獅子の心・9
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二階にある自室から出て、兎月は階段を下りる。同時に、端末を操作してニュースプログラムを起動させる。ニュースプログラムは、契約者が設定したジャンルの記事を配信してくれるソフトだ。兎月の場合は、一般的なニュースの他に考古学やオカルト絡みの記事を配信するように設定してある。ニュースプログラムには、設定したジャンルの記事があがると同時に配信される。また記事や用語にコメントをつける事が出来、他人の書いたそれを同じ記事を見た人間が見ることが出来る。つまり、速報性と双方向性の両方を持ったメディアなのだ。
幾つかの記事の中から、兎月は昨日の戦闘に関する記事を選んで表示させる。
自分のやったことだ、世間的にはどういう扱いになっているのか、気にならないわけではない。
記事には、戦闘の際の情景が動画として添付されているが、それ以外に特にこれといった内容は書かれてはいなかった。自衛軍の対応の遅さを非難するコメントが付いていたり、ロボットが使ったと思われる装備の推察をミリタリーオタクが書いていたりした程度だ。
「誰にも何も分かってないのが現状っつーわけか」
それは兎月も同じことだ。敵の正体も、レオンのことも、何もかも分からない。
端末を仕舞いながら、ダイニングキッチンに入る。少し早めに起きたため、其処には朝食を作る母――七瀬 美菜だけが居た。
美菜は年の割には若く見え、兎月と居ると年の離れた姉弟と間違われる。
足音に気づいたのか、キッチンの中で、首だけで美菜は振り返る。ウェーブのかかった髪がふわりと巻き上がった。
「あら、早いのね。珍しく」
「偶にはな」
言いながら、テーブルに着こうとして兎月はもう一つ分からないことがあるのを思い出した。ここ最近よくフラッシュバックされる、憶えのない思い出――自分を助けた少女のことだ。
母なら、知っているだろうか? 自分の記憶の歯抜けに関して。
「母さん、さ……」
「ん、何よ?」
振り向いた母の顔を見た瞬間、兎月は、急に自分の喉にまるでごわごわした、堅い靄が詰まるのを感じた。
聞いてはいけない。聞いたら戻れない。
何故そう思ったのかは分からない。しかし、それは真実味をもって兎月には感じられた。だから、そこで思いとどまった。
「いや、なんでもねー。今日の朝飯は?」
「目玉焼きにサラダとご飯」
「和食なんだか洋食なんだか」
笑いながら、兎月は席に着いた。この記憶が戻ることはあるのだろうか。
どちらでもいいのかもしれない。
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また寝ている。
真っ当に学校に来たにも関わらず、一時間目の半ばから、兎月は眠っていた。いびきをかいていないだけましだが、赤ん坊のように涎をたらしている姿はとても見られたものではない。
「起こしてやりますか」
はぁ、と溜め息を吐いて、千歌は立ち上がった。もう一時間目は終わっている。二時間目が始まる前に起こしてやるとしよう。
眠っている兎月の背後まで行くと、千歌はその首筋に手刀を当てた。
「起きろー」
「が!」
その一撃を受けて、首筋に手を当てながら兎月は上体を起こした。余程良いところに当たったのか涙目になっている。この程度は許容してもらおう。
「てめぇ!」
「はい、涎を拭く」
振り向きながらの兎月の怒声を、千歌は額に指を突きつけながら止めた。まったくもって、だらしがない。
「お、おう」
「昨日、今日と寝てばっかり。……なんかあった? 具合悪いんなら、帰ったら?」
兎月は、確かに真面目な学生だとは言えない。この間のように、学校をサボることも、よくある事のうちだ。しかし、二日続けて丸々寝ているというのは、流石におかしい。体調を崩したのかもしれない。
その問いに、兎月は慌てて涎を拭いながら答える。
「あー、大丈夫だ。ちょっと色々あって、疲れてただけだ。少し寝足りねぇ」
「その色々が何か聞いてるんでしょうが」
「……心配させたか」
声を潜める兎月。外見に似合わず、気の細かい男だ。相も変わらず。そんなことを気にするのだったら、初めから心配させないようにしてほしい。
「するに決まってるでしょう。それぐらい分かれ、付き合い長いんだから。――で、何があったの?」
「……わりぃ」
そう言うと、兎月はそっぽを向いた。顔を、千歌には見せないようにして。
「言えないんだ……私にも」
「あぁ……」
そのまま、二人は貝のように黙り込んだ。
余計に、聞かないわけにはいかなくなった。もしも何かしら危ないことに首を突っ込んでいるのなら、止めさせなくてはならない。絶対に。
千歌は、拳を強く握り締める。
そのためには、何をしていたのか、聞き出さなくてはならない。
叩きつける。拳を、兎月の机に。ひりつくような僅かな痛みが拳に伝わり、同時に机が震えた。板に釘を打ちつけるような音にクラスメイト達が振り向くが、何が起こったのか見ると、直ぐに談笑や予習に戻る。
「どうしても?」
可能な限り、凄んでみせる。それでもあまり迫力はないし、むしろ滑稽なだけだとは、自分でも理解している。だが、仕方がない。
「二時間目、始まるぞ」
こちらに瞳を向けぬまま、兎月は言い放つ。まるで無関心。そう言いたいかのように。ふざけるな。
「危ないことなら、やめて」
「――心配すんな、大丈夫だから」
ならば、何故自分のことを見ない。見られないのではないか?
