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030 不在

「――あ、甘い! おいしい! しゅわしゅわする!」


 一口飲んで感想を述べると、そのあとはゴクゴク……、と行きたいところなんだろうが、慣れない炭酸に四苦八苦しながら一口ずつ飲むフィア。

 未知の物に興奮してあれは何だと聞いてくる様子もいいけど、やっぱりこう、小動物みたいに飲み物をちょびちょびと飲む姿もかわいいな。

 そのままダイニングテーブルの椅子に腰かけてフィアを眺めていると、周囲に大量に存在する未知の物への興味が、今飲んでいるものを上回ってきたのかあれこれと質問タイムが始まった。


「あれは……」


「IHコンロだな。鍋やフライパンを置いて加熱調理できるぞ」


「……えっ? ……火が出るんですか?」


「いや、火は出ないぞ」


 おもむろに立ち上がるとシンクの下から小さめの鍋を取り出し、水を入れてコンロにかけてスイッチを入れる。


「…………みず、が出た」


 コンロの説明をしているはずなのだが水道に興味が移ったか。食い入るように見つめているがちょうどいい。

 すぐにお湯が沸くわけでもないしな。


「このレバーを下げると水が出るぞ。もちろん魔道具じゃないから魔力は不要だ」


 シンクの前を空けて「どうぞ」と場所を譲ってやると、恐る恐る近づいてきた。

 そしてゆっくりと水道のレバーへ手を伸ばしてレバーを下げて水を出す。


「…………出た」


 そして何度もレバーを上げ下げしては水が出てくるところを下から覗き込んでいる。


「これも『でんき』で動いてるんですか?」


「いや、これは電気じゃないよ」


「ええっ!? でんき以外にもエネルギー源があるんですか!?」


「この水は向こう側からずっと垂れ流してるだけなんだよ。使わないときはもったいないから蓋してるだけだよ」


 なんとも乱暴な説明だがそこは勘弁願いたい。水を流すためのポンプやら浄水やらの話はスルーだ。

 とかなんとかやってるうちに鍋の水が沸騰してきたようだ。


「……あっ、お湯が」


 沸騰するお湯の音に気が付いたフィアが水道の水を止めてそちらを振り返った。

 ちょうどフィアの興味がコンロに戻ったようなので、これ幸いと鍋を持ち上げてやる。


「ほら、火は出てないだろ? まあ、仕組みは俺も知らないんだけどな」


 電磁誘導だかなんだかそういうものらしいけど、だからと言ってそれを詳しく説明できるわけでもないし、中途半端な知識なので知らないことにしておく。

 その後も冷蔵庫から氷を出してやったり換気扇を回してやったりお腹がすいたので冷凍ピラフを電子レンジで温めて出してやったり食洗器で食器を洗ったりして、フィアの百面相を堪能したあとに自室に戻ったのだった。


 部屋に戻るとちょうど机に充電したまま放置していたスマホが着信音と共にぶるぶる振動していた。

 うむ、そういえばスマホも部屋に放置したままだったな。家の中じゃ携帯しないので、たまに友人や妹から連絡がつかないと怒られるんだよね。

 充電ケーブルを外してスマホを手に取る。画面には『榊小太郎』の文字がある。


「な、なんですか!? この音は!?」


 フィアが慌てふためいた様子で周囲をキョロキョロしてたが、俺が手に持っているものが目に入ったようでその物体――スマホを凝視している。


「あー、これは遠くの人と会話や情報のやりとりができる道具だね」


 相手を待たせるわけにもいかないので、一言で説明するとすぐに電話に出る。


『おう、誠、生きてるか』


 聞きなれた声が電話の向こうから響く。中学以来の腐れ縁というやつかな。

 今ではこいつの仕事を手伝ってやったりすることもあるので、たまには顔も合わせる。


「小太郎か。ちゃんと生きてるよ」


「えっ? 誰かいるんですか?」


 相変わらずのあいさつに苦笑交じりに答えていると、隣からフィアの突っ込みが入る。


『ん? 誰かいるのか? ……って女の声じゃねーか! おいおい、どうなってやがる……』


 おい小太郎。お前は俺を何だと思ってるんだ。無職だから出会いは少ないが、これでもDTではないぞ。

 つーかお前経由でできた女性の知人が一番多いだろうが。そのくせに経由元である本人がDTとはどういうことだ。むしろお前こそどうなってやがる。

 とりあえずフィアには静かにしてるようにジェスチャーで示しておく。


「んなこたどうでもいい。で、何の用だ? もしかして仕事か?」


『ちげーよ。……いや違わなくもないが、本題じゃない。

 さくらちゃんから兄貴に連絡つかないって電話がかかってきてな。お前返信くらいしてやれよ……』


 さくらというのは俺の妹だ。三年前に結婚して家を出て行ったんだが、一切連絡を取らない寂しい関係でもない。

 よく考えれば一週間近く不在だったな。下手すりゃ捜索願とか出されててもおかしくなかったかも……。


「ああ、わかったよ。サンキューな」


 冷や汗を大量に垂らしながらかすれた声で返事をする。


『で、仕事なんだが問題ないよな? どうせ暇だろ?』


 確かに無職ですけどね。


「……いやすまんね。ここんとこ立て込んでて忙しいんだよ」


『なんだ、バイトでも入れたのか』


「……そんなとこ。今日もこれから出るからまた今度な」


 若干の躊躇いの後にお断りする。割と面白い仕事が多いので手伝ってやりたいのは山々だが、今はそれどころではない。

 小太郎の仕事は『なんでも屋』だ。本当になんでもやるみたいでその仕事内容は豊富だ。

 迷いネコ探しから素行調査、小太郎自身が空手の有段者というのもあって、荒事な仕事も引き受けているのだ。


『おう、そうか。ま、お前と連絡ついただけでもよしとしとく』


「へいへい、じゃあな」


 最近楽しくて異世界旅行を満喫していたが、友人や妹への不在の言い訳を考えておかないとダメだな……。

 電話を切ってスマホを確認すると、そこには妹からの大量の着信履歴とメールがきていたのであった。

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第六回ネット小説大賞受賞
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