セリアの胸に斧槍が突きつけられた。
「何者だ! 宮殿内では転移を使用するとは!」
殺気の篭った怒声がセリアの体へ叩きつけられる。
「緊急よ! 陛下へ取次ぎなさい!」
セリアは衛兵の誰何を無視して皇帝への謁見を求める。
突然転移してきた曲者が次席宮廷法術師であることに気づき、皇帝の間の扉を守る左右の衛兵は慌てて斧槍を立てた。
「セリア様でしたか。失礼いたしました! しかしなにゆえ転移など……法はご存じのはずでしょう?」
衛兵は訝しげな顔をして尋ねた。
それも当然である。
転移の法術を使えば、皇帝の寝室にすら忍び込める。そう軽々しく破られるような法では無い。最悪の場合極刑までもあり得るのだから。
衛兵が事情を聞きたがったのは当然と言える。だが、セリアは衛兵の問いを黙殺した。
今はそんな事に構って時間を浪費する訳にはいかないのだ。
「黙りなさい! 緊急といったはずです。一秒でも時間が惜しいの! 取り次がないなら扉をブチ破るわよ!」
「お……お待ちくださいセリア様。直ぐに御取次致しますので!」
セリアの剣幕に圧倒され、衛兵の一人が急いで皇帝へと取り次ぐ。
10秒も掛かっただろうか。
セリアの前の扉が静かに開かれた。
「どういうことだ! セリア・ウォークランド! あまりにも不敬であろう!」
皇帝の前に跪くセリアへ鉄血宰相ドルネストの怒声が響く。
(チィ、宰相が居るとは……)
セリアは心の中で盛大な舌打ちをした。
急ぐセリアにとって余り喜ばしくない展開だ。
宰相のドルネストは皇帝の忠義篤い忠臣だが融通が利かない。
特に法令を遵守することはまさに鉄のごとしと言われる男なのだ。
だが。セリアの無礼を取りなすものが居た。
玉座に座る皇帝その人だ。
「やめよ、ドルネスト。セリアがこれほどまでに火急の謁見を請うのだ。何か起こったに相違あるまい?」
「しかし陛下……」
ドルネストがそれでは示しがつかないと、皇帝へ食い下がった。
「くどい!」
皇帝の目が細まり鋭い眼光がドルネストを貫く。
如何に宰相と言えども、皇帝の言葉には逆らえない。
まして、現皇帝は唯のお飾りでは無い。
西方大陸中央部を力で切り取ったまさに覇王なのだから。
オルトメア帝国初代皇帝ライオネル・アイゼンハイトは、もともと西方大陸中央部の山岳地帯に存在した旧オルトメア王国の第3王子として産まれる。
当時、旧オルトメアは貴族の専横と王家の内乱により疲弊し滅亡の淵にあった。
そんな国の現状に憂いを感じ、ライオネルは祖国復興を志す。
彼は兄弟達のと継承権戦争に勝ち抜き、門閥貴族を粛清する事で王家の力を増した。
その過程でライオネル自身、幾度も戦場で剣を振るってきた。
そして、今から40年前に隣国テーネ王国へ侵攻制圧したのを皮切りに、国名をオルトメア帝国へと改称。
以来、西方大陸中央部の覇権争いに身を晒して来たのである。
血みどろの戦場を知る皇帝は、58歳になる今でも全身の筋肉が研ぎ澄まされ、並みの武将を圧倒している。
「失礼いたしました。陛下」
ドルネストは皇帝へ頭を下げる。
「よい。ところでセリア。何用だ?」
「は! 陛下。恐れいりますが兵の使用を許可していただきたいのです」
あまりに突然の話で、皇帝と宰相は絶句した。
「何を言い出すか! 貴様。次席宮廷法術師の分際で軍事に口を出すつもりか! ガイエス殿は一体何と言ったのだ!」
宰相が怒りを露わにするのも当然だった。
セリアには権限が無いのだから。
だがドルネストの怒声とは反対の言葉が皇帝の口から出る。
「良かろう」
「へ。陛下! 何を仰せです」
「良いと言ったのだ。ドルネストよ」
狼狽するドルネストとは裏腹に、皇帝は至極落ち着いた口調で言った。
「だがセリアよ。理由を聞こうか。なぜ宮廷法術師のお前が兵を欲しがる? ドルネストも気にしておるが、ガイエスは此の事を知って居るのか?」
高弟の言葉を聞き、セリアは沸き立つ悲しみと苛立ちを必死で抑えた。
「お爺様は。いえ。ガイエス・ウォークランドは殺害されました」
セリアの言葉は皇帝と宰相に途轍も無い衝撃を与えた。
何しろガイエスはオルトメア帝国最高の法術師であり、ドルネストと並んでオルトメアの内政、外交、軍事すべてを担って来たからである。
「バ。馬鹿な。ガイエス殿が……」
「ありえぬ。ありえぬぞ! セリア!」
二人の口から否定の言葉が漏れる。
「いいえ陛下。宰相様。事実でございます……ガイエス・ウォークランドは異世界人に殺害されました」
「な……何じゃと?」
「馬鹿な、セリア殿……何を言われる」
皇帝と宰相から否定の言葉が漏れる。
セリアは苛立ちを必死で押さえ状況の説明をした。
ここで適当な説明をすればするほど時間が掛かるからだ。
「事実です……陛下。私がこの眼で確認いたしました」
静寂が皇帝の間を支配した。
10数秒の沈黙を破ったのは皇帝だった。
「なぜだ?」
低く重い声。
皇帝は激情を必死で抑えて居た。
玉座の肘つきを握る手に力が入る。
