123 妄想
お待たせしました。
「なあ誠さん。……やっぱりおれ、異世界に戻ってもいいかな?」
結局翌朝になっても瑞樹は考え込むように終始無言のままだったのだが、ふと顔を上げて俺に最初に発した言葉がこれだった。
「ん? 別にいいが……、昨日の耳のこと気にしてるのか?」
「いや……、そういう……、うーん……。やっぱりそうなのかな……?」
否定しかけるが歯切れ悪くも肯定の返答をする瑞樹。
「改めて人間じゃないって自覚して……、怖くなった……のかな……?」
あの女の子たちに言われたことはもう気にしていないとのことだったが、引き金になったのは間違いない。
あれからいろいろと考え込んでしまったらしい。
人ではない謎の生物が現れたことが発覚したら、捕まって自由なんてなくなっていろいろ調べられ、挙句の果てには解剖されるんじゃないかとか。
それにばれないようにずっと気を張っていないといけないというのは、精神的に疲れそうだということだ。
普通そういうことは体験してから実感するもんじゃないのかね。妄想力豊かなことだと思ったりしたが、実際に逃げられる世界があるというのも大きいかもしれない。
「ふーん……」
今は三人で朝ご飯を摂っているところである。
音を全く立てずに上機嫌で味噌汁を飲むフィアが、瑞樹に聞こえないくらいの小さい声で相槌を打っている。
もともと獣人やらの種族がたくさんいる世界出身のフィアである。瑞樹の悩みは理解できないところがあるのかもしれない。
「さすがそんな人権を無視したようなことされることはないんじゃないか?」
肩をすくめて笑い飛ばしてみるが。
「おれ……人じゃなくなったんだよね……」
瑞樹にはまったく通じなかった。
人権は人にしか適用されない。
当たり前と言えば当たり前だが、多少耳の形が違うからと言って他の動物扱いになるわけでもないだろうに。
「うーん……。人外という意味じゃ、俺もそんなに変わらん気がするけど……」
などと言いながら空間魔法で目の前の食器を宙に浮かべて見せる。俺も似たようなもんだと伝わればいいが……。
「あ、うん……、そうだね……」
妙に納得しながらもそれでも意見は変わらないようで、やっぱりもう一度あの異世界を見てみたいとのことだった。
というか俺が人外だというのは否定してくれないのね。まぁ同類とでも思ってくれてるのであればまだ大丈夫か。孤独を感じていないんなら、そこまで深刻にならなくてもいいかもしれない。
「……まあもう一度あの世界を体験してみたいってんなら別に否定はしない。
けど、俺たちは向こうに永住する気はないから、それだけは言っておく」
モンスターズワールドで立ち上げた商会のこともあるし、ある程度面倒は見るつもりではあるが、ずっと瑞樹にだけ張り付いているわけにもいかない。
「……そりゃもちろんわかってるよ。……ずっと誠さんに頼ってばっかりもいられないってことくらい」
あー、うん……、そうね。向こうで暮らすとか言われたらそうそう顔は出せないけど、日本で暮らすならある程度の援助はするつもりだ。
お金ならあるからね。
現に瑞樹が転生させられた世界でもある程度金貨が手に入ったし。
「そ、そうか……。でも日本で生活するならお金の心配はしなくていいぞ。
これもこっちで換金できるしな」
向こうで手に入れた金貨を取り出して瑞樹に見せてやる。
「えっ? それって……」
「向こうで手に入れた金貨だな。本物の金かどうかは鑑定してもらわないとダメだけど、ちゃんと金だったらまぁ相場通りで買い取りしてくれるぞ」
この金貨は今回初だからな。ちゃんと鑑定が必要だろう。それも小太郎に言っておかないとダメだな。
「それにフィアのいた世界の金貨はちゃんと換金できてるから問題ない」
「……マジでか」
開いた口が塞がらないとはこのことを言うんだろうか。瑞樹の口が空いたまま閉じる気配を見せない。
「おう。だから安心しろ」
しばらく反応がなかったので安心させるようにそう言うと、ようやく瑞樹がバツが悪そうに苦笑いになる。
なにか変なことでも言っただろうか。
「それはそれで……、世話になりっぱなしは……、やっぱり自分で稼げるようになっておきたい」
ふむ。
どこの世界で働くのかはわからないが、ニートにはなりたくないと。
俺なら喜んでニート化する自信があるが、瑞樹はそうではないらしい。立派なことだ。
いやまぁ社会人したことのない高校生ならそう考えるのかもしれないが。高校生が持つニートのイメージが俺にわかるわけがなかった。
「ま、どっちの世界にしろ、試すのは悪いことじゃないしな。飯食ったら行くか」
もうすぐで仕事が落ち着きそうな気がする……。