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異世界召喚編
第1章第6話【脱出】其の2
 
 ドッガガガ!

 鋼鉄の扉から爆発音が響いた。
 もっとも扉はびくともしていない。だが次の瞬間、扉は轟音を発して砕け散る。
 破れたのではなく砕けたのだ。

「さあ! 皆さん突入してください」

 セリアの声が響く。
 触れれば皮膚が張り付いてしまうほどの超低温に冷やされた扉を超えて、兵士達が部屋の中へと飛び込んで行った。

「さすがですな。熱膨張の差を利用して扉を砕くとは」

 ロルフの声にセリアは軽く頷いた。
 最初セリアが火炎系の法術を使用したのを見て、ロルフは扉を高熱によって溶かす事に因って破る気だと思った。
 だからこそ、其の後の問題点を指摘しようとセリアを止めたのである。
 だが、セリアはロルフが懸念している問題点を理解していた。
 鋼鉄の扉を溶かす程の熱量を浴びせれば、周りの空気は灼熱地獄の如くになる。
 法術を使えるセリアやロルフなら問題ないが、一般の兵士には致命的だ。
 空気が冷えるまで部屋に入ることが出来なくなる。
 だからセリアは扉を高熱で熱した後、氷雪系の法術を使用することで急速に熱せられた扉を冷やした。 熱膨張を利用したのだ。


「さあ。我々も中へ」

 入り口付近で停止した兵士をかき分け、中に入った二人の前には惨劇が広がっていた。
 血液特有の、サビた鉄の様な匂が彼らの鼻に匂ってくる。

「これは……」

「なんてことなの……」

 二人は絶句した。
 心のどこかでは予想していながらも、目の前にある光景が信じられなかったのだ。

「お……お爺様は?」

 辺りを見回したセリアの眼に、床に倒れ付すガイエスが飛び込んでくる。
 特徴的なローブ。見間違えるはずがなかった。

「イヤ〜〜〜〜お爺さま!」

 セリアの膝が砕け、床へ倒れこんだ。
 ロルフが慌てて抱え込むが、セリアは其の手を振り解きガイエスへと走り寄る。
 無我夢中でセリアはガイエスの体を抱え興した。
 セリアの手に抱えられたガイエスを見て、ロルフは顔を顰める。
 幾多の戦場にでたロルフですらこれほど容赦なく、執拗に攻撃を受けた死体を見ることは稀だったのである。
 後頭部を砕かれ床に顔を埋めている所を見れば、ガイエスは後ろから襲われたか蹲ったところを攻撃されたかのどちらかなのが判る。
 また、仰向けに寝かせたガイエスの死体が喉を破られていることを考えれば、犯人は気道を塞がれ蹲ったガイエスの後頭部へ止めを刺したことが予想された。

「いったい誰がこのような惨い事を……」

 ロルフの口から、嘆きの言葉が漏れた。
 幾多の戦場で殺し合いをしてきたロルフにとって、本来なら死体を見たところで何も感じはしない。
 ただ、弱者が死んだと思うだけだ。
 だが、ガイエスは違う。
 ロルフと共に長年戦ってきた戦友なのだ。
 友人の死を目の前にして、平常心を保てる筈もなかった。

「決まっています! 召喚された異世界人よ!」

 セリアの口から憎しみのこもった叫びが迸る。
 彼女の目には祖父を殺された怒りの炎が暗く宿っていた。
 彼女の目に宿る炎を見たとき、ロルフは揺れ動く自らの心を必死で抑える。
 指揮官である二人が冷静さを失うわけにはいかないのだ。
(無理もあるまい……親子以上に親密だったからな……)

 セリアの両親は彼女が幼子の時に死んでいる。隣国との戦で戦死したのだ。
 その後、彼女を引き取り育てたのが祖父であるガイエスである。
 彼は、セリアの法術の師匠であると同時にたった一人の肉親なのだ。だから、セリアが取りみだしたのは当然と言えた。

 しかし、彼女の叫びにロルフは疑念を抱いた。

「しかしセリア殿。異世界人は確かに育てれば強力な駒ですが、召喚したてではまったくの弱者ですぞ?あちらの世界ではこちらと違い戦争も無く、武器の携帯も禁止と聞いておりますし」

「でも!」

「確かに、現状疑わしいのは召喚された異世界人である事に間違いはありませんが、その他の可能性が無い訳では有りません」

 セリアの抗弁をやさしく嗜める。
 今は彼女に落ち着いて貰うより他に選択肢がなかった。
 セリアの激情に引きずられて、犯人を取り逃がす事だけは避けねばならないのだから。

