075 ほっこり
「早えよ」
その日の夜、小太郎の事務所にて。
あれからもう少しだけ情報収集をすべく彩と話をし、すぐに帰ってきたのだ。
楓と彩がオンラインゲームを通じて知り合った友人だとか、お互い初対面ではないが、家を出て彩のところに厄介になるのはこれが初めてだとか、多少の情報は知れたのだ。
そして彩の事務所であったことを報告し終え、軽く夕食を摂ったあとの小太郎の一言がコレだった。
「何がだよ」
ソファの対面に座る小太郎に、何のことかわかっていながらもそう聞き返す。
「家出少女の発見に決まってんだろ」
「あの道具はすごかったですよ!」
小太郎の言葉に反応してフィアが得意げに胸を張ってドヤ顔を決めている。そんな顔も可愛いです。
「だろうな。だからこその早期解決だろう。
……次から探し人系は全部誠にやってもらうか……」
「おいおい、全部は無理だぞ」
小さく掠れたような声だったが聞こえてしまったので、本気ではないものの小太郎に突っ込んでおく。
簡単に見つかって依頼料が入るならむしろ大歓迎だ。むしろ早期発見でボーナスを寄越したまえ。
とは言え全部できないのは事実なのでそこは断っておかないとな。異世界に行って長いこと留守にする可能性もあるんだから。
「わかってるさ」
そこら辺の事情もわかっている小太郎は、肩をすくめている。
「じゃあ仕事も終わったし、俺らはもう帰るわ」
「おう。じゃあな」
ソファから立ち上がりお暇することにする。
フィアも俺に続いて立ち上がると丁寧にお辞儀をしている。
「では小太郎さん。また明日」
「ん? 明日?」
疑問に思った俺が隣のフィアを見つめる。
「おいおい、もう忘れたのか。……金貨の代金受け取りに明日も来るんだろ」
見送る気はないのか、ソファに座ったままの小太郎が呆れたように言う。
ああ、そう言えばそうだったな。明日もまた来るって言ったんだっけ。
……しかし今から帰って明日また来るとか面倒だな。うーむ……。一人だけなら勝手に泊まっていったんだが、フィアも連れてるし……ダメだな。
「……ああ、忘れてた。――そうだな、また明日来るさ」
それだけ言うと俺はフィアを連れて車で帰宅するのだった。
そういえば夜中に走る車にフィアを乗せるのは初めてだったかな。というか夜に外出するのも初めてかも。
「ふわああぁぁ、とっても綺麗です……」
自宅へと帰る途中の小高い丘からの下り坂。それほど大したものではないが、まぁ夜景とでも言えるものが目の前には広がっている。
うむ、これは一度、本格的な夜景というやつを見せてやらないといけないな。
どんな反応をするか楽しみだ。
「あっ! マコト! あの高い塔みたいなものはなんですか!?」
ふと目に入ったのはスカイツリーだ。さすがに夜だけあって目立つ。行くときはスカイツリーが背中にあったのでそこまで目立たなかったのだろう。
というか買い物しにモールへ行った往復時にも目に入ったはずだろうが、特に何も言わなかったな。
あれは車という乗り物にはしゃいでたからかもしれないが。
「あれはスカイツリーだな」
「すかい……つりー……」
ぽーっとした表情で電波塔を見つめるフィアを横目にしつつ答えてやる。
今度連れてってやろうかな。
「あれは何のために建ってるんですか……?」
んん? 何のためだって? えーとなんだっけかな。確か電波塔だっけか?
「……電波塔だったかなあ? あれがあるからテレビが映るんだよ」
「……そうなんですか」
とか言いつつわかってはなさそうだな。
頭は良いといっても、中世ヨーロッパあたりの発展具合だった異世界人に、電波なんて概念がわかるはずもなく。
たまにさくらの部屋にある本を読んだりしてるようだけど、さすがにそういった教科書的な本があるわけもなし。
そんな益体もないことを考えながら帰宅するのだった。
「ただいまーっと」
「おかえりなさい」
誰もいないながらも習慣になっているので『ただいま』と言ったが、一緒に帰ってきたはずのフィアから返事が返ってきた。
思わず隣を見ると、フィアがこちらを見て微笑んでいる。
ああ……、こうやって『おかえり』と言ってくれる人がいるというのはいいもんだな。
さくらが結婚して出て行った以来か……? いやいや、さくらが帰省中に自宅へ帰ることもあるわけで、そんなことはないのだが。
なぜかほっこりとした気分になった。
「えっと……、どうしましたか?」
そんなところに不意打ちのように小首をかしげながらこちらを上目遣いで伺うフィア。
たまらなくなった俺は、そっとフィアを抱きしめた。
「――えっと、あの……、あうあう……」
突然の俺の行動に何を言ったらいいのかわからず、顔を真っ赤にしながらよくわからないセリフが零れる。
そんなフィアの耳元で、俺は囁くように言葉を紡ぐ。
「フィアもおかえり」
自分を迎え入れる言葉だったからか、強張っていたフィアの体から力が抜ける。そして両手が俺の背中に回されたかと思うと、フィアもはにかみながら言葉を続けた。
「はい。ただいまです」