獅子の心・6
:――:
「おー、長かったな」
「大か」
「勝手に言ってろ」
トイレから出てきた兎月は、二人に向かってそう言うとテーブルに紙幣を置いた。
「急用が出来た。すまねぇが、ラーメン代払っといてくれるか?」
「なんだ、また遺跡でも見に行くのか? 即効で俺に物頼みやがって」
「いや」
茶化すように言う圭一に向かって兎月は笑う。浮かべた笑みが苦笑なのか、嘲笑か、兎月には自分で確認できない。だが、気分は晴れやかだった。ならば、浮かんだのは純粋な笑みだと思いたい。
「日本を救ってくる」
「……何行ってんだ、お前」
「終に壊れたか」
「まぁ、何はともあれ頼んだ」
呆れ顔の圭一と、何を考えているのか――何も考えていないのかもしれないが――分からない華介に背を向けて、兎月はラーメン屋・有限亭を出た。店から出た瞬間、一陣の突風が吹いた。祝いか、呪いか。
どちらでも構わない。風よ、勝手に吹け。
「来い、レオン」
――認識しました、兎月。
声が聞こえると同時、兎月の眼前で、轟音と砂埃が巻き起こった。同時に、アスファルトが歪む。その形は、巨大な猫の――否、獅子のものだ。
それを確認したと思ったときには、兎月の視界は即座に変容していた。今その両目に写っている光景は、あの、棺桶のようなコクピットのものだ。
――収容を完了。
何処からどうやってかは分からないが、レオンは兎月をその内部に入れたらしい。そろそろ、デタラメにも慣れてきた。
操縦桿にあたる、マテリアル・サイの沼に手を入れる。視覚が兎月自らのものから、レオンのものに切り替えられる。そこそこな高さから見る、見慣れた光景=結ヶ原がそこにあった。
――特異点炉、高速演算開始。最大出力で現場に向かいます。
「よし、跳べ!」
命ずる。レオンのライオン形態――マスティコア・フォームでは、思考による操縦は出来ない。自分の身体と違っているものを動かすだけでも違和感が有るというのに、骨格から違う四足獣と同期させようものなら、その結果は分かりきっている。
跳躍。後ろ足でアスファルトを蹴ると、レオンは宙に舞い上がった。同時に、機体のあちらこちらが開く。開いた先にあるのは、スラスターだ。スラスターはレオンバスターと同様の原理で推力を生み出し、またその推力のみでレオンをミサイルのように飛ばした。
目的地は茨城県だ。
:――:
海岸線の道路を、モルフィング/命は歩いていた。二〇メートル級の巨大ロボットが一歩足を踏み出すたびに、大地は鳴動しアスファルトがチョコレートででもあるかのように割れる。
急ぐ必要はない。正確には、目的地に到着する必要すらない。ただ、敵が自分たちの目的に気づく程度には優秀であることを願いながら、のろりと行く。
装備は工作用のドリルではなく、戦闘用装備の一つ、アサルト装備を用いている。空戦能力こそ無いものの、両手に装着したプラズマ・セイバーシステムの溶断能力や、背面から展開されるミサイルランチャーの破壊力、腰部や脚部に取り付けられた多方面スラスターによる機動力は、バランスの取れた戦闘力を持っており、命が気に入っている装備の一つとなっている。
バランス、汎用性。それこそが、命がモルフィングを愛し、使っている理由だ。修正者が要する機体は他にも複数あるが、全て何処かが特化したものだ。それこそが強さであることは理解しているが、命には歪さに感じられて仕方がなかった。
モルフィングは、その歪さが無い。ストレート/ノーマル/無個性。しかし、その代わりに、様々な装備を使いこなし、武装やパーツを換装する事が出来る。それ故に、ありとあらゆる戦場で戦うことが出来、最も修正者に貢献することが出来る。
歪で斑な力など要らない。ありとあらゆる場面で、修正者の力となる。それこそが命の望みだ。
同時に、それが唯一修正者に報いる法だとも思っている。
自分に道を示してくれた、修正者に。
感傷に浸っていると、モルフィングのレーダーが飛来してくる何かを捉えたことを、命が脳内にインプラントしたチップに伝える。
衝撃波を撒き散らしながら飛んでくるそれの方向に向かって、モルフィング/命はその首/新調した仮面を向けた。
しかし、光学センサー=通常の視覚では、捉えられなかった。光学迷彩の類でも展開しているのだろうか。恐らくはそうだろうと判断した命は、自分の視覚野に投影される映像を、外部カメラの光学センサーから、レーダーのものへと変化させる。命の網膜に写る景色/正確には写っていると感じている景色が、色の無いものへと変わる。
変化は色が無くなっただけではない。今までは存在しなかったものが、命の眼には見えていた。
視覚を切り替えた瞬間には豆粒としか見えなかったが、徐々にそれは輪郭を詳細にし、また命から見て大きくなってきている。
近づいているのだ、四足獣の姿をしたものが。
「来ましたわね、私の、私達の敵」
:――:
