「……うん」これにはリヒトも同意する。
「知らないものは仕方ないだろ!」さすがの空気に焦るラルフ。
「いくら私も、ロジャーのことまでいちいち説明しないわよ。さすがに馬鹿みたいだからね」
「ちょ、そんな。僕はいったい誰に聞けば。リヒト?」
「えっと、その……」リヒトも顔を背ける。誰もが知っているようなことを物知り顔で解説するのには、やはり躊躇いがあるというわけだ。
 と、そこで馬車が止まる。
「え? なぜここで止まるんだ?」
 ゾルティアはまだ遠い。
「こっからは歩いていけってこと。馬車も、ゾルティアには足を踏み入れたくないのよ」
「なっ……」
「わかった? 引き返すならまだ間に合うわ」
「いや、よくわかった。だが、ここまで来て引き返すわけにはいかない」
「そう」
 ラルフらを残して、馬車は現世へ帰って行った。
「ゾルティアは、この無葉林を抜けた先にある」

 〈楽園〉ゾルティア――。
 戦禍の爪痕。銃弾の跡。魔術熱での融解。壊れた町並み。そして、臭い。
 熱を帯びながらもそこに生気はない。人の姿はそこかしこに見えるのに、不気味なほど静かだった。
「……ひどいものだな」
 ラルフは鼻を覆いながら言った。それ以上は言葉もない。ミナも、リヒトも、なにもコメントしなかった。だが、沈黙のなかその光景を直視することは耐え難い。話が続かないので話題を変えることにした。
「ゾルティアの魔王――とりあえずそう呼ぶしかないが――は、なぜ魔石を集めているんだろう?」
「わからない、けど、魔石を個人レベルで使うとしたら、大規模な魔術を発動するのに必要な魔法陣の形成・維持あたりだと思う。たとえば召還魔術みたいな、ね。いったいなにを企んでいるのか。なんにせよ、ゴーレムなんて外法に手を出してるようだから、まともな人間ではないでしょ」
「……魔石は、加工して武器にすることもできる。〈魔弾〉の原材料もそう。まあ、これは関係ないとは思うけど」リヒトが補足した。
 が、やはり話は続かない。圧倒され、思考が回らない。
「があああ!」
 静寂を破る狂気の奇声。男が棍棒を振りかざして襲ってきた。ラルフの背後より、躊躇なく頭を狙って。
「危ない!」
 リヒトは咄嗟に銃を抜き、男の肩を撃ち抜いた。
「……大丈夫?」
「ありがと。助かったよ」
 礼を言われ、リヒトは顔を赤らめる。ミナはその様子に目を細めた。
「……え?」
 そんなラブコメに興じている場合ではない。
 立ち上がってくる。男は痛みなど意に介さない様子で、再び襲ってきた。
「なに、こいつ! 銃で肩を撃たれて……痛みで動けないはずよ!」
 〈火球〉――できるだけ威力を殺し、制することを目的に放つ。だが、倒れない。炎に包まれながら、平然と立っている。
「いかれてる。おそらくはアップ系の薬物中毒。でも、いくらなんでもこれは……」
 異常。ただごとではない。明らかにダメージを受けているはずなのに、事も無げに立つ。出血は止めどなく、呼吸は荒く、目は血走り、全身が黒焦げになりながらも、男は殺意することををやめない。
「うがあああ!」
 男の勢いはさらに増しているように思えた。
 跳ぶ。猿のように。次はリヒトのもとへ。
「――くっ!」
 再び、撃つ。今度は頭部へ。
 さすがの致命傷を受け、男は糸の切れたように倒れた。
「……死んだ、の……?」銃を力なく降ろし、リヒトは呆然と立ちつくしていた。「私、人を殺し、ちゃった……」
「正当防衛だ。仕方ない」
 ラルフはリヒトの肩を叩いた。
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