「まず我々がすべきは正しく現状を把握し、何が起こったのかを正確に知る事です」

 ロルフに諭され、次第にセリアの顔が引き締まっていく。
 彼女とて次席宮廷法術師に若くして任ぜられる程の英才。
 ロルフの言葉を聞いているうちに、自らの役割と責任を思い出して心を静めていく。

「申し訳ございません。ロルフ様のおっしゃるとおりでございます」

 頭を下げるセリアを押しとどめ、ロルフは兵達へ矢継ぎ早に命令をくだす。

「直ちに倒れている兵士の生死を確認しろ! それとそこに倒れている変な服装の男が確実に死んでいるかを確かめろ! 後の者はこの部屋の捜索だ。どこかから抜け出せる穴か何かが無いかを確認しろ! 後は……何かあるかの? セリア殿?」

 ロルフの問いかけにセリアは頭を振った。
 冷静さを取り戻しかけているとはいえ、肉親の死はまだ彼女の心に影響を及ぼしている。
 未だ彼女の脳は其の怜悧な鋭さを取り戻してはいなかった。


「ロルフ様! セリア様!」

「生きてます。こいつ生きてます!」

 しばらくして、倒れ伏す兵士達の生死を確認していた兵士がロルフとセリアを呼んだ。

「「なに!?」本当なの?」

 ロルフとセリアが駆け寄るとそこには血の海に横たわる兵士が居た。

「ロ……ロルフ様……」

 途切れ途切れに口から漏れる声は、確かにこの死体と思われた兵士からの物だ。

「なんだ? いかがしたのだ?」

「何が? 何があったのです?」

 唯一の生き証人だ。
 ロルフもセリアも声を荒げて聞いた。

「……ルフ様……が化け物を……」

 兵士の言葉を聞き、二人の顔色が変わった。
 この部屋で何が起こったのかを知る、唯一の生き証人なのだから。

「なに?! 化け物だと」

 兵士の言葉に気になる単語を聞き付け、ロルフの顔色が変わる。
 セリアも祖父が召還術で事故を起こし、予定外の異生物を召還したのかと慌てた。

「どういうことなのです! しっかりなさい」

「ガ……ガイ……が」

 必死で問いかける二人だが、兵士の口から途切れ途切れに漏れる言葉は不明瞭で、ハッキリとした意味を持たない。
 辛うじて何か化け物が居た事だけは伝わったが、状況は相変わらず判らなかった。

「い……いかん。誰か! 誰かこの者を医者の下に!」

「はっきりなさい! お爺様がお爺様がいかがしたのです!? 其の化け物とは何のことです?」

 必死で問い詰めようとするセリアを制止し、ロルフは運ばれて来た担架に兵士を乗せると医務室へ急行するように命じた。

「なぜです?! なぜ止めたのです!?」

 鬼を形相をして食って掛かるセリアをロルフははっきりと嗜めた。
 ここではっきりと言わなければ、肉親を失い取り乱すこの少女を止めることが出来ないと判断したのだ。
 やはり経験の差なのだろうか。
 能力はあってもセリアはいまだ感情のコントロールに難があるようだ。
 せっかく落ち着きを取り戻したというのに、兵士の「化け物」の言葉を聞いて再び心を乱してしまった。
 尤も、尊敬する祖父が召還術の失敗をした結果死んだかも知れないとなれば、致し方ないのかもしれないが。

「ですが、あのまま問い詰めたらあの者は死んだかもしれません」
 
 食って掛かるセリアへ、ロルフは出来るだけ感情を抑えて冷徹に事実だけを告げる。
 ロルフの言葉は正論である。今、無理に尋問すれば、あの血だらけの兵士は死んでいただろうから。
 だが、セリアの心にはそれが届かない。
 兵士一人の命より、祖父の情報を聞き出す方が先決だと本気で思いこんでいる。

「其れはそうですが。今はあの者の命より何が起こったのかを確認するべきでは無いのですか?」

 だからセリアはロルフの諌めに必死で抗う。
 自らも、ロルフの言葉が正しいと理解していながらも、彼女の心がその判断を退けてしまう。 
 だが、ロルフは根気よく状況を整理してセリアの心を落ち着けていく。

「確かにそれは重要ではありますが、全てを知るのはあの男だけの様です。あの者の怪我をそのままにして、尋問したところで有意義な情報が取れたとも思えません。下手に問い詰めて情報を聞き出す前に死んでしまったらそれこそ意味がありますまい。ここは多少時間がかかっても、あの者の回復を待って確認した方が後々良いでしょう?」