――敵機を確認。
「ああ、見えてる」
山を越えた先の海岸沿い道路。道路が山に広がる緑と、砂浜の白を道路の灰がくっきりと分けている。道路は曲がりくねっており、建物は然程ない。もう少し道路を行くか、戻るかすれば、寂れた港街か山奥の村に着くだろう。
視線の先に広がる光景の中、敵は居た。前回に比べると、どうやら装備は重装であるらしく、下椀部には何かのユニットが取り付けられており、腰や背中にも装備が増えている。
そして仮面だ。
以前の無機質なものに比べれば、右半分に青いファイヤーパターンにも似た紋様が入っており、幾分か自己主張が感じられた。主張は仮面を破壊されたことへの怒りだろうか。
仮面の復讐機――とでも言ったところだろうか。
だが、リベンジが必要なのはこちらも同じことだ、と兎月は思う。今度は完全に叩き潰してやろう。近づいてくる――近づいているのは自分なのだが――敵に敵愾心をぶつけた。
「突撃したまま、ゴーレム・フォームに変形して、特攻をかける」
――認識しました。ゴーレム・フォーム変形と同時に、コントロールをプレイヤーに委譲します。
レオンがいうと同時、マスティコア・フォームのレオンは、光学迷彩を解除。同時にゴーレム・フォームへの変形を瞬間的に行う。ミサイルのような超高速での突撃は継続したままだ。
風を切り裂きながら/或いは風そのものと同一化しながら、ゴーレム・フォームとなったレオン/兎月は右拳を振りかぶる。眼の前には、仮面の敵機。
後は、殴りつけるだけ。
「喰・ら・えぇッ!」
拳。
思い切り振りかぶったそれを、突撃の勢い諸共に仮面に叩きつける。それはさながら、小規模の隕石と言ってもいいものだ。
衝撃が右拳に伝わり、恐らくはそれ以上の威力を敵に与えたことをも同時に伝える。続けて、轟音。
拳を受けた敵機の仮面には亀裂が入り、機体は突風に薙ぎ払われた傘のごとく吹き飛ばされ、山肌に叩きつけられた。
スラスターの噴射を止め、レオン/兎月は道路上に着地する。着地したときには、敵機は立ち上がっていた。
「さぁ、一発くれてやったぜ」
――敵機の損傷軽微です。
「だろうが、気分は良いさ」
言いながら、獅子双牙を取り出す。長剣二刀の逆手持ちだ。構えたときには、敵機は既に立ち上がっていた。敵機も同様に、構えを取っている。下椀部のユニットの一部、丁度手首下の部分が、球状の放電現象を起こしていた。
「あの武器が何か、分かるか?」
――現象からは、プラズマ化を用いた溶断兵器――恐らくは、プラズマ・セイバーであると推測されます。
「どれぐらいまで届くか、分かるか?」
――システムの簡易さから推測するに、大凡長刀程度の間合いでしょう。射撃能力は、あの装備に限って言えば無いと言っていいでしょう。
「くらったら、どうなる?」
――ゴーレム・フォームのマテリアル・サイ装甲密度では、ひとたまりも在りません。触れるより早く、無効化されるでしょう。
「話にならねぇな」
舌を打つ。そうなると、獅子双牙を取り出したのは失敗だった。そのような武器を相手にとって近距離戦など挑もうものならば、簡単に消し炭にされるだろう。向こうも恐らくは射撃武器を用意しているだろうが、獅子双牙でプラズマ・セイバーの相手をするよりはマシだろうと兎月には思える。
構えたばかりの獅子双牙を収納。レオンバスターに手をかけたところで、レオンが声をかけた。
――それよりもいい提案があります。
「何だ」
――コロッサス・フォームの使用を提案します。
コロッサス・フォーム。聞き覚えが在る。確か、昨日レオンが言っていたこの機体の真の戦闘形態とでも言うべき形態のことだ。具体的なスペックの事も言っていたような気がするが、睡魔に敗北した兎月は覚えていない。
「それなら、勝てるっつーのか」
――より確実に。
まだ数日の付き合いであるが、兎月はこのAI――レオンのことを少しずつ理解してきていた。堅物で、妙に子供っぽいところがあり、正確。間違いは言わない。ならば、そうなのだろう。コロッサス・フォームならば、勝てる。
兎月は言う。
「なら、躊躇う必要はねぇな。コロッサス・フォーム、使うぞ」
――認識しました。
レオンがそう言うと同時、兎月の脳内に一つの単語が突然投影された。
メビウス計画始動。
音でも無く、文字でも無く、ただ印象として投影されたその単語が何を示しているのか、少なくとも兎月にはまったく心当たりが無かった。
コロッサス・フォームと何か関係がある言葉なのだろうか?
――危機の増大、確認。プレイヤーによる発動、承認。周辺状況、問題無し。特異点炉、ドライブ。
兎月の脳内に投影された単語のことなど見えていないかのごとく――或いは、実際に見えていないのか――レオンはメッセージを読み始める。流暢に流れるその調子は、まるで清流のようでもある
そして、最後の単語が読み上げられた。
――獅子心・起動。
|