「確たることは判りません。証拠も証人も居ないのです。ですが、状況から犯人と思しき者は判っております」
「何者だ?」
「ガイエス様は本日召喚の儀を執り行われていました。殺害現場が召喚の間である事、護衛の衛兵が全て殺害されている事を考えると、犯人は召喚された異世界人ではないかと」
「ま……まさか。信じられん……」
ずっと口を閉ざしていたドルネストから思わず言葉が漏れた。
「また其の者が、城の兵士に成りすまして居る事も判っております。現在、近衛騎士団長のロルフ様、宮廷法術師第3席のオルランドに兵の編成を託しています。陛下の許可をいただき次第追跡に出たいのです」
そこまでセリアの話を聞いた皇帝の反応は早かった。
「許可する! 命令書の発行に時間が掛かるゆえ、我が帯剣を我が命の証とせよ!」
そういうと皇帝は腰の剣を外すとセリアへ投げ与えた。
「セリアよ。ガイエスは我が腹心にして、40年来の友であり師よ。我が国の柱でもあった」
「はい」
「そのガイエスが殺害された。これは我がオルトメア帝国に対しての反逆である! 必ずや犯人を見つけ出し拘束せよ! 無理なら殺してもかまわぬ!」
セリアは頭を深く垂れ敬意と謝意を表すと、転移し姿を消した。
皇帝は深くため息をつくと、玉座の後ろに掛けられたカーテンへ言葉を掛けた。
「シャルディナ。話は聞いておったな?」
「はい。陛下」
カーテンの影より現れたのは20台前半、金髪の女だ。
背は高いが均整の取れたプロポーションを持ち、何より其の青い目が印象的な女だった。
どこと無く皇帝に似ている。
「ただいま影達からの情報を確認いたしました。ガイエス殿の死亡は間違いないようです。また同時刻に医務室より出火があり、その際に兵士の一人が行方不明となっています。セリア殿はこの消えた兵士が異世界人だと思っているようですね」
「そうか……シャルディナよ。どう思う?」
「犯人に関しての推測は正しいと存じます。少なくとも近隣諸国による暗殺はありえません。ただ……」
皇帝は射抜くような視線をシャルディナに向けた。
「タダ? なんだ」
「恐れながら、犯人捕縛の可能性は限りなく低いと言わざるえないかと」
「なんと! シャルディナ様はセリア殿では無理とおっしゃられるのか!?」
ドルネストが驚きの声を上げる。
「ドルネスト殿。セリア殿の所為では有りません。おそらく誰がやっても同じでしょう」
「何故です!?」
「召喚された異世界人の顔も形も性別も何もかもが判らないのにどうやって探すのです?」
「なんだと?」
皇帝が驚きの声を上げる。
セリアが犯人の顔を把握していない状況を考えていなかったのだ。
「どういうことだ?」
「ガイエス殿以下召喚の間に居た兵士は全て殺されています。負傷を装い医務室へ行った際には兜で顔を確認していないそうです。医務室へ運んだ兵士と医者は殺害されています。結果として誰も顔が判らないのです」
「なんということだ……ではセリアはどうやって犯人を見つけるのだ?」
「賭けです。陛下。異世界人が兵士の格好をしていれば良し。また城下で着替えたにしろ、慌しく城門を抜ければ兵士達に見咎められます。もし無理でも、何かしらの情報は得られる可能性はございます」
「なるほど。なら可能性はあるのだな?」
「はい。しかし……」
皇帝は苛立ちを隠せなかった。
「良い! そこまで判っておるのならシャルディナ! そなたも影を率いて探索に向かえ!」
「へ、陛下? 宜しいのですか? シャルディナ皇女様を身辺から御放しになって」
ドルネストの声に緊張が走る。
皇帝の身を守る最後の砦で有るシャルディナを、その身辺から離すことなど過去一度として無かったからだ。
「くどい! オルトメア帝国第一皇女にして夢魔騎士団団長シャルディナ・アイゼンハイトよ! セリアと連携し犯人探索に従事せよ!」
「かしこまりました。陛下。微力ながら全力を尽くします」
シャルディナは頭を垂れると皇帝の間から立ち去った。
オルトメア帝国が完全に亮真を敵とみなした瞬間だった。
ついに皇帝の間には皇帝と宰相のみになった。
「ドルネストよ。大事になったな」
「はい。陛下。近隣諸国にこの事が漏れる前に何とかせねばなりますまい」
「うむ。ようやく中央部を制圧し、いよいよ東部攻略という矢先にこれか」
「はい。無念でございます」
皇帝は頭を振った。
「いたし方あるまい。ドルネストよ。急ぎ主席宮廷法術師を任命するぞ。大臣達を収集せい」
「かしこまりました。やはりセリア殿を?」
ドルネストの声に不安が混じる。
「若いがいたし方あるまい」
「かしこまりました」
ドルネストが退出し皇帝は一人玉座に深々と腰を落とした。
「ガイエスの馬鹿め。ようやく我が覇業が見えかけてきたというのに……」
真紅の絨毯に水滴が落ちる。
其れは長い戦乱を共に生き抜いてきた友に対する、皇帝の精一杯の情であった。
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