094 転生者は異世界で何を見る? -初仕事-
「ほれ、お前らのカードだ」
デクストと名乗ったオッサン職員が俺たちに冒険者ギルドカードを差し出してきた。
仮身分証と同じサイズだが、材質がよくわからないのはこちらも一緒だった。表面には名前とランクを示す文字が書かれているとのことだったが、何と書かれているのか俺たちには読めない。
「そういやカードの説明は聞くか?」
「はい。お願いします」
「よしきた。ここには名前とランクが記載されていると言ったが、他にも記載されるものがある。それは直近で受けた依頼の難易度だな」
冒険者にはランクが付けられており、依頼も難易度によってランク分けされている。
これは自分に合わない難易度の仕事を選んで自滅しないようにとの措置ではあるが、自分のランクよりも一つ上下の依頼も受けることができる。
一概には言えないが、カードに直近で受けた依頼の難易度を記載することにより、冒険者自身がカードに記載のランクの上と下のどっち寄りかを判断する材料にはなる。もちろん成功か失敗の表示も含めてだ。
ギルドのルールも聞いてみたが、概ね常識内のことだった。
「で、仮身分証持ちのランクはGだ」
普通はFランクから始まるらしいのだが、仮身分証持ちはGランクからとのことだった。『G』という言葉に妙に憐憫の感情が入っている気がする。
余りにも憐憫の目で見てくるので理由を聞いてみたのだが、よっぽどの田舎者で身分証を持っていなくても、入街税を払えないことはないらしい。
それなのに無一文というところを見ると、盗賊かコボルドに襲われたんだろうということだったが、女性が無事にいるところを考えるとコボルドということになる。
どうもこの世界のコボルドは、なぜか渡すものを渡せば見逃してくれるらしいのだ。ただし、鉄貨一枚でも出し渋ると問答無用で襲ってくるとのことで、討伐対象にもなっているモンスターなのだが割と弱い部類らしく。
まあ弱くても数が多ければやられるのは間違いない。
というわけで、手ぶらで無一文な俺たちは、コボルドに襲われて命からがら逃げてきた……、と思われているらしかった。
「……」
否定したいところだが、本当のところを説明するのも面倒なので黙っておく。
……しかしコボルドは一体何にお金を使うというのか。謎である。
「……コボルドって、モンスターですよね?」
フィアも同じ思いだったようだ。理解できないといった表情でデクストに尋ねている。
「そうだな。だがなぜヤツらが金まで集めてるのか理由はわからん」
どうやらそこまで詳しいモンスターの習性などまではわからないらしい。そこって大事なところじゃないですかね。それとも弱すぎるモンスターの情報なんぞ不要ってことですか。そうですか。
「ま、そういうわけだ。草原にもモンスターは出る。街の外に出る依頼はやめておけ」
「わかりました……。ありがとうございます」
カウンターの前を離れて依頼が張り付けてある掲示板の前へとやってきた。とりあえず依頼を受けて完遂せねば借金返済どころか今晩の飯や宿がない。
なのだが。
「……読めない」
そういえばこの世界の文字は読めないんだった。
やべーぞこれは。
「どうしよう……」
瑞樹はオロオロしている。
フィアは頬に人差し指を当てて小首をかしげている。
仕事を探すでもなく、掲示板の前で固まってる俺たち三人を見かねたのか、カウンターの向こうにいた厳ついオッサンが近づいてきた。
「……もしかして字が読めないのか?」
「ええ……、残念ながら読めないです」
こんなところで見栄を張ってもしょうがないので正直に告げる。
「……三人ともか?」
念のためだろうが、俺たち三人を見回して確認してくる。
「「はい……」」
二人そろっての返事を聞いたデクストは、さらに気の毒そうな表情だ。
「おいおい……、字が読めない三人でよく旅ができたな……。無謀すぎたんじゃねーか?」
いやそんなこと言われても。怪しい神に放り出されたんだからしょうがない。
「まあ言ってもしょうがねーか。んならこの依頼受けとけ」
デクストはそう言うと、掲示板の左端にあった依頼票を引き剥がして俺に押し付けてきた。
「……これは?」
渡された依頼票を見ても読めないので、デクストの顔や周囲を見回してみる。
やはりというか、周囲からも憐憫の眼差しを集めてしまっているようだ。解せぬ。いや理由はわかったけども。
「引っ越しの手伝いだ。普通はこんな仕事は冒険者ギルドにゃ回ってこねーんだが、なんでも危険物有りなんだとよ。
それでGランクの割にちょっと報酬もいいらしい。お嬢ちゃん二人にはちときついかもしれんが、まぁ冒険者にゃ危険はつきものだ」
言うだけ言うと、俺たちの反応も見ることなくカウンターへと取って返し、依頼受理の手続きを勝手に始めるデクスト。
「おい、何突っ立ってんだ。手続きやるからギルドカード持って来いよ」
カードが必要になったのか、カウンターの向こうから声が聞こえる。
なんとなく断れる雰囲気でもなくなってきたし、どうせ文字も読めなくて他の依頼も選べない。
俺はフィアと瑞樹と顔を見合わせると、肩をすくめてカウンターへとカードを提出するのだった。