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閉じない世界に約束を
作:下降現状



獅子の心・8



:――:

 モルフィング/命は、敵が新たなる武器を使おうとするのを妨害しなかった。
 ゆるり、と構えて命は呟く。
「私の目的はあなたの全てを見ること。ならば、待ちましょう、貴方が勝負札を切るまでは」
 まずは全てを見る。修正者より与えられた任は果たす。当然のこととして。
 そして、その上で敵を撃墜する。それが最上だ。
 だが、それが平坦に出来ることではないことも、命は理解していた。敵はこちらのミサイルを、全て空中で迎撃した。そして、不意を撃たれたとはいえ、片腕を一撃で持っていかれている。敵機の性能は、モルフィングを大きく上回っているようだ。それは認めなくてはならない。
 認めた上で、勝つ。粉砕する。
 命はプラズマ・セイバーシステムを限界まで――いや、むしろそれを遥かに超えて稼動させる。右腕下部に発生していたプラズマ級が、水風船のように大きく膨れ上がる。それと同時に、紫電の走る回数や、ばちりという破裂音の鳴る回数も増える。プラズマ・セイバーシステムの限界超過駆動は、プラズマの大きさ、威力と引き換えに、安定性を著しく欠いてしまう。しかし、それでいい。
 安定性よりも、破壊力。今必要なのは、そちらだ。
 幸いにも、敵機が繰り出そうとしている攻撃――恐らくは切り札となるもの――も、近接戦闘用のものらしい。ならば、一合の撃剣で斬って落とすことも可能だ。その程度の技量は持ち合わせている。代わりに、武器には確実に一合で敵を仕留められる威力が最低限必要になる。故の、限界超過稼動だ。
 理想は後の先――カウンターである。敵の攻撃を先に打たせつつ、それが届くよりも早く、一撃。不可能ならば――敵の攻撃をプラズマ・セイバーで焼き斬りながら、そのまま反撃。
 負けるつもりはない。
 そう思い、命は身を引き締める。
 勝負は、刹那のうちに決まる。大事なのは、精神の集中だ。

:――:

 マテリアル・サイブレード・オーバードライブ『獅子殲刀』。
 獅子双牙と同系統の近接兵器でありながら、その性能は大幅に異なっている。使い勝手、再展開のしやすさを重視した獅子双牙と違い、獅子殲刀が重視したのは、ただ只管に一撃の破壊力である。最早異形と化すまでに高められたマテリアル・サイの密度により、その刀身は異常なまでの重量と硬度を誇るに至っている。硬度はモース硬度で二七、並のオリハルコン合金を超えている。
 また、切っ先の鋭さもその破壊力に貢献している。もっとも鋭い部分の薄さは、モノフィラメントとほぼ同じだ。
 それにより、獅子殲刀は、異常なまでの質量を/極端に狭い面積に/レオンハートの膂力で打ち当てるという、単純にして凶悪なる攻撃を打ち込むことを可能とする。その一撃に耐えられるものは物理的に存在しない。
 ずしりとした、頼もしい重量感のあるそれを構えて、兎月/レオンハートは敵を見据える。砂埃の果てに、敵機は居た。隻腕となり、そこに先ほどまでとは比べ物にならない大きさの、プラズマの光を灯しながら。
 敵も、同じなのだ。真っ当な手段ではレオンハートに勝てないが故に、カウンターで斬って落とすことを選んだのだろう。
 戦闘とは、コミュニケーションなのかもしれない、と兎月は思う。ただ一つの言葉すら交わしていないのに、兎月は敵のことを理解している。敵も同様だろう。振るった剣先が、放った弾丸が、交わした拳が、言葉以上に互いのことを語るのだ。
 どちらも、凍りついたように動かなかった。ただ、空気だけが痛いほどに張り詰めていく。
 日は徐々に沈んで行き、周囲はどんどんと静寂と闇が支配圏を拡大している。
 まるで、吹雪が荒れる雪原に、二体の樹氷が立っているようだ。
 ひりつく感覚に、兎月は吐き気にも似た、胸の悪寒を覚えた。どちらかが斬りかからなければ、これは永遠に続くのかもしれない。
 そして、恐らくは敵機から斬りかかってくることはない。後の先を取るつもりなのなら、まずは敵に打たせる必要があるからだ。
 だが――そんなことは関係がない。カウンターしたいのなら、させてやる。そしてそれを真正面から打ち破る。獅子殲刀は、そのための武器だ。
 呼吸を一つ。そして、敵を見据える。
「行くぞ」
 呟くような静かな言葉とともに、レオンハート/兎月は地を蹴り、同時にスラスターを起動/背後から響く爆裂音/置き去りにされる景色。
 同時に、仮面の敵機も腰部のスラスターを起動。
 焔をまるで爆発であるかのように噴射させながら、刹那の間に二機は接近する。
 まるで、宇宙空間で交錯した流星のように見えたかもしれない。
 レオンハートが獅子殲刀を真上に振りかぶる/敵機がプラズマ・セイバーを待機から解き放ち、捻転を加えて右腕を構える。
 二機の動きはほぼ同時だ。
 全ては一瞬の出来事。であるにも関わらず、兎月にはその一瞬がまるでゴムのように引き伸ばされて感じられた。
 自分も、相手も、まるで動画のスローモーション機能で再生されているかのように。ゆるりとした世界/感覚の中で、兎月は敵機目掛けて獅子殲刀を打ち下ろした。

:――:

