118 依頼
「にしても遅いな……」
瑞樹が風呂に行ってからもう一時間以上が経っている。
「……何が?」
唐突に口にした俺の言葉にフィアが怪訝な顔を返してきた。
結局キサラギ高校について記事を検索しても、あの二件以外はヒットしなかったのだ。
諦めて椅子の背もたれに体重を預けながら天井を見上げて、ふと漏らした言葉が冒頭のセリフだった。
「いや、瑞樹は長風呂だなと思って」
「そりゃ女の子ですもん。それくらいかかるでしょ?」
何を言ってるんだという口調でそう返答するフィアではあるが、ちょっと待ってくれ。
女性の風呂が長いのはまぁ妹やフィアで実感はあるが、瑞樹は元男だ。性別が変わったがそれでもまだ数日と経っていない。
「いやそうだけど……、元男としてはそこまで風呂に時間をかけるとも思えないんだが」
俺の言葉に何か思うところがあったのだろうか。
「あぁ……、そういえばそうでした……。ちょっと見てきますね」
何かを思い出したのか、フィアはそう告げると部屋を出て行った。
そういや何か服で揉めてたな。まぁ……、俺は深く突っ込まない方がよさそうだ。
「触らぬ神にはなんとやらと言うし……」
しかし検索サイトで調べるのも限界かな……? めんどくさくなったとも言うけど。
なんにしろこれ以上調べる気が起きないのは事実だ。どうしようか考えていたが、そういえば重要なことを思い出した。
よく考えたら専門家がいるじゃないか。うん、そいつに頼むとするか。
思い立ったが吉日とでも言うかのように、充電して机に置いてあったスマホを手に取ると電話を掛ける。
数回コール音がしたかと思うと相手が出てきた。
『もしもし。誠か。もう帰ってきたのか。早かったな』
一週間ほど留守にすると告げていた小太郎であった。
「あー、いや、また向こうに戻るかもしれないけどな」
『そうなのか。……何かあったのか?』
察しが良くて助かる。
「ああ……。何かというか、小太郎に仕事を依頼したいと思ってな」
『依頼?』
「キサラギ高校で事件があっただろ」
『ああ、立て続けに二件も起こったな。……まさか』
さすがに二件目も知ってたか。それなら話は早い。
しかも俺の言葉で何かを察したらしく。
「あの高校って何かあるのかと思ってな。昔にも不可解な事件があったか調べて欲しいんだ」
『つまり二件目もお前のせいか!?』
「おいやめろ! 人を犯人みたいに言うな! むしろ俺は被害者なんだからな!?」
まったくもって失礼な。あの胡散臭い神様がやらかした後処理の現場にたまたま出くわしただけだ。
そう、そうなのだ。俺はたまたま通りかかっただけの人間だ。俺は何も悪いことはしていないのだ。
『そ、そうか。……そりゃ悪かった』
あまりにも必死な俺の声に、さすがの小太郎も若干引き気味である。
『いやしかし、何か関りがあるんだろ?』
とは言え小太郎の言う事にも間違いはない。関係があるのは確かだ。
「まぁそうだけどな」
『で? 今回はなんだ?』
「ん? ああ。……今回は、倉科瑞樹を保護してる」
『……は? 誰を保護したって?』
「倉科瑞樹だ」
『……え?』
「だから、保護したのは事故で死んだ倉科瑞樹だよ!」
『……ゾンビか? ……ゾンビなのか!?』
なんでそうなる!?
いや死んだ人間を保護したらそういう発想になるか? 異世界に転生したよりもゾンビとして蘇った話を想像したってことなのか?
違うからな! ちゃんと生きてるからな! 人間やめてないから……、あ、やめてたわ。
「ちげーよ! ちゃんと生きてるから!」
『お、おおぅ、……そうか、いやしかし、本当に本人なのか?』
「そう言われると証明はできんが……、本人がそう言ってんだから間違いないだろ。嘘つくメリットもないし」
『そ、そうか。……まあそういうことならわかった。……とりあえず調べてみる』
「頼んだ」
『あ、そうそう。もちろん本人には会わせてくれんだろ?』
「落ち着いてからだがな」
『おう、それでいい』
「じゃあな」
ふぅ。学校についてはこれでなんとかなるかな。まぁ何も出なかったら出なかったで、フィアの言う通りに俺たちで学校に行ってもいいし。
……部外者が校内に入れるかどうかわからんが。
っと、ちょうど電話が終わったところを見計らったかのように、再度部屋の扉がノックされた。
入ってきたのはフィアと、かわいらしいパジャマを着せられた風呂上りの瑞樹だった。
「マコト、ミズキちゃんの寝る部屋って隣でいいの?」
顔を伏せてもじもじと恥ずかしそうにしている瑞樹を気にすることなく、フィアが壁の向こうにある部屋を指している。
そういや寝る部屋とか何も言ってなかったな。
我が家の二階は四部屋ある。俺の部屋、妹の部屋、両親の部屋に客間がひとつだ。
フィアが指しているのはその客間だった。