獅子の心・4
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身を投げ出すようにして、着替えもせずに兎月は自室のベッドに仰向けに倒れこんだ。それが、自宅に着いてから最初にしたことだった。
兎月の部屋は机と本棚、ベッドにクローゼットがある程度の、一般的な部屋だ。本棚は古代文明やオーパーツなどの本が納められ、漫画や教科書はあちらこちらに散らばっている。その所為で、全体的には粗雑な印象を見るものに与えていた。
母からは遅くなったことを咎められたり、さっさと夕食をとれと小言を言われたりしたが、そんなことよりも横になりたくて仕方がなかった。頭痛と吐き気は何とかおさまったものの、疲労はまだ抜けておらず、座っているのすらだるくて仕方ないような状態である。
ある意味では当然だ。それぐらいのことはしているのだ。
脳内に、先のことを思い浮かべる。突如襲い掛かってきた巨大ロボ。偶然見つけたライオンロボ――レオン。戦闘。存在自体が喧嘩を売っていると評されるほどの目つきの悪さの所為で喧嘩慣れ自体はしているが、これはそんな経験が役立つようなレベルの問題ではないのだ。
右手を天井に向けて翳し、拳を握る。何故か、身体の反応が一瞬遅れているかのような違和感を得る。レオンを降ろされてから、兎月はずっとそれを感じていた。
「身体が自分のじゃねぇみたいだ」
――初めてでしたから、仕方がありません。慣れることによって、頭痛や吐き気も起こらなくなります。
「なっ……!」
突然の声に、思わず上体を起こし、周囲を見渡した。が、やはりこの部屋の中には自分以外誰も居ない。にもかかわらず、声がした。いや、これは声というよりも――
――レオンの支援AI・レオンです。貴方の体内に存在するマテリアル・サイを用いて通信を行っています。
この、情報を直接認識しているような感覚は、あのライオン――レオンのものだ。
「勝手に話しかけるな!」
――しかし、私達にはコミュニケーションが必要です。何よりも貴方が現状を確認し、認識するために。戦闘時には答えられなかった質問も多かったことですし。
確かにそうかもしれない。今日のことは余りにも分からないことが多すぎる。敵に関することはわからないらしいが、それ以外にも聞かなければならないことは多い。例えば――
「お前は何者だ」
兎月は問う。
レオンはあからさまなオーバーテクノロジーの塊である。
現行のテクノロジーで人型のロボットを動かすことは可能だ。飛んだり跳ねたりすることも。しかし、それは人間の大きさに限った話である。レオンほどのサイズになってしまえば、恐らく歩かせるので精一杯だろう。
現在通信に使われている、マテリアル・サイも分からない。現在のナノテクノロジーの水準などは問題にならない、正しくオーパーツとしか言いようがないレベルの超技術だ。BMIとして見ただけでも、兎月の知る現在の電脳技術――スティモシーバーが主に福祉用として用いられ、先天性の障害に対する現在ベストの回答とされている――を遥かに超えている。
そんなものが、何故山の中から出てきた?
超古代の遺産か何かなのだろうか? いや、違う。
兎月の問いに、レオンはこれという感慨もなく答えた。
――その問いに対する回答は不可能です。
「何故だ」
――私の中にあるデータは、全てがステイシス解除されているわけではありません。回答不可能な問いも存在します。
「分からないから答えようがない――ってか?」
――有体に言えば、そうです。
「コンピュータだのナノマシンだの言ってるんだから、お前は現代技術を使ってるはずだよな?」
しかし、そう考えると、皆神山の異常とレオンに因果関係は無かったことになる。皆神山の異常が発見されたのは、随分と昔のことだ
――それは違います。私の使用言語は、貴方の使用している言語と単語を基にして構成されています。故に、固有の名詞や訳しがたい文に関しては意訳に近い形を取って、貴方の脳内から、対象となる事象に似た言葉や文脈で構成しています。誤訳が無いわけではないでしょう。
「つーことは、お前がナノマシンと言ったものはナノマシンっぽい何かで、コンピュータって言ったのはコンピュータっぽい何かだってことか?」
――その認識が正確でしょう。
だとするならば、こいつが何なのかは結局分からないということだ。超古代文明の遺産なのか、宇宙人の落し物なのか、或いはそれ以外の何かなのか。
何かしら、手がかりを掴めないだろうか。
「お前は何のために作られた? それも全く分からないってのか?」
――敵と戦い、それ打ち破るために。
つまるところ、純戦闘用。もう少し突っ込んでみるとする。
「敵って、なんだ? 今回戦った奴等と別にそんなのがいるのか」
――回答は不可能です。今回遭遇したアンノウンがその可能性も存在しますし、そうでない可能性もあります。或いは、既に消失している可能性も。
少し、呆れた。
「じゃあ、何か? お前は自分が何なのかも分からずに戦ったのか」
――あれは当機狙っていました。倒さなくてはなりません。それだけは分かっています。
はぁ、と溜め息をついた。結局分からないことばかりということなのだろうか。
――貴方には慣れてもらう必要があります。まだ、私達の戦いは始まったばかりなのですから。
「おいこら」
レオンの言葉に兎月は反応する。
――どうかしましたか。
「俺はもうお前に乗るつもりはないぞ」
あの時はそうする他に無かったから、レオンに乗っただけだ。今後、レオンに乗ってどうこうするつもりは無い。
――ですが、当機のプレイヤーは貴方です。
「だからどーしたよ」
憮然として、兎月は続ける。
「んなことは俺には何の関係もねぇだろうが。俺はもうお前には乗らねぇ」
――その所為で、誰かが死ぬとしてもですか。
「てめぇッ!」
瞬間的に頭に血が上り、兎月は思わずベッドを蹴飛ばすように立ち上がった。まるで逆鱗を撫でられたかのごとく、自分でも不思議なほど軽く、感情が沸点に達していた。自分は何にここまで怒っている?