「――!」
 声が出なかった。
 迅い。
 敵機の打ち込みは、鬼神の如き速度によるものだった。
 命の背に、冷たいものが走り、それは一気に全身へと回る。まるで毒のように。
 落雷のごとく縦一文字にそれをモルフィングに叩き下ろされる姿を、命は幻視する。いや、させられる。頭から股まで、敵機の振るう化け物染みた長さの長刀で一刀両断される姿を。
 命はプラズマ・セイバーを敵の長刀に向けて振った。理によって取った行動ではない。ただ単に、生物的な恐怖が、敵の武器を止めることを望んだ。それは草食動物的な逃走や防御ではない、言うならば肉食動物的な防衛行動だと言えた。
 稲妻のごとき敵の一直線な一刀を、モルフィング/命は月輪のごとく弧を描く一刀で迎撃した。
 薄暗い中、鮮烈な煌きが瞬間的に燈り、交わる。
 全て、刹那のこと。
 ざ、という風凪ぐ音と共に、敵機の長刀は、プラズマ・セイバー諸共にモルフィングを叩き切った。刀の軌道上に何も存在していないかのように全てを無視して飲み込む、魔の一太刀だった。
 幸運にも、斬撃は機体の中心線からずれているので、コクピットに直撃はしなかった。しかし、戦闘の続行は不可能だ。命の脳内に送り込まれるデータの全てが、そう結論付けさせている。
 美しい一太刀だ、と命は思う。斬られた側であるにも関わらずそう感じさせるような、防御不可能な攻撃だった。そういう一撃には、常として、魔物のような恐ろしさと美しさが同居している。
 プラズマ・セイバーは長刀を灼き斬るはずだった。しかし、敵の長刀は恐ろしいほどの密度や耐熱性を持っていたのだろう。あの打ち込みを止める方法は、恐らくは存在しない。神技を超えた、魔技。そんな一太刀。
 ――私の、負けだ。
「ふふ」
 そうと認識したとたんに、命の口から、笑いが漏れた。
 恐怖や絶望から狂ったわけではない。この笑みは、愉快が作り出したものだ。
 負けたのは残念だ。悔しいといってもいい。だが、それよりも重要なのは、敵に勝負札を切らせたということだ。本来の目的は果たしている。
 ならば、総合的に見て、負けてはいない。修正者の望みは果たされた。
 だから、笑う。妖艶に。
「口惜しさも名残惜しさも在るうちが華。また会いましょう、私の敵。次は、負けませんから」
 言うと、命は転送システムを起動させた。
 空間が、まるでひどく度の入ったレンズ越しに見る光景であるかのように、ある種の規則性とそれ以上の不規則性をもって、ぐにゃり、と歪んだ。

:――:

 敵を両断したという手応えは無かった。
 ただ、敵が真二つになっているという事実を見て、それを兎月は理解した。
 勝ったのだ。
「やったな。あれなら流石にどうしようもないだろう」
 ――離れてください。
 返ってきた言葉は、兎月に問い返す。敵機は行動不能のはずだ。
「なんだ……?」
 ――時空間の湾曲を確認。ここにいては、諸共に飛ばされます。
 冷たい汗が一筋、心中を流れる。
「糞ッ!」
 吐き捨てると、レオンハート/兎月は地を蹴って後方に大きく跳躍した。巻き込まれてやる義理など、当然のことながら存在しない。
 前方の空間が仮面の敵機を巻き込んで、ぐにゃり、と歪む。歪みは一瞬で解消され、跡には何も残っていなかった。
 その重量に地を震わせながら、レオンハート/兎月は着地する。
「面倒なことしやがって」
 ――転移後には、残骸も残っていません。
「全くもって用意周到なこった。ともかく――」
 レオンハート/兎月は、役目を終えた獅子殲刀の刃を分解して、ウェポンラックに収納する。
「勝ったな」
 ――原子力発電所への攻撃も無く、被害は最小限で済んだと言えるでしょう。貴方の勝利です、兎月。
「いや、違うさ」
 思う。自分一人では、そもそもここまで来ようとすらしなかったであろうと。自分をここまで連れてきたのは――
「俺達の勝ちだ。そうだろう?」
 レオンのお陰だ。口煩いし気も利かない奴だが、こいつが居なければ、自分は何がしたいのかも分からないまま、燻っていただけだろう。火は点いているのに、燃えることも無く、ただ煙を上げて、焼けていくかのように。
 ――賞賛である、と認識します。勿体無いことです。
「堅っ苦しい奴だな、まったく」
 顔をしかめる。素直に喜べないのだろうか? この機械は。
 ――私に関する評価はその辺りにしておいてください。これ以上ここに留まるのは危険です。撤退を進言します。
「それもそうだな」
 折角勝ったというのに、自衛軍やらに攻撃されたら、後味が悪い。
「じゃあ、帰るとするか」
 ――認識しました。コロッサス・フォームを解除、レオンハートはレオン・マスティコア・フォームに変形し、結ヶ原に帰還します。
 レオンがそう言うと、兎月の感覚が、視覚や聴覚を残して、自身の身体に戻ってきた。
 外では、レオンハートの内、レオンに必要無い部分だけが、液状化してどろりと地に溶けた。まるで、ホラー映画のモンスターが腐肉を脱いでいるようだ。
 全てが抜け落ち、中からマスティコア・フォームのレオンが現れると、レオンは光学迷彩を再び展開してから、宙に飛んだ。












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