 ロルフにそこまで言われればセリアとしては無理も言えない。
 ロルフの言葉は正しいのだ。
 彼女が納得できないのは、肉親が犠牲になった遺族としての感情の部分。

「ふぅ……判りました。ロルフ様の判断が正しいと存じます。取り乱してしまい申し訳ありませんでした」

 大きくため息をついたセリアの心が冷静さを取り戻していく。
 ロルフに食って掛かっ分だけ、彼女の心の負担が減った成果だろう。
 如何に天才とはいえ、年齢から来る経験の差はどうしようもないのだ。

「しかし、あの者が言った化け物とはいったい……」

「まぁ、それはあの兵士の怪我が治ってからゆっくりと聞き出せばよい。今は出来るところから手を付けましょうぞ」

 セリアの言葉にロルフは落ち着いて答えると、召喚の間の捜索を再開するように兵士達へと命じる。

 だが、結果的にロルフの判断は裏目に出る事になる。


「た!大変です!ロルフ様〜〜〜!!医務室が!医務室が!」

「「!!」」

 一人の兵士が召喚の間へと駆け込んできた。
 其の切羽詰まった声は、明確に緊急事態である事を告げている。

「落ち着け! いかがしたのだ?!」

 ロルフの怒声が部屋中に響き渡る。
 怒声を受け兵士はロルフの剣幕に押され、息を切らせながら必死で報告を始めた。

「はは! ただいま医務室より原因不明の出火が有りました……火の回りが早く、薬品庫の方にも火が」

「なんだと! 火はどうなった! 誰か消火へ向かっているのか?!」

 ロルフは兵士の報告を途中で遮り絶句した。
 薬品庫には燃焼を促進させるような可燃物が幾つか保管されている。
 それに、ついさっき怪我人を医務室へ送ったばかりなのだ。それも唯一人の生き証人を。

「い……いえ。直ちに宮廷法術師達に連絡が行った為、現在は消火されております」

 兵士の報告を聞きロルフは幾分落ち着きを取り戻した。
 少なくとも宮殿の炎上と言う最悪の事態が防げたことに安堵したのだ。

 ロルフはセリアへ尋ねた。
 心の中に、ある疑念が湧きあがってきた為に。

「セリア殿。どう思う?」

「不自然ですね……」

「やはり……セリア殿もそう思うか……」

「えぇ……あまりにもいろいろな事が重なりすぎています」

 ロルフは考えこんだ。
 彼の中である答えが浮かんできてはいた。
 だが、それは彼の常識ではありえない事なのだ。

「一つだけ現状を説明できる仮説がある。だが……」

「ありえないとお考えですか?」

 セリアはロルフの考えを正確に察する事が出来た。
 そして何を理由に言い出せないのかも。

「わからん……」

 ロルフは再び首を振った。
 憶測は憶測でしかない。そして、ロルフが欲しいのは憶測では無い。絶対な確証だった。


「ご報告いたします!」

 二人の会話は探索を終了させた兵士達の報告により遮られた。

「うむ、報告しろ!」

「兵士の死亡を確認いたしました」

「それで? 死因は?」

 セリアの問いかけに兵士達が顔を見合す。
 報告しにくいようだ。

「どうしたの! はっきりなさい!死因は?」

 セリアの剣幕におされ、一人の兵士が代表して前へ出た。

「お……おそらく素手によるものではないかと……」

「なに! 素手だと? なぜ判る?」

 ロルフは声を荒らげて聞き返す。

「喉を潰されたと思われる死体が2体有るのですが、そこにはっきりと指の痕が……」

 別の兵士が続けて言った。

「私が確認した死体の死因は後ろから首に打撃が加えられた事による頚骨の粉砕です。ただ鎧と兜に一切傷が無く、武器を使用して殺された形跡がありません」

 別の一人が言った。

「それと気になる点が……」

「なんだ!? ハッキリせんか!」

 普段は温厚と言って良いロルフも、苛立ちを隠せなかった。
 だがそれも無理もない。

「は! 異世界人と思しき顔の焼けた死体ですが……其の……ズボンのベルトが……」

 ロルフの怒声に晒され、兵士は脅えながらも必死で報告を続ける。

「なんです! はっきりしなさい!」

 セリアの苛立ちに、兵士はたじろぎながらも必死で報告した。

「は! ズボンにベルトが無いのです。其の状態ですと死体からズボンが落ちてしまいます。とても戦闘を行えるとは……」

 それを聞きセリアとロルフ、二人の顔色がサッと変わる。

「しまった! ロルフ殿!」

 そう言い残すと、セリアは風の様に部屋を駆け出す。

「お前達は城内の警戒に当たれ!」

 ロルフは兵士達にそう命じるとセリアを追った。
 様々な事柄が組み合わさり、彼らの脳が1つの結論を導き出す。

「勘が当たったようだな」

 先行するセリアにロルフが後ろから声をかける。

「ええ。とりあえず医務室で確認すればはっきりするでしょう……」

「しかし、そうなると戦う術を持った異世界人ということになるが……」

「ええ。それも武装した兵士を4人にお爺様ほどの法術師を纏めて殺せるほどの……」

「初期でそれほどの能力か……」

 ロルフの背に寒気が走った。
 それほどの力を持った異世界人がこの宮殿の中をうろついているのだ。
(必ず捕まえて見せる!)
 そう決意すると彼は全身に力を漲らせる。

