122 耳
本日二話目
「ホントにコスプレじゃないんですか?」
「えっ? ってことはその髪って地毛?」
「……そっちの銀髪の子もコスプレじゃないの?」
糖分補給をしたあとに、結局あの女の子三人組に捕まって質問攻めにあっていた。
どうしてこうなった。
いや理由はわかってる。俺たちより後に店に入った彼女たちは、飲み物だけ注文するとさっさと飲み干して、俺たちよりも先に店を出て待ち伏せしていただけだ。
至って簡単な方法だ。
そんな彼女たちが執拗にコスプレじゃないのかと聞いてくる。
「別に染めてませんよ」
「コスプレじゃねーし。それに、おれも染めた記憶はないね」
フィアと瑞樹が口々に否定する。なぜか自分にまで飛び火していると気づいた瑞樹は若干不機嫌そうだ。しつこいせいもあるかもしれないが。
「お……おれ……!」
だがそんな瑞樹の言葉を聞いた三人組の顔色が変わった。
「きゃー! 『おれ』ですって! そこまでなりきらなくても! ……なんのキャラか知らないけど」
「そ……それは、でも違うから!」
自分の言葉で逆効果になってしまったのが原因か、『おれ』発言を突っ込まれたのが原因か、……どっちも同じか?
不機嫌そうだった瑞樹が顔を赤くして両こぶしを握り締めて必死に否定している。
「だよねー。でないとその尖った耳も自前ってことに!」
「うん。さすがにそれはないよねぇ」
彼女らの言葉にハッとした瑞樹は、隠すかのように両手で自分の耳を覆い、形を確かめるように何度も触れる。
「こ……、これは……、その……」
しどろもどろになりながら耳を隠すように触っているが、結局何も言えないようで俯いてしまう。
コスプレを否定した手前、意見を翻すことはできないんだろうが、かといって何かいい理由も浮かばない。
以前に女になったことも種族が変わったことも開き直った気がしたが、そうでもなかったのだろうか。
周囲の自分を見る目を実際に知ってしまう前と後では違うのかもしれない。とはいえそれはまだこの三人だけ、それもほんのわずかな時間でしかないが。
「えー、いいじゃん別に。かわいいんだし!」
三人目の娘が熱い視線を瑞樹に送りながら力説する。
「えっ? ……あ、……うん」
かわいいは正義ですか。まあ否定はしないけど。
両耳を触りながらも困惑顔のまま勢いで頷いてしまう瑞樹。
以前フィアに言われて真っ赤になって恥ずかしがっていたが、今の状況だと何か反論する余裕もないのだろうか。
「まぁまぁ、コスプレかどうかはどっちでもいいから、単純に噂の姫にそっくりな一般人は存在したってことでいいかな」
なんとなく瑞樹が心配になり、俺もこんなところで時間を取られるのも面倒になったので、話を切り上げるように声を上げた。
「あ……、その……、すみません……」
今まで黙っていた俺に戸惑いの声を上げるが、自分たちの都合で引き留めていたことに気付いたのか、二番目の一番常識がありそうな娘が謝罪してきていた。
「俺たちもまだ買い物が終わってないんでね」
「はい」
「じゃあ、行こうか」
フィアと瑞樹に声を掛けて踵を返すと歩き出す。
未だに両耳を触ったまま動き出さない瑞樹を、フィアが背中をそっと押して俺の後ろをついてきた。
二人が後ろからついてきていることを確認すると、俺はまっすぐに目的の店へと向かい、見つけるとすぐに中に入って行く。
もうすぐ夏だし、ここは麦わら帽子かな……。多分に自分の好みが入りまくっているが、色違いのリボンが付いた麦わら帽子を二つ手に取ると、あとから入ってきたフィアと瑞樹に被せた。
「えっ?」
「……」
フィアは戸惑った様子だが、無言の瑞樹を見て何かを察したようで、その顔が微笑に変わる。
「サイズは合ってる?」
「……はい。大丈夫みたい」
自分で適正な位置に修正しつつ、動こうとしない瑞樹の帽子も整えてやるフィア。
うん、ちゃんと耳も隠れてるな。
瑞樹の分だけでよかったのだが、帽子を眺めているとフィアにも似合いそうだったのでお揃いで買うことにした。
フィアにも被せてみて間違いなく似合っていたので問題ない。
「ミズキちゃんもこれで大丈夫」
「おう、そりゃよかった。
……瑞樹、あんま気にするなよ。まぁ今はその帽子でもかぶっとけ」
無言で頷く瑞樹の頭を軽く撫でてから、そのまま会計を済ませる。
「ありがとうございました~」
店員の呑気な声を聞きながら外を眺めるが、日は傾き始めたばかりなようで、まだもう少し時間はありそうだった。
「あ、そうだ」
ふと喫茶店で瑞樹が言っていた言葉を思い出す。
「瑞樹、よかったらこれからお前のスマホでも買いに行くか?」
振り返って瑞樹に聞いてみるが、帽子をかぶって俯いたまましばらく返事は返ってこない。
訝しげにフィアが瑞樹を覗き込んだところで、瑞樹が首を横に振って言葉を発する。
「ううん。……今日はもう帰ろ……」
「……そうか。わかった」
こうして元気のなくなった瑞樹を連れて自宅に帰るのだった。