――事実です。先刻のアンノウンが現れた場合、この国の自衛軍が有する戦力による対抗は不可能です。
「お前だって言うほど強くはねーだろーが」
心中の熱いものを持て余しながら、兎月は言う。沸点まで上がった熱は、急には下がらない。
事実上、前回の戦闘は負けだ。もう一度あの機体とあたった場合、どうなるかは想像に難くない。
――それは誤解です。当機は前回の戦闘において、その戦闘能力の全てを使用してはいません。
「負け惜しみか? 他に装備なんかなかっただろう」
――私は敵機の装備を工作用のものであると判断しました。故に、当機最強の戦闘形態――コロッサス・フォームを使用していません。
「コロッサス・フォーム……」
――次は、勝ちます。
は、と兎月は嘲笑う。
「どうだかな」
やはり負け惜しみのような気がする。語り口など印象からは理知的に見えるが、存外にこいつの本質は子供っぽいところがあるのかもしれない。
兎月の感慨を裏付けるかのように、レオンは反論する。論調は時を刻む針のように淡々としたものだ。
――反論させていただきます。コロッサス・フォームの戦闘能力はゴーレム・フォームと比較にならない程の……
と、レオンの言葉の途中で、兎月の端末がポケットの中で鳴った。
「あとにしろ」
取り出して相手を確認する。相手は千歌だった。何の用だろうと思いながら着信を受けた。
「おう、どうした」
「どうしたじゃないってのよこの馬鹿ッ!」
思わず端末を耳から放して、それでもまだ鼓膜の奥底に突き刺さってくるような怒声が聞こえた。
「行くなって言ったでしょ! しかも行った先は何か大変なことになってるじゃない! 配信されたニュースで見たけど、何あれ! 父さんに繋いだら、あんたも何かなおかしなことになってるみたいだし!」
言葉を弾丸とする機関銃で、端末越しに兎月は途切れることのない掃射を浴びせられる。とても耐え切れない。思わず身をすくめながらも、兎月は千歌に話しかける。
「少し落ち着け! 俺は何ともねぇよ。先生も大丈夫だ」
「……本当?」
千歌の返答は、僅かな間を空けていた。疑いという名の間だ、と兎月は思う。仕方ないことだろう。
「本当だ。嘘はつかない、約束する」
これは本当だろうか。確かに自分は怪我をしたりしたわけではない、しかし何もなかったわけでもない。ちくりと胸に針が刺さった。
だが、本当のことを言ってどうする? 千歌は信じないだろうし、余計な心配をさせるばかりだ。
「ん、信じる。約束は守るからね、あんた」
「ああ……」
声のトーンが僅かに落ちた。
「じゃあ、切るから。明日はちゃんと最後まで居なさいよ」
「ああ……心配させてすまなかった。悪かったよ」
「そう思うならちゃんと私の言うこと聞きなさい。私を心配させたことより、私の言うこと聞かなかったことが悪いの。反省しなさいよ、この馬鹿」
その声を最後に、千歌からの通話は途切れた。
通信の途切れた端末を耳から話して、兎月は呟く。
「そうだな」
恐らく、本当にそうするべきだったのだろう。千歌の言うことは何時だって正しい。
もうさっさと寝てしまおう。そうすれば、きっと少しは身体も良くなっているだろうし、精神も整理ぐらいはつく。そう思い、端末を床に放り投げ、自らの身体をベッドに向けて放り出した。
――話は済みましたね。では、先ほどの続きです。
身体がベッドに沈み込んだ瞬間、レオンは再び口火を切った。千歌と違って淡々としたペースであるが、その途切れる様子の全くない言葉の河は、兎月の精神を、上流から下流に流されて丸くなった石のように磨耗させるには十分だった。
――ゴーレム・フォームでは可変機構との兼ね合いから搭載を見送られたサブウェポンもコロッサス・フォームでは充実しており、密着距離での打撃戦から超超遠距離での砲撃戦にまで対応した正に万能の……
「勘弁してくれ……」
悲鳴すら、蚊が鳴くようなものだった。
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