 術式で肉体強化を行っている二人は30秒ほどで医務室の前まで駆け抜けた。


「報告どおり鎮火しているようだな……」

 流水系の法術を使ったのだろう、医務室とそれに併設された薬品庫の周りは水浸しだった。
 二人の到着に気づき一人の青年が歩み寄って来る。

「セリア殿、ロルフ様。いかがなさったのですか?」

「オルランド。火は?」

 セリアの問いにオルランドは鎮火された医務室に視線を向けて言った。

「問題有りません。火の回りが速くて医務室は丸焼けですが、他の部屋に飛び火する前に何とか消えてくれました。ただ……」

 オルランドは口を濁した。

「オルランド! 急いでいるの! ”ただ”なんなの?……先程、召還の間から医務室にけが人が運び込まれているの! そいつは?」

「医務室から死体が3体出てきたんだが、どうも火で死んだ訳じゃ無い様なんだ。それに、死体の数が一人足りない……そのけが人の事は知らないけど……」

 セリアの息を呑む音が聞こえた。
 彼女達の予想が的中した事を悟ったからだ。

「なぜ足りないと判ったのかね?」

 ロルフの質問にオルランドは答えた。

「はい。医師の一人がちょうど休憩に入ろうと医務室を出たところで、兵士2名が担架に怪我人を乗せて来たそうなのですが」

 ロルフとセリアは顔を見合わせ頷きあった。
((思ったとおりだ))

「「それで!?」」

 ロルフとセリアの声が重なる。

「怪我人はかなりの重症の様で直ぐにベットに寝かせたらしい。ところが鎮火したので医務室を確認したところ床に3人の死体しかない。ベットはもぬけの殻だった……」
 
 其処でセリアはオルランドの言葉を遮った。
 既に必要な情報は得たのだ。後は行動あるのみだ。

「オルランド! 直ぐに法術師隊を編成して! ロルフ様は近衛隊を編成してください! 私は陛下に兵の使用を許可していただきます! 合流は中庭で」

セリアはオルランドの言葉を遮り、指示を飛ばす。

「心得た!」

「ま……待ってくれセリア殿。僕にはさっぱり……」
 
 状況がつかめないオルランドは、セリアの剣幕におびえながら訪ねる。

「善いからオルランド殿、セリア殿の指示に従うのじゃ!」

「オルランドお願い! 時間が無いの。逃がしちゃう!」

 セリアの必死の叫びにオルランドの表情が変わった。
 普段は頼りなくとも、彼は第3席の宮廷法術師。
 戦にも参加した事があるからこういった状況では胆が据わるのだ。
 セリアの声から緊急事態だと察した彼は、心のスイッチを平常から戦場へと切り替える。

「兵力は?」

 低く冷たい声だ。
 さっきまで動揺していた人間とは思えないほどに。

「出せるだけ出して! 相手はかなり危険なやつよ。緊急事態として法術の使用を認めるわ!」

 セリアは宮殿内での使用を禁止されている転移の法術の使用許可を出した。
 それは第一級の非常事態である証。

「判った。”光を司りし最高神メネオースよ。汝との契約に従い。我に転移の加護を”転移テレポート”」

 其の事を理解したオルランドは素早く呪文を詠唱する。
 彼は瞬時に法術師隊の宿舎へと転移した。

「さすが第3席の法術師じゃの〜。あれほどの短い詠唱で転移が出来るとは」

「当然です。お爺様の弟子ですもの。あれぐらいは出来て貰わなくては話になりませんわ」

 そしてセリアはロルフに向かって手を向けた。

「ロルフ様、時間が惜しいです! 私のほうでロルフ様を近衛隊の宿舎へ転送します。兵の編成はよろしくお願いします」

「判った。陛下よりの許可は頼むぞ!」

「はい! 行きます。”光を司りし最高神メネオースよ其の力を示せ! この者をかの地へと誘え!転移テレポート”」

 ロルフの姿が消えたのを確認し、セリアは再び詠唱を開始した。
 姿の見えぬ殺人者の影を追う為に。

「”光を司りし最高神メネオースよ。汝との契約に従い。我に転移の加護を””転移テレポート”」
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