016 物語1 -自己紹介-
「は? 何をわけのわかんねーことを言ってんだ。つか勇者ってなんだよ……」
黒髪短髪の少年はまったく納得のできない様子で腕を組んでいる。整った顔立ちのイケメンである。こんな状況だというのにそこまで取り乱したりしないのはさすが主人公? といったところか。
一方もう一人の少女はストレートの黒髪を肩まで伸ばした、ほっそりとした体形の、しかし出るところはきちんと出ている美少女である。
「……これが、勇者召喚!? チート能力と現代知識で俺TUEEEEEできると噂の……!!!」
ダメだこりゃ。
さすが主人公とか思ったけどなんという残念美少女か。しかも一人称が『俺』なのか? 「俺TUEEEEE」という、ある意味標語的な使われ方をされただけだと信じたい。
ちょっと俺も冷静になってきたぞ。モンスターズワールドではない、異なる物語の中に入るというえらいことをやらかしてしまったが、いい加減落ち着かないと危険だ。
「ここはアリアドニス王国で、あなたはその国王だと。そして、この国に訪れている何がしかの危機を乗り越えるために、俺たちを強制召喚したということかな?」
現在の状況を確認する意味でも相手の言葉を解釈して自分でも口に出す。
パソコンを落としていたせいで、近くにあった小説の中にでも入ってしまったのだろうか。
現代日本人が異世界から勇者として召喚されるところから始まる小説は、いくつか持っていたはずだ。内容を覚えてないので、この国王が信用できるのかどうかがわからない。
というか、「召喚に応えてくださり」という言葉が微妙だ。断れたっぽく聞こえるが、召喚された二人を見ると強制なんじゃないかと思ってしまう。
「ふむ。言い伝えでは力を貸してもよいと考える勇者が召喚されるとあったが、確かに反応を見る限り納得されてここにいる、という感じには見えんな」
もし強制ならそれは、今にも俺が仕立て上げられようとしている誘拐となるわけだが自覚はないのかな。
って俺もやべーな。というか帰れないんだからもう手遅れなのか。
「もしそうであれば大変申し訳ないことをしました……」
後ろの神官が一歩進み出てそう謝罪する。
「うむ、そうじゃな。謝罪の意も込めて待遇は厚くしようぞ。
いろいろ説明したいこともあるが、ここで立ち話をするのもなんじゃな。移動しようと思うがかまわんか?」
国王がこちら四人を順に見渡して告げる。
「……ああ、そうだな」
顰め面のままの少年が静かにつぶやく。少女はまだ一人でブツブツ言っている。さっきから黙ったままの王女様はワクワクした表情から変わっていない。
俺も喉が渇いたし、ここで立ち話はゴメンだ。
「では、参りましょう」
一歩進み出た神官がもう一歩前に出てこちらを促す。国王は鷹揚に頷くと、回れ右をして歩きだしていた。
現在は城の会議室である。国王と神官一名、その後ろに護衛の騎士が四名と、俺たち召喚された四人がテーブルを間に挟んで向かい合っている。
どうやら俺たちが召喚された場所は城の地下のようだった。廊下を歩き、階段を上がるまで窓らしい窓ひとつなかったからだが。
石造りの薄暗い廊下と階段を上がり、大きな鉄扉をくぐった向こう側はさすが城という雰囲気だった。その同じ階にこの会議室はある。
「で、だ。オレは帰りたいんで、帰る方法を教えてくれ」
出された水を飲みながら、少年がさっそく切り出していた。せめて自己紹介から入るところじゃないのか。いや、すぐ帰るつもりなら不要か?
「ちょっと、いきなり帰るはないんじゃない。せめて魔法が使えるようになってからでもいいじゃない」
一方少女の考え方は少しおかしい。そこは観光してからとかじゃないのか。魔法が使えるようになるのは確定ですか。そうですか。
「大変申し訳ないのだが、帰り方は私達も知らないのだ。ただ、この世界の魔法もまだまだ発展途上なところがある。可能性はゼロではないだろうが……」
一人残った神官が申し訳なさそうに答える。
「……はん。やっぱりそうかよ。予想はしてたけどな……」
「だってこれで帰れたら面白くないもんね」
少年は肩を落とすが、少女は想像の斜め上を行くようだ。もはや意味が分からない。が、隣の王女様はしきりにうんうんと頷いている。もしやこいつら同類か?
「さて、そろそろこちらの話を進めてもよいじゃろうか」
様子をうかがっていた国王がいいタイミングで切り出してくる。と、神官が便乗するように続く。
「そうですな。まずは自己紹介から。
……わたしはこのアリアドニス国で神官長を務めております、ジョゼ・ライフアドラと申します」
「騎士団長のセシル・グリフィードだ。そしてこちらから順に、団員のミリア・レインフィールド、ド―グル・ベルマン、レイズルード・ラインベルドだ」
騎士団長の紹介に次々と軽く礼をする騎士団員達。
団長はさすがの貫禄である。二メートル近くある身長でゴツイ体格の上にさらにゴツイ鎧を着こんでおり、威圧感は半端ない。
紹介された団員は順に、小柄な女性、狼っぽい獣人族、杖とローブを着こんだ男、だった。最後の人は魔法使いっぽいけど騎士団なのか?
「オレは西條明、高校一年だ」
「私は葛梅穂乃果、同じく高校一年です」
「俺の名前は沢野井誠です」
しがないフリーターです。今は働いてないけど。誰かに養われているわけではないので決してニートではない。
が、俺よりも隣の王女様のほうが気になるだろう。きっと俺のことはスルーしてくれるはず。
そう思って隣に目を向けると、ゆっくりと微笑んでこちらに顔を向けて口に人差し指を当てる。
まあこちらも、信じてもらう根拠もないので王女様だとかバラすつもりはない。
「私の名前はフィアと言います」
座ったままではあるが、青いドレスを優雅に翻して自己紹介をする王女様。
一人だけドレス姿で、所作を見ても隅まで粗が見えない優雅な振る舞いだが、どうやら少女が気になったのはそこではなかったようだ。
「あら、てっきり巻き込まれて召喚っていうパターンかと思ったけど、外国人なの?
周りにそんな人いなかったけど」