記憶喪失の男
気が付くと俺は、右手に拳銃を握りしめて立っていた。
目の前には頭から血を流しうつ伏せに倒れたまま動かない男がいる。
俺は今自分に何が起こっているのか分からないどころか、自分の名前も含めた一切の記憶を失っていた。
呆然と立ち尽くしたまま、どれ位の時間がたっただろうか。
ふいに部屋の外から女の声がした。
「ケンジさん、起きてるー?」
ケンジ、、、。
目の前に倒れている男の名前なのだろうか?
それとも俺の名前なのだろうか、、。
俺は黙ったまま息を殺していた。
すると女がまた名前を呼びながら部屋に近づいてくる気配がした。
とっさに俺はベッドの下に隠れた。
なぜ隠れたのかは分からないが、
隠れた方がいいと瞬間的に思ったのだ。
部屋のドアが開くと同時に女の甲高い叫び声。
ケンジさん!ケンジさん!
しっかりして!!!
ベッドの隙間から倒れている男の体を揺さぶり、泣き叫ぶ女の姿が見えた。
ケンジと言うのはあの男の名前だったのか。
こんな状況だと言うのに、なぜか俺は妙に落ち着いていた。
倒れていた男はどうやら死んでしまっているようだ。
この男を殺したのは俺なのだろうか、、、。
だとしたら早く逃げないといけない。
女がその場を離れた隙を見て俺は部屋の窓から外に逃げ出した。
遠くからパトカーのサイレンと救急車のサイレンが聞こえる。
きっとあの女が呼んだのだろう。
早く逃げなければ。
とにかく遠くへ逃げなければと走り続けていると、
足元にポタポタと血が落ちている事に気付いた。
すぐ近くにあった公園のトイレに駆け込み鏡を覗くと、
頭から血を流している男が映った。
これが俺の顔か、、、。
どうやら俺もケガをしているらしい。
こんな状況なのにケガをしているらしいなどとまるで他人事のように思えるのは、
俺自身が全く痛みを感じていないからだ。
とりあえず水道水で血を洗い、再び逃げる事にした。
どれ位走っただろう。
次第に俺の意識は遠くなり、
フラフラと壁にもたれかかり、そのまま意識を失ってしまった。
気が付くと目の前には仏壇の前で泣きながら手を合わせている女の後ろ姿。
仏壇に位牌と共に置かれていた写真を見て俺は息を呑んだ。
そしてその瞬間、全ての記憶が蘇った。
あぁそうか、、、。
思い出した、、、。
俺はあの時自分で自分の頭を撃ち抜いたんだ。
この拳銃で、、、。
THE END