今は聞いても無駄なのだろうか。
「本当なら、いいけど」
言って、千歌は自分の席に戻った。本当に、大丈夫なのだろうか――そんな心配だけは最後まで抜けないまま。
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立ち去る千歌を見ないまま、兎月は心中でレオンに話しかける。今までは実際に口に出していたが、別にそんな必要は無い。
――なぁ、レオン。
――なんでしょう、兎月。
――敵は、今回ので終わりじゃあないんだろう?
――恐らくは、そうでしょう。
ならば、続くのだろう。今日のようなことが。千歌を欺き続けるのは、心苦しい。
無言のままで居ると、レオンが問いかけてきた。
――嫌になりましたか?
――一度始めたことだ、最後までお前に付き合うさ。ただ、な。
言葉を切る。ざらり、とした違和感のようなものが心中に存在していた。
それにレオンは何も返さず、そのことが少しばかり有難かった。
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知るものの少ない海域に存在する孤島。
しかし、島と名がついているが、実際は島ではない。其処は自然の陸地によって作られたものではない。鋼鉄の地面によって形作られた、洋上の巨大建造物――ギガフロートなのだ。
名を、戦艦島と言う。
戦艦島では、多くの人間が生活をしている。一つの目的のために。
キッチンでは料理が作られており、研究施設では現行の最先端技術の一足先と同時に、全くもって技術レベルの異なるものの解析が行われている。格納庫では、巨大なロボットの整備と、今は大破しているロボットの修理が行われていた。
人種、国籍、年齢、性別――全てがばらばらの彼等は、全員が修正者なのだ。
そんな彼等が、今はそれぞれの作業場に居ながら、全員が手を止めて手近にあるモニターに目を向けていた。滅多にないことである。
モニター上に写し出されているのは、本に囲まれた部屋に居る仮面の男――修正者だった。
椅子に座っていた修正者は、立ち上がると、オペラ歌手のような身振りで、みなに語りかけた。
「やぁ、諸君。喜んでいただきたい。我々の戦いが始まったことを」
大破した愛機の近くに居ながら、周防 命はそれを見ていた。その瞳が熱く濡れている。
「私がこの戦いを始めたときは、一人だった。しかし、今やこの戦艦島に居る全員が私の同士――修正者だ。なんと、なんと喜ばしいことだろうか」
格納庫で、背部に巨大な翼とも射撃武装ともとれるユニットを装備したロボットの中で、片目に顕微鏡のレンズにも似た機械仕掛けのアイパッチをした若い男――ハチェット=ホークがそれを見ていた。
「ならば、達せられる。一人で不可能なことでも我等全てが一つの修正者となることで、目的は達せられる」
金色の長髪を腰まで垂らした、眼鏡の男――エルネスト=イェーガーが、食堂のテーブルに着いて、眼前で手を組みながらそれを見ていた。
「世界は間違っている。世界は歪んでいる。故に、正されなくてはならない。我等、修正者の手によって」
個室のベッド上で膝を抱えながら、それを見ている少女が居た。
「さぁ、行こう。喇叭を吹き鳴らし、天使を連れて。これが我等の戦いだ」
戦艦島に居る全ての人間が、それぞれの場所で、この演説を見ていた。
「この、歪んだ世界に、終焉を」
演説が終わった瞬間、その全員がまるで瞬間的に沸騰したかのように沸いた。
彼等は修正者。世界を否定する者達。
Episode1 the Leon heart ――end .
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